宇宙軍大尉シンノスケ・カシムラ
「職業選択の自由」シリーズの作者、新米少尉です。
本作は職業選択の自由シリーズの作品ではなく、全くかけ離れたジャンル、世界観の小説です。
お付き合いいただければ嬉しく思います。
『地球は人類の、全ての生物の故郷』そんな言葉も遙かなる過去の歴史に埋もれた時代の物語。
地球の重力を振りほどいて広大な宇宙に漕ぎ出した地球の人類は別の銀河の様々な人々と出会い、共に手を取り、時に争い、子を宿し、育て、子孫を残し、繁栄してきた。
地球人という概念すら忘れ去られ、宇宙に生きる全ての人々を人類と呼ぶこの時代、宇宙には幾つもの国家が存在していた。
それぞれの国家は恒星系の小国家から銀河国家まで大小様々であるが、独立した国家は総称して銀河国家と呼ばれている。
光の速さを超え、空間跳躍すらも可能な艦船やあらゆる技術を駆使して銀河をつなぎ、今や様々な人々が暮らす広大な宇宙。
それでも人類の広げた地図は無限の宇宙の片隅のちっぽけなものかもしれない。
アクネリア銀河連邦はアクネリア、ガーラ、サリウス、ライラス、イルークの5つの恒星州により構成された連邦国家だ。
周囲にはダムラ星団公国・リムリア銀河帝国・6325恒星連合国等の銀河国家があり、友好や緊張関係の中でひとまずの平穏を保っていた。
そんなアクネリア銀河連邦の外縁、リムリア銀河帝国との境界の領域を航行する5隻の船。
青を基調とした揃いのカラーリングの船体にはアクネリア銀河連邦宇宙軍の国籍表示、アクネリア銀河連邦宇宙軍所属の辺境パトロール隊だ。
軍艦や民間船として銀河国家で広く運用されている宇宙船は高度に自動化され、乗務員1人でも航行可能だが、そこはそれ、軍艦でも民間船でも乗組員の負担を軽減するために複数の乗組員によって運用されることが普通であり、このパトロール隊の各艦にも艦長兼操縦士の他に副操縦士兼機関士1名、航行管制士1名、通信レーダー員1名、火器管制士1名の5名が乗り込んでいる。
フリゲートを中心としてコルベット4隻で編成されたパトロール隊の指揮艦(艦隊ではないので旗艦とは呼ばない)にその男は乗艦していた。
このパトロール隊の指揮艦の艦長兼パトロール隊の指揮官であるシンノスケ・カシムラ宇宙軍大尉、28歳。
アクネリア銀河連邦宇宙軍士官学校を良好な成績で卒業し、様々な任務で実績を重ねた彼は20代半ばにして宇宙軍大尉にまで出世した職業軍人だ。
シンノスケの実力ならば、とうに少佐や中佐になっていても不思議ではないが、元来の真面目で融通の利かない性格が災いして一部の軍幹部の評価に恵まれず、大尉のまま頭打ちの状態で、万年大尉に甘んじている。
しかし、シンノスケ自身は自分の置かれた境遇を悲観してはいない。
シンノスケは元々出世に関しては無頓着で、職業軍人として与えられた任務を黙々と遂行し、その結果、昇任と階級がおまけで付いてきたという程度の認識なのである。
今日もパトロール隊指揮艦で自分が淹れた(部下が淹れてくれたものではない)コーヒーを飲みながらモニターを眺めていた。
少人数運用のパトロール隊では隊の指揮官であり指揮艦の艦長であろうとも艦の操縦士を兼任しているのだが、今は副操縦士に任せているので、コーヒーを飲む程度の余裕はあるものの、それでもその視線は目の前のモニターから外さない。
シンノスケのパトロール隊がこの宙域の警戒任務に就く際に前任の隊から不審船についての引き継ぎを受けた。
この宙域は小惑星帯が点在し、さらに超重力帯等の航行不可能な場所も多く、通常航路からは大きく離れている危険地帯で、真っ当な船ならば好き好んで航行しようなどとは思わない。
しかも、この宙域の先にあるのはアクネリア銀河連邦とは緊張関係にあるリムリア銀河帝国だ。
前任の隊は不審船の探知が遅れて捕捉するには至らなかったが、そんな宙域を航行する船が真っ当であるはずがない。
そこでシンノスケはこの警戒任務に就くにあたり、不審船の臨検を想定して白兵戦部隊の応援を要請し、連邦宇宙軍海兵隊1個小隊28名がパトロール隊の各艦に搭乗しているのだ。
これで不審船を発見できなければ海兵隊員にとっては無駄足であるし、そのために数週間の任務中、狭いパトロール艦に搭乗してくれている海兵隊員にも申し訳ない。
しかし、シンノスケの事情とは裏腹に各艦に搭乗している海兵隊の士気は高い。
というのも、この手の任務は海兵隊員にとって人気の任務なのだ。
シンノスケのパトロール隊のような小部隊でも、一度出動すれば数ヶ月間に渡る任務になることも珍しくなく、そんな任務に就く乗務員のストレスを溜めないために艦内での食事を担う自動調理機は高性能の物が搭載されており、艦内での食事はコロニーや惑星上の基地の食事よりも上等なものだ。
そして、その艦に同乗する海兵隊員も同じ食事が提供されるのである。
それに加えて乗艦任務手当や、危険が伴うとはいえ不審船への臨検があれば特別手当も出るとなれば、海兵隊員にとっては旨味の多い任務なのだそうだ。
仮に不審船を発見出来ず、出番がなかったとしても何の不満も無いどころか、労せずして美味い食事と乗艦任務手当にあやかれるのだからそちらの方が都合がいいらしい。
シンノスケにしても、不審船などいない方がいいのだが、不審船が『存在しない』のと、『存在しているが発見することが出来なかった』ではまるで違うので、警戒を怠るわけにはいかない。
この宙域の警戒任務に就いて1週間が過ぎたが、今のところは異常は認められなく静なものだ。
同乗している海兵隊員も暇を持て余して艦内の各所でトレーニングに勤しんでいる。
「パッシブディテクターに反応!距離283+4A、リムリア銀河帝国方向に移動中」
通信レーダー員のクレア・アーネス軍曹が声を上げた。
シンノスケは直ぐに指揮席のモニターを切り替える。
パッシブディテクターのモニターに表示された反応は2つ。
「了解、確認した。アクティブ探索はかけていませんね?」
「はい、パッシブのみです」
「航行識別波は出していますか?」
「いえ、識別波の発信なし」
宇宙空間を航行する宇宙船、特に民間船はその所在や素性を明らかにするために航行識別波の発信が義務付けられている。
その識別波が発信されていないとすれば、任務中の軍用艦か公的機関の特殊任務船等に限られ、それ以外ならば宇宙海賊等の不審船だ。
宇宙船の航行識別波や微小な電波や磁波、エンジン熱等の様々な痕跡を探知するパッシブディテクターは探索波を発信して目標を探すアクティブディテクターに比べれば精度は落ちるが、目標に探知されにくいという利点がある。
しかし、その反面で小惑星やスペースデブリ等との判別が難しく、不審船だと思って追跡してみればスペースデブリだったということもよくあることだが、それでも不審船情報があった宙域で探知した情報だ。
シンノスケは決断する。
「よし、隠密追跡を開始します。目標に向けて機関全速!速力120まで加速した後にエンジンカット、エンジンを冷却しながら慣性航行で目標を追跡します」
シンノスケの命令にブリッジで様子を見ていた海兵隊の小隊長も隊員に武装待機を命じた。
各艦が慌ただしくなる。
「宇宙海賊でしょうか?」
シンノスケの副官を兼ねる副操縦士のカシム・クレイドル少尉は緊張した様子だ。
士官学校を卒業して後方勤務を経てシンノスケのパトロール隊に配属された優秀な男だが、前線勤務は士官学校卒業時の2ヶ月の研修のみで、経験不足は否めない。
それでも、士官学校を優秀な成績で卒業したクレイドル少尉は将来の宇宙艦隊を担う上級幹部を目指して自ら志願してパトロール隊に異動してきた。
隊に着任して3ヶ月、初めての経験に緊張しているようだ。
「民間船の航路も無い危険宙域に宇宙海賊なんて現れません。こんなところをウロついているのはもっと不審な連中ですよ」
これも経験だ。
今回はクレイドル少尉に艦の操縦を任せることにしたシンノスケは隊の指揮に専念することにした。
「足の速い4番艦と5番艦は速度を125まで上げ、目標の前に出て頭を押さえなさい。これより全ての通信を封鎖します」
パトロール隊の各艦はそれぞれの進路を確保するとエンジン出力を最大にまで上げて一斉に加速し、最高速度近くまで加速するとエンジンをカットして慣性航行に入る。
対象船に気取られぬよう全て通信を封鎖し、船外標識灯も消した状態で目標を一気に追い上げた。
とはいえ、広大な宇宙空間でのことだ。
接敵するまでには数十分を要するが、その間はエンジンの推力に頼らず、慣性に従って無駄な挙動をせずに目標との距離を詰めるのは操縦士の腕の見せどころだ。
シンノスケの隊の各艦艦長兼操縦士はもとより、指揮艦の副操縦士であるクレイドル少尉もしっかりと訓練を積んでおり、危なげない操艦だ。
「目標捕捉!中型の貨物船2隻、所属不明。アンノウンと認定。帝国方向に航行中。・・・対象からも探知されました」
アーネス軍曹が報告するが、シンノスケは慌てない。
目標に接近すれば探知されることは当然のことであるが、むしろシンノスケの想定よりも遅いくらいだ。
「よし、目標船にレーザー通信を送ります!」
「了解!アンノウンに対してレーザー通信を強制接続します」
アーネス軍曹はレーダーと通信端末を操作し、不審船2隻を通信ロックすると同時にレーザー通信波を照射した。
「我々はアクネリア銀河連邦宇宙軍辺境パトロール隊である。前方を航行中の貨物船は直ちに停船して船籍と航行目的を述べよ!」
シンノスケが警告を発するのに合わせて火器管制士のカイル・レイドナー准尉が主砲を起動させて目標船をロックオンした。
これで、艦長のシンノスケか、副操縦士のクレイドル少尉、火器管制士のレイドナー准尉の何れかがそれぞれの席にあるトリガーを引けば目標船を撃沈することができる。
「繰り返し警告する。直ちに停船せよ。従わない場合は攻撃、抵抗するならば撃沈する!」
再度の警告に2隻の不審船は僅かに加速して逃走する素振りを見せたが、既に遅い。
先行した4番艦と5番艦がその前方に回り込んで進路を塞いでいる。
5隻のパトロール艦に包囲され、四方からロックオンされた不審船は逃走を諦めた様子で停船した。
「アンノウンから通信。音声のみです」
アーネス軍曹は不審船からの通信をブリッジのスピーカーに接続する。
『・・・こちらは宇宙軍第2艦隊所属の特殊任務艦だ。ガーラント准将の特命を受けて秘匿行動中である。任務の内容については極秘のため説明することはできない。我々の任務の邪魔をすると貴官の責任問題になるぞ』
不審船は宇宙軍所属の特殊任務艦だから介入するなと主張してきた。
宇宙軍第2艦隊はリムリア銀河帝国との境界、つまりシンノスケのパトロール隊が警戒する宙域を有するイルーク恒星州とサリウス恒星州に展開する宇宙軍の主力艦隊であり、ガーラント准将はその第2艦隊の作戦参謀だ。
目の前の特殊任務艦だと主張する不審船はもっともらしいことを言ってきているが、シンノスケは真に受けていない。
そもそも、極秘任務中の特務艦がパトロール隊に捕捉されること自体があり得ない。
それでもシンノスケは冷静に問いただす。
「了解した。特殊任務中であるならばその任務については詮索しない。但し、その事実を確認するために任務コードを送れ」
シンノスケの言う任務コードとは、秘匿性の高い特殊任務艦が持つ作戦ごとのコードであり、そのコードを照合することでその艦が任務中であるか否かだけは確認することができる暗号だ。
『こちらは極秘任務中であるためコード送信を拒否する』
案の定の返答だが、この不毛とも言えるやり取りの間に必要な情報が出揃った。
シンノスケの前のモニターに3番艦からの秘匿情報が表示される。
3番艦はパトロール隊の中でも特に探知能力に優れた艦だが、シンノスケが時間を稼いでいる間に不審船内のサーチを完了し、その結果を報告してきたのだ。
報告内容はそれぞれの不審船のブリッジに体温35度以上の生体反応が4つ。
そして、貨物室下部に同じく体温35度以上の反応が密集している。
数にして10~20、密航者か、商品として売買される人間である可能性が高い。
当然のことであるが何れも違法であり、重罪だ。
となれば目の前の船は特務艦などではなく犯罪を行っている疑いが高いただの不審船だ。
その間に海兵隊の準備も完了した旨の報告もきた。
シンノスケは決断した。