11.熊野詣出
秋も深まり、紅葉の頃・・
帝を中心とした一行による「熊野詣出」が執り行なわれた・・
タタタッ タタタッ
紀伊山中の奥を目がけて、早馬が走る。
「伊吹丸様!もう少し遅く出来ませぬか?」
「急がねばならん!
しっかり捉まっておれ・・イクシマ!」
タズナを握る伊吹丸とその後ろに座っているイクシマ。
振り落とされないように、伊吹丸の肩にしがみついている。
「居るな!」
袖から「敷紙」を正面に向かって撒く伊吹丸。
「トウ!」
印を結ぶ。
バババッ
撒いた「敷紙」が一斉に、正面の林に向かって飛んでいく。
「ぎゃ!」
『もののけ』らしき人影が、木の枝から落ちる。
「この一帯・・待ち伏せの『もののけ』だらけじゃな・・」
「はい・・ここまで用意周到なのも、気持ちの良いもので・・」
「!」
タズナを引く伊吹丸。
「ドウ・・」
馬が、ヒズメを上げて止まる。
崖の下に流れる川が見える・・
山の斜面を立ち上る雲。
遥かに続く谷伝い。
森の奥の、雲の間に間に、遠く海が見える。
「紀州灘・・」
「峠を抜けましたね・・」
「うむ・・ここが熊野か・・」
その絶景に思わず言葉を失う伊吹丸達・・
『熊野』・・
高野山と吉野から南の紀伊半島の山地の総称である。
「神々を祭る山」として、山岳信仰を集める、峰々が連なっている神聖な場所・・
平安に入って、この霊場めぐりが貴族達の恒例行事となっていた。
帝の一行が通るのを先立って、その道中に潜む「もののけ」や「山賊」達を一掃し、
宿泊先の「茨木の君」様の「姉君」が嫁いでいる、藤原仲平の元へ使いに行く最中だった。
何とか、明るいうちに、ナカヒラの迎えを要請したい伊吹丸。
「伊吹様、急ぎましょう!」
「そうだな・・」
馬を進めようと思った、その時、
20人程の武装した集団・・いわゆる『山賊』が姿を現し、囲まれてしまった。
皆、力と剣術に自信のありそうなクセのある輩・・
その中で、特に「できそうな」頭らしき人物が、声を荒立てて宣い(のたまい)始める。
「帝に仕えし伊吹丸殿とお見受けしましたが・・」
「如何にも!越後の国上より上りし伊吹丸なる。
帝の命により、急ぎ紀州に居りしナカヒラ殿の下へ参らん。
道を開かれよ!」
「さてさて、どうしたものか・・
我ら山賊にて、そなたのお命頂戴つかまつりたく存ず。」
「我、先の戦にて100人の兵を血祭りにした
『伊吹丸』の名も聞くに及ばんや?」
「その方を倒し、名声を上げんと欲する!」
「そなた達・・何者じゃ?」
「さるお方の命により、お命を頂戴せん!!いざ、勝負願おう!!」
「くっ!
仕方が無い!」
馬から降りて、構える伊吹丸。20人もの兵士を前に、どうやって戦うのか・・・
「伊吹丸様・・これを・・」
瓢箪を渡すイクシマ。
「うむ・・」
その瓢箪を受け取り、栓を抜く。
中の物を喉を鳴らせて飲む伊吹丸。
目の色が変わり,キリっとなる。
剣をサッと抜く。
「この妖刀『晦冥丸』の餌食になりたくなければ、引くが良い・・」
その場で踊りでも舞う様に剣をくねらせながら構える。
その異様な動きに、たじろぐ山賊達・・
「ひるむな!やれ!」
山賊の頭が一声を浴びせる。
「ヤー!」
山賊の一人が切りかかってくる。
その動きを見切って、スラリと横へと身を裁いて、一刀を喰らわせる。
サシュッ・・
「ぐあ!」
一太刀で一人目を倒した・・
更に、構えながら、
「今度は、こちらから行くぞ!」
ギラリと開いた目に山賊が恐怖を感じた。
サッと地面を蹴り、宙に一瞬飛んだと思ったら、次の瞬間、山賊の数人がまとまっている方へと一気に斬り掛かって行く伊吹丸。
バスッ バスッ バ!
剣が流れるように宙を切る。
辺りにいた山賊たちが、バタバタと倒れた。
「ハ!」
気合を入れる伊吹丸。
その先に居た、一人の山賊が首を押さえて苦しがり、バタリと倒れる。
「念」を飛ばす術は、人間に使うと、このようになるのだ。
「こ・・こんな事が・・」
山賊の頭がたじろぐ。
他の山賊たちも、1,2歩下がった。
「まだ、遅くない!
無益な殺生は好まん・・この場を去れ!」
「こしゃくなーーー!!」
剣を構えて、山賊の頭が切りかかってきた。
「くっ!まだ分からんか!」
キィーン!
その刀を跳ね返し、一刀を浴びせる。
ザスッ・・
鈍い音を立てて、血しぶきが飛ぶ。
伊吹丸の顔に、返り血がかかる。
「がは!」
頭から、正中線を描いて、真下に切り裂いた伊吹丸。
その場に倒れこむ山賊の頭・・
再度、刀を構える伊吹丸。
「次は・・誰ぞ?」
一瞬のうちに、その場に横たわる 5、6人の屍。
辺りににらみを利かせる。残りの山賊がワラワラと逃げ出す。
「ふぅー」
「お見事です。伊吹様!」
「先を急ごう!」
馬にまたがり、山道を下る二人・・
熊野の本宮大社。
熊野川の上流に位置する、開けた場所にある神社。
その近くに、目指すナカヒラの荘園があった。
森を抜け、田舎道を降りていく伊吹丸達。
小高い塀と櫓が荘園を取り囲むように建てられている。
伊吹丸は、塀の一角に設けられた門に近づく。
「誰ぞ!」
櫓の上から、声がかかる。一人は弓を構え、今にも矢を射る格好だ。
先ほどの山賊の一件で、返り血を浴びている伊吹丸は、一目で「怪しい者」と思われている。
それは、仕方がない。人を殺めた(あやめた)のだから・・
「我は、帝に仕えし『伊吹丸』と申す!
ナカヒラ様にお目通り願いたく参上致した!」
「信用ならん!この地に、帝の遣いが来るものか!」
見張りの兵に話しても、らちが明かないだろう・・
馬を右往左往させながら、門を開いて欲しいとアピールする。
ヒュン!
馬の足元の地面に矢が突き刺さる。
ヒヒ~ン!
矢に驚いて馬が暴れる。
馬を止めようと懸命になる伊吹丸。
「ははは・・!」
上から笑い声が聞こえる。
苦い表情を浮かべる伊吹丸・・
その時、山のほうから馬が数頭現れた。
馬に乗った武将の姿が見える。
大柄で髭をはやし、貫禄のある人物だ。
数人の侍従を従えていた。
「そなた、伊吹丸殿ではござらんか?」
馬に乗った武将が伊吹丸に問いただす。
「如何にも!帝に仕えし、伊吹丸にござります!」
馬に乗った武将が、ニヤっと笑ったかと思うと、
櫓の見張りの兵に怒鳴り散らす。
「きさまら、帝の遣いの方に、何をしておる!門を開けぬか!!」
驚いた門番が急いで門を開ける。
「さあ・・入られよ!」
「かたじけない・・」
馬を歩かせて、門をくぐりながら会話する武将と伊吹丸。
「ほう?一戦交えてきましたかな?」
「はい・・山賊に襲われておりました。」
庭に入ると、中の建物から数人の家来が出迎える。
「親方様!お帰りなさいませ!」
「親方様・・ あなたが、ナカヒラ様でしたか!!」
「如何にも!よく、お出でなさいました。伊吹丸殿!」
馬から降りるナカヒラ。伊吹丸とイクシマも降りる。
「まあ、中に入って休まれよ。大分、血を浴びたようですな・・顔を洗われるが良い・・」
「はい・・」
井戸端で顔を洗う伊吹丸。布巾で顔を拭うイクシマ。
「大分、着物に血が付いておりまする・・」
「仕方がない・・帝のお命のほうが大事じゃ・・」
縁側から、広間に入る伊吹丸とイクシマ。
広間の中央にナカヒラが座っている。
ナカヒラの正面に座り込む伊吹丸。
「先ほどは、ナカヒラ様と存じ上げぬ無礼・・誠に申し訳ありませぬ!
帝に仕えし『伊吹丸』にてございます。ここに控えるは、イクシマにてございます。」
「こちらこそ、帝の遣いと知りながら、門を開けぬ無礼・・誠に失礼、仕り申した・・」
女中が入って来て、菓子とお茶を進められる。
「して・・まだ帝が来るには、早いようですが、如何なる御用でしょうか?」
「はい・・途中の村にて、宿泊中、大雨に降られ、河川の水が増水・・
橋が流されて、後方に控えし近衛の部隊と断絶してしまいました。」
「それは、一大事!早速にも我が兵を送り、警護に廻さねばなるまい!!」
「かたじけない!」
「帝と茨木の君様は我が妻と血がつながりし縁・・」
その時、奥の廊下から、一人の女性が入ってきた。
「どうなさいました?」
「おう・・善子か・・」
こちらに近づきながら、話をする善子の君。
「お帰りなさいませ、親方様。
そちらのお方は?」
「うむ!いつも、噂をしておった伊吹丸殿じゃ!」
「ほう・・そなたが、伊吹丸・・」
顔やら姿やらをくまなく見られている。
先ほどの返り血が着物についているのが、少し気になる伊吹丸。
「その美しい容姿・・我が妹の好みそうな、男よのう・・」
「え??」
赤くなる伊吹丸。
「はっはっは!若者を困らせるでない!!」
「親方様!帝の一大事とあっては、直ぐに兵を!」
「うむ・・ ナリマサ!足早の兵を指揮し、帝をお守りせよ!!」
「はーー!」
ナリマサなる重臣が、庭から返事をするや否や、早急に兵を率いて山を登って行った・・
「帝は我が部隊にお任せください。この山道には精通した者ばかり故、夕方にも到着されるであろう・・
伊吹丸殿は、ゆっくりしていかれよ!」
「かたじけない・・」
お茶をご馳走になる伊吹丸。イクシマもお茶をすする。
「聞けば、そなたら、『妖術師』というが、誠か?」
ナカヒラが聞いてくる。
「はい。都にはびこる『もののけ』を幾つか退治しました。」
「噂に聞き及んでおります・・・」
「恐縮です・・」
「帝の周りは魑魅魍魎がはびこっておると察します。
我が義理の妹、茨木の君ともども、『もののけ』の類から守って頂きたい・・」
「はい!それが、お役目と思うております!」
「ふふふ・・」
善子の君がナカヒラと伊吹丸のやり取りを見て笑みを浮かべていた。
「どうした?善子?」
「その艶妖なる容姿・・ 真っ直ぐな志・・ 茨木の君が気に入る筈よのう・・」
善子の君に褒められ、赤くなる伊吹丸。
「ふふ・・そうじゃのう・・」
仲の良いナカヒラと善子の君・・
その様子に胸をなでおろす伊吹丸とイクシマだった。
夕方近く、ナカヒラの言ったとおり、帝の一行が到着する。
「帝様!茨木の君様!ご無事で!」
イクシマが出迎える。
「籠から姿を現す帝。」
「イクシマ。大儀であった!」
「はい!」
茨木の君が辺りを見渡す。
「はて・・伊吹丸の姿が見えぬが・・」
「はい。ナカヒラ様と囲碁のお手合わせをしております。」
「全く・・姉上たちは、いつもそうじゃ・・帝が来ても迎えにも来ぬ!」
少し、眉をしかめた感じで部屋に入る茨木の君。帝もその後を追う。
大広間で、囲碁に夢中の三人・・帝が到着しても気が付かなかったようだ。
その様子を見て、目を細める茨木の君。
「姉上!ナカヒラ殿!!ただ今、参りました!!」
その声に驚くナカヒラ。
「おう!これは、茨木の君様!よう参られた!!」
「ナカヒラ殿。此度の援軍、誠に大儀であった。礼を言う!」
帝が入ってくる。
「これは、ご無礼を!。ささ・・こちらへ!」
あわてて囲碁を仕舞うナカヒラ達・・
上座へ通される帝と茨木の君。
下座へ下がり相、対するナカヒラと善子の君。
伊吹丸とイクシマはその横に座る。
「帝には、お心麗しゅう存じ奉ります。ご尊顔を拝し、誠に恐悦至極にございます。」
「改めて、此度の援軍、礼を言いますぞ。ナカヒラ殿。」
茨木の君がナカヒラに礼を言う。
「朕も山中をさ迷いし、心細く、心苦しゅうところ、そなたの援軍、誠に心強い力添えであった。礼を申す。」
帝も付け加えている。
「もったいなき、お言葉でございます。」
「この館ならば、安心してお過ごし出来ましょう。心行くまでお休みください。」
善子の君が進言する。
「かたじけのうございます。」
茨木の君が礼を言う。
帝が、何かを探している。
その様子を見て、察した善子の君。
「そうじゃ、帝は我が子達を覚えておろう・・
鉦王丸!、聖王丸!虎王丸!熊野丸!これへ参れ!」
「はい!」
声を揃えて、4人の稚児達が入ってくる。
正座をして、横一列に並ぶ稚児達。
そろって、頭を平伏す。
一番、上の「鉦王丸」が代表して、帝に挨拶をする。
「帝様には、お心麗しゅうございます。」
「うむ。久しぶりじゃ!皆、息災であったか?」
「はい。帝のお出でを、心待ちにしておりました。」
顔を上げる稚児達。
皆、笑顔である。
「向こうの、部屋にて、遊びましょうぞ!」
末の熊野丸が、誘っている。
「うん!行こう!」
茨木の君の方を向く帝。
「行ってらっしゃいませ・・」
そのまま、スタスタと廊下のほうへ足早に歩いていく5人・・
後姿が楽しそうだ。
その姿を見守る茨木の君・・
「ここで、あの子らと遊ぶのを楽しみにしておったのだ・・」
「さようにございますな・・まだ、帝は、遊びたい盛りですものを・・」
善子の君が、少し、悲しげな顔で答える。
「先代の帝には、若くして発たれ、あの幼さで帝の職を全うするのは大変でしょうな・・
憎きは・・関白にござりまする・・」
ナカヒラがこぼす・・
その言葉にうつむく茨木の君。
「あなた・・」
「これは・・うかつな発言でした・・すみませぬ・・」
「いえ・・」
「ここは、熊野。癒しの場です。
都の事など一切忘れて、心行くまで寛ぐが良いでしょう・・」
善子の君が話を変える。
「はい。」
微笑む茨木の君。
「そうじゃ・・あの香草の効き目は、どうじゃった?」
「はい・姉上・・この 『香り袋』 の効果は覿面でした」
懐から取り出している小さい巾着袋。
「男を誘うには、うってつけじゃ!」
「お陰で、良き側近を手に入れ申した。
のう・・
伊吹丸?」
ちらっと伊吹丸の方を見る茨木の君。
「え??香草??」
まさかそういった策略があったとは思ってもいなかった・・
驚きを隠せない伊吹丸。
宮中での「もののけ退治」の後に、寝ている伊吹丸を強引に自分の側近にさせるのに、
色仕掛けと香草を用いたのであった・・
「何ですか?伊吹様?」
不思議がるイクシマ・・
「いや・・何でもない・・」
「うむ?どうしたのじゃ?そなたら・・・」
ナカヒラも何を話しているのかわからなかった・・
「いえ・・良い家臣が手に入ったと申しておるのです。」
「うむ・・伊吹丸殿・・山賊との手合い、見事でござった!」
「え?見られていたのですか?」
伊吹丸も驚いている。
「あなた・・では、伊吹丸殿に何かあれば、どうされたのです?」
「あそこで、やられれば、それまでのお方・・
それに・・越後での討伐にて、100もの兵を倒したという噂・・如何様なものか、見たかったのでございます」
伊吹丸は、2年前の越後の豪族平定時の合戦で敵の軍勢相手に、一度に100人もの兵士を倒したという戦果をあげた事で、
都でも一時的に有名になっていた。
実際には30人ばかりの兵を、今回の熊野の盗賊と同じように一掃したのだった。
その時も、5~6人を一度に倒した程度で、残った兵は今回と同様に逃げたのだった・・
それが噂に乗ると、30人を一気に倒したということになり、さらにその数が倍、倍と増えて、現在は100人もの兵を倒した事になっている。
噂とは、そういう誇大な表現になりがちなのだ。
「ご無事で良かったものの、何かあれば帝の身にも災いが起こるところでしたぞ!」
「あそこで、加勢すれば、あの山賊を操りし者に我らの動きを悟られます・・」
「操りし者?」
「さよう・・」
「そう言えば、あの山賊の頭が、『さるお方の命』と言ってました・・」
イクシマが思い出す。
「今、『猿』を放って探りを入れております。あの山賊を追わせているところです・・」
「『猿』?」
「我々の山野を駆ける兵でございます」
『猿』・・・
熊野の山岳地帯で活躍する隠密集団である。
鍛えられた足腰で、一日に30里(約160km)を移動するとも言われている。
武術にも優れ、自然の営みを最大限に利用したサバイバル術を身につけ、情報収集活動に暗躍する。
甲賀や伊賀の忍者は、この末裔である。
一説には、「羽柴秀吉」も『猿』と呼ばれていたことから、この系統の忍者だったのではないかと言われている。
宴会
夜・・ナカヒラの館で宴会が催されている。
館の大広間に面した縁側に続く舞台。
松明が灯される。
舞台に、ナカヒラの4人の子供達が槍を持って舞っている。
4人の子供達が四方に並び、槍を突き刺したり、引いたり、振り回したりして、踊る。
「舞え舞えカタツムリ、舞わぬものならば
馬の子に牛の子に蹴らせてん
踏み割らせてん
誠に美しゅう舞うならば
花の園まで行かせてん。
遊ばせん」
舞台の脇に、笛、鼓、古琴の奏者が演奏をしている。
酒を飲みながら、個々に舞を楽しんでいる。
舞台の正面に座る、帝とナカヒラ。それぞれの脇に茨木の君、善子の君が並ぶ。
ナカヒラの重臣、家来達・・
後ろに控える伊吹丸とイクシマ。
「ナカヒラ殿の4兄弟・・健やかに育っておられますな・・」
茨木の君が褒める。
「はい・・小さい頃は、皆同じと思うておりましたが、
近々、得意な所が現れておりまする。」
ナカヒラが酒を飲みながら答える。
「ほう・・ して、どの様な?」
善子の君が答える。
「長男の『鉦王丸』は、人をまとめる事に長けております。
『家督を継ぐ者』としての自覚があるのでしょう。
次男の『聖王丸』は知略に優れております。
書物を読み、先を読む力が備わっておる。
『虎王丸』、剣術が得意で、山を往復するにも難ともせず、
『熊野丸』は、やはり剣術と相撲が好きでございます。」
「4人が成長した暁には、この熊野一帯を取り仕切る守護となりましょう。」
ナカヒラが太鼓判を押す。
「それは頼もしい・・」
「そして・・帝の後ろ盾となって、国の政を支えましょう・・
あと10年といったところ・・」
「時子・・それまでの辛抱です。」
善子の君が進言する。
「はい・・姉上・・」
「伊吹丸殿!そなたも、酒を飲まんか!」
大分、酔ってきているナカヒラ。伊吹丸に酒を薦めている。
「いや・・私めは・・帝をお守りする身ですので・・」
「硬いことを申すな!今夜は無礼講じゃ!」
「はあ・・」
「何?そなた下戸(げこ=酒が呑めない)では、あるまいな?」
「いや・・下戸でござらんのですが・・」
「ならば、良かろう!」
「ナカヒラ様・・伊吹丸様には・・ちょっと・・」
イクシマが止めに入るが、
「うむ?イクシマ殿も呑まれますかな?」
「い・・いえ・・」
強引に酒を飲ませられている伊吹丸・・
子供達の舞が終わり、琴と鼓の演奏となっている。間奏といったところ・・
ワイワイとにぎやかになっている宴・・
「少し、良いかな?」
笛の奏者から笛を借りた若者が、舞台へと上がる。
ザワザワと、一同が騒がしくなる。
「ほう・・伊吹丸殿が笛を吹かれるか?」
「伊吹様・・」
ヒュールルル・・
静かに演奏が始まり、周りが、静かになる。
「この曲は・・・」
茨木の君が驚く・・
「この笛の音は、あの時と同じ・・・」
宮中での「もののけ退治」の際に演奏されたヤスマサの笛と同じ音色なのだ・・
指使い、息づかいがそっくりである・・・
一同が、その音色に聞き惚れる。
「誰から習ったのじゃ?」
イクシマに聞いている茨木の君。
「ヤスマサ様からです」
「いつのまに、稽古を・・ヤスマサとはあれ以来、会うてはいないはずじゃが・・」
「伊吹様は、酒を呑むと、人の業を自然に体得してしまうのです。」
「酒を呑むと?」
「はい・・伊吹様は、不思議な力があるのです。
私の父上の剣術は、一年もしないうちに習得してしまいました。」
「何と!・・一年も経たずに剣の達人の域までなったというか?」
ナカヒラも驚いている。
「普段、見たり、聞いたりしている事は、酒を呑む度に、思い出され、いつのまにか自分のものにしてしまうのです。」
「それは不思議な力よのう・・」
澄んだ笛の音を聞くと、その事が本当であると思わざるを得ない一同であった。
「でも・・後で、大変な事になるんです・・」
「何?大変な事?」
・
・
・
・
「『酔拳』みたいなものですか?」
翔子ちゃんが映画のタイトルを思い出して、聞いている。
「何じゃな?『酔拳』とは・・」
伊吹丸が逆に聞いている。
「『呑めば呑むほど強くなる』ってやつですよ!」
酔拳のポーズをする翔子ちゃん。
平安時代にカンフー等なかったのだろうけれど・・
「うむ・・確かに、呑めば強くなるのじゃが・・ワシの場合は、頭が冴えるのじゃ!」
「頭が冴える?」
「それまで、見ていた事、聞いていた事が思い出され、体に直結する・・そんな感じかのう・・」
「無意識だったものが、急に自分のものになるような?」
現在の脳科学でも、「意識」と「無意識」が研究されている。
人間の感覚は殆ど、無意識的に吸収されているが、必要な情報のみが「意識」に繁栄されるのだ。
伊吹丸の場合、酒を呑むと、それまで無意識に吸収されていた情報が、全て、「意識」レベルまで再構成され、
「学習」するという特殊な体質なのだろう・・
一度見た事を瞬時に憶えるというよりも、見た事を思い出して、感覚的に取り込んでしまうといった感じである。
「まあ、ワシの場合は、その能力で、若くして妖術や剣術を憶えることができたのだ」
「ひょっとして、あの瓢箪も?」
「さよう・・中身は酒じゃ・・」
「お酒を呑むと強くなるんですか?」
「少量じゃがの・・」
「伊吹丸様って凄いんですね!」
山を下りながら話をしている二人。
大分、下まで降りてきている。
「どうじゃ?この変まで来れば、体に変化が出てこんか?」
「そういえば、身が軽くなったような・・」
頂上での呼吸法の訓練と共に、麓では酸素濃度が高くなっているので、過酷な環境で慣れた分、体が軽くなったように感じている翔子ちゃん。
「呼吸法も身に付けたのじゃ・・小屋でまた、「念」の訓練をするかのう・・」
「はい!お願いします」
少し、霊力が上がったような感じがしている翔子ちゃんであった・・
「で・・その後、どうなったんですか?」
「『呑みすぎ』は身を滅ぼすとも言う・・まさに悪夢を見たかのう・・」
「悪夢?イクシマさんの言ってた『大変な事』ですか?」
「さようじゃ!」
・
・
・
・
伊吹丸の笛の演奏が終わり、酒の席に戻ってくる。
「伊吹丸殿!素晴らしい笛でした!」
ナカヒラが笛を褒める。
「はい・・ 恐縮です・・」
照れている伊吹丸。
「まあ、一献!」
酒を進められる伊吹丸。
「かたじけのう、ございます・・」
宴会も大分深まってきた。
帝が眠そうな顔になっている。
「おや・・帝も大分眠そうですね・・」
茨木の君が気づく。
「長旅でお疲れでしょう。」
「イクシマ・・一緒に寝てたもう・・」
「はい。 では、皆様・・お先に失礼致します。」
一同に送られて、部屋へと入っていく帝とイクシマ。
宴会は、夜遅くまで続いた・・・
朝・・
目を開ける、伊吹丸。
隣で誰かの寝息・・ハッとなる
隣に、茨木の君が寝ている。こちらに寄り添っている。
何が起きたのだろう・・・
昨晩は、酒を呑んで途中で記憶が無くなっていた伊吹丸・・・
「う・・ん・・・」
茨木の君が目覚める。
「伊吹丸・・おはよう・・・」
「おはようございます・・」
苦笑いしている伊吹丸・・
「あの・・・」
「何じゃ?」
「昨晩・・私めは何か・・仕出かしましたでしょうか・・」
記憶の無い時の行動が気になる伊吹丸。
恐る恐る聞いてみる・・
「そなた・・昨晩は、我を何度も求めおったぞ・・
その度に、何度、果てたやら・・」
うつろな目で、気持ちよさそうに話している茨木の君・・
目にクマができている。
「やってしまった・・・!」
朝の食事に向かう。
行きかう人々が、伊吹丸を見ると笑っている・・
何があったのやら・・・
廊下で、ナカヒラと会った。
ナカヒラがムスっとしている・・
その横で、心配そうに見ている善子の君・・
何か、様子がおかしい・・
「ナカヒラ様・・おはようございます・・」
「うむ・・伊吹丸殿か・・・」
「あの・・」
「何じゃ?」
「昨晩の無礼!誠に申し訳ありませんでした!」
何でも良いので、謝ってしまおうと思った伊吹丸。
「済まぬと言って、済むものでもナイ!」
「はい!」
「そなた・・・昨晩の言葉・・誠か?」
何がなんだか分からないが、何かを言ったらしい・・・
「済みませぬ!昨晩の事は、全く覚えておりませぬ!!」
「覚えておらぬと申すか・・」
善子の君が仲裁に入る。
「伊吹丸は、あれだけ酒が入っておったのです・・」
「うむ・・一人で3升も呑めばのう・・」
「そんなに・・呑んだのですか・・」
唖然となる伊吹丸。
「ちと・・その部屋にて話そうぞ・・」
廊下に面した部屋へと案内される伊吹丸・・いったいどうなってしまうのか・・・
三人で座り込んで、話している。
「そなたが・・帝をお守りする誠意はよく分かった・・」
「はい・・」
「そして、今の、帝と関白、大納言の勢力争いも、鬼気迫るものがある・・
それを、これだけの短時間で見抜き、さらに・・
我々、地方豪族の挙兵によって、関白を打破する作戦も、あれだけ詳細に語るとは・・
そなた、よほどの策士と見た・・」
「そんな事を・・申しておったのですか・・?」
「覚えておらんのか・・それも不思議じゃ・・・」
「すみませぬ・・」
「そうだ!」
「はい?」
「そなた!もう一度、酒を呑んでたもれ!!」
スパーン!
隣に座っていた善子の君が扇子でナカヒラを叩いた・・
「あなた!!」
「いや・・冗談じゃ・・冗談!!」
「伊吹丸殿! 気に入りましたぞ!これからも、帝と時子をお頼み申す!」
「はあ・・」
何があったか、分からないのだが、ナカヒラと仲良くなってしまったようだった。
そして・・
この時の言葉が、後にとんでもない事件へと発展する・・・
本宮にて・・
熊野大社本宮にて禊払いの義を行う帝と茨木の君・・
ナカヒラ達も供に詣でている。
神殿の中央で、巫女からお払いを受ける帝。
おごそかな雰囲気で儀式が執り行なわれる。
それを外の庭より見守る伊吹丸とイクシマ。
「何!」
ナカヒラが密偵の報告を受けている。
「如何しました?ナカヒラ殿・・」
茨木の君が聞いている。
「『猿』の報告ですが・・
例の山賊共・・頼光の配下の家臣の館へと入っていったそうです
その場で、斬って捨てられたそうです」
「やはり、関白が後ろにいたか・・」
「帝がお泊りになっていた場所の下流の橋ですが、
ナタのような物で、桁がへしおられていたとの事です。」
「あれも関白の策略だったということですか?」
「帝のお命を狙うとは・・・」
善子の君が心配する・・
「如何なさります?」
ナカヒラが茨木の君に問いただす。
「いよいよ・・
我らも考えなければならぬ時が
来ているようじゃな・・・」
茨木の君が決意をする・・
何も無かったように、熊野を後にする帝たち・・
ナカヒラと「ある」密約を結んで、都へ向かう。




