05:料理長ラッセルとショートケーキ
「私はここのギルド長に挨拶してくる」
ファロスリエさんは、宿場町のギルド長に用事があるらしく、冒険者ギルドへ向かって行った。
「では私たちは先に宿の方へ向かっておきましょう」
ファロスリエさんには、今夜泊まる太陽の木漏れ日亭のことは話してある。
本人もよく泊まると言っていたので、迷うことはないだろう。
「4人部屋でお願いします」
さっそく太陽の木漏れ日亭で、宿泊の手続きを終えた私たちは、使用人に案内されて部屋に向かった。
部屋に到着したが、荷物は全て収納魔法の中なので、さしてやることもない。
「私は料理長のラッセルさんに挨拶してきます。以前お教えしたケーキの件も気になりますし」
「例の白いのか?」
クマさん。それでは怪しい白い粉みたいなので、止めてください。
「ならオイラも気になるし行くぜ」
「じゃあアリスも!」
二人ともついて来るようだ。
あわよくばケーキにありつこうという、魂胆なのだろう。私もだが。
さっそく調理場に到着すると、ちょうど料理の仕込み作業の最中だった。
ラッセルさんは色々と指示を出して、回っているようだ。
「これはリンネ嬢。お久しぶりでございます」
指示を出していたラッセルさんが、こちらに気づいてやって来た。
「以前お作りした調理器具の調子はいかがでしょうか?」
私はラッセルさんにケーキの事情を聴くために、あえて調理器具の話から入ることにした。
「調理器具はマヨネーズや、ドレッシングなど、食材を混ぜる工程にずいぶんと活躍していますよ」
なるほど。確かに以前渡した調理器具の、泡だて器やボウルは、混ぜるには便利な道具だ。
でも私が聞きたいのはそれじゃない。
私の表情からそれを察してか、ラッセルさんが例の話に入る。
「しかしながら、あの気高きマナたるショートケーキについてですが、氷の代金がかさみまして、恥ずかしながら、弟子たちの抗議を受けてしまい、研究が頓挫してしまっているのですよ」
氷? この世界の氷はそんなに高いのか? 私ならすぐに出せるのに。
「嬢ちゃん。氷を作る魔道具を借りるのにも、氷を魔法で作ってもらうのにも、お金が沢山いる。こんな高級な宿でさえひっ迫するんだぜ?」
クマさんが要領を得ない様子の私に、この世界の氷事情を話してくれる。
でも私はラッセルさんのケーキが、どうしても食べたいのだ。
以前いただいたメロンのドレッシングのクオリティを見ても、このおじさんの料理の腕は、かなりのものだと思う。
「ではわたくしが援助をいたしましょう」
「と、とんでもございません! 私の研究ごときに、リンネ嬢に資金援助をお願いするなど!」
「いえ。わたくしが提供するのは氷室です」
氷室といえば、異世界もののラノベでは、テンプレともよべる存在だ。
実際には冬の氷を夏までに蓄えておくための穴なのだが、私はもっと面白いものを造りたい。
「氷室ですか? いったいそれはどのようなものですか?」
あれ? この世界に氷室はないのか?
「昔はやっている奴を見かけたが、今は見ないな。嬢ちゃんが実際に、造ってあげたらいいんじゃないか?」
なるほど。クマさんが言う昔が、どれくらい昔かわからないが、とりあえず今はやっている人がいないんだな。
「ではラッセルさん。穴を掘って良い場所に案内してください。そこに氷の部屋を造りますので」
「こ、氷の部屋ですと!? それは魔法ですか!?」
「魔法と言えば魔法です。見ればわかりますよ。小さな部屋ならば、2~3時間ほどで出来るでしょう」
「・・・・わかりましたこちらへどうぞ」
少し悩んだ後に、ラッセルさんは、私たちを宿の裏庭に案内した。
「ではこの辺りでは如何でしょう?」
私は魔力感知を使うと、ラッセルさんの指し示す場所を確認する。
掘って問題ない場所か判断するためだ。
そして地中に何もないことを確認すると、氷室を造る作業を開始した。
ドカ! ドカン!
まずは土魔法で、地下4メートルほどの穴を斜めに掘る。
そして周囲を石のように圧縮して固めていく。
するとマヤ文明の遺跡のような、地下への入口が出来た。
ドカ! ドカ! ドカ・・・
そのままだと下が傾斜で歩きにくそうなので、地下へ向かいながら地面を階段にしていく。
「あはは! ひみつきちだ!!」
子供って洞窟とか好きだよね。
アリスちゃんはご機嫌で、周囲をきょろきょろと見ながら、私について来る。
ドカ! ドカ!
そして階段を下りた先に、さらに奥へ通路を作る。
ついでにディテールも少し凝っておく。
次に通路の奥に、収納魔法で溜めておいた水を流す。
通路の奥にたまった水を、水魔法の水操作で大きな四角に形成して、冷やして氷にする。
カチ~ン!
氷が溶けるのは、空気や水に触れた時と聞いたことがある。
なので氷の周囲は空気が触れないように、圧縮した土の壁を密着させるように厚く覆っていく。
すると氷を覆い隠す壁が、目の前に出来上がる。
その壁の床下一メートル辺りに、40センチメートル四方の四角い穴を空け、ミスリル製の扉を付けておく。
そして完成した。
うん・・・これは氷室じゃない。
もはや別の何かだ。
後ろを見ると、ラッセルさんが唖然とした様子で見ていた。
「嬢ちゃん。氷を溶けにくくしたかったんだろうが、これじゃあ氷室じゃなくて冷凍庫だぜ」
クマさんの言う通り、完成したのは、それはそれは神々しい、どこかの古代遺跡のような、冷凍庫だった。
「こ、これは驚きました。まさかこのような神々しい神殿を造られてしまうとは・・・」
ラッセルさんには神殿に見えるんだね。
「嬢ちゃん。これだけでは不足だぜ。さらに氷を溶けにくくしよう」
クマさんは私の神殿に、創作意欲を掻き立てられたのか、何か作り始めた。
そして完成したのが、空間属性の魔道具だった。
「この魔道具は地味だが、収納魔法の中のような環境を作るんだ」
クマさんによると、収納魔法の中は温度が変化しにくいのだそうだ。
これで何年氷がもつかは予測はつかないようだが、何もしないよりはずいぶん長持ちするようだ。
「リンネ様。水をお持ちしました! その中で凍らせてみましょう!」
神殿を造った後から、ラッセルさんが私を様付けで呼ぶようになった。
ラッセルさんが少し遠くなった気がするので止めてほしいのだが。
ラッセルさんは水の入った器を、完成した冷凍庫の中に入れた。
「でも今日の氷は私が用意しますよ。ラッセルさんのケーキ、食べたいですからね」
「はい。腕によりをかけてお作りしますよ」
ラッセルさんはそう笑顔で答えた。
その後、冷凍庫には聖獣の紋章が彫り込まれ、さらに神々しさを増した。
この紋章は聖獣の私物を表すもので、町長や他の貴族などに取り上げられないための処置のようだ。
でももうここは冷凍庫でも氷室でもなく、聖獣の間とかそういうのだよね?
もちろん翌日、氷はちゃんと出来ていたけど。
「ほう? この花のようなクリームはなめらかで美味しいが、これほどしかないのか?」
そしてファロスリエさんと合流して、楽しい夕食の時間。
デザートには、野苺とクリームののった、パンケーキが出た。
その量が少なく、ファロスリエさんは不満顔だが、高価なのは氷だけではない。
これだけ出来たたけでも進歩だと思う。
私の作るようなスポンジケーキが出来ないのと、今回クリームがあまり大量に、作れなかったのだそうだ。
まあ私のケーキもまだまだスポンジケーキ擬きの段階だが・・・。
「はあ~。嬢ちゃんの白いのには、まだ遠く及ばないな・・・」
クマさんがここで余計なことをリークした。
ファロスリエさんの目が、ギロッ!とクマさんを見て、何だその白いのとは、と語っている。
そして食べたいぞと私を睨みつけてくる。
余計な波風を立てないでほしいのだが・・・。
「こ、今度作りますよ。あ、明日の野営は楽しみにしておいてください。ホホホホホ」
「わああい! あしたはりんごのけーきだ!」
私はその場を、笑って誤魔化して切り抜けた。
そしてアリスちゃんの注文により、明日はリンゴのケーキを作ることになりそうだ。
数百年後、例の冷凍庫のある地下は、聖獣を祭る祭壇として発見された。
どうしてそんな場所に聖獣を祭る祭壇がと議論されるのだが、その時そこに真相を知る者はなく、真実が語られることはなかった。
【★クマさん重大事件です!】↓
お読みいただきありがとうございます!
ほんの少しでも・・・・
「面白い!!」
「続きが読みたい!」
「クマさん!」
と思っていただけたなら・・・
ブックマークと
画面下の広告下【☆☆☆☆☆】から評価をお願いします!!
【★★★★★】評価だと嬉しいです!
いつも誤字報告を下さる方、ありがとうございます!!




