宇宙環境局
ケルベロスを失い、フブキを手に入れたことにより経済危機に陥ったシンノスケは、その状況を改善すべく仕事を探しに組合にやってきた。
マークスは護衛艦としてのフブキの初期設定があり、セイラも新しくあてがわれた個室の整理と航行管制、通信システムのチェックがあるので、フブキに残っているため、今回はミリーナを伴っている。
「さて、今回は多少のリスクを負っても割の良い仕事を受けたいな」
「そうですわね、地道にいくのもいいのですが、現在の私達の懐具合を考えると、利益優先の方がいいですわね」
そんなことを話しながら端末を操作しながら現在出されている依頼のデータを確認する2人。
相変わらず多くの仕事の依頼が出されているが、特にリムリア銀河帝国と戦争状態のダムラ星団公国方面に向かう仕事の報酬は高騰しており、護衛依頼はもとより小規模の貨物輸送依頼も多い。
護衛依頼の方が報酬が高いが、いくら経済状況が悪いとはいえ、慣熟航行もせずにフブキを実戦投入するのだから、他船を護衛する護衛依頼は避けたいところだ。
「やっぱり今回は単独での貨物輸送にしておいた方がいいな」
シンノスケの考えを基にミリーナが端末を操作して幾つかの依頼をピックアップする。
何れもダムラ星団公国方面への貨物輸送依頼だ。
「100トン未満の貨物輸送で、リスクを承知で割の良い依頼というと、こんなところですわね。でも、珍しいですわね、100トンなんて大した量でもないのに食料や穀物輸送依頼が幾つもありますわ」
確かにミリーナがピックアップした依頼の中には食料関係の輸送依頼が幾つもある。
食料関係に関する輸送は通常であれば数万トンクラス以上の大型貨物船の仕事だ。
「ああ、これは戦時にはよくあることだ」
「えっ?」
「戦争中の国で不足している物資を運ぶのに大型貨物船ではリスクが高いんだ。例えば、1万トンの物資を輸送するのに大型貨物船なら1隻で運ぶことが可能で、コストも安い。だから、平時ならばその手の仕事は大型船の独壇場だが、戦時になると状況は変わる。航路の治安が悪くなっている中、大型船では1隻沈められただけで全てが終わってしまう。だから依頼する側もリスクを分散するためにコスト高でも中型や小型船に仕事を割り振るんだ」
「なるほど、そういうことですのね。で、シンノスケ様、どうします?私達も食料輸送の仕事を受けますか?」
ミリーナに問われてピックアップされた依頼を見比べるシンノスケだが、ふと見ると、食料輸送ではないが、薬品原料の輸送依頼で突出して報酬の高いものがある。
「これは?」
シンノスケに促されて依頼の詳細を表示するミリーナ。
「確かに報酬が割高ですわね。ダムラ星団公国の辺境の惑星リブリナへの薬品原料の輸送ですけど・・・ああ、分かりましたわ。これはコロニーでなく惑星上の都市への輸送依頼ですわ」
つまり、大気圏内に降下する必要があるということで、大気圏突入と重力下での航行能力を有する船限定の依頼ということだ。
「あ、そういうことか。惑星まで降りて届けに来い、ということか。・・・いいな、これにするか」
「えっ?シンノスケ様、これになさいますの?ということはフブキは大気圏突入が可能ということですの?」
「ああ、出来る。ケルベロスも大気圏突入と重力下の航行は可能だった。ただ、ケルベロスの場合、大気圏を離脱するには推力が足りなくて専用のブースターが必要だったが、フブキならば大気圏突入、重力下航行、大気圏離脱も問題なく可能だ。よし、これを受けよう」
シンノスケは決断するとリナの待つカウンターに向かった。
カウンターで事務処理をしていたリナはシンノスケに気付くとその表情がパッと明るくなる。
「あっ、シンノスケさんこんにちは。その眼鏡、とってもお似合いですね」
営業スマイルではない笑顔で挨拶するリナ。
シンノスケの横に立つミリーナからピリピリとした気配を感じる。
まるで帯電しているのではないかと思う程だが、ミリーナの能力に発電能力は無かった筈だ。
おそるおそるミリーナに目を向ければ、こめかみをピクピクと震わせながらもニコニコとした笑顔を貼り付けている。
(そんな安い挑発には乗りませんわよ!)
そんなミリーナの心境を余所にシンノスケはミリーナが大人の対応をしていると勘違いし、根拠の無い安心感を持って手続きを進めることにした。
「この依頼を受けます」
「えっと、ダムラ星団公国惑星リブリナへの物資輸送ですね」
そう言いながらリナは端末を操作し、シンノスケの新たな護衛艦フブキが依頼内容に見合った能力を有しているかを照合する。
因みにこの際にシンノスケの経歴データも照会してシンノスケの大気圏突入の経験について確認することも忘れていない。
「ペイロード、惑星降下能力共に問題ありません。大丈夫ですね。ではこの依頼を受諾する、でよろしいですね?」
「はい、お願いします」
確認を済ませたリナは手慣れた手つきで契約手続きを進める。
「・・・はい、手続き完了です。戦争中のダムラ星団公国への輸送ですから、くれぐれも気をつけてくださいね」
心の中の不安を押し込めて笑顔を絶やさないリナ。
「大丈夫ですわ。シンノスケには『わ・た・し』が付いていますから」
とうとう我慢できずに口を挟み胸を張るミリーナ。
やっぱりちょっと大人気ない。
「はい、よろしくお願いしますね」
それでも笑顔を崩さないリナの方がよほど大人だ。
取り敢えず仕事も受諾したことだし、これ以上ミリーナの機嫌が悪くなる前に早々に退散することにしたシンノスケだが、組合を出ようとしたところで一組の男女がシンノスケ達を追い掛けてきた。
「すみません、シンノスケ・カシムラさん、ちょっとよろしいですか?」
中年の男に名指しで呼び止められて振り返ったシンノスケ。
「はい?」
表情を変えず、声を掛けてきた男女を観察する。
1人は年の頃40代の男性、付き従っている女性は30歳前後。
2人共に紺色の制服を着ている。
「突然申し訳ありません。私達は宇宙環境局の職員で、私はダシーム・サンダース、彼女はメイファ・ヤンです。実はカシムラさんに折り入ってお願いがあるのです。お話を聞いていただけませんか?」
揃って頭を下げる2人。
宇宙環境局とは、宇宙の環境を調査し、国内宙域の環境と安全を維持することを目的とし、ブラックホール発生や恒星爆発等の予測や小惑星帯の調査、果てはスペースデブリの撤去までと宇宙環境に関する様々な事項を担っている国の機関で、2人はそこに所属する役人というわけだ。
「お願いとは?私はたった今、別の仕事を受けたばかりなのですが?」
「はい、カシムラさんがダムラ星団公国方面の仕事を受けたことは存じ上げています。それに便乗する、というのは大変失礼なことですが、私達の依頼も併せて受けていただけませんでしょうか?」
確かに、宇宙環境局や航路局、港湾局等の機関から自由商船組合に依頼が出されることは珍しいことではないが、たった今依頼を受けたばかりの自由商人を呼び止めてまで指名してくることはよくあることではない。
「お話を聞くのは構いませんが、どのような依頼にせよ、先に受けた仕事の方が優先ですよ?」
「それでも結構です」
シンノスケは場所を変えて話を聞いてみることにした。
組合の喫茶室に移動したシンノスケはサンダースの話を聞いてみる。
「実は、ダムラ星団公国との境界付近宙域の調査に協力していただきたいのです」
サンダースからの依頼は宇宙環境調査への協力だった。




