前代未聞の時間遡行!1
「...jkに膝枕されたい。」 「えっ。」
カミカワが何か言った。しかしそれは現況にいともそぐわない、戯言のようなものにサカイは聞こえた。いともそぐわないというのも、彼ら部隊は現在、敵の拠点に向けて深山幽谷を抜け出そうとしている最中なのだ。
「なあ。一応聞いておく、お前は今何と言ったんだ?」
握っている泥、砂埃まみれのレーザーガンを擦りながら、サカイが尋ねる。
「...されたいです。jkに膝枕...。」 「はあっ?」
あまりにも予想外な言葉に、サカイは素っ頓狂な声を上げる。カミカワの目は虚ろで、今にでもシャットダウンしそうな塩梅であるが、その言葉にははっきりとした意志が感じられた。
「jkって、聞いたことはあるが...確かたいそう昔の人々のことを指すんだろう?そんなものに興味があるのか?」
「そうだな。jkは、今から3000年くらい前か。ちょうど今の俺達と同じくらいの歳の女学生のことを意味するらしいぜ。」
「ふーん。というか、何故そんな古代の人達に着目するんだ?」
からきし興味なさげにサカイが尋ねる。正確には、jkの時代は古代ではない。しかし、西暦5000年を越えた時代の人達からすれば、遥か前の詳細など眉唾であり、十把一絡げに古代だとまとめてしまうものである。
「俺も随分と前に読んだ文書のことで詳しく覚えてないんだけどさ。人類が誕生してから文明がどんどんでっかくなるだろ? そんで有り得んぐらいでっかくなった時に、世界中に革命が起こったんだよ。それで世界がガラリと変わったそうさ。」
「第一文明と第二文明の話をしてるのか?」
「そう!それだ!さすがはエド!造詣が深いなあ。」
カミカワは目を見開いてはしゃぐ。
「俺はその第一文明の終盤、つまり革命が起こる直前の文明を見てみたいのさ。人類が一番輝いていた時代とも言われているぐらいのな!」
「俺も詳しくは分からないが、つまりその第一文明の終盤が約3000年前、jkと呼ばれる人達がいた頃ってことか...」
そう、そうとカミカワが笑顔で頷く。文明に対する革命はこれまで二度あり、彼らの時代は第三文明の真っ只中である。
直近に起きた革命では人工型生物時空変更装置、通称タイムマシンが発明された、というものである。それまでは数多の科学者が自然の力による超常現象で時空変更を力説してきたが、
どれも不完全なものであった。
遂にタイムマシンが完成した世の中だが、全ての人がそれを使用出来るわけではなく、厳重たる国家機密の下で今なお明かされていない事柄が多い。
「お前が羨ましいよ。家系も豪華で頭脳明晰、そして賦与された圧倒的身体能力...トントン拍子でこの軍にも入れたのだろう? そんでもって古代人に会いたいと没趣味なことにまで思いを馳せる。余裕のある人間は違うなぁ。」
サカイが皮肉を込めて言う。彼の育ちはカミカワとは真反対であり、貧しい家庭の中血みどろの努力で、幾度となく試練を乗り越えてきたのだ。憧れの軍に所属できた今でも、大病を患う母のためにより多くの報酬を掴み取ろうとしている。
容姿こそ整っており、正義感も強いが同時に人間不信であり、カミカワを含む信用している人物はごく少ない。
「うっせえ。俺でもちとは努力したんだぜ?どんなもんかなぁ?」
こんくら〜い?、とカミカワは親指と人差し指の間隔を僅かに広げ、後ろを向いてサカイに見せる。軍手が破けており、
ちょこんと親指が顔を出していた。
サカイが溜息をつく。
「そんなもん努力に含まれるか。いいか、俺はなあ...」
「よせよ真面目くん。」
二人の後方から声がかかる。思わず振り返った。ヒイラギである。カミカワ達と年齢は同じで、臆病で小太りだがナイスガイな奴である。
「どんだけ努力しても天才には敵わん。でも、勿体ないよな。 カミカワはしょうもない事しか考えない。宝の持ち腐れだ。もっと勉学に励めば、名だたる科学者とかにもなれたかもな。」
「やかましい。お生憎様だが俺はそんなもんには憧れん。
なんせあの連中はしっかりやってるようで何事も尻切れとんぼだからさ。 生み出したものを流布させることしかしないんだ。 あとは全部任せちゃうんだぜ? だからこうして未来の戦争に出向かせるとかいうイカれたシステムが出来上がるんだ。 頭がいいんなら徹頭徹尾しっかりして欲しいもんだ。」
カミカワはレーザーガンを指でクルクル回し、長靴に付いた泥を木の幹に擦り付ける。リーダーが先頭の方で、ぬかるみ注意ぃ、と大声で叫んだ。
「その上、未来はやりたい放題なのに過去は時空がズレるだの、歴史に穴が空くだの、謎の理屈で、観測することしか許されないもんな。」
サカイが長い前髪をかきあげながら言う。
「そうだぜ。しまいには過去は変えないのが時の秩序を守ることに繋がるだとか。...神様でも言わねえぞそんなこと。」
話が予想外の方向へ行ってしまったからか、ヒイラギは困惑していた。
タイムマシンに関する管理はかなり厳しい。国の許可を得た場合のみ指定した時間軸へ行ける。一般人ならまずタイムトラベルは不可能だ。それに、過去に関する事項はとりわけ厳しく、時間遡行をした事がある人間も数える程しかいない。国際機関から許された事は「過去には何の影響も与えず、観測のみ行うこと。」基本的にそれだけである。
「まあなんでもいい。俺はとにかくガチjkとやらに会いたいんだ!」
「そーかぁー。叶うといいですねえ!」
カミカワの意気揚々とした発言に、サカイは投げやりに、ほぼ適当に答える。
「全く、こんなの最前線未来兵の会話か。」
ヒイラギがやれやれと呟く。何十年、何百年と先の戦争の為に戦う未来兵。近しい未来の戦争を止める兵の方が重要性は高いが、遠ければ遠い未来程、未知なる手段が流通している可能性が高いので、後者の未来兵の方が危なっかしい。
カミカワ達はその時空の上で最前線、西暦5027年から820年も先の西暦5847年の未来戦争を阻止しに来ているのだ。
...とそうこうしているうちに、澄み渡る空が現れ、空空漠漠とした赤土の荒野が見え始めた。
「ここからはいつ何が襲ってくるかわからない。まずは形態Aをとれ!」
リーダーが命令すると、皆は軍学校で散々練習してきた通りの定位置に走る。
「はぁ...バカバカしい。俺はインスタとやらをやってみたいのによ。」
カミカワは憧れていた。jkという、時代の中に閉じ込めれた文化遺産を、本気で見に行きたいと思っていたのだ。
そこで青春たるものを味わってみたいと。数々の歴史書を読むだけでは知り尽くせないそのものを、彼は強い好奇心で手にしようとしていた。
「北東に敵軍の姿があります!」
「わかった!一同、一斉射撃だ!」
「リーダー、まだ我らの増援隊が来る気配はありませんが。」
「構わん!一斉射撃だ!」
普段と同じようなやりとりを耳にし、各々はレーザーガンを撃ち始める。
「さーいえっさー」
端からやる気などない声を出し、カミカワも渋々撃ち始めた。