惑星リブリナへ降下
「リブリナ軌道管制センター、こちらアクネリア銀河連邦サリウス恒星州自由商船組合所属の護衛艦フブキ。リブリナの地上都市アレンダへの貨物輸送業務を請け負っています。惑星リブリナへの降下許可を要請します」
セイラがリブリナの軌道上にある管制センターに大気圏突入の許可を要請する。
『こちらリブリナ軌道管制センター、アレンダ自治都市からの依頼であることを確認しました。惑星への降下を許可します。大気圏突入ポイントのデータを送信しました。指定ポイントから大気圏突入し、アレンダの港に入港してください』
「フブキ了解しました」
管制センターからの許可を受け、指定されたポイントに向けてフブキを進めるシンノスケ。
「周辺宙域に異常ありません」
セイラの報告を受けたシンノスケは頷くとグラスモニターを装着した。
「了解。それでは惑星リブリナの大気圏突入シークエンスに入る」
大気圏突入に向けての手順を開始するシンノスケを見たミリーナが声を上げる。
「シンノスケ様、まさかマニュアルで突入しますの?」
ミリーナが意外に思うのも当然だ。
軍用艦に限らず、宇宙船はその航行についての大半を自動操縦で賄うことが可能で、大気圏突入機能を持つ船ならば自動操縦で大気圏突入をすることが出来る。
それなのにシンノスケはわざわざマニュアル操縦で大気圏突入をしようとしているのだ。
「ああ、オートでもいいが、フブキの初めての惑星降下だからマニュアル操作で癖を掴んでおきたいんだ。こう見えて惑星降下の経験は豊富だぞ。あらゆる天候はもとより、視界ゼロ、計器のみでの降下とか、逆に有視界、最低限の計器での降下。宇宙海賊との戦闘中の強行降下の経験もある」
言いながら艦を突入ポイントに合わせ、艦の姿勢をコントロールする。
「皆さん、大気圏突入に備えてシートベルトを装着してください」
突入の手順を進めているシンノスケの代わりにマークスが皆に安全姿勢を促す。
フブキの性能ならばそれほどの危険は無いはずだが、それでも定められた規則だ。
全員の安全を確認したシンノスケは操舵ハンドルを握り直した。
「降下ポイントマーク!艦首上げ角50度で固定。降下開始」
艦首を上げ、大気圏突入の姿勢を取ったフブキがリブリナへの降下を開始する。
やがて大気の層に入ったフブキは船体を高温に曝しながら降下してゆく。
船体外装の状況とは裏腹にブリッジ内は極めて静かであり、僅かな振動と指定高度通過を示す通知音が一定のリズムで鳴っているのみ。
そんな中で副操縦士席のミリーナは右斜め前の操縦席で操艦しているシンノスケの挙動を食い入るように見ていた。
シンノスケは操舵ハンドルと操縦席横のレバーを小刻みに操作し、艦の姿勢と降下速度を調整している。
(凄いですわ。こんなにもスムーズに惑星降下を行っている。シンノスケ様も真剣なのでしょうけど、動きと表情には余裕すら感じられますわ)
シンノスケの操艦を目に焼き付けるミリーナ。
やがて、正面の大型モニターに映し出されている外部の景色が青みがかってくる。
惑星の空の色だ。
「わあ、これが自然の空の色・・・。綺麗な青色・・・」
惑星降下が初めてのセイラが感嘆の声を上げる。
そんなセイラの声を聞きながらシンノスケは徐々に艦首を下げ、降下速度を落としていく。
フブキが降下したのは惑星リブリナの赤道上の海の上空。
天候にも恵まれてモニターには空の青と海の青、2つの青色の世界が広がっている。
ここから大気圏内の巡航速度で1時間程進めば目的地であるアレンダの港だ。
シンノスケがフブキを進める中、セイラは身を乗り出すように空や海を観察しており、そんな様子を見たシンノスケが苦笑する。
「マークス、通信管制を変わってやってくれ」
「了解しました」
「それから、大気圏突入は完了したからもうシートベルトを外しても大丈夫だ」
大気圏突入が完了したため、ミリーナ達も席を立ってモニター越しに外の景色を楽しんでいる。
そんな中、セイラは自席のモニターの映像を拡大して海面の様子を観察していた。
「凄い、空も綺麗だけど、海も綺麗・・・あれ?なんだろう?」
海の美しさに感動していたセイラが、海面の異変に気付く。
何やら黒っぽいものが海面に浮き沈みしている。
それもかなりの数だ。
更に拡大してみると巨大な生物の群れに見える。
「あれはリブリナの海に生息するクジラの群れね」
生物学者の側面を持つヤンが説明する。
「えっ?あれがクジラ?リブリナにもクジラがいるんですか?」
セイラの疑問にヤンは楽しそうに頷く。
「惑星リブリナは海洋惑星で、惑星の8割を海が占めていて、海洋生物も豊富に生息しているの。ある程度の規模の海を有する惑星にはクジラに類する生物が誕生し、生息しているのよ。クジラといってもその形状は様々だけど、生態はどれも似たようなものね」
「全然違う、遠く離れた星の上で似たような生物が誕生するんですね」
「不思議に思う?でも、不思議じゃないのよ。海洋生物に限らず、似たような環境の惑星で誕生した生物はその環境に応じて似たような進化の道を辿るのよ。無論、多少の違いはあるけどね。そうしてそれぞれの惑星で進化した人類が交流して今の世界があるのよ」
ヤン先生の特別講義を目を輝かせて聞き入るセイラ。
「壮大でロマンに満ちていますね。でも、リブリナのクジラって凄く大きいし、群れの規模も大きいですね」
「リブリナの海には何種類かのクジラが生息しているけど、あれは特に大きい種ね。体長は最大で100メートルにもなるし、群れの規模も100体以上の群れが普通ね」
「凄い。そんなに凄い規模の群れでみんなが迷子にならずに同じ方向に泳いでいる。やっぱりリブリナのクジラも歌で意思疎通をしているのでしょうか?」
「そうね、どこの星に生息しているクジラも海中では音波振動によって意思疎通をしているわね。その一部、私達の可聴域の声がクジラの歌と呼ばれているけど、それはほんの一部に過ぎないのよ」
セイラとヤンの会話を聞きながらフブキは惑星リブリナ大気圏内の航行を続け、やがてアレンダの港に到着した。