36:オールポート家の料理人
「こちらが当家の料理人よ」
「初めましてディートリンネ嬢。オールポート家で料理人をしております、クレマンスです」
「同じくマルロアです」
パトリシア嬢が料理人を紹介すると、2人の料理人と握手を交わす。
マルロアさんはふくよかな体型の小柄な男性で、口髭を生やし、ニコニコした穏やかな感じのおじさんだ。
クレマンスさんは身長が高く体格の良い男性で、金髪のモヒカンで、同じく口ひげを生やしている。
どことなく気品を感じる男性だ。
なぜかパトリシア嬢が、ジト目でクレマンスさんを見ているのが気になる。
現在私達は料理の指導を頼まれて、パトリシア嬢の出身地である、オールポート領に来ている。
すると到着するや否や、厨房に案内され、さっそく指導を頼まれたのだ。
私はパトリシア嬢に屋敷の調理場に案内され、料理人の2人と挨拶を交わしているところだ。
「ではさっそくパンから焼いていきましょう」
私はまず、パン作りから始めることにした。
「おお! それでしたら酵母とやらが、完成していますぞ!」
クレマンスさんが、リンゴと水の入った器を持ってきた。
パトリシア嬢から酵母菌が作れない話は聞いていたが、改善の内容をしたためた手紙を送ってもらっていたので、どうやら酵母菌作りに成功していたようだ。
さっそく小麦に塩と酵母を混ぜて、こねてパン生地を作る。
「おお! 生地が膨らみましたな!」
マルロアさんが興奮したようにそう口にする。
生地を寝かせ、膨らんだ生地を更に小分けにして丸くする。
その生地をしばらく寝かせると、さっそくオーブンで焼いていくのだ。
どうやらそのオーブンはパン焼き用のオーブンのようだ。
例の黒硬パンか、もしくはその地域に伝わるパンでも焼いていたのだろうか?
私はこんがり焼けるパンを見ながらそんなことを思う。
「ほほう! これはまたふわふわですな!」
「美味い! まさかこんなにやわらかいとは驚きです!」
そして完成したロールパンを試食すると、2人の料理人が、興奮気味に感想を述べる。
「でしょ? ディートリンネ様のパンは最高なんです!」
それを見たパトリシア嬢が、なぜか得意顔だ。
「実はオールポートにも独自のパンがありましてな。薄く生地を伸ばしたパンなのですが、オールポートでは薄パンとよんでいます」
ロールパンの試食が終わると、クレマンスさんがオールポートのパンについて説明しだす。
たしかエインズワーズ家にもケバブのような薄いパンがあった。
「こう空中で回し、均等に生地を薄くするのです」
クレマンスさんが見せてくれたその技術は、まるで前世で見た、ピザ職人のピザ生地回しのようであった。
「こうですか?」
私もそれを真似て、遠心力を利用して生地を回す。
「さすがはディートリンネ様ね。その技術は簡単には真似できないというのに・・・」
それを見ていたパトリシア嬢が、私のその生地回しを絶賛する。
きっとこれが聖獣セイリュウから授かった、スキルラーニングの効果なのだろう。
スキルラーニングは、見た技を瞬時に会得したりできるスキルなのだ。
「しかしこの生地には酵母がはいっていますし、膨らむので、今までと別のものになってしまうかもしれませんな?」
マルロアさんが薄く伸ばしたパン生地を見ながら、そう口にする。
オールポートの薄パンを試しにと少しいただいたが、それはビスケットのように、パリッとした食感だった。
しかし今回酵母で生地が膨らむことで、おそらくナンのような食感になるのではないだろうか?
「なら、後ほどこの生地を使って、ピザでも作りましょう」
私はここで、ピザ作りを提案する。
「ほう? ピザとはどのような食べ物でしょうか?」
クレマンスさんがピザについて、興味津々に尋ねてくる。
「薄いパンに、トマトソースやチーズをかけ、その上に具材を乗せて焼きます」
「チーズであれば、王宮の晩餐会で食べたことはありますが、それはサラダやパスタにかかっていたもので、パンとの組み合わせなど、想像もできませんな? しかしチーズは残念ながら、このオールポートにはありませんぞ?」
クレマンスさんはどうやら王宮の晩餐会によばれたことがあるようだ。
もしかしたら、ただの料理人ではないのかもしれない。
ただ王都にあったチーズが、このオールポートにないのは気になる。
「たしかオールポートには、ビッグゴートを使役する農家もあり、ミルクがとれると聞いていたのですが? なぜチーズを作らないので?」
ビッグゴートは白く大きな牛だった。
ヤギにも見えなくないが、あれは牛と言っていい。
以前パトリシア嬢から、そのビッグゴートをオールポートの農家が使役し、農業に利用していると聞いたことがあるのだ。
そのミルクが抜群に美味しいとか・・・。
「いやいや。簡単におっしゃいますが、チーズを作る製法は秘匿されており、簡単に作ることなどできませんぞ?」
クレマンスさんが、苦笑いしながらそう口にする。
そういえばどこかのラノベで、チーズを作る技術が、秘匿されていると読んだことがあった。
もしかしたらこの国でも、そうなのかもしれない。
確かチーズにはレンネットとよばれる、子牛の胃からとれる成分が必要と聞いたことがある。
しかしこの異世界では子牛を見かけたことはないので、それは無理かもしれない。
前世でチーズを作ったときには、温めた牛乳に酢を入れていた記憶がある。
それはレモンでも可能だったかもしれない・・・。
私は試しに収納魔法で出した牛乳を浮遊させ、水魔法の水温操作で沸騰しないくらいの温度に上げた。
そしてワインビネガーと塩を入れて、軽く混ぜながら分離させる。
「な、何を!?」
クレマンスさんが、その私の魔法に驚いて声を上げる。
「問題ありませんわ・・・ディートリンネ様の魔法の料理です」
すかさずパトリシア嬢が、料理人達を落ち着かせるようにそう説明する。
チーズ作りはここから凝固したミルクを布で絞って水分を抜き、2時間ほど放置してさらに水けをきるのだが、私は水魔法で水分を操作できるのだ。
物体から水分を、抜くことなど容易い。
私は凝固したミルクから、ある程度水分を抜くと、粘土のような状態にして丸めて一つにまとめた。
そしてそこには、白く丸いチーズが顕現していた。
「ほら。簡単にできましたよ?」
私はチーズを魔法で浮遊させて、クレマンスさんの目の前に持っていった。
クレマンスさんはスプーンを取り出すと、そのチーズを少し削り取って口に含む。
「間違いありませんな。これはチーズです」
「ば、ばかな! そんな簡単に!?」
その様子が信じられないようで、マルロアさんもスプーンでチーズを削り、その味を確認しだした。
「確かに・・・これはチーズですな・・・」
マルロアさんも、これをチーズだと認めたようだ。
「まさかそんな・・・」
その様子を見ていたパトリシア嬢も、驚愕し表情を変える。
「これは驚きました・・・ディートリンネ嬢は、魔法でチーズをお作りになられるので?」
確かにあの様子を見れば、私が魔法だけでチーズを作ったように見えるかもしれない。
しかしここは真実を告げておく。
「いえ。先ほどは確かに魔法で浮遊はさせましたが、ミルクをチーズに変えたのは、中に混ぜ込んだワインビネガーですよ」
「そ、それが真実であれば・・・このオールポートはひっくり返りますぞ・・・」
それを聞いたマルロアさんは、驚愕の表情でそう言った。
なぜチーズを作る製法が、オールポートをひっくり返すのだろうか?
【★クマさん重大事件です!】↓
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