6.源さんの授業
苦心惨憺で作った昼食も無事に済み、午後の授業が始まる。
午後の授業は、源さんの担当だ。
源さんは、子供たちに木を伐採する現場を見せようと、前日からはりきっていた・・・
前の日から枝を切るナタを全員分研いでいたそうだ。
木材は普段、何気なしに使っているけれど、実際に、その材料となる木を伐る事は、そう、あるものではない。
一年生の間でも、楽しみにしてきた生徒も多いようだった。当然、教師でも初めて見る人達ばかりだった。
どんな風に木を切り倒すのだろう・・
合宿所の裏山をしばらく登り、少し開けた斜面に立った一本の木の前に、一年生達が集まっている。
数人の森林組合の人も危険の無いように立ち会っている。
自前のチェーンソーを持ち出して、これから切る木を前にしている源さん・・
木の幹に背を向けて、倒す場所を直視する。
木と木の間を狙う。
もし、倒す時に、他の木の幹に傷をつければ、その木は上手く育たなくなってしまう。
今度は、木の方を向いて、足を肩幅に開き、幹の先端を見上げる。
そのまま、下の方へ目線をやり、屈んで、又の間から顔を覗かせ、先ほどの倒す方向を見る。
そういった作業を、何度も繰り返して、倒す方向を確認しながら、幹に切れ目を入れる場所を見定めている。
一同は、固唾を呑みながら、その作業を見守っていた。
「よし!」
切る場所を決めた源さん。
見学の生徒、数十名を前にして、これから、その木を倒そうと身構える・・
チェーンソーの紐に手を掛け、エンジンを掛けようという姿勢で、動きが止まった。
何が起こったのだろう・・・
源さんが、見学している生徒に向かって、語りだす・・
「いいか・・この木は生きている・・・
ここに立っている木は、まだ呼吸もしているし、水を吸い上げて、光合成を行って、自分の体を作って成長しているんだ・・
生きている限りは、今、温暖化問題で話題になっている二酸化炭素を吸い込んで、酸素を吐き出す・・
人間の生活のために、無くてはならない営みだ。
この木は、君達のご両親よりも、長く生きている・・
1年・1年、成長をして、年輪を重ね、この太さになるまで五十年以上は、この場に立っているだろう・・
まだ、これから100年、200年と生きる権利がある!
でも、私は、
その木の命を、これから、絶つ!」
チェーンソーを握りしめている源さん。
そのチェーンソーをサトシ君の目の前に差し出す。
ヌッと突き出された刃先に、サトシ君はひるんだ・・・
さっき、拓夢君に意地悪をしていたのを見られて、それを戒めようというのだろうか・・・
「君は、今、自分の命が絶たれると知ったらどうする?」
「え?」
「君には、ご両親が居る。家族が、恋人も居るかもしれない・・・
でも・・
今、この場で、私が君を殺すと言われたら、どうする?」
その言葉に、ビビるサトシ君・・
後ろの方へ小走りに逃げ出し、一年生の集団の後ろへと身を隠す。
その様子を見定めて、すぐ近くに居た拓夢君にチェーンソーを向ける源さん。
一同に、緊張感が走る・・
「君はどうかね?」
チェーンソーを向け、エンジンの紐を引きながら、源さんが脅すようにしゃべっている。
ひょっとしたら、本当に、拓夢君の息の根を止めるかもしれない。
その状況に、少したじろぎながら答える拓夢君・・・
「僕は・・嫌です・・・」
正直に答える。拓夢君。
「僕には、大切なお父さんやお母さん、お姉ちゃんがいる・・
仲間だっている・・・
その人たちと、もっと一緒に、暮らしたい・・生きたい!」
「嫌か・・
でも、どうしても、君を殺さなければ、私が生きることができない・・
家を建てなければならない・・その為の材料として、君を殺さなければならない・・・
そう言われたら?」
今、切り倒そうとしている木に向かってなのか、拓夢君なのか区別がつかなくなっている・・
その時、先ほどと同じような風が、一同のいる場所に吹き渡った・・
拓夢君は、その風を受けて、何かを感じた。
木をみつめて、涙ながらに答える・・・
「仕方がありません・・・
僕の、体が役にたつのなら・・・
僕の死を無駄にしないのならば・・・
僕は、あなたの為に、死を選びます・・」
沙希ちゃんが心配そうに見つめている。
源さんは、拓夢君の目を見つめながら、
「君は、怖くないのか?
この一太刀で、家族や恋人・この世の繋がり、一切の事との関係が終わってしまうんだぞ!」
「怖い・・・怖いです・・・
死ぬ時、ものすごく痛いかもしれない・・
苦しいかも知れない・・
僕の命が死んでしまったら、どこへ行くのか・・
みんなは悲しまないのか・・苦しまないのか・・
それを考えたら、僕は・・」
その答えに、一瞬、笑みを浮かべて、木に向かう。目を細める源さん。
「ワシは・・その『想い』を全て受け入れて、この木の命を絶つ!」
「さっき・・『一太刀』という言葉を使った・・・・
それは、
『一振りで絶つ』ということを意味している・・・
『一振り』で生きているものの『命』を『絶つ』・・・
我々、職人は、命を絶つ事が仕事なんだ!」
「命を絶つ・・」
つぶやく拓夢君・・
「我々、『木』を扱う者ばかりではない!
板前・・漁師・・農家・・・皆、命を絶つ職業だ」
「だから『刃物』・・命を絶つ道具である『刃』は、常に手入れをして、万全に・・・
命を絶たれる者が、苦しまずに死ねるように、一振りで命を絶つように、刃物を研ぐ・・
それが、職人の心構えなんだ!!」
刃物を研ぐという事に、そんな意味があったなんて、初めて知った一同・・・
その手に持っている『ナタ』を見る・・・
ピカピカに研いであるナタ・・・
自分の顔が映し出されそうだ。
昨日、源さんが夜遅くまでかかって一本一本研いでいたそうである。
チェーンソーの紐を勢いよく引く源さん。
ブーン!!
一発でエンジンが掛かる。
予め、切る場所を決めておいた源さん。
ブブーーーン・・・
切り倒す側の半分くらいまで、チェーンソーの刃を入れる。
一同、その轟音に耳を塞いだ・・
もう一度、同じ場所に楔形に入れる。
今度は、反対側の残っている方へと移動する。
ブ・ブブーーーーン・・・
脇からチェーンソーを幹に食い込ませるように切っていく。
ある程度、真ん中あたりを残した所で、クサビを打ち付ける。
カーン・ カーン
ナタを裏返して、振りかざし、クサビに向かって2、3発打ち込む。
ググ・・・
少し傾いたと思ったら・・・
スー・・・・
っと木と木の間を弧を描いて幹が倒れこんでいく。
ドッ・・ス・・・
静かな地響きと共に木と木の間に倒れこむ幹・・
辺りの草が飛び散る。
狙った場所に、寸分狂わないで斬り倒した・・・
一連の作業を終えた源さんが立ち尽くす。
「おおーーー」
その様子を無言のまま見守っていた一同だったが、倒れた時に歓喜の声があがった。
「さて、皆で枝を落としてくれ」
源さんが皆に指示をすると、一斉に生徒たちが倒れた木の周りに群がって、枝の付け根にナタを入れて、枝を落とす作業に移る。
慣れない手つきでナタを振るう生徒たち。
研ぎ澄まされたナタは、気持ちのいいくらいに枝に食い込んでいく。
先程の源さんの言葉を思い出す。
「隅々まで、一片たりとも無駄にしない・・・」
そういった気持ちでいっぱいだった。
源さんは、倒した幹の根元の切り株を指さして、樹齢を数えている。
「80年くらいか・・・俺の歳よりも上だったな・・・」
手を合わせ、拝む源さん・・・
その様子を見ていた拓夢君と沙希ちゃん。
「どうしたんですか?」
拓夢君が聞いてみる。
「この木は君たちのお爺さん位の人たちが植えた木だ・・」
「え?僕たちのお爺さんの代?」
「うむ・・植えても自分たちの代では使えない。
遠い先の、自分の孫の為に植えたんだ。
手入れもちゃんとしてあったなあ・・」
田んぼや畑の作物は、植えれば一年で実が成り、短い期間で恵みを与えてくれる。
山の木の場合、植林した苗木が育つまで40年位は待たなければならない。
今、植えたとしても、使えるのは自分の孫の頃だ。
その間、枝打ちや間伐等の手入れをしてやらないと、育ちが悪かったり、製品にならなくなってしまうのだ。
当然、手入れをしても、その代ではなく、次の代に使う事になる。
何とも気の長い話なのだ。
「寿命の長い木を、植林や手入れ、伐採を繰り返して山の木を育てていた・・
その木を家や家具の材料として、余すところなく使っていたのが、日本の文化なんだ・・
そのための職人や道具に独特の文化が生まれた。
それは・・
命の循環・・
生き物の命を断ち、物をつくるが、その「物」にも命が宿る・・」
「物にも命が?・・・」
「家は、そこに住む人を代々守るが、その材料となる材木は、元を正せば、自分の先祖が植えたり、守ってきたりした木だ。
その木にも魂があるし、その木を組み合わせた家にも魂が宿る。
「住は聖職なり」と言うが・・・
そういう家を作る大工は、木の魂を活かすために、少しでも長く使えるように工夫をして、
自分の命をかけてきた・・」
築200年以上の古民家は、建っている間に大きな地震を何回も経験している。
それでも、ビクともしないで建っているという事は、当時の大工技術が優れていたことを物語っている。
金物を使わず、木と木を組み合わせて造った「伝統構法」の家は、長い間、地震を経験してきた日本に根付いた技の結晶なのだ。
倒れた木の枝を払いながら、先端の方へと来ていたサトシ君。
左右に立っている木の間は2mも開いていないが、その間にすっぽりと入っている。
「凄いだろ!」
後ろから、大人の人の声がした。
立ち会いで入っていた森林組合の人たちだ。小型のチェーンソーで、大きな枝を払う作業をしていた。
サトシ君に話しかけている。
「あの、オヤジも大したもんだよ。俺たちでも、これだけの精度で倒すのは容易じゃない。」
「そんなに、凄い事なんですか?」
サトシ君が質問してみた。
「ああ・・俺たちは『間伐』といって、40年生くらいの細い木しか切らないけれど、
倒す方からワイヤーで引っ張ってもらって、やっと倒すくらいだ・・」
「こんな、大木を倒すなんて、なかなか機会がないよな・・」
「あのオヤジも、今まで何本も切ってきたんだろうな・・ああ見えても、俺たちより技術を持ってるよ・・」
「こんな木と木の間に倒すなんて芸当は、にわか仕立ての素人じゃ出来ない。」
プロである森林組合の人たちに太鼓判を押してもらっている源さん・・
そういう話を聞くと、源さんが凄い人に思えてきた。
いつもは、技術・家庭の時間に木工を教えている源さん・・
実際に、今まで立っていた木を、一連の作業を手際よくして倒す様子は、確かに凄かった。
ブーーーーーン・・・
森林組合の人たちが、残りの枝をチェーンソーで落とし始めた。
「源さんって、凄いんですね!家も建てるけど木も切れるなんて!!」
沙希ちゃんが、源さんを褒めている。
それに照れて顔を赤らめている源さん。
「ワシは、終戦後・・大工の仕事に入ったが、いい親方に恵まれたんだ・・
町が空襲で焼け野原になった・・あの時は、君たちと同じ中学生くらいだったなあ・・」
「私達と同じくらい・・」
「ああ・・ 空襲に遭ったら、一緒に逃げようと誓った女の子がいたんだ・・
でも・・・」
「でも・・・?」
「彼女は、待ち合わせの場所に来なかった・・」
「その女の人は・・どうしたんですか?」
沙希ちゃんが恐る恐る聞いてみる。
「後で、分かったんだが・・防空壕で大勢の人たちの下敷きになって息絶えたそうだ・・」
「それは・・・」
それ以上は、言葉が出なかった・・
源さんも、この間のお祭りの花火での幻覚騒動で、タエ子さんの死の真相が、ようやく分かったのだった。
それまで、どこかで生きていて欲しかったという想いが、どこかにあったのだろう・・
「戦争で犠牲になった人は、大勢いる・・
戦地で銃弾に倒れたり、自ら命を落としたり・・
植民で満州に渡った人たちも、戻って来ない人が大勢いた・・
本土でも、空襲で犠牲になった・・
残された者は、焼け野原から這い上がらなければならなかった・・・
明日の食べ物にも事欠く始末だったし・・未来なんてあるのかも分からなかった・・
この国さえも、どうなるのか・・想像もつかなかった・・・
今まで信じてきた『国』が負けてしまったんだ・・
それでも・・残された人たちは必死で生きてきたんだ・・
必死に暮らす中、
次の世代の事を考え、山に木を植えた・・・
自分たちでは、とうてい使えない木を、
子孫のために植え、手入れをしてきた・・・」
源さんは拳に力を入れ、淡々と語っていた。
拓夢君と、沙希ちゃんは、その話を、ただ聞くのみだった・・
自分たちが、戦後の焼け野原に投げ出されていたら、どうなったのだろう・・
今の自分たちを取り巻く環境は、便利で自由で安心・安全な、戦後に比べれば夢のような時代。
そんなぬるま湯にどっぷりと浸かった自分たちには想像もつかないほどの事態が、
源さんの、時代に押し寄せたのだった。
源さんは、生きるために必死で仕事を覚えてきたのだろう・・
その技術が、今、この木を見事なまでに倒しきった・・
源さんの体にしみこんだ、生きるための技・・
「この木は80年生くらいだが・・・
私と同じ戦後の時代を生きぬいてきた同志みたいなもんだよ・・
何もない時代から、復興してきたワシたちの歩みを見続けてきたんじゃろう・・」
木の周りで作業をする一同の姿を眺めながら・・・
「国や町・・自然は人の命を喰らう・・・か・・・」
源さんがポツリと言った。
「え?」
「ん? ああ・・ タエちゃんが言っていた言葉だ・・・」
この間の花火の幻覚の時に現れた「タエ子さん」の言葉・・
「タエちゃんって・・約束した人ですか?」
「そうじゃ・・」
倒れた木を見つめている源さん・・・
「確かに・・国や町を持続するのに、我々の命が消費されているのかも知れんな・・」
「国や町が、僕たちの命を消費している?」
拓夢君が聞いている。
「それは、我々人間が、生きているものの命を消費して、生きているのと同じ事・・
国や文明は、我々人間や木より長い寿命を持つ・・
そういった長い寿命のモノは、命を消費しながら歴史を刻むと、言っていた・・」
山や川は、10万年単位で姿を変えている。天変地異や浸食によって、姿は刻々と変わる。
日本列島や大陸ですらも、大陸プレートの移動によって姿が変わる。数億年先は今の世界地図なんて跡形も無くなるのだ。
太陽も何十億年という寿命の後、大爆発を起こして消滅するという。
我々の住む「天の川銀河」にしても、いずれ隣のアンドロメダ銀河と衝突する。宇宙も、膨張を繰り返し、今の形と変わっていく・・
絶えず変化し続け、「永遠」という物はない。
そういったモノは変化はすれど、寿命は我々人間に比べればとてつもなく長いものだ。
「命には、いろんな形があるのだな・・。寿命の長さにも色々ある。
我々人間は、木から見れば短い命・・山や台地は木よりも更に長い命が与えられている。
我々人間など、蟻がチョコチョコと動き回っているような・・そんな感じに見えているのかも知れんな・・」
「私達って、木から見ればアリさんなんですね・・」
「長い寿命の木の命を断って、さらに長い寿命の家に形を変える・・・
人間は、そういった命の作り変えをすることができるのだ・・
それは・・・木と一緒に暮らしてきた日本人ならではの考え方じゃ・・
文明・・文化という・・より長い寿命を持つモノの「意思」なのかも知れぬ・・」
文明にも寿命がある・・太古から数々の文明が栄えたけれども、全て滅んでいる。
自然と相・反するものは、寿命が短く、「自然」と共存した文明は、寿命が長い。
森林を伐採しつくして、砂漠化した都市は、皆、衰退の一途を辿る・・
現代の文明は、大量の化石燃料によって維持されているが、その行く末は如何なものだろう?
それは、後世の歴史によって証明される。
「おーい、そこで何やってるんだよ!」
「枝を運ぶの手伝えよ!」
サトシ君達がこちらに向かって手伝いを促している。
一輪車に目いっぱい枝を積んで、運ぶのも大変そうだ。
「ごめーん。今いくよ!」
「行こうか・・」
「うん!」
源さんに挨拶をして、手伝いに向かう拓夢君と沙希ちゃん。
女子が声を掛けなかったのは、二人きりにしようという配慮だったのだろうか・・
「沙希・・どうだった?」
「うん・・いっぱい話せたよ!」
「『お姉ちゃん』に一歩リードしたんじゃない?」
「おい、タクム!ちゃんと押さえてろよ!」
「ごめん!重くって・・・!!」
「力、無いんだな~」
男子と女子のグループで協力し合って、合宿所まで枝を運ぶ。
山道も木の根がはっていて、デコボコになっているので、一輪車を転がすのも容易ではない。
合宿所へ枝を運んだ生徒が、山のようになった枝を前に、ワイワイ・ガヤガヤと騒いでいる。
汗を流し、仕事を終えた達成感を、協力し合ったグループのメンバーと分かち合っている。
「ふう~・・結構、しんどかったな~。」
「やっぱり、男子は力あるね~」
「まだ、上に枝が残ってるよな・・・」
「がんばって、行きましょう!!」
「まあ、ちょっと休んでいこうよ・・」
「賛成~。。」
そんな姿を切り株の所から遠目に見ていた源さん。
校長先生が、やってくる。
「源さん、ありがとうございました。
おかげで、あの子達にも、貴重な体験ができました。」
「いえ・・」
源さんがポツリと言う・・
「我々、大人がしてきた行為の尻拭いを、何も知らない次の世代の若者に押し付けようとしている・・
戦後の復興はめざましいものがあったが・・・果たして、良かったのか・・・
明治より前の時代・・自然と共存してきた古来からの日本の文化を捨て、
欧米諸国に追いついた今・・
便利で、何不自由ない社会になった替りに・・
失くしてしまったモノは・・計り知れない・・・
こんな日本にしてしまった、我々の責任を・・
自分たちで取ろうなんて奴は一人もいやしない・・・」
その声に、校長先生が答えた。
「それは、我々も同じでした・・・」
「え?」
「終戦後、焼け野原となった日本に、若い我々が取り残された・・
先人達の、遺産や責任を全て負わされて、一から出発しなければならなかった・・
不安と希望を胸に、復興への一歩を踏み出したあの時と、何ら変わらないのかも知れません・・」
「そうですな・・
歴史は、繰り返されるという所ですか・・」
「輪廻とでも言いましょうや・・・
良くも悪くも、先人のツケを次の者が負う・・
それを繰り返している・・
人類の継承とは、そういうもの・・」
「今の子供たちに、自分たちの持てるモノを伝えていくのが、
先人としての我々の・・せめてもの「償い」なのかも知れませんな・・・」
夕食の時間となった。
昼食と違い、調理は火越しからは行わず、室内の調理室でガスのコンロを使っている。
グループごとではなく、全体で調理班とそうでない者は各部屋の清掃をした。
本日の夕食メニューは定番の「カレー・ライス」であった。
調理が進み、合宿所内にカレーのおいしそうな匂いが館内に行きわたる。
重労働による作業で、くたくたになった体と空腹に、このカレーの匂いは特別に効いていた。
夕食の支度が整って、全員が食堂に集まり、食卓に料理が並べられている。
校長先生と源さん、学年主任はコップにビールを注いでいる。
「あ~いいな~大人だけ!」
生徒からブーイングを浴びている3人・・・
「いや!大人の『交流』には、酒が無いと深まらないのじゃ!」
源さんが言い訳をしている。
「え~・・俺たち生徒はどうやって、交流を深めるんだ~?」
「ジュース??」
またまたブーイングの嵐・・
生徒には、当然、ジュースなどではなく「牛乳」が配られていた。
「お互いの労を労い(ねぎらい)、疲れを癒し合うのが大人の礼儀です。
皆さんは、今日、源さんから色々な事を教わりました。
源さんも、今日の為に、前の日から準備をしてきたのです。
皆さんからも、源さんにお礼をする意味でも、お酌をして下さい。」
校長先生が、きっぱりと仕切る。
「は~い」
「では、皆さん、夕食をいただきましょう。」
夕食班のリーダーが前に出て、皆の前で合掌し、「いただきます」の合図をする。
「いただきまーす」
一同、一斉に食べだす。
もうお腹はペコペコだった・・・
6人ずつのテーブルに各グループごとに座っている。
拓夢君の隣に沙希ちゃんが座っていた。
これも、同グループ内の女子の計らいであった・・・
「おいしいね~」
「うん・・お腹ペコペコだったから・・美味いね・・」
「あら~!タクム君!お腹が空いてなければ美味くないわけ?」
「え? あ・・いや・・」
夕食班の同じクループの女子に突っ込まれている。たじたじの拓夢君・・
「まあ、そう、いじめないで・・食べましょう!」
「このニンジン、まだ芯が固いよ~」
「もうちょっと、薄く切れば良かったのに~」
「う・・これは・・私だった!」
「ルーがダマになってる~」
「混ぜたのは、私じゃないゾ~・・隣の班のあいつだ!」
「あんた、よくかき混ぜてないでしょ~!!」
「ゲ!バレタよ!!」
「このご飯、ちょっと焦げてる~」
「いや・・このコゲが、香ばしくて、イイ!!」
「ご飯、あんたの担当じゃ~ん」
楽しそうに(?)カレーを食べている一同・・・
あれこれ言っていても、皆、美味しくいただいて、最後には大鍋のカレーも残っていなかった。
そんな様子を横目に、「大人」3人グループは酒盛りをしていた。
「いや~今日の源さんの授業は、すごかったですな~」
「木を一発で倒すなんて、すごいって森林組合の人たちも言ってましたよ」
「昔とった杵柄ですかな・・」
「それにしても、生徒たちに『命』の授業をしたのにも驚きました」
「一時はどうなるかと思いましたよ」
「荒療治と言ったところですかな・・教師があんな事をすれば、問題になるでしょうが・・・」
「そうですね・・今、『命』や『死』について教えてくれるカリキュラムなんてありません・・」
「宗教的な所も絡むのでね・・あまり、深くはできない・・」
「そう言えば、こんな事を思い出しましたよ・・・」
学年主任の話は、こうだった・・・
北アメリカの先住民族・・いわゆるインディアン(ネイティブ・アメリカ)の話だが、長い間の日照りにより、部族の食糧が底をついてしまい、
途方に暮れた部族の若者が一匹のバッファロウを見つけた。
その若者は、バッファロウの前に跪き(ひざまずき)、こう言った。
「我々の部族の食料が無くなり、明日をも知れぬ状態です。
あなたの、その体によって、我々の村は救われます。
どうか、私たちに食料をお与えください。」
そのバッファロウは、若者の目を見たまま、しばらく立ち尽くしていたが、最後には覚悟を決めたらしく、その若者に背を向けた。
それは・・
バッファロウの尻から心臓へと矢を射ると、苦しむ事無く、死ぬことができる「急所」を、彼に示しているのだった。
若者は、その急所を目がけて、矢を放ち、バッファロウの亡骸を部族に持ち帰り、貴重な糧とすることができた。
「不思議な話ですねぇ・・」
「『弱肉強食』とは言われていますが、動物の世界も、『喰うか食われるか』という世界ばかりではなく、
他の命を繋ぐために、自らの命を使うという、『命』の循環という概念があるのかも知れません。」
「我々の社会は、『喰うか食われるか』が主流になってますね・・
勝った者は、当然のように利益を得ますが、
必ず、敗者がいる・・弱者が社会では食べていけないのならば、
世界の半分は生きて行けない事になります。」
「競争社会というのは、我々の社会の、極わずかな部分で繰り広げられているのでしょう・・
他の大多数は、共存共栄だったり、「おまけ」したり「奉仕」したり、「利益を得ずに無償で」与えている事もあるのです。
昔の道徳では、それが「尊いもの」とされてきましたが、
ビジネス社会というのが、「普通である」という風潮になってきた・・
ボランティアなどは利益にならないと経営面から脅される。」
「昔は、学校にも『道徳』の時間がありましたねぇ・・」
「昔は、家畜を自分で絞めて殺したり、捕ってきた魚を自分でさばいたり・・
子供も多かったけれど、成人するまでに死亡する率も高かったし、高齢になれば死ぬ確率も高い。
自分の家で『死』と向き合う機会が多かったのかも知れません。」
「今は、医療が発達して、亡くなるのは、大抵、病院ですからね・・」
「命を大切にしなかったり、人を簡単に危めたり・・『命』の重さが軽く思われてきています。
『死』という事がどういうことかも、実感で湧かなくなっている。」
「人間は、ゲームのように、死んだらリセットできるとも考える人が出てきています。
バーチャルな世界に慣れてしまっているのでしょうか・・」
「ここにある、食卓に並んでいる食べ物が、
元は『生きていた』物という事実も分かりずらくなってきています」
「便利な世の中になったのでしょうが、果たして、それが良い事なのか・・・」
大人たちの話は尽きなかった・・
拓夢君と沙希ちゃんが並んで座って、カレーをおいしそうに食べている。
和気あいあいといったムードだ。
「ちょっと、沙希・・」
同じグループの女子達が廊下に呼び出した。
「どうしたの?」
廊下へ出てみる沙希ちゃん。
「あのさ~、食事の後の、自由時間に、二人で木を倒した場所へ行ってみたら?」
「え~?夜だし、怖いよ~。」
ちょっとした肝試しみたいな事を提案しているのだろうか?
「沙希!あんた、タクム君とくっつきたくない?」
「くっつく?」
そう言い返した時・・・
「ヒャ!」
後ろから、胸を揉まれて、飛び上がる沙希ちゃん。
「何~?くすぐったい!!」
「あんた・・・ガリガリじゃん!!」
「今時・・Aカップ~?」
「え~??」
赤面している沙希ちゃん。
「何で、恋人同士で『お化け屋敷』に入りたがるかわかる?」
「え~?怖いのが好きだからじゃないの?」
「う・・どこまで単純なんだ・・・」
「男子は、こうやって腕に抱きつかれると~、
胸が押しつけられて、その感覚にドキンってなるのよ~・・わかる?」
「胸が押しつけられて、ドキンとなる?」
きょとんとしている沙希ちゃん。
「う~ん・・沙希・・あんた、タクム君と一緒に居て、どんな気持ちになってるの?」
「どんな気持ちって?」
「こう・・胸がキューンとか・・・ないの?」
「???・・ないけど・・・一緒にいると楽しい・・・かな・・・」
「あ~・・・あんたら、ホントに・・小学生がじゃれあってる程度なのか~??」
「あんあたたち、くっつけようと努力してる私たちの身にもなってよ!」
この女子たちも、単に人の恋路で遊んでるお節介の様な気がするのだが・・・
「ごめん・・・」
沙希ちゃんも謝るか~?
「とにかく、夕食終わったら、あそこに行ってみなよ!」
「二人になれば、何か『気』が湧いてくるかもしれんし・・」
「いいね!」
「は・・はい・・」
二人に圧されて、タジタジの沙希ちゃん・・大人への道のりは険しいのであった・・
拓夢君の隣に戻ってくる、沙希ちゃん。
「どうしたの?何かあったの?」
「う・・うん・・あのさ・・・」
向こうを見ると、女子たちが目で合図を送っている・・
「なに?」
「夕食、終わったら、一緒に、さっきの木を切った場所に行かない?」
「え?もう暗いよ!・・何で?」
「何でって・・忘れ物した・・から・・・」
忘れ物探しは、明るい方がいいと思ったのだが、切羽詰まった沙希ちゃんの様子を見て、行かなければならないと察した拓夢君・・
仕方なしに、夕食後に付き合う事にした・・・
これが、女子たちの作戦だとは知らず・・・
この一連の会話を隣で聴いていたサトシ君達・・
「どうする?」
「面白そうじゃん!」