23:帝国の聖女リリス
今回は、リンネ視点→クマジロウ視点→リンネ視点で行きます。
私は全速力で土雲を走らせて、クマさんのいる場所を目指す。
城宮の庭に出てしばらく進むと、離宮と見られる場所を見つける。
魔力感知によると、そこにクマさんがいるようだ。
「急げ!!」
私はクマさんがいると思われる離宮へと入っていった。
クマジロウ視点~
それは数分前に起こった。
「姫! 勝手に走ってはいけません!」
メイドはオイラに走り寄る小さなアリスに手を伸ばし、掴まえようとする。
しかしオイラはその瞬間、アリスを背後に庇い、メイドの手から遠ざけた。
「何のまねですか? クマジロウ・・様。もしかして姫を攫うおつもりですか?」
このメイドは何かおかしい・・・
いつものメイドなら、走るアリスを心配して注意したりはしない。
それはメイドがアリスを、良く思っていないからだ。
そしてメイドの左人差し指にある、赤い宝石の指輪から、オイラはこいつが誰なのかを確信した。
「人攫いはお前だろ。 聖女リリス?」
メイドはその瞬間キョトンとした顔をするが、直後にニィ! と口角を釣り上げる。
「あら? 何でわかったのかしらね? 完璧な偽装だと思ったのだけど?」
「お前が人差し指にはめた指輪の魔力から、邪悪な魔力がだだもれだぜ?
その指輪は人を思いどおりに操る邪法の指輪だよな?」
メイドが左人差し指にはめている指輪は、指輪を身に着けた者の、精神と体を魔力で支配して、思いどおりに操る、禁忌の邪法を込めたものだ。
この悪辣な邪法を用いる者を、オイラは一人しか知らない。それが帝国の聖女リリスだ。
「あら、バレちゃったの・・・残念ね。まあいいわ。わたくしの本当の狙いは他にいるから。その娘はついで」
「やっぱりか。あの嬢ちゃんがドラゴンのシュロトルを討伐した時から、いつかは来ると思っていたが・・・」
「察しがいいわねクマジロウ。非情にもドラおじさんを殺したドラゴンスレイヤーのリンネ! 必ず報いを受けさせてやる!」
メイドは怒りに歪んだ表情で、そう告げた。
「残念だがそれはオイラがさせない。お前には嬢ちゃんに会う前に退場願う」
「フフフ! 止められないわよ! あの娘は自分から飛んで来るもの!」
「何だと!?」
「こうすればね!!
クマの魔物に姫を攫われました!! 誰か助けてください!! きゃぁぁぁぁ!! クマの魔物が!!」
「てめえ!! 何を言って!?」
「こうすれば周囲の騎士や兵士が騒ぎ出すでしょ。貴女を心配したドラゴンスレイヤーのリンネは飛んで来るって寸法」
騒ぎを聞きつけた騎士や兵士が、次々とオイラに武器を向け、包囲していく。
リンネの嬢ちゃんは魔力感知で攻撃が予測可能だが、それは感知した相手にのみ可能な予測だ。
おそらく嬢ちゃんは、オイラの気配を感知しながらここへ来る。
ある程度射程に入らなければ、このメイドのことなど意識もしないだろう。
聖女リリスの得意魔法の一つに『ホーリーレイ』という、遠距離から超高速で攻撃できる、光属性の攻撃魔法がある。
おそらく聖女リリスは、嬢ちゃんが自分に意識を向ける前に、ホーリーレイで嬢ちゃんを遠距離から狙撃するつもりだろう。
その証拠に、この一直線の通路の先には、開け放たれた扉があり、次々にそこから騎士や兵士が入ってきている。この場所に接近するには、一番入りやすい扉なのだろう。
そしてその扉の向こうに、嬢ちゃんの姿が見えた。
「クマさん!! 無事ですか!!」
まずい、このままでは嬢ちゃんが!!
「右によけろ!! 嬢ちゃん!!」
そしてメイドが嬢ちゃんに、人差し指を向けた瞬間。メイドの指先から光線が放たれる。
あれこそが、聖女リリスのホーリーレイだ。
「アクス ライ!!」
ビシャ!!
「ひゃ!!」
光線は嬢ちゃんに命中し・・・・嬢ちゃんから鮮血が飛び散った。
「嬢ちゃん!!」
リンネ視点~
危なかった・・・
クマさんがあの時声をかけてくれなければ、あの光線が直撃して、私は死んでいたかもしれない。
しかし光線が当たる直前に右に避けた私は、左肩に光線を受けてしまった。
当たり所が悪かったのか、血がどばどば出てくる。
しかし左手が動くことから、骨や筋肉には問題はないようだ。
バビューン!
私は土雲を加速させたまま、風魔法を使ってさらに土雲を加速させる。
そして次の魔法が放たれる前に、忌々し気に私を睨むメイドに接近。旋回してクマさんの前に躍り出る。
ドパ!!
ついでに身体強化のかかったソバットキックを、そのメイドに見舞った。
「ぎゃ!!」
メイドは吹き飛んでいく。
「嬢ちゃん! その傷!!」
「大丈夫です! 回復魔法ですぐに治りますから!」
私はメイドを警戒しながら回復魔法を使い、左肩の傷を癒やした。
騎士や兵士は混乱して、武器を構えたまま身動き取れなくなっている。
「嬢ちゃん! そのメイドは操られているだけだ! あまり傷つけるな!」
「はい! ですがいったいこの状況はどういった状況でしょうか!?」
いったい全体どうしてメイドの人が操られて、魔法を使い、私を攻撃してくるのか。
騎士たちがクマさんを取り囲み、なぜクマさんが幼い少女をかばっているのかわけがわからない。
「あいつは帝国の聖女リリスだ。メイドの体を乗っ取って、幼い姫、アリスを攫いに来やがった。そして嬢ちゃんを・・・」
え? 聖女? 聖女といえば人々を救う、救世主みたいな女の人のことだよね?
そんな人がなんで王宮に姫様を攫いになんか・・・?
そんな中倒れたメイドは、不自然に浮き上がり、起き上がる。
「ドラゴンスレイヤー、リンネ!! ドラおじさんの仇!! ここで死ね!!」
はい? ドラおじさん? 聞き覚えのない名前で睨まれてもどうしようもない。
「嬢ちゃんが倒したドラゴンのシュロトルのことだ」
ドラゴンのシュロトル? もしかして私が倒したあの・・・・。
「あー。そういうことですか。
あのドラゴンはエテールの街の平和を脅かした悪いドラゴンだって知っていますか?
なので私が討伐しました」
「悪いドラゴンですって? ドラおじさんはわたくしの頼みを聞いてあそこにいただけなのよ! それのどこが悪いの!?」
「あー。貴女があのドラゴンの言っていた・・・」
ドラゴンのシュロトルは、たまに主の命令がどうとか言っていた。
あの迷惑な、ドラゴンの居座り行為を命令したのが、この聖女リリスであると、私は確信した。
「あのドラゴンがあの場所にいたことで、どれだけの人が迷惑をこうむったかわかっています?
あの居座りで主産業だった林業ができなくなり、職を失い、貧困に苦しんだ人はいっぱいいるんですよ? それに亡くなった人だって・・・」
あのドラゴンがあの場所に居座ったことで、領地の主産業だった林業が出来なくなり、エテール領は貧困にあえぎ、貧しい領地になった。
そのことで孤児たちはお腹をすかせ、ギルくんとエマちゃんのように、住む場所を失った人たちも沢山いた。
ドラゴンに殺される人、貧困で亡くなる人も沢山出たと聞いている。
それを指示した元凶が、目の前の聖女リリスならば、私は絶対に許さない。
「それは仕方ないことよ。わたくしが根城にしている領地を裕福にするためだもの。林業を営む領地が2つもあったら邪魔でしょ?
それに下賤の者が幾ら苦しもうがわたくしの心は痛みはしない。
でもドラおじさんは違う。あの高潔で気高いドラおじさんが死んだのよ? 貴女にはその違いがわからないの?」
「わかるわけないでしょう!! 人々が苦しむ姿を見ても何も感じないなんて、非情にもほどがあります!!
昔、悪辣聖女という言葉をどこかで聞いた記憶があるのですが、悪辣聖女とは貴女のような人のことを言うのですね!?」
どこかのラノベで、悪辣聖女とよばれる人がいたような気がする。
その人は悪辣というよりは、変人聖女だと思ったが、目の前の聖女は真の意味で、悪辣聖女そのものだ。
「悪辣聖女ですって・・・
下賤な者と高潔な者の区別もつかない童が!! 身の程を知れ!!
アクス ライ!!」
バフュッ!!
次の瞬間聖女リリスの指から、再び光線が放たれた。
しかしもう油断はしない。
私は魔力感知で聖女リリスの攻撃を、つねに警戒していたため、光線の軌跡が見えていたのだ。
私は光線が放たれる直前には、すでに回避行動をとっていた。
光線を回避した私は、土雲の最高速のダッシュと同時に、風魔法のブーストをかけて聖女リリスに接近する。
狙うは左人差し指の指輪!!
「ハハ! 馬鹿ね」
ピカッ!!
「ふぁ!」
私が聖女リリスに接近しようとすると、聖女リリスは急に閃光を周囲に発して、目くらましを仕掛けて来た。
「くそ! 目が見えない! どうなっている!?」
「いったい何が起こった!?」
周囲の騎士や兵士たちは光を直接見たために、失明して混乱している。
私もその光を近くで直接見てしまった。そのため目が見えなくなっている。
「目が見えなきゃ何もしようがないわね? そのまま死になさい。
アクス ライ!!」
バフュッ!!
聖女リリスは目の見えなくなった私に、容赦なく光線を放つ。
だがその光線は、再び空をきった。
「はあ!? なんで!?」
「申し訳ありません。私目が見えなくても貴女の攻撃は見えるんですよ」
私は余裕で光線を躱し、聖女リリスに言い放つ。
私の魔力感知は目をつむっていても、相手の攻撃を魔力で見ることができるのだ。
しかも攻撃を予測すらできるので、目が見えなくてもあの光線をよけることなど容易いことなのだ。
私は次に龍の魔力を引き出して、身体能力を高める。
これは体に負担はかかるが、私の中で一番最速で動ける身体強化だと思われる。
私の腕に鱗のような痣ができ、爪が伸びてきて、口には牙が、頭には角が生えてくる。
「嬢ちゃん無茶するな! その魔力は負担が大きい!」
無茶な魔力行使にクマさんから注意が入る。
だが私も無茶は承知だ。そして一瞬で片を付ける。
「その魔力!! ドラおじさんの!! 貴様ドラおじさんを食ったのか!?」
あのドラゴンにしてもこの悪辣聖女にしても人聞きが悪い。
私は魔力は奪ったが、あのドラゴンを食べてはいない。
でもここはあえて、悪辣聖女を挑発するために言うよ・・・・。
「はい。大変美味しゅうございました」
「貴様ぁぁぁぁぁ!!!」
怒り心頭の聖女リリス。
私は彼女が我を忘れて、冷静さを失う瞬間を見逃さない。
私は全力ドラゴンダッシュでメイドに接近し、瞬時にメイドの左人差し指を掴むと、指輪をスポッ! と指から外した。
「ひ、ひぃぃ~!」
その直後メイドさんは悲鳴を上げると、そのまま倒れて気を失ってしまった。
メイドさんにはちょっと気の毒だったね。
そして私の視力も徐々に戻って、改めてこの指輪を焼却してやろうと思った矢先・・・・。
「嬢ちゃん。その指輪を渡してくれ」
クマさんが手を伸ばして、私に指輪の受け渡しを要求して来た。
まあクマさんなら悪いようにしないだろうと思い、私は悪辣聖女の指輪をクマさんに託す。
「おい。聞こえるか? リリス?」
え? その指輪まだ悪辣聖女と通じているの?
クマさんは指輪に向けて話しかけ始める。
『ふん! 今回は失敗しましたけど次は・・・』
バチ!!
『ぎゃ・・・!』
クマさんが指輪に魔力を込めると、指輪から悲鳴が聞こえて通信が途絶える。
「全身痛覚を送信してみたんだが、上手くいったみたいだな」
え? 全身痛覚? いったいどういうこと?
「この指輪はリリスの精神とリンクしているんだ。
仕組みを解析して、全身痛覚を送信してやったから、今頃全身の激痛にのたうち回っているはずだぜ」
よくわからないけど、クマさんはすごいんだね。
「この指輪は大事な証拠品になる。この指輪を頼りに、指輪をメイドに渡した犯人を割り出して捕まえるんだ。もちろんリリスを捕まえる証拠にもなるしな」
あ~。なるほど、それで指輪を私に壊させたくなかったわけだな。
「おねえちゃんだあれ?」
戦闘の決着がついて安心したところで、クマさんの後ろにいる、幼い少女が私に興味をもったようだ。
私と同じくらいの年齢の少女かと思ったが、改めて少女を見ると、私より背が低いようだ。
もしかしたら年下の4~5歳くらいの少女かもしれない。
豪華なドレスを着ていることから、高貴な身分なのがわかる。
桃色の、少しパーマのかかった髪で、目が猫のようにくりっとして可愛らしい。
耳が少し尖っているのが特徴って・・・もしかしてこの子は・・・・。
「私はリンネお姉ちゃんですよ。飴ちゃんいる?」
私はその少女の可愛らしい容姿に、つい大阪のおばちゃんのごとく、飴をあげてしまう。
ちなみにこの飴は、蜂蜜リンゴ飴だ。
蜂蜜を吸わせて甘くしたリンゴを、さらに蜂蜜の飴でつつみ、串で刺した一品なのだ。
「なあにこれ?」
「舐めてごらん。甘いよ」
「ほらアリス。こうやって口に近づけて」
クマさんが、かいがいしくアリスとよばれる幼い少女の世話を焼く。
「あま~い!!」
アリスちゃんはリンゴ飴を口につけると、一心不乱に舐め始めた。
私はその様子を微笑ましく見つめる。
そして改めて、聖女リリスに対して怒りが込み上げてくる。こんな幼い子を狙うなんて許せない。
「クマさん。悪辣聖女は何で、アリスちゃんを狙ったんでしょうか?」
「アリスを自分の寿命を延ばすための糧にしようとしたんだろ?
そうやって何度もあいつは魔力の高い命を糧にして、もう300年も生きながらえているんだぜ」
「300年も? そんな術があるんですか!?」
「ああ。死者に魂を再び呼び戻す禁呪があってな。その応用らしいが、よくはわからない。
とにかく他人から命を奪う悪辣な術ってことだけはわかっている。そして魔力の高い者ほど効果は大きいようだ」
確かに魔力感知で感じたアリスちゃんの魔力は高いようだ。そして幼く脆弱なので、狙うにはうってつけなのだろう。
だからあの悪辣聖女はアリスちゃんを狙ったのか。
そして、後から駆けつけて来た騎士たちにその場を任せ、私たちは今回の件を報告するために、国王の待つ、執務室を目指した。
【★クマさん重大事件です!】↓
お読みいただきありがとうございます!
ほんの少しでも・・・・
「面白い!!」
「続きが読みたい!」
「クマさん!」
と思っていただけたなら・・・
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