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ひとまず一息

 シンノスケが無事に初仕事を終えた頃。

 サリウス州中央コロニーに司令部を置く宇宙軍第2艦隊に新たな艦隊司令官が着任した。

 アレンバル宇宙軍大将。

 49歳にして大将の職にあり、宇宙艦隊の基幹艦隊である第2艦隊司令官を拝命した切れ者であり、彼を知る一部の者からは変わり者と称されている。


 艦隊司令官の着任ともあれば、通常は前任地まで新所属の艦船が出迎えに行くことが通例であるが、家族を伴って赴任するアレンバル大将は民間の旅客船を利用し、ターミナルからは軌道交通システムで司令部に着任するという、早速変わり者の本領を発揮した。

 公共交通機関を利用したことから制服でなく私服で司令部に現れたため、司令部の警備兵の誰何を受け、素性を知った警備兵を仰天させるトラブルもあったが、アレンバル大将は何も気にしていない。


「久しぶりの艦隊勤務です。身が引き締まりますね。娘達にも『お父さんが艦隊司令官なんて信じられない』なんて言われてしまいましたよ」


 司令官室で制服に着替えながら副官の中佐に気さくに話しかけるアレンバル大将。


「前任の宇宙軍作戦本部次長の前は士官学校の校長をお勤めでしたね。小官が卒業した翌年の着任だったので残念ながら司令官殿の講義を受けることは出来ませんでした」

「いやいや、私の講義など他の教官方に比べれば大したものではありませんよ。学生を如何に眠りに誘うかを楽しみにしていたくらいですからね。学生の育成は教官方に任せて私は将来有望な若手に唾を付けておくことが士官学校での目的だったんですよ」

 

 冗談とも本気とも取れる言葉に中佐も微妙な表情を浮かべる。


「司令官殿が校長時代の年次でいいますと、当艦隊第1戦隊所属の巡航艦隊指揮官のテイラー中佐や強行偵察隊副隊長のザックマン少佐ですね」

「そうですね、他にも沢山いますが、彼等は特に優秀でしたね。でも、他にも見所のある学生はいましたよ。例えば、座学や術科の成績は中の中で全く目立たないのですが、艦船運用や艦隊指揮シミュレーションでは教官を苦戦させる学生がいましたね。ハンデ付きで私も対戦しましたが、ハンデを付けてやったことを後悔する位には手こずりました。尤も、他の成績が振るわなかったので、卒業時の評価は『特』や『優』ではなく『良』に留まりましたがね。確か、彼も第2艦隊に所属していた筈ですが・・・」


 そんなことを言いながら着替えを終えたアレンバル大将は艦隊幕僚が集合している会議室に向かった。



 初仕事を終えてケルベロスの修理の目処がついたシンノスケはケルベロスのブリッジの操縦席(ここが一番落ち着く)でのんびりと過ごしていた。

 船乗りだった父の影響か、規則正しい生活が身についている上に軍隊生活の習慣からシンノスケの体内時計はかなり正確なもので、何らかの用件で夜中の2時や3時に起きる必要がある時にはアラーム無しでも狙った時間には目が覚める。

 逆に何も無い時にでも自然と午前6時には目が覚めてしまうため、惰眠を貪ることも出来ずに時間を持て余していた。

 総合オペレーター席ではマークスがシンノスケ宛ての連絡を確認している。


「サイコウジ・インダストリーから連絡がありました。ガトリング砲の取り付けは明日になるそうです」


 シンノスケと違ってマークスには休息は必要はないが、かといって用も無いのに動き回っていてはエネルギーの消費効率が悪いので何もない時は総合オペレーター席がマークスの定位置と化している。


「ん、分かった」


 操縦席のモニターで中央コロニーの映像番組を流してはいるが、シンノスケはぼんやりとしていて見ていない。


「・・・そのドリンク、お口に合わなかったのではありませんか?」


 モニターの情報を確認しながら振り返ることなくマークスが話す。

 シンノスケの手元にあるのは件の合成フルーツ茶だ。


「ああ・・・口には合わないんだが、何となくな・・・」

「よく分からない思考ですね・・・」

「まあ、そう呆れるなよ」

「呆れていません・・・」


 不毛な会話で時間を潰すシンノスケとマークス。

 そんな時、ドックに来訪者を告げるアラームが鳴った。


「マスター、来客のようです」

「こっちに繋いでくれ」


 シンノスケのモニターにグレンのどアップの映像が映し出された。


『ようっ、シンノスケ。届け物があって来たぜ!』


 アポ無しでの突然の来訪に困惑するが、仕事が終わったとはいえ大切な依頼人だ、門前払いというわけにもいかない。

 シンノスケが目配せをするとマークスはドックのゲート周辺の確認をする。


「来訪したのはグレン、カレン、アリーサの3名、10トンクラスの貨物車で来ています。ゲート周辺に不審点はありません」

「分かった。ゲートを開けてくれ」


 マークスに指示したシンノスケは艦を降りてグレン達を出迎えた。


 ゲートが開くや否やグレンはシンノスケの手を握る。


「今回のことは本当に助かったぜ!お宝を手に入れて無事に帰ってこれたのはシンノスケのおかげだ!」


 グレンの勢いにたじろぐがシンノスケ。


「いや、グレンさん達が稼げたのはグレンさん達の仕事の賜物です。私は依頼された仕事を全うしただけですよ」


 シンノスケの答えにグレンは豪快に笑う。


「ワハハハハッ!相変わらず堅苦しいなシンノスケ。とにかくお前がいなけりゃ俺達が揃って宇宙の藻屑になってたのは間違いないんだ、お前が何と言おうと、今回のぼろ儲けはシンノスケのおかげだ!」


 笑いながらバンバンと肩を叩いてくるが、正直ちょっと痛い。


「グレンの言うとおりよ。あれだけの数の宇宙海賊に襲われておきながらビッグ・ベアもシーカーアイも傷一つ無く守ってくれた。今でも信じられないわ。ねえアリーサ」

「はい。ご自分の危険を顧みずに私達を守ってくれて、本当に助かりました。ありがとうございますシンノスケさん」


 そこまで言われたならばこれ以上は何を言っても白けるだけなので場の空気を読んだシンノスケは愛想笑いでその場を誤魔化す。


「そこでな、シンノスケにお礼の品を届けに来たんだ!カレン、アリーサ、運び込んでくれ」


 グレンの指示を受けてカレンはゲートの外に停めてあった貨物車をドックの中に乗り入れる。

 

「シンノスケさん、リフトをお借りします」


 そしてアリーサはドックに備え付けてある積み込み作業用のリフトの運転席に乗り込んだ。


「ちょっと待ってください。お礼って、今回の仕事の契約金は受け取っていますよ」


 困惑するシンノスケ。


「契約金は契約金だ。今日持って来たのは俺達からの心ばかりの礼だ。酒の1杯も奢りたかったんだが、俺は下戸だからシンノスケには付き合えない。後で飯でもご馳走させてもらうが、チームの皆は持ち帰ったレアメタルの処理に大忙しでな。暫くはその機会が得られない。で、代わりと言ってはなんだが、レアメタルを持ってきた」

「えっ?」


 食事を奢る代わりにレアメタル。

 まるで釣り合わない話にシンノスケは状況が飲み込めない。


「いやあ、今回は俺の予想を遥かに越える水揚げでな。高純度のレアメタルが100トン以上も手に入った。依頼料の借金どころか前回の損失を補填してもまだまだ余裕があるほどの大儲けだ。笑いが止まらないとはこのことだな。だから、シンノスケにも5トンやる」

「はっ?」


 更に混乱するシンノスケの背後ではカレンとアリーサが貨物車からレアメタルを降ろし始めている。


「ちょっ、ちょっと待ってください。高純度のレアメタルって高値で取引される超貴重品じゃないですか!それをやるって、そんな簡単に・・・」

「おう、本当は10トンにしようとしたんだが、いきなり10トンも持ってきたら流石に迷惑だろうし、シンノスケも遠慮するだろうからってカレン達に止められてな。だから半分の5トン持ってきた」


 レアメタルなんか渡されてもどうしたらいいか分からない。

 5トンでも迷惑だし、遠慮したい。


「マークスさん、何処に置けばいいですか?」

「それではケルベロスの貨物室を開けますのでそちらにお願いします」


 固まっているシンノスケを余所に勝手に積み込みを始めるアリーサとそれを受け入れるマークス。


「まさか、ここまでして持って帰れとは言わんよな?まあ、言ったところで持って帰りはしないけどな。男が一度差し出したものを引っ込められるか!」

「しかし、そんな高価なものを・・・」


 シンノスケとグレンのやり取りを見てカレンが笑う。


「受け取ってよシンノスケ。私達が助かったのは本当に事実なんだから。それに、今後もちょくちょく仕事を頼むことになるだろうから、ちょっとしたお近づきのしるしよ」


 全然ちょっとしていないのだが、そこまで言われればシンノスケもこれ以上固辞することも出来ない。

 それに、背後ではマークスとアリーサがどんどん作業を進めているので持って帰れとは言えない状況だ。


「分かりました。ありがたく戴きます。・・・しかし、レアメタルなんか貰ってもどうしたものか・・・」

「どうしたものかって、シンノスケ、お前、貿易業務資格を持っているよな?」

「ええE級ですが」

「なら貿易してみたらどうだ?お前にやったレアメタル、このコロニーでも売れるが、ダムラ星団公国なら結構な値で取引できるぜ。お前、軍人から自由商人になったばかりだろう?これも経験だ、試しにやってみて損はないとおもうぜ?」


 グレンの言うことにも一理ある。

 シンノスケも自由商人になったからには護衛艦業務ばかりしているわけにもいかないのも事実だし、受け取ったレアメタルを元手にするならばリスクも少ない。


「分かりました、考えてみます。因みにグレンさん達は100トンものレアメタルをどう捌くのですか?」

「俺達は俺達で買い取ってくれる顧客がいるからな。そっちで儲けるさ。俺も貿易業務資格を持ってはいるが、俺達の船は採掘のための船だ。ダムラ星団公国まで運ぼうにも、また護衛艦を雇わなきゃならんからリスクと手間が掛かりすぎるのさ。そんな暇があったら近場の宙域でお宝掘りをしていた方が効率がいい」


 結局、ダムラ星団公国までレアメタルを運ぶとなるとサイコウジ・カンパニーのような大企業のように船団を組めない一般の輸送船等ではリスクが大き過ぎるらしい。

 その点、武装した護衛艦ならばそのリスクが軽減されるというわけだ。


(とりあえず挑戦してみるか)


 新たな仕事に挑戦することを決めたシンノスケ。

 こうしてシンノスケの休息の日は慌ただしく過ぎていった。

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