8. 研修旅行2日目
次の日のメインイベントは「オリエンテーリング」だ。
山道のコースが設定されていて、グループごとにコースを廻り、途中にある看板の指示に従って進んでいくというものだ。
グループの団結力、協力性、持久力が試される。
各自がお弁当を持って、昼食を挟みながらの長時間に渡るハードなコースで、合宿所の廻りにある登山道や農道を駆使して広大なロケーションの中で執り行われる。
この準備に、校長先生や学年主任、クラスの先生が前の日曜日に出勤して、念入りにコースを計画し、用意していたのだ。
何とも手の込んだイベントなのである。
源さんの伐採もそうだが、この研修旅行には、先生方の趣向がぎっしりと詰まっているのだ。
それゆえ、一年生達も楽しみにしていた。
スタートは、くじ引きで、グループが時間差で出発する。
拓夢君達のグループは最終スタートになっていた。
他のグループが順番に出発していく中、最後まで待ってのスタートだが、先頭グループとは1時間以上も差があるのだ。
まあ、スピードを要求されているのではなく、如何にコースを正確に、的確な判断で進めるかがポイントになっている。
「みんな、行っちゃうね~」
「何か私たち、取り残されてる感じだよね・・」
「でも、楽しそうね・・」
他のグループがスタートをするのを見ながらボヤく女子たち。
「ふん!お前たち、足手まといになるなよ!
特にタクムはな!」
「え?・・
うん・・」
「ひど~い!
昨日の夜なんか真っ青な顔してたし、
タクム君が来なければ、どうなってたか分からないって言われてたじゃない!」
一人の女子がサトシ君を責める。
「うっ・・そうだった・・
でも、
これはこれだ!」
既に開き直っているサトシ君。
何とも気の強い男の子なのだ。
「まあ、グループのチームワークが試されるんだ!仲良くやろうぜ!」
今までサトシ君に付いていた男の子も、少しは協力的になっている。
昨日の夜の事で大分反省させられていたようだった。
サトシ君は少し、気に食わなかった。
拓夢君に美味しいところを持って行かれているような気になっていたのだ。
「タクムも、あんまりいい気になるなよ!」
「え~?いい気になってるのは、サトシ君じゃない!」
「そうよ!助けられたのに、全然、反省してないし!」
女子達と言い争いになってきている。
拓夢君と沙希ちゃんは、顔を見合わせて、何かを思い立ったのか・・・
「ねえ・・昨日の幽霊の少女は、今日も遊びたいって、約束して帰って行ったんだよ!」
「え~~???」
「そんな約束してたの?」
「うん!」
いきなり、幽霊の話を持ち出され、グループが騒然となった。
きょろきょろと辺りを見回すサトシ君・・・
「おい・・タクム・・お前、見えるんだろ?」
「うん・・ぼんやりとだけどね・・」
「居るのか?」
「え?」
「昨日の、女の子だよ!」
「ああ・・・まだ居ないよ!」
「まだ??」
いつかは、また、見なければならないのかと不安になるサトシ君だった。
昨日の少女の顔が、頭から離れず、昨日の夜は殆ど寝ていなかったのだった。
「おい、君たち、いよいよスタートだぞ!」
校長先生が、拓夢君達に合図を送っている。
オリエンテーリングの開始だ。
少し、小走りに合宿所のグラウンドから前の道路へと進んでいく。
しばらくは、この道路がコースになっていた。
前のグループの姿は見えない。かなり前を歩いているのか、走っているのか・・
「前のグループ、全然見えないね・・」
「何か、走ってったからね~前の連中・・」
「俺たちも走ろうぜ!」
サトシ君が提案するが・・・・
「私たち女子は、ちょっと足、遅いからペースを合わせてよ!」
「しょうがないな・・・」
仕方なく、女子に合わせて歩くサトシ君達。
拓夢君も毎日ジョギングで鍛えているとは言え、夏休みの終わりからなので、そう体力が上がっているわけでもなく、女子達と並行して歩くのがやっとだった・・・
それにしても、山に切り開けた道路を歩くのは、清々しい。
小高い山々を背景に、林を眺めながら、少し下り気味の道を行くと、鳥の鳴き声が聞こえてくる。
天高く、馬肥ゆる秋・・・
青々と澄んだ空に、筋状の雲がうっすらとかかっている・・
少し歩くと、道路の脇に山道の入り口が見えた。
入り口の看板に、なにやら表示されている・・・
「あ、ここから入るんじゃない?」
「うん・・看板の下に印がある・・」
「何々?この下を見よ?」
看板に書かれている文を読む。
『ここから先は、男女のカップルで手を繋ぎながら次の場所まで行く事』
「え~?!!女子と手を繋ぐのか~?」
「やだ~!!」
双方ともに、ブーイングが起こっている。
拓夢君と沙希ちゃんはともかく、他の女子とサトシ君達では、少しわだかまりがあるようだった。
「どっちが、サトシ君と手を握る?」
「う~ん・・じゃんけんで決めよっか・・?」
「そうね!勝った方が、決定権があるよ!」
「うん!容赦しないからね!」
女同士の真剣な戦いになっている。
「オイオイ・そんなに俺の事、嫌いなのかよ!」
「当たり前じゃない!勝手な行動ばっかりしてるし!」
「そんな、勝手な事なんかしてないじゃん!」
「してるよ~!」
拓夢君と沙希ちゃん、男の子2人が、その結末を固唾を飲んで見守っている。
「じゃんけんポン!」
「やった~!勝った~!!!」
「ちっ・・私がサトシ君とか~~!?
仕方ない!
サトシ君・・手、握るよ!!」
「仕方ないのかよ・・・オレ・・」
そこまで言われると、少し可哀想な気もしてきた・・・
手を繋いで歩き出すグループ。
しぶしぶ手を繋ぐ二人
ウキウキと手を繋ぐ二人
どーでもいい二人。
「あ~あ・・いいな~・・沙希は~」
「本命と手が繋げてさ~」
「うふふ・・ごめんね!」
「いい気になるなよ~タクム~!」
「うん・・・」
「・・・・」
わいわいと言いながら、山道を進む一行・・
登りと下りを繰り返す。
しばらく進むと、谷沿いの道になった。
眼下に小川がせせらぐ見通しのいい小道だ。
地図を眺めながら歩くサトシ君・・
「この先に、次のチェックポイントがあるな・・・」
「先生とか、いるのかな・・」
「手を繋いでいるのを、チェックするんだろ?」
計画性もあり、手際もいいサトシ君・・
少し、意地悪な所が無ければ、モテるのだが・・
サトシ君の手を握る女の子・・
川の音で周りに声を聞かれないように話し出す、
「ねえ・・あんたさぁ・・」
「なんだよ・・」
「何で、タクム君に、ばかり辛く当たるの?」
「え?何でって・・・
当たってなんかいないよ!」
「そんな事ないでしょ?
いつもタクム君の事、目の敵にしてない?」
「そうだな・・
タクムの事見ると、何かイライラする・・」
「何で?女子の話題になってたから?嫉妬?」
「そんなの、気にしないよ・・
そうだな・・
あいつ、
運動神経鈍いし・・
要領悪いし・・
いつも、俺の言葉に・・・
反発しない・・・
何か・・
『いい子』ぶってるんだよな・・
あいつ・・・」
「拓夢君は優しいんだよ!
みんなと仲良くしたいだけだと思うよ。」
女の子が反論する。
サトシ君は少し黙って歩いていたが・・・
「そういうの・・・イラつくんだ!
勝手に、人の事を決めつけるなよ!!」
「サトシ君・・」
イジメの殆どの理由は、「ちょっと、気に食わない」とかいう「ささいな」事なのだろう・・
それが、集団になり、エスカレートすると、一人を追い詰め、重大な事件へと発展する。
いじめている本人は、全く「イジメている」という感覚はない。
だが、
いじめられたほうは、一生のトラウマになる程、心に傷を負う事になる。
サトシ君の場合は、その『イジメ』とは、少し、違っているようだった・・・
ちらっと後ろを見る。
いつの間にか拓夢君と沙希ちゃんは、かなり遅れて歩いていた。
「おい!タクム!早く歩けよ!!」
「あ、ごめんごめん!!」
サトシ君に言われて、歩くのを速めた拓夢君達・・
「全く!
何で、オレがあいつの面倒みなきゃならないんだよ!
あいつばっかり・・
オレだって・・・」
「え?」
その女の子は、一瞬、サトシ君の本音を聞いたような気がした。
『オレだって・・・』
何なのだろう?
お昼の時間まで、数キロを歩くコースが続いた。
途中、色んなイベントが仕組まれていた。
『フィボナッチ数列で5番目は何?』
とか
『バラを漢字で書け』
とか
『1492年は世界的に何があった年?』
とか・・・
大自然を背景にして、授業で出てくる内容よりも少し難しい問題も出されていた。
その度に、グループ内で、あーだこーだと悩んで答えを出す・・
問題の答えよりも、
みんなで、考えて答えを導き出す・・
そこまでのプロセスを楽しむといったところだ。
「え~フィボナッチ数列って何~?」
「どっかで聞いたことあるな~」
「ダビンチコードに出てたよ!」
「あ~・・何か、数字が並んでるやつ?」
「1,2、3,5,7、9、11・・・・」
「それは、素数!9は違うよ」
「ひとよひとよにひとみごろ?」
「それ・・ルート2?まだ、習ってないよ・・」
「3.141592653・・・」
「それは円周率!!」
「1,1、2、3、5、8・・とかだった?」
「そ・・そうかも・・」
「何?それ?どういう数なの?」
「隣同士を足し合わせていくんだよ」
「ばら・・・!」
「草冠だっけ・・・」
「オレ、書けるぞ!」
「え~???」
「何で~?」
「暴走族が知り合い??」
「ハード・ロックとか好きだからな・・・」
「あんた、そんなの聞いてるの?」
「ほっとけ!」
「室町幕府?」
「1333年じゃなかったけ?」
「それは、鎌倉幕府が滅びた年だよ・・」
「一味騒がし!(1338年)」
「1732おごれや?」
「それはルート3!」
「いよくに燃えたコロンブス!」
「おお~!」
「で?」
「コロンブスって何したんだっけ?」
・
・
・
まあ、こんな感じである。
ピピピ・・ ピピピ・・
一人の女子が身に着けていた腕時計のアラームが鳴る。
「あ、お昼の時間だよ!」
「え~?もう?」
「まだ半分も来てないような気がするな~」
「誰だよ!足引っ張ってるのは~!」
「あ・・僕・・ちょっと足遅い・・かな・・」
「また、タクムかよ~!」
「まあまあ・・お昼にしようよ!」
少し、開けた場所で、お弁当を食べることにした。
合宿所で配られたお弁当を、各人、シートを敷いたり草の上で食べたりしている。
並んで座っている拓夢君と沙希ちゃん。
食事が終わり、ペットボトルのお茶を飲むサトシ君・・
「あ~あ・・ウチのグループ、また遅いのか~?」
「昨日の、火起こしも遅かったしな~」
「ごめん・・」
「それ、サトシ君達も手伝わなかったからじゃない!」
「オレ、やることやったし~」
「オレも!」
「他のグループは、皆で火起こししてたんだよ!」
「でも、調理はその分、遅かったじゃないか・・」
「それは・・・そうだけど・・・」
「分担したから、追いついたんだぜ!」
「計画的ってことか・・」
サトシ君の言い分も、もっともだと思った女子たち。
「まあ、タクムがもっと早く火を起こしてれば、もっと早く終わったんだけどな!」
「・・・」
俯く拓夢君。
「そんなに、拓夢君を責めないでよ!初めてだったんだし!!」
「あんただって、はじめは手こずってたじゃない!」
見かねた女子たちがサトシ君に反論する。
「ふん!今日は、遅くならないように、ちょっと早く歩くんだぞ!」
「頑張ってみるよ・・・」
「じゃあ、行くぞ!」
そう言って立ち上がり、持っていたペットボトルを投げるサトシ君。
放物線を描いて、空になったペットボトルが林の方へ飛んでいく・・・
「あ~~!!」
皆がペットボトルの行く先を見つめる。
ポーン・・・
ガサ!
何かに当たり、跳ね返った音がした。
「ちょっと!あんた、何処に捨ててるのよ!!」
「ゴミは持ち帰るんだよ!!」
「いいじゃん!一本くらい!!」
「その、自分くらいってのが、悪いんだよ!」
「行くぞ・行くぞ!
探してる時間なんかないよ!!」
そう言って、先を歩き出すサトシ君。
皆は、しぶしぶ後を追った・・・
しばらく、林の道を歩いていると、何やら雲行きが怪しくなってきた・・
「あれ?さっきまで晴れてたのに・・」
「何か、曇ってきたね。」
「こりゃ・・一雨くるぞ~」
「え?今日の天気予報、10%だって言ってたよ!」
「山の天気は変わりやすいって話だよ・・」
木の間から覗く空は、だんだん暗くなってきていた。
ポツポツと大きな雨粒が当たり始める。
「あーー降ってきた!」
「ちょっと~!
雨具なんか持ってきてないんだよ~」
ザーーーーー
通り雨のようだった・・
少し走ると、岩場の崖に少しくぼみがあり、雨宿りができる感じだった。
そこで、一同は通り雨をやり過ごす事にした・・・
ザー・・・・・・
雨が、少しずつ激しくなり、目の前の道に水たまりができていく。
「スコールみたいだな・・・」
「通り雨だよ・・ちょっと待てば止むと思う。」
その言葉通り、しばらく待っていたら、小降りになった。
ポツポツと、当たる程度になってきた。
「止んだみたいだね!」
「コースに戻るか・・」
一同が雨宿りをした岩場は、オリエンテーリングのコールから少し逸れていた。
元来た道を引き返し、コースに戻る・・・
先ほどの雨は嘘のように、空は晴れ渡っている。
「何か、狐につままれたようだね~」
「こんなに、いい天気になったよ!」
「山の天気って、ホントに変わりやすいんだね~」
そう言って、しばらくコースへと戻る小道を歩くのだった・・・