2.ご褒美
朝食で・・・
9月も終わりに近づき、あと少しで引っ越しも完了といったところ・・
もう殆ど先生のマンションに荷物を運びこんでいて、市営住宅の掃除をすればいい位まで進んでいた。
僕が起きて部屋を出て、食堂に向かう。
「おはよう」
「おはよう。ヒロシ君!」
キッチンで振り向いている先生。そのまま料理を続ける。
「おはようヒロシ・・」
机で新聞を広げて読んでいる父の姿。
先生のマンションでの生活も大分慣れてきている。
「ふふ・・」
「どうした?」
父が不思議そうに僕に尋ねる。
「いや・・・何だか・・普通の生活に、なったのかなって・・・」
「ふーん・・・じゃあ俺も普通の事でも言おうか・・?」
「???」
何だろう?
「勉強は進んでいるのか?」
「あ・・」
父親が、子供を見た時の第一声は、「勉強」の事だろうか?
「どうなんだい?静江さん?」
「え?」
僕に聞いてるんじゃないんだ・・・
「う~ん・・1学期の期末試験は~」
先生が答える。
「大分、上がったみたいね~!」
笑みになってる先生。
「ヒロシも図書館に通ってずっと勉強を頑張ってたからな!」
「夏休みはデートも、そっちのけで勉強してたもんね~」
そうだった・・彼女とはデートらしきものも殆どしていなかった・・・
「それじゃ~ご褒美をあげなきゃな・・・」
お父さんが珍しく僕にプレゼントでもくれるというのだろうか??
「じゃーん!」
何かのチケットが2枚・・先生の手から見える。
「今度のピアノコンクールの招待券で~す」
ピアノ・・・そういえば、毎年、先生が出ているピアノのコンクールがこの時期、開催されるのだ。
いつも公会堂の定員一杯になるので、なかなか手に入らないチケットだ。
「彼女と一緒に、今度の日曜日にデートでもすれば??」
「引っ越しで忙しい毎日だったからな・・」
「その後は、私と直人さんで食事に行くので、こっちもご褒美なのデース」
うきうきしている先生・・
そういう事ですか・・・・
学校で・・・
休み時間に彼女の教室へ向かう・・
何だか、改まってデートを申し込むのは、少し恥ずかしい・・
「あの・・望月さん居ますか?」
「あ・・ヒロシくんね!ちょっと待ってて!!」
扉の近くにいた女子が大声で彼女を呼んだ。
「望月さ~ん!ダンナが呼んでるよ~!」
きゃーきゃー騒ぎ出す教室。
旦那じゃないんだけどな・・・こういう展開って・・恥ずかしい。
クラスの女子達にはやし立てられ、赤い顔をして彼女が出てくる。
眼鏡を掛けてポニーテール姿の彼女・・
「ヒロシくん。おはよう!」
「おはよう・・」
「どうしたの?珍しいね!」
「うん・・
今度の・・
日曜日
だけどさ・・・」
いつも音楽室で会っていて、話すことは慣れているはずなのに・・
は・・
恥ずかしい・・
女の子にデートを申し込むのって、こんなに勇気のいる事だったのか・・?
「日曜日?」
「よかったら・・・」
僕は心臓がバクバク言って、顔が赤くなっているのが自分でもわかった・・汗が出ている。
彼女も、同じらしい・・うつむいて、赤くなっている。
「ピアノの『コンサート』でも・・
行かない?
一緒に・・・」
「コンサート?」
チケットを見せる僕。
「あ・・これ、先生の『コンクール』じゃない!」
『コンクール』と『コンサート』を間違ってしまった・・動揺している僕。
「あ・・コンクールね・・!」
訂正する・・焦る僕・・・
「うん!行くよ!
行く。行く!
絶対行く!」
「絶対」までつけるほど、張り切る事なのだろうか・・・
嬉しそうな彼女・・
僕も、チケットを渡して・・・嬉しさを隠し切れなかった。
「じゃあ・・今度の日曜ね!」
「うん!楽しみにしてるね!」
にこにこ顔の彼女・・
いつも会ってるんだけど・・ちょっと違った。
針の山ってこういう事をいうのかな・・
それをこなした達成感を、教室に戻る廊下で噛み締めた。
やった!
思わず、握りこぶしに力を入れる。
今度の日曜日が待ちきれない!
デートの前夜・・・
ベットに横になる。明日は彼女とのデートだと思うと、なかなか寝付けなかった・・・
まずは喫茶店へ入って、コンクールの時間まで何をするのか・・
何を話すのか・・
色々と考えると眠れない。
いつも、音楽室で会ってるのに、二人っきりってなかなか無いのだ。
二人で過ごす時間の事を考える。
でも・・
寝れないのは、それだけではなかったのだ・・・
その日は、夕方から、興奮しているのか、頭が冴えているのか、
無性に落ち着かないのだ。
そのうちに・・・
頭で「何か」が鳴り響く感じがした。
何だろう?
「・・・・・・・!」
何?
頭の中で、誰かがしゃべってる?
外からの音は、防音窓なので聞こえない。
隣の部屋でもなさそうだ。
「・・・・・ちゃん!」
何だろう??
霊感ケータイにスイッチが入っているわけでもない。
携帯からかすかに声が漏れているのかと思ったけれど、違うようだ。
「虫の知らせ」・・・
精神的に疲れていたり、起きたばかりで、まだ頭がボウッとなっている時に起こりやすく、
身の回りの人に不幸や危険が近づいている時に、
頭の中で、カチカチと音がするような・・又は鼓膜がボコボコと震えているような
そんな感覚になる時がある。
死者や本人、守護霊が、危険を察知したり、死が近づくと、身近な人に知らせるために、
脳に直接メッセージを送る事があるという・・・
そういった現象に近い音のようなものが・・頭で鳴っている。
「お・・兄・・ん!」
え?これって、ひょっとして翔子ちゃん?
「聞・・る?・・ちゃん!」
「翔子ちゃん?!」
「う・・ん」
翔子ちゃんとは、その死に際で生霊として僕の前に姿を現わした。
その時は、声も聞くことができたけれど、あの世へ行ってからは、霊感ケータイを使わなければ会話はできなかった・・
突然、翔子ちゃんの声が聞こえてくるのは・・いったい・・
僕にも霊感があるのか?
「聞こえる?お兄ちゃん」
今度は、はっきりと聞くことができた。
意識を集中すると聞こえてくるようだ。
「うん!聞こえるよ・・」
「あのね・・今、念波を飛ばしてるの・・テレパシーみたいなものだって・・」
「テレパシー?」
超能力の一つに、テレパシーというのがある。
相手に伝えたいことを念じると、声に出さなくても伝わるという能力だ。
「私の、霊力も強くなったから、こういう事ができるようになったって!」
「そうか!翔子ちゃん、霊力が上がったんだ!・・」
「うん!厳しい特訓の成果よ!」
嬉しそうに答えている。
地獄で霊力を高める修行をしているということだったが、しばらく会わないうちに、レベルがあがったのだろうか?
僕に霊感が目覚めたのではなく、翔子ちゃんの方が、霊力の上昇とともに、能力が備わってきたようだ。
「今、念を飛ばす訓練してるんだ!
鬼教官が話す相手を見つけて来いって言ったから、
真っ先に、お兄ちゃんと話そうと思ったの」
「そうか・・・ここにいるんだ・・」
「うん。目の前に居るよ!」
霊感ケータイのスイッチを入れ、カメラを作動させる。
携帯電話の画面を見ながら、カメラのレンズを向けると、画面に翔子ちゃんの姿が映っている。
「久しぶりだね!」
「うん!この間も、ちょっと寄ったんだ!」
「メールが入ってたよ。」
「返信ありがとう。嬉しかった!」
くじけそうになったら、いつでも来ていいって書いておいた。だから来たのかな・・?
念波で会話ができるようになったら、もうメールも通話も必要がないのだろうか・・
嬉しそうな翔子ちゃんの表情・・僕も嬉しい。
「それで、訓練を兼ねて、しばらく付き合って欲しいんだけど・・」
しばらく・・・
明日は「彼女」とのデートだと言うのに、翔子ちゃん同伴だったら怒るだろうな~・・
「明日は・・ちょっと・・・」
「ちょっと、って・・なに~?」
「あはは・・・」
笑ってごまかそうとしたが・・
「私、地獄で大変な目に合ったんだよ!
慰めて欲しいって思って来たの・・・
『くじけそうになったら、いつでも来て』ってメールに書いてあったじゃない!」
そ・・そうだった・・・・
「あれは嘘だったの?~~」
カメラ越しに近づいてくる眉をしかめた翔子ちゃんの顔・・
・・・カワイイ・・・
あ・・この期に及んで何を考えているんだ?僕は・・・・
デート当日・・
喫茶店で・・・
「何で翔子ちゃんまで居るのよ~!」
「ごめん・・!」
彼女の前で手を合わせている僕・・
せっかくのデートなのに期待を裏切ってしまった・・
翔子ちゃんに強引に付き合わされる事になってしまったのだ。
僕の隣の席に、翔子ちゃんが居る(らしい・・)
「私、この日をズッと楽しみにしてたんだよ!」
「ごめん!」
「何、お兄ちゃん謝ってるの?」
「う・・」
その仕草に驚く彼女・・
「『う・・』ってヒロシくん、翔子ちゃんの声が聞こえるの?」
「うん・・」
「うんって・・・それってお互いに気持ちが通じ合ってるって事じゃない!」
え?そうなの?彼女に言われて初めて気が付いた。そういう事だったとは・・
「だって、私達、兄妹だもん。」
嬉しそうにしている(らしい)翔子ちゃん。
「兄妹って、血はつながってないじゃない!」
何か、腑に落ちない彼女・・
「う~・・・」
僕の目をジ~っと見ている彼女・・
カワイイバージョンだからカワイイ・・・
「ヒロシくん!私と翔子ちゃんと、どっちが好き??」
テーブルから身を乗り出して、問いかけている。
「え?」
「それは、私だよね~?」
翔子ちゃんが口を挟む。
「あんたは、黙ってなさい!!」
思わず叫ぶ彼女・・
喫茶店に居たお客や店員が唖然としている。
少し間違えば、変な人なのだ・・・
気を取り直して、その場に座る彼女。
店員が、注文の品を運んでくる。
「クリームソーダとケーキです。コーヒーは?」
「僕です。」
テーブルに皿とカップを置く店員さん・・
彼女が少し挙動不審な行動をしているので気にしているようだった。
テーブルの上に並べられたケーキとクリームソーダに目が釘付けの彼女・・
何とか、機嫌も直ったような気がする。
甘いものには目が無いというのが、意外に効果を発揮した・・・
「甘いものばっかり食べてると太るよ!」
翔子ちゃんがからかっている。
要らない事を・・・口がうるさい妹が居るとこんな感じなのか??
「う~ん。私、やっぱり、甘いものないと生きて行けないわ・・!」
怒ると思ったらニコニコと笑みを浮かべている彼女。
「至福の時間よね~」
フォークでケーキを切って口へ運ぶ。
ごくりと生唾を飲んでいる(らしい)翔子ちゃん・・
その様子を覗っている彼女。
「そっか・・・」
何だ?
「翔子ちゃん、死んでるんだもんね・・・」
「そういう言い方は失礼だよ!」
僕は少し、カチンときた。
マイペースなのは良いけれど、
翔子ちゃんと言い争いになっていても・・
いくら事実でも言って良い事と悪い事がある。
「だって、本当の事じゃない!
死んでる人が生きてる人の営みを邪魔するなんて!」
「死んでる人だって、ちゃんと扱わなきゃ!!権利はある!!」
ん?僕は一体、何を言おうとしてるんだ???
「そんなの無いよ!
あんまり霊に気を配ると、精神が危うくなるよ!」
霊に対しての一般論らしい・・
あまり、霊に注意を注ぐと、頼ってくるという・・
それに一々対応してばかりいると、こちらの方が精神的にまいってしまうという・・
「僕と翔子ちゃんは特別だよ!」
「特別って、どういう意味よ!?」
僕と彼女が言い争いになっている。
少し、彼女が涙目になっている・・・
「ヒロシくんは・・
私の事・・・・
私は特別じゃないの?
今日は二人っきりのデートだって思ってたのに!!」
「望月さん・・・」
「『望月さん』って・・私達・・どういう関係なのよ!!」
涙を浮かべて、急に席を立った彼女。
そのまま、店を飛び出して行った・・・
食べかけのケーキと、手を付けていないクリームソーダ・・
他のお客も店員もあっけにとられている。
「望月さん!!」
僕も彼女を追おうと店を出ようとした・・・
「あ、お客様!お会計、お願いします!!」
店員に呼び止められる。
レジで会計をするが、財布がなかなか、出てこなかった。
会計を澄まして、喫茶店を飛び出して道路に出る。
辺りを探しても、彼女の姿は、全く見えなかった・・・・・
「お兄ちゃん・・・・」
「翔子ちゃん・・・」
「ごめんね・・私・・邪魔だった?」
「いや・・・僕にとって・・・翔子ちゃんは特別だよ・・・
でも・・・」
彼女は、もっと特別なのだ。
「私、探してくる!」
翔子ちゃんが、彼女を探しに飛んで行った(らしい・・)
公園で・・・
公園の噴水の見えるベンチに、彼女は一人座って泣いていた・・
「あーーーーーーーん!」
泣きじゃくっている彼女・・後悔と憤りと嫉妬でいっぱいだった・・・
「う・・私・・・ヒロシくんと喧嘩しちゃったよ~!!」
ベンチに打ちひしがれる彼女・・
周りの人が見ている・・・
が、少し雲行きが怪しくなってきた。
「え?」
背筋に寒気が走る彼女。
「何者!?」
辺りを見回す・・
噴水のシャワー状に落ちるしぶきの中に、黒い影が見えた・・・
「一人になるのを待っていたぞ!」
「あなたは!」
バシャ!!
噴水のため池から水しぶきを上げ飛び上がる。
バババッバア
鳩が一斉に飛び立つ。
彼女の手前に着地する影・・・
「我の名は・・・『金熊童子』!!」
「カネクマ?」
彼女が構える。
金熊童子・・
熊の毛皮をまとって、顔を隠してはいるが口は覗かせていて、牙をむく・・
長く鋭い爪・・
今までの童子より少し小柄だが、その威圧感はこれまでの童子よりも数段上だった・・
彼女が指を二本立てて金熊童子に向けている。
その動作に、一瞬たじろぐが、直ぐに居直った。
「ふふ・・ 親方様と互角に戦った割には、ずいぶん霊力が落ちているようだな・・・」
その通りだった・・
以前の悪霊との対峙では、酒呑童子でさえも、手を出せないほどの力を秘めていた彼女。
でも、あの悪霊退治でのダメージで、彼女の力は半減していた。
「その程度の力では、ワシの相手にもならん!
直ぐに片づけてやろうか・・」
「く!」
余裕の金熊童子。身構える彼女
「なぜ、私たちをつけねらうの?!」
「教えてやろう・・・
きさまに流れている血には我々一族を葬った『頼光』の血が混ざっておるのだ!」
「ヨリミツ?」
頼光・・・幼い帝を執拗まで追い詰め、熊野の豪族「ナカヒラ」とその一族を
血祭りに上げていった・・更に、帝や茨木の君の命までも奪った張本人・・・
その子を宿した「望月の君」は、妖怪となった酒呑童子や四天王を封印した。
その因縁は代々受け継がれて、美奈子に繋がっていた。
「親方様を葬り、我が弟達もあの世に送った、きさまだけは許せん!」
彼女に向けて爪を立てる金熊童子・・・
彼女も構える。
「ヒロシくんは・・・関係ないでしょ!?」
「あの一族は・・『ヤスマサ』や『和泉の君』の血を受け継ぐ者・・・
霊力があるわけでもないのに・・代々、我々の邪魔ばかりする・・」
「ヤスマサ?」
彼女も、一度に知らない人たちの名前が羅列され、困惑していた。
だが、代々、この妖怪たちとの戦いを繰り返してきたのは、母から聞かされていた。
延々「4」の後半を書いていたのは、この説明をスムーズにするためだったとは・・
読者の方々も気づくまい・・・
「おしゃべりは・・ここまでだ!」
金熊童子が、爪を立てて、振りかぶる。今にも襲いかかる体勢!
彼女が一瞬早く、九字を切る。
「雷・風・恒!!」
カーーーーー!!
その場にまばゆいばかりの光が漲る(みなぎる)。
「グ!」
手で顔を覆う金熊童子・・・
その隙に、彼女がその場から離れる。
「目くらましか!!おのれ!!」
彼女の足音のする方へ手刀を切る金熊童子・・・
キュン! キュン!
彼女が逃げる手前に、手刀の塊が当たる。
正確に狙わないながらも、勘で位置を割り出しているようだ。
しかも、この公園には普通の人たちもいる。
危険にさらせない・・・
「ふ!これならどうだ!」
金熊童子が無差別に手刀を繰り出しはじめた。
シュン! シュン! シュン!
植樹の葉が吹き飛び、
ベンチに座っている子供の食べているソフトクリームが吹き飛ぶ。
カップルの髪の毛がバサっと舞い上がる。
飛んでいた鳩の羽が散る・・・
「く!どうすれば・・」
さすがに、一般の人を巻き込みたくはない・・・
「こっちよ!」
彼女が人の居ない方へと金熊童子を誘い出す。
少しずつ、視覚が回復してきているようだった・・・・
「ちょこまかと・・!」
樹木を盾に、ガサガサと公園の奥の方へと誘い込む彼女。
シュン!
ビシ
彼女の頬を掠める(かすめる)・・血がにじみ出てくる・・
振り向きざまに、手刀を繰り出す彼女。
バス! バス! バス!
キーン キーン
爪で跳ね返す金熊童子・・手刀だけでは威力がない・・・
ズキン!
「う!」
胸を抑える彼女・・前に悪霊に刺された傷が痛む・・
「こんな所で・・!」
再び、走り出す。
「あ!」
公園の樹林帯を抜けた彼女が叫んだ・・
水路が流れて、崖になっている。
もう後がない・・・
「せっかく、いい服着てきたのに!」
デート用の服は、水で濡らしたくない・・水路に飛び込む訳にもいかず・・・
仕方なく、水路伝いに走る彼女。
「逃がすか!」
バシャ バシャ!
水路に入って、水路側から攻撃をしてくる金熊童子・・
障害物がないので、いい標的になってしまう・・
シュン シュン シュン!
彼女の逃げる足や手を掠める(かすめる)。
体中が傷だらけになってきていた・・・
ハア、ハア・・・
走る息遣いも荒くなってきた。
「ふふ・・そろそろ終わりにしてもらおうか!」
「く!」
立ち止まり、両手を前に構える彼女・・
大技を繰り出そうにも、「気」を貯める時間もない・・・
万事休す!
その時・・
「お姉ちゃん!」
翔子ちゃんの声がした。
「翔子ちゃん!」
「ち!新手か!!」
彼女と金熊童子の間に入って、童子と対峙する翔子ちゃん。
「誰かと思えば・・ザコか!」
「ザコね・・」
不敵な笑みを浮かべる翔子ちゃん・・
「お姉ちゃん・・『気』をためてて・・」
彼女にこそっと話す。
「うん・・」
金熊童子の方をキッと睨む翔子ちゃん。
「ハ!」
バン!
金熊童子の右肩が吹き飛ぶ。
一瞬、身を交わすのが遅れれば、手が吹き飛んでいた。
「な・・この技は!!」
その攻撃に驚いている童子・・
「こやつ!」
翔子ちゃんの方を見る・・
が・・見当たらない。
「何?!」
金熊童子の後ろに翔子ちゃんの姿が!
バス!
手刀を喰らわす。
バシャーーーー!
水路に頭から突っ込み、水しぶきが上がる。
起き上がる金熊童子・・・
上空を見上げると、次の攻撃を仕掛けようとする翔子ちゃんの姿が・・
「チッ!」
バス バス バス!
翔子ちゃんから放たれた手刀。
それを寸前で交わす、金熊童子。
攻撃を止める翔子ちゃん。お互いに様子を見る・・・
「ふふ・・・『ザコ』は撤回してやる!」
「それは・・どうも・・」
「きさま・・・その技・・誰から教わった!!」
念を飛ばす技は伊吹丸からの直伝である。
「伊吹丸様から・・・」
「親方様からだと!?」
驚きを隠せない。修羅の奥地で出会ったなどとは思いもよらないだろう・・
しかも、敵対する相手に、秘儀を教えていたなどとは・・・
「・・・認めざるを得んな・・その技は、限られた者しか知らぬはず・・・」
「伊吹丸様は、やさしい方だったわ・・・
あなたも・・・元はナカヒラ様と善子の君のお子ならば・・・」
「父上と母上か・・・その名を聞くのは、久しい・・・」
彼女の脇に移動して立つ翔子ちゃん。
「もう・・1000年も昔の事なのよ!」
「1000年経とうが、ヤスマサや望月の君、頼光への恨みは忘れられぬ!」
「どうしても・・・」
彼女が両手を差し出し、「気」を貯め終わり、いつでも狙える状態になっていた。
「観念なさい!」
彼女が叫ぶ。
「チッ!時間稼ぎだったか!!」
「今日の所はみのがしてやる・・・!
次は、こうはいかぬぞ!」
バシュ!
パーーーーーーーーン!!
真下の水面に手刀を打ちつけ、水柱が上がる。
辺りの視界が、水しぶきによって遮られた。
そのしぶきと水煙が静まった時、金熊童子の姿は無かった。
「はあ・・・」
彼女ががっくりと膝をつき、肩を落とす。
翔子ちゃんも、すっかり安堵した様子だった・・・
「危なかったね・・・お姉ちゃん・・・」
「うん・・・ありがとう・・・翔子ちゃん・・・」
「うふふ!どういたしまして!!」
「翔子ちゃん・・地獄で大分、修行したんだね・・・霊力が上がってた・・・」
「うん!『鬼教官』の厳しい修行の毎日だったし・・」
「伊吹丸・・・・様?」
「修羅の奥地で・・あの悪霊に会ったの・・・」
「悪霊って・・酒呑童子の事?」
「うん・・まだ妖怪になる前の姿だったわ・・・」
「今の四天王も?」
「そうよ・・・帝と同じ・・幼い童子達だった・・・もとは、みんな・・いい人達だったのに・・」
「ふ~ん・・しばらく見ないうちに・・頼もしくなったね・・」
「そうかな~」
「会うたびに霊力が強くなってる・・・
それに比べて・・私はどんどん無力になってる・・・
だから・・・
翔子ちゃんに負けたくなかった・・・・」
「お姉ちゃん・・・」
「うふふ・・嫉妬・・・かな・・・」
「光栄ね!お姉ちゃんから嫉妬されるなんて!」
「さっきは・・・
ごめん・・」
「え?」
「翔子ちゃんが・・死んでるなんて・・言って・・・」
「仕方ないよ!本当の事なんだもん・・
かえって、スッキリした!
私は・・どんなに頑張ったって・・・お兄ちゃんを手に入れることは出来ない・・・」
「翔子ちゃん・・・
私・・・
あなたに・・
ヒロシくんを取られるんじゃないかって・・・
思ったの・・・」
「え?」
「あなたは修行で、どんどん強くなってるし・・・
ヒロシくんとの間も・・
縮まってきている・・・」
「お姉ちゃん・・・」
「お願い!
ヒロシくんを・・
取らないで!!」
目に涙をためて翔子ちゃんに必死に迫っている彼女・・
しばらく無言だったが・・
「心配しないで・・・
私とお兄ちゃんは、兄妹だもん・・
それ以上にはならないよ!
でも・・・
せめて・・・
お兄ちゃんの傍に居させて・・・」
「翔子ちゃん・・」
「私・・
時々・・
寂しくなるの・・・
地獄での修行は大変だけど・・
あの光景は、恐怖と挫折を感じた後に・・
空しさと寂しさが襲ってくる・・
だから・・
お兄ちゃんに
『寂しくなったら、来て』
ってメールもらって・・
嬉しかった!
お兄ちゃんは・・
私の心の支え・・・
いつまでも、一緒に居て欲しい・・
ママもお兄ちゃんも新しい生活が始まっているけど・・
私・・
このままだと・・
いつか・・
自分の存在も・・
私が生きていた思い出も・・
皆から
忘れられていくのかって思うと・・
寂しくて・・
仕方がなくなる・・・
その時が・・・
私の・・・
本当の・・・
『死』・・・」
人は皆、「死」を恐れる。
自分の肉体が滅びる死・・
病気や事故、あるいは自ら、又あるいは他人の手によって危められ、
この世の肉体の「生」を終え、死を迎える。
それは、生きとし生けるもの全てに共通した悩みであり、恐怖でもある。
それまで、生き生きと活動していた肉体が滅び、この世から消え去る。
愛する者、かけがえのない人を亡くした時ほど、悲しみを覚える。
どんなに長生きをしても、やがて肉体は滅びる運命であり、
そこから逃げることはできないのだ。
どんな人でも、やがて肉体の「死」を迎える。
そして、もう一つの「死」がある。
それは、この世に存在した肉体やそこで生活を営んでいた事を、忘れ去らせる「死」・・
その人の「思い出」そのものが無となり、存在した事が無となる「死」なのだ。
人は亡くなっても、その思い出を胸にした人たちの中で生き続けるという・・
でも、その思い出が無くなった時・・それが本当の「死」なのであろう。
それは、生きている人にとっても、死んでいる者にとっても・・
最大の恐怖であり、空しい、寂しい事なのだ。
「私・・・怖いの・・・」
涙であふれる翔子ちゃん・・・・
「大丈夫だよ・・
みんな、
あなたの事を大事に思ってるよ!」
「お姉ちゃん・・
ありがとう・・」
見つめあう二人・・
「おーい!」
僕が水路に架かった橋から彼女を見つけて手を振っている。
「あ・・お兄ちゃん・・・」
「何で、ここがわかったの・・?」
「私が呼んだの!」
念波によって離れた場所からもメッセージを送る事ができるのだ。
「やっぱり・・だんだん・・すごくなってるね・・!」
驚きを隠せない彼女。
「うふふ・・」
笑みを浮かべる翔子ちゃん。
「ちょっと・・
用を思い出したから・・・
また後でね!」
そう言い残すと、翔子ちゃんは何処かへと消えていく・・
「望月さん!心配したよ!」
彼女に近づきながら、声をかける。
「さっきは・・・ごめんなさい・・」
「いや・・僕も言い過ぎたよ・・ごめん・・」
彼女の肌や服に傷が付いている事に気づいた。
「どうしたの?その恰好・・」
「あ・・今まで『金熊童子』と闘ってたの!」
「え!!童子四天王が出たの?!」
辺りを見回す僕・・霊感ケータイを取り出す。
「大丈夫。もう居なくなったよ。
翔子ちゃんが来てくれたおかげで助かった!」
「僕も、翔子ちゃんに呼ばれたんだ・・公園の裏に居るって・・」
「翔子ちゃん・・修行で『霊力』が上がってる・・」
「うん・・どんどん成長してる気がするよ。
ところで、翔子ちゃん・・どこへ行ったの?」
僕には翔子ちゃんの姿が見えない。
彼女に聞いてみる。
「あ・・ちょっと用事があるって・・・」
「ふうん・・」
用事?何なのだろう?
でも・・やっと彼女と二人きりになれた。
「ねえ・・ヒロシくん・・・」
「何?」
「翔子ちゃんの事・・どう思ってるの?」
「どうって? 可愛い妹だって・・思ってるよ。」
「恋人とか・・・って?」
それは、全然思ってもみなかった・・
でも、翔子ちゃんは生前、僕と結婚したいって願っていた。でも、今は先生とも家族になったわけで、
実質、血は繋がっていなくても兄妹なのだ。
「翔子ちゃん・・時々、寂しくなるって言ってた・・・」
「そっか・・・
僕、この間、『寂しくなったら、いつでもおいで』って・・
メールした・・・」
「それ・・・羨ましい・・・」
「え?」
「翔子ちゃん・・
地獄で修行して、霊力も上がってるし、
悪霊とも対等に戦えるようになってる・・
ヒロシくんとも、
距離が縮まってるって・・・
思ったの・・
ヒロシくんと翔子ちゃん・・
一緒にいる事・・
多いもん・・
私、少し・・・
翔子ちゃんに・・
嫉妬してる・・
だから、あんなひどい事・・・
言ってしまった・・」
思いつめた表情の彼女・・
宙空の一点を見つめている。
でも・・何か思い立ったように、
こちらを向く。
「ねえ・・・
私の事・・・
好き?」
急に、何を聞くのかと思った・・・
でも・・・その真剣な眼差しに、僕は応えた・・
「好きだよ・・・」
「じゃあ・・
私の事・・・
離さないで!」
「え?」
「いつも・・
そばに・・
いて・・・」
「うん・・・」
彼女を抱き寄せる。
やわらかく、暖かい・・・
その頃、翔子ちゃんは・・・
公園や水路を見渡せるビルの屋上の手すりに腰かけて、
童子四天王が入り込んで、僕たちの邪魔をしないように、
辺りを見張っていた・・・




