八. 彼女の家で・・
先程の十字路から少し離れた公園にある噴水のベンチまで彼女を介抱しながら何とか連れてきた。
はあはあと息苦しい様子だ。
ベンチにどさっと座り込む彼女。
「さっきは、ありがとう・・」
「いや・・
あ、水持ってくるよ・・」
彼女から礼を言われて、照れてしまった僕・・
そんな照れを隠そうと自販機で何か飲み物を買ってこようと走り出そうとした時・・
「待って!!」
僕の手をとっさに掴んだ彼女。
「お願い・・・
一人にしないで・・」
「へ?」
振り向いた僕・・
さっきまでの勝気な少女の姿は無く、切ない瞳に、途方に暮れた表情・・
おびえきった弱々しい言葉・・
体全体が震えている。
「怖い・・」
彼女の意外な言葉・・・
霊能者で怖いモノは無いという、自信満々だった彼女。
何でも見透かして、こちらよりも一歩も二歩も優位に立って・・
僕を下僕の様に扱っていたはずなのに・・・
「君、
霊能者なんだろう?」
あ・・・
今・・・・、
厳しい言葉を
言ってしまった・・・
って思った・・
彼女の目が僕を一瞬、キッと睨んだ。
だが、
そのまま、
うつむいてしまう。
涙が一粒落ちた気がした。
「出来れば、
こんなことしたくない。
霊力だって・・・
いらない・・
普通の女の子で・・
いたい!」
今まで見てきた明るく勝気な彼女は、
実は鎧を着た姿で、
その中身は繊細な
中学2年生の女の子なんだって
思った。
霊を見るのは日常茶飯事なのだろうが、気持ちのいい物でもないし、怖いことだってあるんだろう。
「見える」から対峙しなければならないこともある・・
そういう状況をずっと我慢してきたのだろうか・・
「ごめん・・」
彼女に謝ってはみたものの・・
どうしよう・・
こんなとき、
どうやって慰めるんだろう?
途方に暮れる。
ただ単にうつむいた彼女を見ているだけでしがないのか・・・
彼女の肩が小刻みに揺れている。
抱いてあげたほうがいいのだろうか・・
一瞬、
手を上げて、
抱いてあげようと思ったけれど、
そんな勇気はない。
そのまま、
ベンチの彼女の隣に座る。
それが僕に唯一できることだった。
それに気づいた彼女・・
僕によりかかってきた・・
・・あ、何かいい感じ・・
二人はだまったまま、
しばらく噴水を見つめていた。
ゴーン・・・・
遠くで鐘の音が鳴る。
どこかのお寺なのだろうか・・
こんな街中でもお寺の鐘が聞こえることもあるのだろうか・・
彼女が、気を取り直したらしく、、
「えへ・・
泣いたらすっきりしちゃった!」
少し、笑顔が戻ってきていた彼女。
「大丈夫?」
「うん、平気!」
カバンから眼鏡と髪止めを取り出す。
「でも、
ちょっと、無理したみたい・・」
長い髪を束ね、髪止めをしてポニーテールになる。
チャっと眼鏡をかける・・
いつもの冴えない姿。
この姿ならば霊を見ることもないし、無視することもできる。
でも、ちょっともったいないかな・・
あの可愛い素顔のほうが好きなのに・・
「ふう・・
楽になった・・」
一息ついて落ち着きを取り戻した彼女。
「家まで送ってくよ」
「ありがとう」
二人は公園を後にした。
町外れの小高い丘の上のお寺に来た。
このお寺は見覚えがある。
母のお墓のある寺だ。
ここが彼女の家だという。
お寺が家だというのも珍しい。
でも、儀式の時の祭壇は確か神社風だったけれど・・
お寺なのね・・
表札に「望月」と書いてある・・
確かに彼女の家だ。
境内に入る。
石畳の上を竹ボウキで掃いているお坊さんがいた。
「ただいま~
お父さん・・」
どうやら、このお坊さんが彼女のお父さんらしい・・
「美奈子か・・
お帰り・・
どうだった?」
「うん、ダメだった・・・
ヒロシくんが助けてくれたんだよ!」
彼女が僕を指差す。
「ああ、
ヒロシくんですか・・
娘から話をよく聞いております。
娘がお世話になり、
ありがとうございました。」
僕に向かって、ペコリと頭を下げる。
「私のお父さんだよ!」
彼女が紹介する。やはり、このお坊さんが彼女のお父さんだったようだ。
「どうも・・
こんにちは・・
ヒロシです・・」
何だか、彼女に連れられてきた彼氏みたいで、少し、恥ずかしかった・・
付き合っているわけではないのだけれど・・
でも、彼女は僕の話をよくしていると言うが、どういう事なんだろう?
「さぁ・・、中にお入りください!」
「はい・・」
女の子を持つ父親として、男の子を連れてきたのには、抵抗があるのではないか?
そんな懸念とは裏腹に、すんなりと受け入れてくれるお父さん・・
さすが、お寺のご住職だけあって、心が広い??
お墓の立ち並ぶ境内を横切って、お堂の方へ向かう僕と彼女。
石段を数段登り、靴を脱ぐ。
木の段を数段登り、本堂へと入る。
薄暗くなった本堂の奥に、座布団と木魚が置かれている。
その正面に観音様が安置されている。
脇には閻魔大王?
手を合わせて中に入る彼女・・
それを真似して手を合わせて僕も入る。
畳の上に正座して、観音様を見ている彼女・・
「南無、十一面観世音菩薩・・
この世を救い給え・・」
仏像に向かって拝む彼女の姿は何だか、色っぽかった。
僕も彼女から少し距離を置いて座った。
彼女と同じく手を合わせて仏像を拝む。
頭を上げて、その観音様を見る。
なんて艶やかな・・
金色の衣装を身をまとい、きらきら光った飾りで埋め尽くされている。
顔の上に幾つもの顔がならんでいる・・
十一面という名の由来だろうか・・
その瞳は半眼でこちらを見つめている。
慈悲にあふれたその瞳・・
彼女も可愛いけれど、観音様も負けず劣らずに美しかった、、
「私の秘密を教えてあげる」
「なんだか、秘密だらけだよね~君は・・」
まあ、これ以上、秘密があっても、不思議ではない。
「私も昔、ここに住んでたんだよ。」
「へえ・・」
それは、意外だった。
「私が小さいとき、お母さんの所で修行することになって引越ししたの・・」
彼女のお母さんは遠く山奥の神社にて修行をしているそうだ。
なるほど・・
だから家はお寺なのにお払いは神道なのか・・
納得。
でもお坊さんと巫女さんの結婚というのも珍しいものだ・・
それも謎だ・・・
今の彼女の霊能力は、その厳しい修行の中で磨かれていったようだ。
誰でもはじめから除霊や悪霊払いなんて出来るものではない。
でも、彼女もこの町に住んでいたのか・・
全く覚えが無い。
こんな可愛い子ならば、会っていれば気にとめていたろうに・・
あ、でも小さい頃ならわからないか・・
「あ、そういえば、霊感ケータイ・・」
彼女が気づく・・
そうだった、あの事件で忘れかえっていたけれど、僕があの携帯電話を預かっていたのだった。
僕は胸ポケットにしまってあった霊感ケータイを取り出しながら、仏像のほうを見る・・
「これって、神とか召還もできるの?」
「できるけど・・
神界は、海外通話みたいなものだから、
通話料がかなりかかるよ・・
命が無くなるかもね・・」
人間界と、霊界・・
さらに上の神界もあるのか・・
(実際には天上界もあるらしいですが・・)
それぞれを繋ぐことのできる「霊感ケータイ」・・
それはすごいものなのかも知れない。
すっ―――と部屋の奥の障子が引かれて、彼女のお父さんが入ってきた。
お茶とお茶菓子がお盆の上に載っている。
「ずいぶん、話が楽しそうだね・・」
「うん、霊感ケータイについて話してたの・・」
「あの、ケータイか・・
私も使ってみたけれど、
あれは不思議なものだ」
彼女のお父さんが座ってくる。
お茶を差し出される。
「どうも・・」
茶碗を手にとって、一口すする・・
彼女のお父さんが語りだした。
「霊感ケータイ・・・
美奈子には必要ないものだよね・・
私には、霊感というものは全く無いんですが、
母親は霊能者で、この子は小さい頃から、そういった能力があった。
母方の系統を受け継いだようです」
そうか、彼女のお父さんには霊感がないのか・・
何だか親近感を覚える。
お坊さんでも、「お知らせ」といって、亡くなった人が葬儀を願いに枕元に出てくるという話を聞いたことがある。
そういった経験はお寺では日常茶飯事だと思っていた。
「霊は過去から逃れられない・・
でも生きている人間は希望があるのです。
未来を作っていくことができる。」
さすが、お寺のご住職・・
語る言葉に重みがある。
霊は過去から逃れられない
母のことを思い出した。
いつまでも過去の出来事に執着しているのは、僕だって霊だって同じなのではないだろうか・・
僕にも、いずれ母のことを忘れて未来を夢見る日がやってくるのだろうか・・
生きていることが楽しいって思える日がやってくるのだろうか・・
「あの時、南無阿弥陀仏って言ってくれなければ、どうなったかわからなかったよ」
昼間の事を報告している彼女。
「ふふふ、
それは危なかったな・・
でも、
南無阿弥陀仏も傑作だったな・・」
赤面する僕。
霊とかの世界に全くのシロウトなのだから、とっさに自分で出来ることといえば念仏を唱える事くらいだった。
でも、役に立ったのはうれしい気もした。
辺りが薄暗くなってきているのに気付き、時計を見る。
いつの間にか6時半を回っていた。
もうこんな時間だ!
「あ、
オレ帰るわ・・」
「ヒロシ君、娘を守ってくれてありがとう。」
「あ・・
いや・・・」
照れながら表へ出る。
もうすっかり暗くなっている。
彼女が見送る。
さっきまでかけていた眼鏡を取り、髪止めも取って長髪になっている。
可愛いバージョンの彼女だ。
ここはお墓も近いから色んな者が見えるだろうに・・
「ヒロシくん、
今日は楽しかったよ、
ありがとう」
「うん。またね・・」
いつまでも手を振りながら見送ってくれる彼女。
お寺の境内から道へ出るまで送ってくれた。
家への帰りの道中、さっきの彼女の言葉が気になっていた。
楽しかった・・?
そうなのかな・・
大変だったのに・・
楽しかったのかな~?
それにしても、今日は色々な事があった。
喫茶店での会話、
霊感ケータイ、
悪霊との対峙・・
弱みを見せた彼女・・
彼女の色々な面が見れた一日だった・・・