4.月曜の朝・・
ピピピ ピピピ
僕の部屋の目覚まし時計が鳴る。
マンション・・・
昨日は、夜遅くまで、彼女が僕の家で遊んで行った・・
っていうか、翔子ちゃんと言い合いになっていた。
「喧嘩するほど仲が良い」っていうけれど、
彼女たちの場合は、「犬猿の仲」みたい・・
どちらかというと、ライバル同士って感じなのだ。
その原因は・・・
僕にあるようだ。
どちらも、僕が好きなようで、
僕が、どちらにも、好きだという態度を取っている事が原因・・
「彼女」に関しては、「恋人」として付き合っている。
まさに、「本命」の彼女だ。
「翔子ちゃん」に関しては、「義妹」として、僕の家族としての関係。
でも、翔子ちゃんは、僕が好きらしい・・
翔子ちゃんが生前に僕のお嫁さんになりたいという願望を持っていて、
ずっとその気持ちを抱いている。
「兄妹」という一線は超えられないものの、際どい関係が続いている。
生きていたとして、「妹」が実の「兄」のベットで一緒に寝ているという行為も、
普通ではありえないだろう・・っていうか、「危ない関係」の部類に入る。
まあ、「死んでいる」から、一緒に寝ていても、誰も気づきはしないのだろうけれど、
「彼女」がいつまでも、帰れなかったのは、こういう関係を続けて欲しくなかったのかも知れない。
それも、これも、僕が、優柔不断な態度だからなのか・・
「翔子ちゃん」にキッパリと言う必要もあるんだろうな・・・
隣で寝ている翔子ちゃんを「霊感ケータイ」で確認した・・・・
寝顔がカワイイ・・・
いつもは僕が目覚める前に、霊界に帰っていくのに、
今日は、めずらしく、僕よりも目が覚めるのが遅い。
昨日の悪霊との対決や、遅くまで、彼女とやりあっていて、疲れたのか・・
無防備な翔子ちゃん・・
僕が、寝顔を覗き込む。
カメラで寝顔を撮っちゃうぞ!
「う・・ん・・」
あ、起きたようだ・・・
「あ、お兄ちゃん・・おはよう・・」
そうだった・・・翔子ちゃんは、テレパシーのような「念波」による会話ができるようになったのだった・・・
その声は、空気中を音波が伝わるのではなく、「脳」に直接響いてくる。
かわいらしい声が、頭に浮かんでくる。
「おはよう・・」
僕の声に、嬉しそうな反応をする。
笑顔の翔子ちゃん。
「うふふ・・また、お兄ちゃんの隣で寝ちゃった・・・
お母様に怒られるかな・・」
「お母様?」
「あ・・お兄ちゃんのお母さん・・・
あ・・私のお母さんじゃないよ・・
お兄ちゃんのお母さん・・
あれ?何か・・ヘン?・・・」
実にややこしい関係になっている。
現在は、僕の父と雨宮先生が再婚して、雨宮先生が、僕のお母さんになっている。
・・ということは、雨宮先生の娘さんだった「翔子ちゃん」と僕は血は繋がっていない「義理の兄妹」の関係になる。
僕の元のお母さんは、既に他界しているけれど、「あの世」では、翔子ちゃんと実の親子のように親しい関係らしい。
僕の母だから、翔子ちゃんにとっては「義母」の関係にあたるから、「お母様」と呼んでもおかしくはない。
「ふうん・・『お母様』って呼んでるんだ・・・」
「うん!大好きだよ!」
嬉しそうに応える翔子ちゃん。
「『また怒られる』って・・前に怒られたの?」
「あの時は、『雷』に打たれちゃった!」
--- 雷! ---
何だか、本当の様で怖い・・・
あの世では、色んな技が繰り出せるのだろうか・・僕のお母さんも、「雷」の技が出せるようになってるのか?
「今日の事は内緒だよ!」
「うん!二人だけの秘密だね!
ああ・・・
お兄ちゃんと秘密ができちゃった!!」
何か、嬉しそう・・・
別に、一緒に寝ていて、何があったわけでもないのだ・・・
第一、僕が翔子ちゃんに手を出せるわけでもない。
「幽霊」なんだから・・・
こんな風に、和気あいあいと幽霊と会話しているなんて・・
いや・・・
少し前の僕は、他人と、話すことも恐れていた。
小学校の時に、母と死に別れた僕は、
家族が揃っている人とは、「意識」してしまい、上手くしゃべれなかった・・・
上手く付き合えなかった・・・
でも・・・
霊能少女である「彼女」や「霊感ケータイ」に出会い、
様々な体験をしてきたら、いつのまにか、家族も増え、仲間も増え、
気が付けば、人と自然に会話ができるようになっていた。
僕の周りの環境が変化しているのだろうか・・・
ひょっとしたら・・・
バリアーを張っていたのは、自分自身なのかもしれない・・・
少し前の周りの状況とは、全く変わっていないのかも・・・
僕が、変わった?
翔子ちゃんとベットの上で、やさしい朝日に包まれながら会話していて、そう思ったのだった・・・・
「あ~あ・・・
わたしと、お兄ちゃん、この間、抱き合って寝てたのに・・・」
抱き合って・・・
以前、そんな事があった・・・
翔子ちゃんが地獄で大変な目に合っていたのに、気づかす、翔子ちゃんを傷つけてしまった時だった・・
霊感も霊力も無く、悪霊との対決にはいつも翔子ちゃんや「彼女」の力を借りている・・
陰で努力している「彼女」達に、「守る」とか「慰める」とか言っても・・
それは、ただの言葉上の薄っぺらい事だと思ったのだった・・・
その時、一晩中、僕は、翔子ちゃんを抱きしめた・・・
それくらいしか、僕に出来ることはなかった・・
あの時は、僕は確かに、翔子ちゃんを感じる事が出来た・・
「あれ・・何で、触れたんだろう・・」
「あの時、『霊感ケータイ』を使ったでしょ?」
「うん・・・」
あの時は、途中で気が遠くなった・・
霊感ケータイの通話機能は、生体エネルギーの消費が激しく、滅多に使わないのだけれど、翔子ちゃんと会話をするために、通話機能を使った・・・
エネルギー消費よりも、「伝えたい」・・「聞きたい」事があったから・・・
あのまま、僕は気を失っていたようだったが・・
「あの時、お兄ちゃんは、幽体離脱してたんだよ・・」
幽体離脱・・
この世に生きている人間は、「肉体」「幽体」「霊体」で構成されている。
人が死ぬと魂である「霊体」が抜け、あの世へと旅立つと言う。
残された「肉体」は、この世で、滅びてしまうが、その、「肉体」と「霊体」をつなぐのが「幽体」で、インターフェイス的な役割を担う。
本来、「肉体」と「幽体」は切っても切り離せないものなのだが、極度の疲労や死に際に「幽体」が「肉体」から離れて活動することがあるという・・・
それを目撃した場合が「ドッペルゲンガー」とか「生霊」というものらしい・・
霊感ケータイを使用して、極度な疲労状態になって、僕の幽体が離脱したのだろうか・・
でも、その前から、「翔子ちゃん」を感じていたような気がする。
「僕の幽体と抱き合ってたの?」
「うん・・・初めて、お兄ちゃんの温もりを感じた・・・」
僕と、翔子ちゃんが、直接触れることができるのは、そういった特殊な状況の時だけだ。
住む世界が違うのだ。
「ねえ・・・」
翔子ちゃんが改まってポツリと言った。
「何?」
「私・・あの時・・・お兄ちゃんを連れてこうって・・・一瞬思ったの・・」
「え?」
「あのまま、お兄ちゃんを、「あの世」に連れていく事も出来たの・・」
「それって・・・」
「お兄ちゃんを・・殺す事ができるの・・私・・・」
翔子ちゃんの表情が、一瞬、悪魔のように見えた・・
きらりと瞳が光ったような気がした。
「今だって・・・私の力で・・・
お兄ちゃんを・・連れていく事も出来るよ・・・」
翔子ちゃんは、地獄での修行で、色んな力を身に着けた。
「念」によって悪霊にダメージを与える技だってある。
その、「念」を僕に使えば、一瞬で僕は死ぬ・・・
それだけ、力を付けた翔子ちゃん・・・
「わたし・・・
お兄ちゃんが欲しい・・・
お姉ちゃんに取られたくない・・・
やさしいお兄ちゃんといつも一緒にいたい・・・
いえ・・・
殺してでも、連れて行きたい・・・」
翔子ちゃんの髪の毛がふわふわとなびいている・・
瞳は半眼に開き、一瞬、この世の者ではない表情となった・・・
僕はとっさに、翔子ちゃんから離れ、思わず身構える・・
「翔子ちゃん!!」
僕の声でハッとなる翔子ちゃん。
「お兄ちゃん・・・・今・・・私!」
僕の恐怖にかられた表情を見て、びっくりしている翔子ちゃん。
今、見せた姿が、翔子ちゃんの本当の姿??
翔子ちゃんの本心・・・・
深層にある意識が、一瞬、見えたような気がした・・・
自分の今の行動にも、驚きを隠せないようだ・・・
「私・・・・
自分でも
何をするか・・・・
わからない・・・・
感情で・・・
お兄ちゃんを・・」
目に涙を浮かべている・・・
僕は、そんな翔子ちゃんを・・・・
抱き寄せた・・・
いや・・
抱き寄せる形に、腕を交差させた・・・
影も形も、感触もない。
その空間に、翔子ちゃんがいる。
放心状態の、翔子ちゃんの空間を抱く・・・
「翔子ちゃん・・・」
「私・・・お兄ちゃんを連れて行っても・・・
お兄ちゃんは、幸せにはなれないって・・・
分かってるの・・」
泣きながら、僕に話をしている・・・
「お姉ちゃんと暮らすことが・・・
お兄ちゃんの幸せ・・・
私のお母さんや、家族と暮らす時間の方が、
ずっと大事だって・・・
でも・・・・
私は・・・
死んでる・・・・
私は・・・
幸せになれないの?」
「翔子ちゃん・・・」
「何故?
なぜ・・・
私だけ・・・
死んじゃったの??」
翔子ちゃんは、死のうと思って死んだのではない・・・
どんな人だって、自分から死ぬことは嫌だ・・・
いや・・・
どんな人だって、死ぬことは最大の恐怖であり、迎えたくない最悪な・・嫌な事だ・・
翔子ちゃんは、脳の病気で、長い間寝たきりになり、そのまま息を引き取った・・
短い命の中で、僕との出会いもあったけれど・・
ほんのささやかな幸せを感じた程度で・・
人間本来の「喜び」や「幸せ」を味わっていない。
人にはそれぞれ、「寿命がある」とは言われるけれど・・そういった「単語」で済まされるけれど・・・
生きている人、平等に、「幸せ」を感じる権利はあるのではないか??
こんな短命で、この世を去った「翔子ちゃん」が、本当に・・・気の毒でならない・・・
「ごめん・・・」
僕は、なぜか・・翔子ちゃんに謝っていた・・・
「え?」
逆に驚いている翔子ちゃん。
「何で・・お兄ちゃんが・・謝るの?」
「僕が、翔子ちゃんの分の幸せを・・・盗ってしまったような・・・そんな気がして・・・」
「そ・・そんな事・・ないよ!・・・」
少し、焦っている様子だ。
「翔子ちゃん・・・
僕を連れて行きたければ・・・
連れて行っていいよ・・・」
「え?」
「翔子ちゃんが、僕と一緒に居る事で、幸せになれるんだったら・・・
ぼくは・・・
喜んで、一緒に行くよ・・・」
「そんな・・・お母さんやお姉ちゃんと別れるんだよ!」
少し、考えた・・・でも、僕の答えは、変わらなかった・・・
「いいよ・・・
僕は、翔子ちゃんの兄だ・・
翔子ちゃんの悲しむ姿は見たくない・・」
「お兄ちゃん・・・」
翔子ちゃんが、僕に抱きついてくる。
感覚はない。
いや・・・
抱きついてくる様な・・・そんな気がした・・・・
「ごめん・・・」
今度は、翔子ちゃんが謝っている。
「え?」
逆に、僕が、その言葉に驚く・・・
「私の、ワガママ・・・・でした・・・・」
目にたまった涙をぬぐいながら、微笑んでいる翔子ちゃん。
「もう、行かなきゃ・・・」
「あの世へ?」
「うん・・・また、修行しなきゃ・・」
「また地獄か・・・」
「少し、慣れたけどね・・」
「くじけそうになったら・・・
「お母様」に良く話を聞いてもらうんだよ!」
「うん!・・・
お兄ちゃん・・・
また来るね!」
「うん・・・
待ってるよ・・・」
「じゃあ・・・」
そう言って、笑顔の翔子ちゃんの姿が スーーー・・・っと消えていった・・・
霊感ケータイ越しには、部屋しか映らなくなっている。
ベットに、一人残った僕だけが、部屋の中に居た・・・
ベットの上で、一人・・・
翔子ちゃんの消えていった壁の方を見ながら、僕は考えていた。
翔子ちゃんには、
・・連れて行ってもいい・・・
って言ったのだけれど・・
僕が突然死んだら、父や先生、「彼女」は、どうなるんだろうか・・
残された者は、悲しみに暮れるのだろうか・・
連れて行った「翔子ちゃん」を恨みはしないか・・・
・・そんな想いが、浮かんでくる。
人の一生の価値は、葬儀で分かると聞いたことがある。
その人が、世間で人に与えたり、付き合ったりしてきた人とのつながりが、葬儀の参列者の多い少いで、どれだけ亡くなって惜しむ人が居るのかどうかで、判断される・・・
天皇なんて、国民の殆どが弔いに伏せるのだろう・・どれだけ影響力があったのかが窺える。
葬儀にたくさん出席してくる人は、生前、色んな人たちと親密な関係があったに違いない。
逆に、人から恨まれたり、交流を避けてきた人は、参列者は数えるくらいで、寂しいものなのだろうか?
世の中には色んな人がいる・・・
世間と交流を深める人もいれば、引きこもりで人との付き合いを拒む人もいる。
人生の「価値」って、何なのだろう?
人の命の価値?
人の命に重さがあるとしたら、価値のある人は、重いのだろうか?
社会と適応する、健康的な人の方が、価値がある?
ひきこもりや病弱な人の命は価値が無い?
大人の命の方が子供の命よりも価値があるのだろうか?
保険金や事故での慰謝料は、大人の方が高いという。
葬儀の参列者の数が、「お金」に換算されるのだろうか・・・
「お金」が「価値」の基準なのか?
命の価値は「お金」で決まるのだろうか?
僕は、まだ結婚もしていないし、子供も居ない・・
社会に出て、人と付き合うことも殆どない。
僕が死んだときに、悲しんでくれる人は、両親や親戚、彼女くらいなのだろうか?
特に、彼女は、僕が居なくなったら、悲しむのだろう・・・
僕だって、彼女が死んだら、途方もなく悲しむだろう・・・
僕の母が他界した時の様に、何年も、大事な部分を無くしたように、廃人同然になるのだろう・・
ひょっとしたら、自殺するかもしれない。
「僕を連れて行っていい・・」なんて、た易く口にするものではないなって思った・・・
目覚ましを見る・・・
7時5分前
目を疑った!
先生や父は、まだ起きてこない。
昨日、僕たちが寝る時は、まだ帰って来なかった・・・・
いったい、何処へ行ってたのやら・・
久しぶりに解放されて、遊びに行ってたのか?大の大人が~!
それよりも、早く仕度しないと遅刻だぞ~
僕は急いで着替えて部屋を出る。
台所へ向かう前に、「父達」の部屋をノックする。
「直人さん!!!」
「ギャー!!何じゃこの時間は~!!」
部屋から悲鳴が聞こえてくる。
何が起きているのか、感知しているほど余裕はない。
キッチンに入ると、お湯を沸かし、冷蔵庫からトースト2枚を出して、チーズを載せて焼き始める。
冷蔵庫の中から、昨日彼女から作ってもらった、形の崩れたホットケーキと野菜サラダを取り出す。
レンジにホットケーキを入れて温める・・
電力契約がどのくらいかなんて、あまり気にしている時間はない。
ドライヤーとか使うと、ブレーカーが落ちちゃうぞ~・・
「や~ん!寝癖ひどい~」
「先生、今、調理してるから電気使っちゃダメだよ!」
食堂のテーブルに皿を三枚出して、トーストを並べる。
僕は、温まったホットケーキをほうばる。
野菜をパンの上に載せながら、野菜をむさぼる・・
カップに、コーンポタージュの袋を開けて、お湯を注ぐ。
ドライヤーを髪にかけながら、先生が食堂に入ってくる。
まだ、パジャマ姿の先生。
急いでないなら、薄いパジャマから透けて見える下着を堪能できるのだが、それどころではない!
「ヒロシ君!おはよう!!」
「おはようございます。早く出なきゃ!」
「そうね!・・あ、朝食ありがとう!」
「ヒェ~こんな時間か~・・ヒロシ!おはよう!」
「お父さん!急いで!!」
父は既に、スーツに着替えて、部屋から出てきた。
バスの時間が迫る父・・・一刻の猶予もない・・
パンを手に取り、カップのスープを飲む・・
「あっち~!!!!」
さっき、沸騰したばかりだから、少し舌を火傷したようだ。
ヒリヒリする状態で、パンをくわえる。
何とか、食事も終えて、気を取り直した父・・
バスの時間まで、あと5分!!
「じゃあ、オレ、バスあるから!後、よろしく!!」
「いってらっしゃ~い!」
「あ・・直人さん!!」
「ん?」
チュ・・・
先生が頬にキスをする。照れる父・・
「行ってらっしゃい」
笑顔で送り出す先生。
「行ってきます!!」
何か・・張り切ってる父。
父の後姿を見送って・・・
「さて!こっちも急がないと!!」
「はい!」
僕が、皿とカップを洗っている間に、先生が服に着替えている。
ガサガサとシャツやらスカートやらを身に着けている音がする。
化粧とかもあるんだろうな・・
大人の女の人って、大変・・・
準備も終わり、先生と一緒に家を出る。
いつもは、先生の方が一足早く登校するのだが、今日は僕と同じ時間になってしまった・・
こんな日もめずらしい・・・
エレベーターに乗りながら、昨日の事を聞く・・
「先生・・いったい昨日は何時に帰ってきたの??」
「え?・・・2時・・回ってたかな・・・」
「それじゃ・・寝過ごすはずだよ・・・」
「久しぶりに、ハメはずしちゃった・・」
いったい、そんな時間まで、何処で何をしていたのかは・・とがめなかった・・・
二人きりのエレベーター・・
僕と先生しか乗っていない・・
香水の甘い香りが漂う・・
お互いの息遣いが良くわかる。
ちょっと、意識した・・・
5階から1階まで降りるわずかな時間・・
若い男女が二人、狭い部屋に押し込まれて接近している・・
いや・・先生は若くなかったか・・・
「襲わないでよ!」
先生が、笑いながら、言った・・・
そう言われると余計、意識してしまうのだ・・・
僕は、赤面して、下を向く・・
「ふふ・・冗談よ!」
うう・・冗談・・・
僕は、遊ばれるんだな・・・
でも・・・
先生とこんなに近くにいる事を意識してしまった・・・・
襲おうと思えば、襲えるのだな・・
エレベーターの扉があいた。
老夫婦が入ろうとしている。
「あ、おはようございます!・・」
「おはようございます」
笑顔で挨拶を交わす。
ああ・・何かあったら・・・この人たちに、見られてたな・・・・
何故か、ホッと胸をなで下ろす僕だった・・・・
マンションを出て、明るい日差しの中、僕と先生が学校への道を歩き出す。
「ねえ・・ヒロシ君・・・」
先生が話しかけてくる。
「何?」
「あのさ・・翔子・・・」
昨日のピアノコンクールの時、翔子ちゃんと心を通わせて会話をしたという。
「うん・・今朝まで、一緒に居たよ!」
「いいな~・・・ヒロシ君は、何時でも翔子と会えて!」
幽霊と会ってるのが、良いのか悪いのか・・
でも、実の娘なのだ。何時も一緒に居たいのは、いつまでも変わらないのだろう。
僕だって、他界した母の事は、片時も忘れたことはない。
「ん?今朝まで一緒???」
あ・・・まずい!
「まさか、一緒に寝てたんじゃないでしょうね・・・?」
女の人の感って・・スルドい!そのままなんだけれど・・・
「あ・・あはは・・」
僕は苦笑いしている。
「図星~???
翔子・・・やっぱり、ヒロシ君の事・・まだ好きなのね・・・
一方的にベットに入ってきてるんでしょ?」
「は・・はい・・・でも・・何もないですヨ・・」
「当たり前です!!」
「はい・・」
うう・・・こんな関係・・やっぱり危ないか~・・・
「僕は、翔子ちゃんを『妹』だって思ってます。」
「そう・・・」
少し、黙って歩いている先生・・何か考えているようだ・・
失恋にも似た状況・・僕にはちゃんと「彼女」がいる。
実の娘が、失恋したときは、母として残念なものなのだろうか・・・
「あ・・・この事・・
望月さんには内緒ね!バレたら、怖いよ~。・・・」
「はい・・・」
彼女が、昨日の夜、遅くまで僕の家に居たのは、翔子ちゃんの行動が心配だったのもあるようだった・・
実際、僕と翔子ちゃんが一緒に寝てたなんて知ったら、どうなるのか・・・
考えただけでも怖い・・・
「先生・・・」
僕が、ポツリと言いだす・・
「なあに?」
「僕が・・・僕が死んだら・・
先生は・・どうしますか?」
急に、変な質問をするものだという顔をしている。
でも・・・
「う~ん・・
やっぱり、悲しいかな~・・」
何か・・そう言う割には軽い言い方の先生・・
でも、急に重く・・真剣な表情になる。
「やっぱり・・悲しい・・
翔子の時と同じくらい・・悲しむと思う・・
だって・・私の、掛け替えの無い家族だから・・」
「先生・・」
その言葉を聞いて、僕は嬉しかった。
「でも・・望月さんや直人さんの方がもっと悲しむと思う・・」
「そ・・そうですね・・・」
「ヒロシ君・・
ひょっとして・・翔子が?」
女の人って、するどい・・
「昨日、直人さんと、翔子について話してたのよ・・・
大分、力をつけてるって・・・
悪霊と戦えるようになってきてるって・・」
「はい・・」
「もし・・・
翔子が、あなたを「あの世」へ連れて行くような事があれば・・・
私は・・・
翔子を許さない!」
「え?」
「昔・・聞いたことがあるわ・・・
亡くなった人が、生前、大切にしていた、可愛がっていた人を道連れにしていく話を・・」
確かに、そういった話はよく聞く。
亡くなった人の悲しみのあまり、後を追うように死んでしまう人の話もあるが・・
可愛がっていた幼い孫の命を奪って、あの世へ連れて行くという話もある。
翔子ちゃんの場合は、人の命を奪うまで力を付けたがゆえに、僕をあの世へ送る事もたやすく・・
僕をいつでも連れて行くことができる・・
「翔子が・・もし・・
ヒロシ君を欲しいって思って、
あなたの命を奪うことがあれば・・・
私は、あの子を・・
例え・・あの子が私の娘だとしても・・
一生恨む・・
掛け替えの無い、私の家族の命を奪った者は・・
絶対に許さない!
ヒロシ君が、どんなに翔子の事を許してもね!」
凛とした表情で答えた先生。
「ヒロシ君・・・
私は、直人さんとの再婚を決めた時・・
あなたも、私の家族になるんだって・・思ったの・・
それは・・
あなたの、親になることでもある。
あなたのお母さんに代わって・・
あなたを育てる・・
私にとっては、嬉しい事だった・・
家族が一気に二人も増えるなんて・・幸せ者よ・・
ずっと、独り者みたいな感じもしてたし・・
それに・・
ヒロシ君で、よかったって・・
思ってるの」
「先生・・」
そこまで、僕の事を思っていてくれていたなんて・・
僕が単に父の子供で、再婚と共に一緒にくっついてきたオマケみたいな者だって、思われていたのかと・・
「さっきみたいに・・
私に、相談してくれたことも・・
嬉しいのよ・・
あなたが、悩んでいれば、私も力になるわ・・
自分が『厄介者』だなんて、思わないでね!
親にとって、子供から相談されることは、
嬉しい事なのよ。」
僕は、少し、涙が出てきた・・
「先生・・ありがとう・・・」
「ねえ・・ヒロシ君・・」
今度は、先生の方が僕に聞いている。
「なんですか?」
「翔子もいいけど・・・望月さんの事も、考えなきゃダメよ!」
う!・・・そうだった・・・
翔子ちゃんとの仲を一番懸念してるのは、彼女だった・・・
「翔子は、もう、死んでるんだから・・
今、大切なのは、望月さんとの仲じゃないの?
ちゃんと、守ってあげてね!」
「はい・・そうします・・」
「あ、先生!先輩!おはようございます!」
拓夢君が声をかけてくる。
拓夢君も、登校の方向が一緒なのだ。
でも、学生服ではなく、ジャージだった・・
「おはよう!」
「あれ?拓夢君・・今日は?」
僕が聞いてみる。
「ああ・・今日から3日間、研修旅行なんです!」
「そっか・・1年生は課外授業だったわね・・」
先生が思い出す。
「何でも、合宿所が使えるようになったから、そこで研修することになったらしいですよ。
先輩たちの努力の賜物ですよ!」
夏休み、我がゴーストバスター部が、合宿所に蔓延る霊を一掃したので、安心して使えるようになったようだ。
野球部やテニス部も夏休みに合宿を行ったと聞いている。
皆の役に立ったのは、嬉しい事だ。
「今回は、特別に千佳ちゃんのおじいさんも、出席するって聞いたわ・・」
「源さんか~・・何するんだろう?」
「木の伐採するって言ってました。張り切ってるって・・・」
木の伐採・・なかなか常人では立ち会う事もないのだが、昔、大工をしていた源さんならではの体験学習なのだろう・・
慣れない道具で木工をしているよりも、楽しいかも知れない。
僕たちが1年生の時は、そんな体験はできなかったので、少し、羨ましい。
「じゃあ・・今日、明日は部活には顔出せないんだね・・」
「はい。」
「千佳ちゃん・・寂しいだろうな~」
「『お姉ちゃん』には、前から言ってますよ・・でも、寂しいって言ってました。」
拓夢君は、学校では千佳ちゃんの事を「お姉ちゃん」と呼んでいる。
千佳ちゃんは、学校で過ごす間は、拓夢君の「お姉さん」になるって宣言していた。
拓夢君は実のお姉さんに対するコンプレックスがあるらしく、姉御肌の千佳ちゃんに対しては、「恋人」ではなく、「姉」として認識しているらしい。
千佳ちゃんには「酷」な事実だったが、今となっては、その仲が自他共に定着している。
ゴーストバスター部って・・まともな人が居ないのだ・・・
それを取り仕切る僕も大変なのですが・・・・
学校の門の前に、大型バスが止まっていた。
一年生の研修用のバスらしい。
バスに乗り込む一年生の集団と、それを仕切る教員が忙しそうにしている。
「あ、じゃあ、行ってきますね!」
「気をつけてね!」
僕たちは、楽しそうにバスへと向かう拓夢君の後姿を見送った。
「あ、タクム!」
千佳ちゃんが、「源さん」とバスの前で話をしていた。
そこへ、拓夢君がやってきたらしい。
「あ、おね・・千佳先輩!」
全部は言えなかった・・拓夢君が千佳ちゃんの事を「お姉ちゃん」と呼んでいるのは、僕たち以外は秘密なのだ。
「遅いじゃない!みんな乗ってるよ!」
「はい・・」
「気をつけてね!」
「はい。行ってきます!」
「じゃあ、おじいちゃん!・・張り切りすぎてケガしないようにね!」
「ああ・・行ってくるよ!」
そう言って、源さんと拓夢君がバスに乗り込む。
それと同時に、出発するバス。
見送る千佳ちゃん。
「あ、おはよう!千佳ちゃん!」
「おはよう!美奈ちゃん!」
「拓夢君・・行っちゃったね!」
「うん・・」
「彼女」も登校してきた。眼鏡とポニーテール姿の冴えない恰好・・・
「みんな、おはよう!」
先生が、彼女と千佳ちゃんに加わる。
「おはようございます先生!あ、ヒロシくんもいたんだ!」
・・居たんだ・・って・・僕を付録みたいな言い方をする千佳ちゃん・・・
「うん。」
彼女が僕に気づいて、ちょっとニコッとしたかと思うと、眼鏡を外して髪止めを取り、ジッと僕を睨む(にらむ)。
睨んでいるけれど、可愛いバージョンの彼女・・
翔子ちゃんとの事を気にしているようだ・・・・
「ヒ・ロ・シ・くん」
「は・・はい・・・」
苦笑いする僕。彼女の目線が怖い・・・でも・・カワイイ・・・
「翔子ちゃんと・・何かあったんじゃ・・ないでしょうね~?」
今朝まで一緒に寝ていたなんて・・口が裂けても言えない・・・
横を見ると、先生も、焦っている。
「な・・何も・・ないよ・・・」
「ホント~?一緒に寝てたんじゃ・・ないでしょうね~?」
図星だ・・・・
まるで、夫の浮気現場を押さえた若妻のような感じの彼女・・・
本当の事は、言わない方が賢明だ。
ああ・・・世の浮気をしている旦那方の心境が良くわかる・・・・
「あ・・あの後・・直ぐに帰ったよ!」
疑いの目で見ている彼女・・
「この埋め合わせは、してもらうわよ!デートじゃ無かったし!!」
「え?二人でデートしてたの?」
千佳ちゃんが話に加わる。(助かった・・)
「あ・・うん・・・」
顔を赤らめる彼女。
「昨日、私のピアノ・コンクールだったの!ヒロシ君達を招待したのよ。」
「ふ~ん・・二人きりで見に行ったんだ・・・いいな~」
「でも・・あの、悪霊が出てきたの・・・」
「え?童子四天王が?」
「それ・・ホント?」
先生もそれは、初耳だったようだ。
「翔子ちゃんが居なければ、やられてたわ・・・」
「そっか・・・散々なデートだったんだね・・翔子ちゃんもズッと居たんでしょ?」
千佳ちゃんも鋭い・・
「うん・・・」
「ヒロシくん!しっかりリベンジしなきゃ!可愛い彼女が可愛そうよ!!」
その通りだった・・僕とは喧嘩したり、四天王や翔子ちゃんに良いところを邪魔されたりと・・彼女には踏んだりけったりの一日だった・・
「そ・・そうだね・・・」
再び、僕を真剣に見る彼女・・蛇に睨まれたカエルの心境の僕・・
そのプレッシャーに負け、恐る恐る提案する・・
「こ・・今度の日曜とか・・・どう?」
皆の前で、デートに誘うのも勇気がいる。
「今度の~?」
「うん・・・僕の・・あ、先生のマンションで・・どう??」
「え~?二人きりで、密室~?先生・・良いの~?」
千佳ちゃん・・そういう言い方をされると弱いんだよ・・僕たち・・・
「い・・いいんじゃない?」
汗を垂らしている先生・・本当に良いのか???
「本当ですか~?やった~! ヒロシくん!また、料理作るね!」
彼女も機嫌が良くなっている。
「え?美奈ちゃんの料理??」
「昨日だって作ったんだよ!」
「何々??何作ったの??」
「ホットケーキ・・・とサラダ・・・」
「ふーん・・美奈ちゃんのホットケーキか~」
「何か・・・スウィーティーよね~・・望月さんのホットケーキって・・」
「え~?メープルだけですよ!」
「クリームとか、プリンとか乗っけてたりして~?果物の缶詰とか盛り合わせ~?」
「あ・・それ・・良いかも・・・今度は、それでいこうかな・・」
「先生!この間のリベンジしましょうよ!」
「そ・・そうね!千佳ちゃんとの勝負がついてなかったわね!」
「スペシャルのバージョン、考えてきますよ!!」
「私だって!負けないわよ!!」
「丁度いい!今度の日曜日に一緒にやりましょう!」
「え~千佳ちゃんたちも来るの~??」
な・・何か・・とんでもない方向に話が盛り上がっている・・・何の話をしていたのか、忘れているようだ・・
そもそも、僕たちのデートがメインじゃなかったのか??
あまりにも、僕達を軽視している様を見て、僕は少し腹が立った・・・
「ちょっと、待ってください!!」
「え?」
一同が僕の言葉に驚いている・・・
「これは、僕たちのデートなんだから!勝手に話を膨らませないで!!」
「はい・・スミマセン・・」
「ごめんなさい・・」
千佳ちゃんと先生が謝っている・・・
彼女が少し、涙目になっている。
え?どういう事?
「うふふ・・・」
先生と千佳ちゃんが笑っている。
「良かったね!美奈ちゃん!ヒロシくんが、真剣にデートの事、考えてくれてるよ!」
「望月さん・・嬉しいでしょ~?」
「うん・・嬉しい!・・・」
「じゃあ・・・二人で、デートの打ち合わせしてくださいな!」
「邪魔者は退散!」
「先生・・教務室に行かなくていいんですか?」
「あ!いけない!!時間だった!!」
二人が、玄関に入っていく・・
その後姿を見送る、僕と彼女・・・
「ヒロシくん・・・」
「なに?」
「さっきは・・ありがとう!」
満面の笑みを浮かべている彼女・・僕の至福の時だった・・・




