不思議な依頼
サンダースとヤンの説明によれば、アクネリア銀河連邦とダムラ星団公国の境界付近の辺境宙域で異変が生じているということで、その調査に協力して欲しいということだ。
「宙域の異変ということですが、一体何が起きているのですか?その上で私達に何を協力しろと?」
シンノスケの質問にヤンが答える。
「リムリア銀河帝国がダムラ星団公国に侵攻し、我が国の艦隊が介入した後のことなのですが、境界付近の我が国側の宙域で宇宙クジラを目撃したという報告が増えているのです。ご存知のとおり、宇宙クジラと遭遇するというのは非常に稀なことで、アクネリア銀河連邦全体でみても年間に2、3件あるかどうか。最近ではカシムラさん自身が遭遇した事例が最後です」
ヤンの言うとおり、確かにシンノスケは以前、ガーラ恒星州からの帰りに宇宙クジラに遭遇しており、そのことを組合に報告したことは事実だ。
シンノスケは宇宙軍に所属していた頃も含めて宇宙クジラに2回遭遇しているが、それ自体が非常に稀な経験だ。
「目撃情報が増えているって、実際にはどの程度なんですか?」
「この1カ月間で7件、目撃情報はほぼ同じ宙域に集中しています」
「それは確かに妙な話ですね」
宇宙クジラは神出鬼没で遭遇率も極めて低く、その生態についての調査もされていない神秘的な存在とされている。
そんな宇宙クジラが同じ宙域で何度も目撃されているということは、何らかの理由でその宙域に留まっている可能性があるのだが、宇宙クジラは基本的に宇宙船の航行不能宙域や、航路から大きく外れた宙域を回遊していると考えられており、特定の宙域で何度も目撃されるというのはシンノスケも聞いたことが無いし、宇宙環境局でも前例が無いことらしい。
宇宙環境局としてはその宙域周辺で異変が生じている可能性があるのではないかと判断し、調査に乗り出すことになったのだが、そこはそれ、予算の限られたお役所では保有する調査船の数も限られている。
「私共が保有する調査船は全て出払っておりまして、どんなに早くても3カ月は戻ってきません。そこで自由商船組合に調査協力の依頼を出すことになりまして、調査に必要な能力を持つ船を保有する自由商人の紹介をお願いしたところ、カシムラさんを紹介されました。しかし、正に入れ違い、タッチの差でダムラ星団公国方面の仕事を受諾した後だったのです。ただ、組合職員の方が『カシムラさんが向かうのはダムラ星団公国だから一緒にお願いしてみてはどうですか?』と提案してくれまして、こうして呼び止めさせていただきました」
ヤンの説明を聞いてハッとしたシンノスケが振り返ってみると、喫茶室の入口からこちらをのぞき見ているリナの姿。
シンノスケが振り向いたことに気付いたリナは顔の前で両手を合わせてばつが悪そうな表情を見せている。
「やっぱり油断なりませんわね」
ミリーナが呟き、シンノスケは盛大にため息をつく。
「お話は分かりました。依頼を受けるのは構いませんが、最初に言ったとおり先に受けた仕事が優先です。そちらの依頼はその後で、ということになりますよ」
シンノスケの返答にサンダースは頷いた。
「それで構いません。よろしくお願いします」
「で、調査といっても私に何をしろというのですか?まさか『宇宙クジラを捕獲してこい』なんて言いませんよね?」
「とんでもない。調査自体は私達が行います。お願いしたいのは私達を調査宙域に連れて行ってもらうことと、船のレーダー等の機能を使って調査に協力していただくことです」
「そうしますと、私の船に同乗するということですか?私は構いませんが、最短でも1カ月は戻ってこれませんよ?加えて、戦争中のダムラ星団公国に行くのですから相応の危険が伴います。貴方達の身に何かあっても責任は取れませんよ?どうせその時にはみんな揃って宇宙の藻屑ですから」
「全て承知の上です。勿論、食費等の必要経費は報酬に上乗せしてお支払いします」
提示された報酬額を確認し、ミリーナを見てみればミリーナも頷いている。
「分かりました。依頼を受けましょう。出航は明後日です、15時出航予定なので14時までに私のドックへ来てください」
「「ありがとうございます」」
シンノスケとミリーナは立ち上がると宇宙環境局の依頼受諾の手続きのためにリナのもとに向かった。
「シンノスケさん、すみませんっ!」
シンノスケがリナのカウンターに来るとリナが再び顔の前で両手を合わせる。
聞けば、シンノスケが依頼を受けたのと入れ違いにサンダース達が来たらしい。
「宇宙環境局さんの依頼を確認したところ、シンノスケさんの船のフブキが最適だったんです。それでついシンノスケさん達に聞いてみたらどうですか?って言っちゃったんです」
申し訳なさそうなリナを見てシンノスケとミリーナは顔を見合わせて肩を竦める。
「いや、別に問題ありませんよ。むしろ1回の航行で2つの仕事をこなして報酬を受け取れるんですからかえって助かります」
シンノスケの言葉を聞いてホッとした様子で手続きを進めるリナ。
こうしてシンノスケはフブキの初仕事として大気圏突入を要する運送業務に加えて宇宙クジラの調査という不思議な依頼を受けることになったのである。