28:幼女、初めての授業
「遅かったじゃないか、リンネ。どこかに行っていたのか?」
現在私は、授業のある予定の部屋にやってきている。
アルフォンスくんは一足先に剣術の稽古も終わり、すでに授業が始まるのを待っていたようだ。
「乙女には色々秘密があるのですよ」
「何だそりゃ?」
実はその乙女の秘密が、魔物狩りだなんて思いもよらないだろう。
「お前髪が少し濡れているみたいだけど、どうした?」
「あ~。お風呂に入りましたからね」
「風呂なんてこの屋敷にあったか? この時期はだいたい水浴びだろ?」
このお屋敷にお風呂がないなんて衝撃の事実だ。
そういえば孤児院でもお風呂は見なかった。
時代劇ドラマで主人公の侍が、井戸で水浴びなどしているのを見たことがあるが、あんな感じが普通なのだろうか?
そんなことを思いながら、さりげなく髪に残った余剰な水分を指先に集め、湿気にして散らす。
う~ん。大分乾いた感じになったし、これでいいか。
「先生が来られました」
執事のピエールさんが、先生が来られたことを、私たちに告げる。
そしてしばらくして、金髪で緑のロングコートを着た青年が部屋に入って来た。
「やあやあ! アルフォンスくん! 元気にしてたかい!?」
気さくな感じの先生だな、服装から貴族と判断してもいいのか?
「君がリンネ嬢だね? 私はハルトムート・イーテ・ドラモンドだ。ドラモンド男爵家の3男だよ。以後お見知りおきを」
「わたくしは、リンネと申します。平民ですがこちらでアルフォンス坊ちゃまと共に学ぶように命ぜられています」
「坊ちゃまはよせ!!」
坊ちゃまは黙っていてくださいませ!
私はカーテシーもどきで挨拶する。
「伯爵様に学業を命ぜられるなんて、相当優秀な平民の子なのかな?」
「いえ。文字の読み書きも出来ぬ。しがない6歳の幼女ですわ」
ハルトムート先生は、私の真意を見極める感じに、じっと私の目を覗き込んだ。
私も負けじと笑顔でその目を見返す。
「なるほど。ずいぶん風変わりなお嬢さんのようだ」
今ので、どこをどう取ったら風変わりなお嬢さんになるのか? しちゅれいなっ!!
「ではリンネ嬢には、文字の音読から始めようか? その間、アルフォンスくんは私の指示した個所を読んでいてくれたまえ」
すると先生は、アルファベットのような文字がAから順番に閲覧された、票を壁に掛けて広げて見せた。
ていうかそれ・・・アルファベットだよね?
以前冒険者ギルドの手続きでも見たけど、もしかしてこの世界の言語って本当に英語だったりするのかな?
「はい、では続けて言ってみて~・・・はい! エ~!」
ハルトムート先生は、文字を指示棒で指しながら発音を始めた。
「エ~」
「はい! ビ~!」
「ビ~!」
完全にアルファベットじゃないかこれ。発音も英語読みとか、偶然なのかこれ?
もしかして過去に転生者が広めた文字だったりするのかな? 真相は謎だ。
そう思って私の普段使っている言葉を思い返すと、日本語で話していたつもりが、よく意識すると英語だった。とても不思議な感覚だ。
前世で駅前留学の英会話教室に通っていた私は、記憶のパズルピースが徐々にはまっていくように、当時習い喋っていた英語を思い返していた。
「もう結構です。読み書きはだいたい分かりました」
今更、英語の基礎の基礎を学ぶ気になれない。
ここは次の授業に進むべく交渉してみることにする。
「どういうことかな?」
私の言っている意味が、よく理解できないのか、ハルトムート先生は尋ねてくる。
「もっと難しい内容の授業を受けてみたいと言っています」
「君は読み書きも出来ないうちから授業の難易度を上げる気かい?」
確かに読み書きが出来る証明が出来なければ、難しい授業などやっても、無駄だと思われても仕方ないな。
「それじゃあその本を読めたら、授業の難易度を上げてください」
私はハルトムート先生の、傍らにある分厚い本を指さして言う。
「は~・・・。この本は君には難しいと思うがね? それではこの部分を読んでみたまえ」
ハルトムート先生はその分厚い辞書のような本を持ってくると、私の机の上で開き、読む個所を指定してきた。
本の文字は細かく、びっしりと書かれている。
「ハルトムート先生。リンネはまだ6歳なのだ。そのような難しい長文は、読めぬのではないか?」
「そうだね? やはり6歳の君には早かったか?」
ハルトムート先生は、いじわるそうな笑顔で私を見る。
その様子に少し腹が立ったので、指定された箇所を朗読する。
難しい構文はちらほら見えたが、駅前留学の成果が出て、何とか読むことが出来た。
「驚いたよ。これは10歳の子でも読むには早いような構文も含まれていたんだがね。君はいったいどこで文字を習ったのかね?」
「想像にお任せします」
私はにっこりとした笑顔で答えた。
実は転生者で前世で習ったなどと、とても言えなかったからである。
笑って誤魔化したとも言う。
「君の学力はだいたい把握したよ。君の学習内容は、次回までにまた考えておこう。今日はこの歴史書を読んでおくといい。あと度の過ぎる謙遜は、嫌味に聞こえるので気を付けるように」
「はい、以後気を付けます」
そうか嫌味に聞こえていたのか? それは申し訳ないことをしたな。
「それから、分からない箇所があったら手を挙げて質問しなさい」
ハルトムート先生は、そのままその分厚い書物を読むように指示してきた。
これは歴史書だったのか。
読み進めていくと、なかなか面白い歴史書だった。
過去の王族の記録や、建国の祖の活躍など、まるで物語のように記述してある。
このリンネという少女のスペックが高いせいなのか、前世の私なら、途中で眠たくなるような内容なのだが、すらすら読めて読書が面白い。
毎回こうやって決まった時間に、読書するのもいいかもしれない。
そして気になる記述を見つける。
私たちが現在使っている言語が英語と書かれておらず、セイクリカ正教国語と記述されているのだ。
それによると言語が広められたのは、2000年以上前で、セイクリカ正教国にいた、聖人が広めたとされている。
これはどういうことだろうか?
2000年前に英語が喋れる転生者が、英語を標準語として広めたとでも言うのだろうか?
「ハルトムート先生」
これはハルトムート先生に、確認しておくのがいいのかもしれない。
「何だね? リンネ嬢」
ハルトムート先生は、アルフォンスくんに何かを教えていたようで、同じ書物を覗き込んでいたが、こちらに向き直った。
「セイクリカ正教国語は、英語とは違うのでしょうか?」
「エイゴとは何かね? 聞いたことがない言葉だが?」
聞き方が悪かったのか?
「セイクリカ正教国語は、イングリッシュではないのですか?」
「君が何を聞きたいのか分からないが、セイクリカ正教国語はセイクリカ正教国語だよ。それとセイクリカ正教国語は神聖な言葉だ。あまり妙なことを言うと異端審問官に目を付けられるよ」
異端審問官なんていたのか!?
この話はあまり話題に出さない方が身のためかもな。
その後は数学だった。
同じくハルトムート先生の指導だったが、数字がおなじみのアラビア数字だったため、退屈な内容となった。
簡単な足し算とか引き算とか、今更やっても眠気しか出ない。
しかしアラビア数字は、市場でもちらほら見ていた気がする。
同じく転生者が広めたと、仮定するのが妥当だろう。
「リンネ嬢は数学がお気に召さないかい?」
私がただだらだらと、数字を書き込むだけの作業を退屈そうにしていると、その様子に気が付いたのか、ハルトムート先生が尋ねてくる。
「はあ・・・あまり面白くはありませんね」
「君の学力は思った以上に高いようだし、数学の内容も上方修正しておくよ」
私の全問正解の問題集を見ながら、ハルトムート先生は考えるように答えた。
その後はミルドレッド先生による、ダンスとマナーの授業だった。
ミルドレッド先生は大人しめの、笑顔のチャーミングなおばちゃんで、色々と優しく指導してくれた。
マナーの先生といえば、鞭を持った怖い貴婦人的なイメージがあったのだが、そんな先生ばかりではないようだ。
ダンスとマナーはほとんど初心者だったので、手取り足取り優しく教えてくれた。
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