14.熊野へ・・
熊野へ逃げる道中・・奈良に立ち寄るナカヒラ軍。
薬師寺に寄る・・・
本堂に安置された十一面観音像に手を合わせるイクシマ・・
「イクシマ・・・」
帝が本堂に入ってくる。
「帝・・」
「すまぬ・・・朕の力、及ばずであった・・」
「まだ、負けたわけではありませぬ。
ナカヒラ様と共に、熊野で機会を伺いましょう・・・
4人の稚児たちと共に成人した暁には、必ず、良き国を作れまする。」
「朕が、帝でなくても・・イクシマは一緒に、暮らしてくれるか・・?」
「帝は、私にとってかけがえのない、お方でございます。」
「イクシマ・・」
帝の目に、涙が溜まっていた。
「それに・・私めは、帝と一緒なら、どこでも楽しいですよ・・」
笑顔になるイクシマ。
「うん・・朕もそうじゃ!」
観音様の方を見るイクシマ。
「困った事があれば、十一面観音様が、助けに参ります。」
「この観音様が・・」
「十一面観音様は、慈悲にあふれたお方・・帝のようでございまするな!」
「朕が・・
うむ!イクシマ!!決めたぞ!」
「はい?」
「朕はこの観音様のようになる!」
「はい。頼もしい限りです。」
「そうなったら・・・」
赤くなる帝。
「如何なされました?」
「その時は、朕の・・妃になってたもれ・・」
下を向く帝。
かわいらしい仕草に、微笑むイクシマ。
「はい・・お待ちしておりまする・・」
遠き未来を夢見た帝とイクシマ。
その日、奈良を出て、早々に熊野に戻る一行・・
ヒヒーン!!!!
小田原から早馬にて、ようやく大納言の館へ舞い戻ったヤスマサ。
和泉の君が迎えに出ている。
「兄上!よくご無事で!!」
「和泉!大納言様は?」
「ご無事です・・兄上が戻られたら、共に参るようにと承っております!」
「ワシも大納言様に、お聞きしたい事がある!」
廊下を足早に大納言の部屋へと向かうヤスマサ。
途中で、望月の君に呼び止められる。
「ヤスマサ様!」
「望月様!」
「大変な事になりました・・・」
「聞き及んでおります。」
「大納言様は、関白様に加勢するようにとのご命令です・・」
「それは・・・」
「関白様は、既に、新たな帝を立てました。
先の帝と茨木の君様達を討てとの勅命が出ております・・・」
「そんな!そんな事が・・・」
ついこの間まで宮中で政を司っていた帝と茨木の君の姿が目に浮かぶ。
かけがえのない者達の安否が気になった。
「望月様!伊吹丸達は?」
「帝と一緒に熊野へ行かれたと・・」
「ワシは・・・どうすれば・・・」
頭をかかえるヤスマサ。帝や伊吹丸を敵に回したくない。
そんな悩むヤスマサを、見るに絶えない望月の君・・
「望月様!・・・」
「はい・・」
「すまぬが・・私は、ここに来なかったことにしてもらえないでしょうか?」
「それは・・何故に?」
「これから、熊野へ参ります!」
命令を賜らなければ、自由に行動ができると見切ったヤスマサ。
「どうしても、行かれるか?」
「はい・・帝や伊吹丸が心配です。」
そこへ和泉の君が駆け寄ってきた。
「兄上!」
「和泉!」
「私も、連れて行ってください!」
「そなたも・・?」
「私も伊吹丸様が心配なのです!」
ヤスマサは少し考えていたが・・
「わかった!」
「ヤスマサ様・・・お考え直しは出来ぬのですか?」
ヤスマサの決意を止めようとする望月の君。
「望月様・・我々が帰らぬ時は・・大納言様に『暇を』頂戴したいと・・申してくださらぬか・・」
「お止めしても、行かれるのですね・・
ヤスマサ様・・・」
何か、思いをこらして言葉を詰まらせている望月の君・・
「如何しました?」
「どうか・・イクシマ様を、お守り下さい・・」
「はい。帝や伊吹丸共々、連れてまいります・・」
「いいえ・・・・そうではなく・・」
首を横に振り、涙をこらえている望月の君。
「私めの血は、汚れております・・ヤスマサ様とは・・結ばれぬ縁なのでございます。」
「それは・・・!」
「イクシマ様を・・どうか・・お大事になさって下さい・・」
「望月様・・・」
奥の方へかけていく望月の君・・
何があったのか、不思議に思ったヤスマサ。だが、もうゆっくりしている時間はない・・
途中、熊野の山の中腹に築いた山城に立ち寄る帝の一行。
善子の君も、ここへ出向いていた。
「帝!これより、さらに上った砦へお逃げください!
あそこに、味方が集結することになっております!」
ナカヒラが帝に進言する。
「ナカヒラ殿。そなたは、どうなされるのじゃ?」
茨木の君が案ずる。
「我らは、ここに残ります。鉦王丸達を、お供させます。ご安心下さい。」
「ナカヒラ殿・・御武運を祈っております・・」
「かたじけない・・時子様・・どうぞご無事で!」
「姉上・・・」
ナカヒラと共に残るという善子の君を案ずる茨木の君。
「時子・・帝と共に生き延びるのです!」
「はい・・」
山城の門が閉められる。
4人の稚児と共に先を進む帝の一行・・・・
山城から見下ろすナカヒラ。
敵の軍勢が増えてきている。
門を大木でこじ開けようとしている敵の軍隊。
弓矢で必死に交戦するナカヒラ軍。
双方、矢に射抜かれ、倒れる兵が続出している。
火矢が放たれ、城の方々で火災が発生している。
その時、向こうから見たことの無い軍勢が姿を現す。
「ワー・・・・」
「頼光の軍勢が押し寄せています!」
伝令が廻ってきている。
無数の矢が放たれる。
山城の防御の者達がいっせいに血祭りにあげられた。
「頼光・・おのれ!」
「我こそは、源 頼光なり!ナカヒラの大将と一戦交えたく候!」
門の前で、高々と声をあげる頼光。一騎打ちの申し出をしている。
「親方様・・いけませぬ!」
善子の君が止める。
ナカヒラが善子の君の手を取って語り始める。
「善子・・今日まで、よく、私に仕えてくれた・・礼を申す・・」
「親方様・・」
「ワシの生涯・・悔いは無い・・あとは、4人の子供達に委ねようぞ!
帝と我らの息子達の未来を夢見て・・ワシは発つ・・・」
決死の覚悟を決めたナカヒラ。
「親方様・・善子は親方様と同じ時間を・・
共に過ごせて・・幸せでした・・」
全てを察した善子の君・・
「門を開け!ワシが出る!」
ギギギ・・・・・
山城の重い門が開けられる。
「そなたが、ナカヒラ殿か・・」
「如何にも!熊野を仕切る藤原仲平である!」
馬から降りる頼光。
目をキラリと光らせる。
「我は、新しき帝と関白殿下に仕えし源頼光である。」
「相手に不足は無い!いざ、勝負!」
刀を構えるナカヒラ。
剣を下段に構える頼光。
双方じりじりと間合いを詰める。
「や!」
ナカヒラが斬り込む。
キーン!
刀をはじく頼光。
後ずさりするナカヒラ。
双方、睨みをきかせる。
「ター!」
走りこんで、斬りかかる頼光。
下段から横一線に剣を振る。
ギン!
ナカヒラの手から、刀が落ちる。
一気に突き刺す頼光。
「ぐはあ!」
「親方様!」
その場に倒れるナカヒラ・・・
「ナカヒラ・・討ち取ったり!」
頼光が剣を掲げる。
「ワー・・・・!」
善子の君が門の外に出る。
「門を閉めよ!」
「奥方様!!」
頭に鉢巻を締めた善子の君・・槍を持っている。
ガシーン・・・
山城の門が閉められる。
「頼光!我が夫、ナカヒラの敵を討たせていただく!」
目じりを上げて槍を構える善子の君。
「ほう・・武勲の誉れ高き、善子の君殿か・・」
剣を構える頼光。
「イヤー・・・!」
善子の君が頼光目掛けて、槍を突く。
キーン!
槍をはじく頼光。
グブ!
善子の君の胸を貫いた頼光の剣・・
「親・・方・・様・・」
ナカヒラの脇に倒れる善子の君・・・
双方の手を結ぶ頼光・・・
「仲良く、あの世で暮らすが良い・・・」
「火矢を放て!」
頼光が全軍に命令をする。
ヒュン・・ヒュン・・・
無数の火矢が山城めがけて一斉に放たれる。
瞬く間に燃え上がる山城・・・
「ああ・・城が・・燃えております・・・」
イクシマが振り返り、つぶやく・・
「父上・・・母上・・・」
稚児達が泣き叫ぶ・・
「姉上・・」
「ナカヒラ様・・」
涙をこらえる伊吹丸・・
「先を急ぎましょう!」
山中の砦へと急ぐ帝の一行・・・
伊吹丸やイクシマは慣れてはいるが、女、子供の足では、とても追っ手を振り切れるものではない・・
大納言の館を出ようとするヤスマサ。
馬に乗り込み、和泉の君を後ろに乗せる。
馬が地を蹴りながら、その場にクルクルと回る。
熊野へ入る道は何通りかあるので、どの方向から行けばいいのか思案していた。
奥から大納言が姿を現す。
「ヤスマサ!」
「大納言様・・・」
「どうしても、行くか・・・」
「はい・・
もう・・戻らぬやも知れませぬ・・・」
和泉の君を見る大納言。
「和泉・・」
「大納言様・・和泉は・・幸せでした・・
私に何かありし時は、二人の娘をよろしくお願いします・・」
こくりとうなずく大納言・・
「そなたらの責任はワシが追う!帝をお救いせよ!」
「大納言様・・それは・・・」
「ワシは・・関白に加勢はすれど、魂を売った覚えはない!」
「御意!」
奥から望月の君が姿を現す。
「ヤスマサ様!帝は熊野の山城におられまする!!
高野山の方角からお入りなさりませ!」
「かたじけない!行くぞ!和泉!!」
「はい!兄上!」
「ヤスマサ様・・どうか御無事で!」
叫ぶ望月の君・・ヤスマサと和泉の君を精一杯送り出す。
「皆・・・さらばじゃ!!」
そう言い残して、大納言の館を後にするヤスマサ。
門を出るや否や、疾風の如く都の南を目指す早馬。
その姿をいつまでも見送る望月の君・・
「ヤスマサ様・・・」
目に涙をためていた・・