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霊感ケータイ  作者: リッキー
伊吹丸
79/450

9.宮中にて


山登りを続けている翔子ちゃんと伊吹丸。


「ゼエ ゼエ ・・・」


苦しそうな翔子ちゃん。


「こ・・高山 病に なり そうです が・・」


「ふむ・・息づかいが荒くなってきたのう・・」



「い  伊吹 丸 様  は  大丈夫  なん  ですか?」



「ワシもちと、疲れてきたが・・・そなた、もう少し、息づかいを改めぬか?」



「い  き  づかい?」



「呼吸法のようなものじゃ」



「こ・・きゅう  ほう・・」


だんだん、気が遠くなっている翔子ちゃん・・空気の量も大分薄くなっているようだった・・


「まず、息を腹から出すように、吐くのじゃ・・」



「は~・・・」



「そこで、止めて・・」



「・・・・」



「胸を押し上げ、腹に息吸い込む・・」


「すぅ~」



「どうじゃ?」


「少し、楽になりました・・」


「この呼吸法を習得すれば、体内の気が循環する。」



『腹式呼吸』・・通常、肺のみで呼吸するよりも、腹を使って全身の循環系を活性化させる呼吸法である。

高山病に有効なのかどうかは定かではないが、空気の薄い場所で、呼吸になれるのも、過酷であるが、有効な修行方法であろう・・

マラソンランナーが、こういった高地で訓練し、低地での成績を伸ばす方法として取り入れている。


「見よ!頂上だ!!」


数十メートル先に、小高い岩場があり、そこが頂上のようである。


「やった~!!!」

翔子ちゃんが喜んでいる。



「慌てるな。」


「はい?」


「最後の数歩というところで、思わぬ落とし穴があるものじゃ!」


「落とし穴?」


木登りでも登りより、下り・・特にあと数歩というところで怪我をするものである。

そういった経験を、すこしずつ伝授している伊吹丸。


最後の一歩一歩をかみ締めて登る翔子ちゃん・・


やっとの思いで、頂上に到着した。

岩場の上に立つ二人・・・




「わあ・・・」



「良い眺めじゃ・・・」


天高く、真っ青な空・・

雲海の続く空の向こうに、高い頂が連なっている。

後方の眼下には、森が広がり、湖が所々に点在する。


断崖の斜面は、昔、氷河で削られたような地形で、やはり森の中に湖が点在している。

大自然の中で、自分たちしか居ないような、広大なパノラマが展開していた。


遥か昔、人類がまだ進出しなかったアメリカの奥地や、ヒマラヤ山脈のような印象がある。


そう・・


人の営みというものが、全く感じられないのだ。

町や道らしき影が、見当たらない。



「人・・居ないんですね・・・」



「うむ・・そなたが来るまでは、ワシ一人のような感じであった・・」



寂しささえも感じられる。

このような場所で、一人で居たら、いずれ狂ってしまうのだろうか・・・


「頂上というのは・・意外に寂しいものなのかも知れぬ・・」


「そうですね・・」


「ワシも、都に来てはみたものの・・


珍しいもの、楽しいものが溢れていたが・・


何故か、寂しさもあった・・・



ヤスマサ様や和泉の君も居ったのじゃがの・・」

















カーン   カーン!




都を少し離れた山中で、ヤスマサと伊吹丸が共に木刀で打ち合いをしている・・


「少しは、できるようになったかの・・」



「ヤスマサ様も!!」



「いやーー!!」



カーン!


 キーン!



バサバサ・・・


草を掻き分けながら、進む二人・・互いに間合いを取りながら隙を窺っている。



「や!!」


「とう!」


カーン・・・



ヒュン!!!サー・・・・・・


何かが二人の間に飛んできた。



パシ!!


それを捕まえる伊吹丸・・・



  敷紙



何かが書いてある。梵字で書かれた文のようだった・・




・・・お昼にしましょう  イクシマ ・・・・





「昼だそうです。」


「もう、そんな時間か・・」



「行きましょう!」


山を下り始める伊吹丸とヤスマサ。

麓の広場に、ゴザを広げて弁当を開けているイクシマの姿があった。





「遅いですよ~!」


「すまぬ・・つい、夢中になりすぎた・・」


「はい!ヤスマサ様!」

おにぎりを差し出すイクシマ。


「ワシの分は?」

伊吹丸が聞く。


「食べちゃいましたよ・・遅いから!」


「何じゃと?!」


「冗談ですよ!はい!」


「おう・・ワシの昼メシ・・」


イクシマとヤスマサがゴザに座っている。伊吹丸は、近くの木に腰をかけている。

陽がほどよく照り、そよ風の吹く心地よい季節。


「こうやっていると・・童心に帰ったようじゃの・・」


「げに・・昔は、こうやって、よく野で遊びましたな・・」


「そなたらが来て、ワシも楽しみが増えた」


「私もでございます」


「何か良いことがあったか?」


「・・・」

顔を赤らめるイクシマ・・

それを見て、伊吹丸がバラす・・


「イクシマは、ヤスマサ様の事をお慕い申しておるのです」



「伊吹様~!!」


「ははは。本当の事であろうが!!」


「もう~」


伊吹丸を追いかけるイクシマ。

兄妹のように仲がいい二人を楽しそうに眺めているヤスマサ・・・

一人、空を見上げる。


眉をしかめ、難しい表情になったヤスマサ。


都の警備の仕事に加え、自分の命が狙われるようになった事が気がかりのようだ。

この二人が越後から上ってこなければ、どうなっていたか・・

不思議な縁を感じていた。








懐から笛を取り出す。



 ヒュ~・・・ヒユ~~・・・



笛を吹きだすヤスマサ。



その音に、じゃれあうのを止める伊吹丸とイクシマ・・

しばし、その音色に耳を傾ける。




   サー・・・



イクシマの元に、紙切れが舞い込んでくる。


 敷紙



それを取り、広げるイクシマ。

うっすらと文字が浮かび上がる。

梵字で書かれている。



「ヤスマサ様・・館で宮中からの御使者がお待ちだそうです。」



「何?・・それは一大事!・・でも、何で分かるんだ?」



「敷紙を、何枚か撒いておきました。」


「イクシマは『敷紙』使いですから・・」


『敷紙』を見せるイクシマ。紙を「鳩」の形に切ったものだ。

偵察や護身等、様々な用途に使えるという。


先日の「死者を操る技」も、イクシマの術で、人型の敷紙を亡骸の額に貼ることで、自在に操ることが出来る。

その敷紙に、人の名前を書けば、その人のように振舞うのだ。



「では早速戻るとしよう!」


馬にまたがり、館へと戻るヤスマサ。

その後を追う伊吹丸。


二人が行ってしまったのを見計らい、弁当の片付けをはじめるイクシマ。







館に戻ったヤスマサを待っていたのは、知り合いの卜部氏であった。

彼とは都に上った時からの付き合いで、友人のように振舞っていたが、

位はこちらのほうが上で、宮中に直接使われる身であった。


縁側から部屋へ早々に入ってくるヤスマサ。


「おう!卜部うらべ殿!お待たせしました!!」


奥の部屋で待っていた人物が立ち上がる。


「ヤスマサ殿!大変でござります!」


「どうなされた?」


「帝がご乱心とかで・・」


「又ですか・・して、どのような?」


「昨今、「もののけ」が毎夜、宮中に出没するとかで・・」


「聞いております。この間は、「もののけ」が一人、退治されたはずですが・・」


「帝は、宮中にはびこる『もののけ』に、恐れをなしておるそうで・・政もままならんと・・」


「いったい、どのような事態なのじゃ!」


この頃、宮中・・現在の天皇の御所内にて、度重なる飢饉や疫病、内乱による怨念が祟り神となってさ迷い、

「もののけ」として出没するという噂が広まっていた。


僧侶による祈祷や陰陽師を中心とした除霊を行っているが、なかなか効果があがらないという。

実態する「妖怪」退治もこの頃、さかんに行われていた。






「ヤスマサ殿の下に、越後の妖術師が舞い込んでいるという噂を聞き、

 帝から、『もののけ』を退治せよとのご命令です。」

改まって、卜部氏が帝からの命を伝えた。


「ワシに直接ですか?」


「さよう・・」


「この事は、大納言様は?」


「ここに来る前に大納言様のお屋敷に寄りて承諾を得ております。」


都の噂は早い・・これだけ広大な敷地を誇る都でも、大きさに比べて人口自体は意外と少なく、噂は直ぐに伝わるのだ。

伊吹丸が越後から上った妖術使いという噂は、瞬く間に広がっていた。


そこへハアハアと息を切らした伊吹丸が入ってきた。


「只今・・戻り・・ました~!!」


「おう・・伊吹丸殿・・・こちらへ参られよ!」

卜部氏が呼ぶ。


「はい??」



「こちらは、近衛の卜部様じゃ…伊吹丸!帝から直々のお呼びじゃ!」



「え??この私めもですか?」



「そうじゃ!」



こうして、ヤスマサと共に宮中へと呼ばれた伊吹丸であった・・
















「え~?いきなり帝に呼び出されたんですか?」

伊吹丸の話を聞いていた翔子ちゃんが立ち上がって驚いている。


「さよう・・」


「今の天皇は、皇居で遠くから拝見するくらいで、直接会うことなんかないですよ!」


「そちの時代は、庶民でも帝に謁見できるというか?」


「はい・・お正月とか天皇誕生日とか、テレビに出てますよ」


「テレビ?とな?」


平安時代には、テレビも電話もなかったのだった・・

テレビの説明に困る翔子ちゃん・・


「う~ん・・・

 映像が離れた所から見れるんです」


「ふむ・・・離れた所から映像が見れるのか・・

 それは、便利じゃのう・・」


「電話もあります。

 離れた場所の人と話す事ができるんです。」


「そんな事が常人でもできるのか?」


「はい。妖術も何も無くても、普及してます。」


「そなたの時代は、便利な世の中になっておるのじゃな・・・」


伊吹丸が感心している。


「でも、イクシマさんの『敷紙』も便利ですよね!」


「あれは、神通力によるものじゃ・・」


「神通力?」


「和紙に、自分の念を送って、自在に操る・・・」


「昔の人って、そんな事ができたんですか?」


「我々妖術師の秘技でな、訓練すれば、色々出来たのじゃ・・

 遠くへ念を飛ばすときは、古い大木の力を借りる。」


樹齢何百年という樹木は、命とパーソナリティを持つようになる。

木々は離れていても、『気』を共有しあう性質を持ち、お互いのポジションを維持しながら、その場所に根を下ろしていく。

そういった、性質を利用すると、離れている人間同士でも、コミュニケーションをとることができるという。


現在の「電波」や「電流」を使った通信手段よりも遥か昔は、こうした自然を用いた通信もしばし使われていたようだ。

現代人が文明科学が全てだと信じているのに対し、昔の人達は、自然が全てだと思っていた。

自然と共に生きることで、その性質を上手く利用できる能力が古代人にはあり、それを受け継ぐものが、度々現れ、「妖術」とか「陰陽道」等に精通する。

「シャーマン」と呼ばれる占い師などがその代表とされる。


「でも、凄いですね!帝に呼び出されて、どうなったんですか?」


「うむ・・・それがのう・・・大変だったのじゃ・・・」









ヤスマサの館・・ 伊吹丸の部屋にて・・


「伊吹丸様、ちゃんとしてください!」


「うむ・・・慣れぬ服は着づらいのう・・」


「ヤスマサ様からお貸し頂いてるのですから、ちゃんと着なければ困りまする!」


「そうかぁ?」


宮中に入るということで、身だしなみを整えている伊吹丸。

不足の物は、ヤスマサから借りているらしい。

イクシマに着せてもらっている。


「私も、仕度をせねばならぬので、あとは自分でやってください!」


「う~む・・面倒じゃのう・・」


ブツブツ言いながら、冠の紐を結ぶ伊吹丸。


「伊吹丸・・仕度は整ったか?」

ヤスマサが部屋に入ってくる。


「きゃー!!ヤスマサ様~!!」

イクシマが着替えているところだった・・


「すまぬ!!」

扇子で顔を隠すヤスマサ・・


すでに、ヤスマサの館内でてんてこ舞いの状態であった・・・




何とか、服装も整い、三人揃って門を出る。


「う~む・・馬子にも衣装じゃのう・・」


「それは・・どういう意味でしょうか?ヤスマサ様」

イクシマが聞きただす。


「それは・・・」

イクシマも正装をして、綺麗になっている・・


「日ごろは、じゃじゃ馬なのに、急に大人しゅうなったということじゃ!」

伊吹丸が答える。


「伊吹様!」


「あ・・いや・・綺麗じゃぞ!イクシマ」

止めに入るヤスマサ。


「え?・・さようで御座いますか?」

赤くなっているイクシマ。


そんなこんなで、騒ぎながら宮中へと向かったのだった・・・






宮中


都の北の中心に位置する『大内裏』と呼ばれる帝が政を行う「宮城」である。

その中でも、『内裏』と呼ばれる帝が暮らす一角は、限られた者でしか入ることを許されなかった。

摂政・関白といえど滅多に入ることはできない帝の私的な場所なのだ。



「もののけ」がこの宮中にはびこっているという事で、騒ぎになっているため、

「越後から詣でた妖術師」ということで、特別の謁見が許されたのだった。



朱雀大路を北上し、朱雀門より大内裏に入る。

そこから直接、建礼門をくぐった一行・・


都に上って、一週間も経たないうちに、国の最高峰まで入ったのである。




門をくぐると、大きな庭が広がっていた。

そこで、数人の稚児が蹴鞠で遊んでいる姿が見えた。


内裏に通されたヤスマサ一行は、この庭の周りを通りながら屋敷へと案内された。


 テン・テン・・


伊吹丸の足元に、先程の稚児達が蹴った鞠が転がってくる。


「そこの者・・鞠を取ってたもう!」


一人の稚児が声を掛ける。


「お安い御用!」


そのまま、鞠を持って、広場へと入っていく伊吹丸。


「こら!伊吹丸!」

止めに入るヤスマサ・・すでに庭の中央まで駆けていった。



「そなたら、蹴鞠はこうするのじゃ!」


その場で、リフティングを始める伊吹丸。

野山で戯れていただけあって、動きが軽やかだ。

鞠が足や頭、腹を使って面白いように蹴られ、その様は、踊っているようでもある。


「わあーーー」

「上手いものだ!」

その場にいた稚児が歓声をあげる。


「どうじゃ!」

蹴鞠を止めて、稚児らに自慢する伊吹丸。


「我にも教えてたもう!」

初めに声を掛けた稚児が伊吹丸に頼んでいる。


「うむ・・おやすい御用じゃ!」


そのまま、伊吹丸が教えている。

楽しそうな、稚児・・






「帝様・・刻限です!」

奥の建物の縁側から声がかかる。


「もう少し! 母君・・」

今まで、遊んでいた稚児が答えた。


「帝?」

伊吹丸がきょとんとしている・・・


縁側から降りてくる女性・・

「帝様・・いけませぬ・・」


伊吹丸がその声の方を見る。


目が合う伊吹丸と「帝の母君」。




挿絵(By みてみん)



伊吹丸の艶妖な面立ちに惹かれたようで、動きが止まった・・・

「そなた・・・」


伊吹丸も、何がどうなったのかわからない・・

ここにいる幼い稚児が「帝」だというのに驚いて声も出せなかった。



「どうしました? 母君・・」

幼い帝が聞いているが、耳に入らないようだった。


小さな手で裾を引かれ、ハッと気づく母君・・


「あ・・・帝・・刻限です!お仕度を!」



「また、遊んでもらえんか?」


「はい・・」

伊吹丸と約束して、そのまま縁側へ走っていく幼い帝・・・


ぽかんとそれを見つめる伊吹丸・・


「そなた・・これから我らの宮中を警備するという?」

母君が、伊吹丸に問いただす。


「はい!越後から参りました伊吹丸と申します!」

急に硬くなっている。

こわばった表情になっている伊吹丸・・


その様子がおかしくなった母君・・

「ふふふ・・面白いおのこじゃ!」



「はい!」



「私の名は、『茨木』と申す。」



「茨木の大君・・・時子様・・・」

名は聞いていた・・その人が目の前にいるとは・・

まだ、若いその女性は、凛とした表情で、伊吹丸を見据えている。



「茨木の君でよいぞ! それでは、後ほど、会うとしようぞ!」


「はは・・」


茨木の君が縁側へと上り、奥へと消えていく・・


何が起きたのか、分からなくなった伊吹丸だった。

その様子を、一部始終見ていたヤスマサとイクシマ・・

声も出せず、ただ、伊吹丸が何かをしでかさないかヒヤヒヤしていた・・・







縁側に通され、帝の謁見となった。


簾の影に、先ほどの幼い帝と茨木の君が並んで座っている。


頭を下げているヤスマサ、伊吹丸、イクシマの三人。



「大納言様にお使いしている、平井保昌にございます。

 ここに並ぶは、越後より参りました、伊吹丸、イクシマにございます。」


ヤスマサが素性を報告している。


「そなたら、なぜ、ここに呼ばれたのか、心得ておろうか?」

茨木の君がヤスマサに問いただす。


「はい・・宮中にはびこる「もののけ」を退治せよとの御勅命により、馳せ参じて参りました」



(おもて)をあげよ!」

茨木の君が三人に言い渡す。

顔を上げて、座る。


「簾を上げること、許す!」


簾が巻き上げられる。


「ご尊顔を拝し、恐悦至極にございます」

ヤスマサが御礼をしている。


「ヤスマサとやら、その方は剣術に長け、都の警備にて活躍している事、

 この耳にも届いておる。」


「恐縮でございます」


「この度、都を騒がせておった『もののけ』と一戦交えた強者というが、誠か?」


「御意に御座います」


「聞けば、妖術を使うとのことだが、「もののけ」を退治することは出来るのか?」


「ここに控える伊吹丸とイクシマなる者が妖術に長けております。」


「伊吹丸に御座います。」「い・・イクシマに御座います。」

二人が挨拶をする。


「ほう。伊吹丸と申すか。」

先程、幼い帝と遊んでいた若者が妖術師だと理解した茨木の君。


「先日、都に出没していた「もののけ」の使う術は、我らの「妖術」と同様のものでありました。」

正直に言う伊吹丸。


「何と!そなたら、あの「もののけ」の仲間か?」

その答えに動揺している茨木の君・・


「いえ!

 我らは、罪なき人を殺める(あやめる)ためには妖術は使いませぬ!」

茨木の君をキッと見つめる伊吹丸。

その気迫に威圧されている茨木の君・・


「『もののけ』とは違うと申すか・・」


「御意!」


目を合わせる二人・・

茨木の君が微笑む。


「面白い・・正直な男じゃ!内裏の警備、任せるとしよう。」


簾が下ろされ、謁見が終わった。


胸をなでおろしているヤスマサ・・

イクシマは、何も言えずに、ただ座って聞いているだけで、

伊吹丸に、これだけの度胸があったと驚いている。







夜・・人影を避け、縁側から外に出るイクシマ・・・


無数の人型の敷紙を口元へもっていき、フッと息を当てる・・


その敷紙が、ふわりと宙をまっていたかと思うと、そのまま天空に舞い上がり、四方へと飛来していった・・







ヤスマサと伊吹丸は、侍従より、毎夜現れる「もののけ」についての情報を聞いていた。


毎夜、身の毛もよだつほどの風合い、格好をした「もののけ」が何体も宮中に現れ、踊りを踊るが如く、さ迷うという。


ある女中は、「もののけ」に取りつかれて、正体不明の高熱にうなされたという。


また、ある兵士は体中、細かい刃物の様な物で切り刻まれ、瀕死の状態となったとの事。


帝の部屋にも現れ、寝床の周りでうごめき、夢でうなされ、寝付けず、昼間の公務に支障をきたしている。



事の重大さを知ったヤスマサは、イクシマに「敷紙」を放ち、宮中を見張ることを命じ、

伊吹丸と共に「もののけ」の出現を待って、退治する準備を進めた。







大納言の館



大納言の部屋へ、望月が障子を開けて入ってくる。


「大納言様・・」


「望月か・・」



「ヤスマサ様の件ですが・・」


「うむ・・耳が早いのう・・」



「厄介な事になりました・・」


「あの、妖術使いのお陰で、宮中を取り囲む輩の動きが慌しくなりおった・・そなたの、密偵はどうなっておる?」


「こちらの『式神』は引かせました。」



「それが肝要じゃ・・して・・関白様の風水師の動きはどうじゃ?」



「変わりは、ありませぬ・・」



「それは・・まずい事にならねば良いが・・」



「大納言様・・ヤスマサ様の事が心配でございます・・」


「うむ・・」



その時・・


   ガシャン


廊下で、何か物を落とす音がした・・


「何奴?!」



障子がスッと開く・・・


「和泉!聞いておったのか??」


「はい・・夕べの盃を持って参ったのですが・・」


盃を落としてしまった和泉の君・・


顔を合わせる大納言と望月・・


「仕方が無い・・入って参れ!そなたにも関係のある話じゃ・・」


「はい」


障子を閉めて、大納言たちの方へと進む和泉の君。



「そなたの兄と、例の妖術使いが宮中で警備をしておる」

大納言が説明している。


「存じております」


「表向きは『もののけ退治』ではあるが・・」


「表向き?」



「宮中に、様々な輩が探りを入れておる・・望月も例外ではないが・・」


「望月様も?」



「『式神』を忍ばせております」


陰陽師の用いる「式神」は、妖怪に近い存在だ。偵察専用ではなく、様々な目的を命令することが出来る。

イクシマの用いる「敷紙」は、紙そのものに「用途」を与える「妖術」の一つである。

望月は、偵察用に宮中に「式神」を忍ばせていたのだが、イクシマの撒いた「敷紙」によって、その存在が明かされてしまう。

それを避けるために、望月は放った「式神」を、宮中から引かせたのだった。










大納言が和泉の君に説明を続ける。


「まだ、この事態に気づかぬ『術師』の密偵が、残っておるやも知れぬ・・

 最悪ならば、その術師の所属する上層部との争いになってしまう・・


 術師同士で相打ちにさせ、密偵を一掃できるのじゃ。

 今回の帝の命は、それが目的であろう・・


『茨木の君』の考えそうな事じゃ・・」


「では、知らない兄君達は!」

ヤスマサの危機を察した和泉の君。



「そちの兄も、色々と目をつけられておる・・

 あわよくば、始末させるつもりやも知れぬ・・」


「大納言様!兄君を・・伊吹丸達を・・お助け下さい!」



「うむ・・そちの兄はワシが何とかできるが・・

 あの妖術使いを使って密偵をあぶり出すのが茨木の君の真意なら・・

 難しいやも知れぬ・・・」



「伊吹丸様・・」


伊吹丸の知らない水面下すれすれの情報戦が展開されていたのであった。

これが「知ってはならぬ事」だったのであろうか・・

知らないうちに、事態は刻々と進んでいくのであった。





内裏の庭・・


月夜


ヒューーー・・・ヒユー・・・ルル・・


縁側でヤスマサが笛を吹いている。


月に照らされて、庭の石が砂面に影を落とす。

まるで、水面に船を浮かべて波の音を聞きながら、心地よく揺れている・・そんな感じすらしていた。

透き通った笛の音は、闇夜に吸い込まれていく・・


周りのものは、その笛の音に酔いしれていた。


   雅


どんな状況に置かれても、優雅さと気品をかもし出す・・それが平安の文化であった。


「ヤスマサ様の笛は、いつ聞いても心が和む・・」

伊吹丸がつぶやく


「さようでございます・・」

イクシマも酔いしれている。


ヤスマサと少し離れた渡り廊下で笛の音を聞いている伊吹丸とイクシマ。



「どうじゃ?イクシマ?敷紙の動きは?」


「まだ、動きは見られませぬ・・」


「ふむ・・まだ動かぬか・・」


「ただ・・・」


「ん?どうかしたか?」


「密偵の式神らしき形跡はありました。」


「うむ・・宮中を見張る者があったか・・」



「我々が来たのを察知して、引き上げているようです。」


「このまま、何事もなければ良いがのう」


「はい・・」






縁側に面した部屋で、幼い帝と茨木の君が畳に座って、ヤスマサの笛を聞いている。

茨木の君に寄り添う帝。頭をなでている茨木の君・・


まだ幼い帝に、国の政の重圧がかかっている。

蹴鞠に興じる姿は、まだ遊びたい盛りの稚児であったのに・・





しばらく、ヤスマサの笛の演奏が続いていたが、侍従が近づいていった。

笛の音が止まる。


「なに!?」

ヤスマサが驚きの声をあげる。


「何事じゃ?」

茨木の君が尋ねる。


「はい・・大納言様が急に戻られよと・・」


「急用が出来たと言うか?」



「御意に御座います・・・伊吹丸・・」

伊吹丸に声をかけるヤスマサ。


「如何しました?」


「そなた、ここに残って警備を続けてくれぬか?」


「ヤスマサ様は?」


「和泉に、何かあったようだ・・戻らねばならぬ!」


「和泉の君様に?!」


「すまぬが、そなた達で、残ってもらえんか・・卜部殿にご協力願っておく・・」



「はい!」



「茨木の君様・・」


帝が寄り添って寝入っているのを確かめながら、報告している。



「構わぬ・・そちは急ぐが良い。」


「はっ!

 伊吹丸!よろしく頼むぞ!」


「お任せ下さい!」

伊吹丸とイクシマ二人を残して行くのは気が引けたが、ここは二人に任せる事を決めたヤスマサだった。






ヤスマサが早々に宮中を引き上げ、伊吹丸とイクシマのみが残って、警備を続けることとなった。

奥の部屋にて、幼い帝を寝床につかせる茨木の君。


襖を挟んで、隣の部屋に詰める伊吹丸とイクシマ。

畳の上に、短冊状に切った紙が十枚ほど並べられ、その上に鈴が一個ずつ置かれている。

放った「敷紙」が反応すると、その短冊の上の鈴が鳴る仕掛けとなっていた。



丑三時を過ぎる。

シーンと静まり返った真夜中・・



刀は構えてはいるが、うとうととしてしまう伊吹丸。

イクシマは、短冊を前に寝入っている。


「ぎゃーーー!」


帝の叫び声が聞こえてきた。

いち早く反応し、襖を開けて、部屋に入る伊吹丸。

イクシマも、その事態に目覚める。


部屋の隅に固まっている帝の姿があった・・

茨木の君が介抱している。


「どうなされた?」

伊吹丸が問いただす。


「悪い夢を見たようです!」

介抱しながら茨木の君が答える。


イクシマの方をチラっと見る伊吹丸。


「『敷紙』は反応していません!」

イクシマが報告する。

帝の部屋にも、「敷紙」を見張らせていた。

仮に、何らかの侵入者や怨霊の類が入ったら、鈴が反応するはずであった。

茨木の君の言うとおり、悪い夢を見て騒いだ感じがある。






ほっと胸をなでおろす伊吹丸。

「異常は無いようですな・・何かあったら、お呼びくだされ・・」


隣の部屋へ戻ろうとしたが、何かを察したようで、

茨木の君に抱かれている帝へ近づく。

「大丈夫です。私が隣の部屋に詰めておりますゆえ・・」


にっこり笑った伊吹丸。

帝も安心したようで、表情が柔らかくなった。

それを見て、隣の部屋へ引き上げる。


「待たれよ!」

帝から呼ばれる。


「はい?」


「そなた、いま少し、この場に居てくれぬか?

そなたが、居ると、安心できる」


茨木の君の方を見る伊吹丸。

こくりとうなずく。


幼い帝の寝床の脇に座る伊吹丸。

帝を挟んで反対側で寄り添う茨木の君・・・


「そなた・・越後の国より参ったと申すが、遠いのか?」

寝床に入りながら、帝が聞いてくる。


「はい・・歩いて20日ほどかかりまする。」


「二十日とな・・それは遠路遥々、参ったのじゃな・・」



「途中で、『親不知』という難所がありまする・・」


伊吹丸は、都までの道中の難所や名所について、話し出した。

その話を面白そうに聞いている帝。


「そなた、この都はどう思うておる?」


「広大で、美しゅうございます。活気に満ちた良き場所にございます。

 田舎の越後に比べれば、夢のような所でございますな・・」




「そうか・・朕は、都を出たことが無いのじゃ・・

 この都で生まれ、このかた、外の世界を見たことが無い。」

表情が硬くなる帝・・



「さようでございますか・・

 それは、お寂しゅうございまするな・・・」


軽率にも口を滑らしてしまったと、思った伊吹丸。

眉をひそめる帝。

その言葉に、茨木の君が反応する。


「無礼な!

 帝は、この国を治めるに無くてはならないお方!

 帝に何かあったら、この国の行く末が危のうなるのじゃ!」


怒りを露にする茨木の君。






「すみませぬ!・・・」


しばらく、二人を見つめていた伊吹丸だったが、自分の素性を話し出す。


「実は、私めも・・

 幼少の頃は、自由な出入りができぬ身でしたもので・・」


「・・そなた・・もしや・・」


「罪悪人の稚児にて、寺に預けられておりました。」


宮中の勢力争いで、負けた帝の軍師だった伊吹丸の父は戦場にて命を落とす。

彼の忘れ形見だった伊吹丸は、遠く越後の国の寺に幽閉され、幼少期を過ごした。

その間、行ける場所は、寺を中心とした限られた場所へしか外界との接触を許されていなかったのだった。


「外の世界を見てみたいと、ずっと思うておりました・・

 帝のお姿を見ていたら、私の幼少の頃を思い出したのでございます。」


「さようか・・そなた、父親の名前は?」


「分かりませぬ・・父も母も何処の誰なのかも分からぬのでございます。」

目を瞑る伊吹丸。


「すまぬ・・」

茨木の君が謝る。


「?・・茨木の君様が、さように思われなくとも・・」


「国の争いに、罪も無き者達を巻き込んでいるのは、我々政を司る物たちの力なき由じゃ・・

 そなたたちに、悲しい思いをさせておること・・謝らねばならぬ・・」



「もったいなき、お言葉でございます。」



帝も落ち着いたようで、うとうとと眠りに付きだしている。

寝床にやさしく横にする茨木の君。



「帝も安堵して寝ておる・・このように寝るのは久しい・・」


ずっと、「もののけ」の類に悩まされていたのだろうか・・

確かに、密偵の「式神」がうようよして、常に監視されていれば、精神も普通ではいられなくなるのであろう・・

更に、国の政治を仕切る重圧もある。この幼い帝の方に、どれだけの重荷がかかっているか・・



「そなたが、居ると安心するようじゃ・・」



「部屋に『敷紙』を放ってあります。

 この部屋に居る限りは、安心してお眠りください。

 隣の部屋にて控えております・・」


そう言い残して、隣の部屋へと戻る伊吹丸であった。






幼い帝の、脇で添い寝する茨木の君・・


安らかに眠る帝の顔を見ながら、自分の幼い頃を思い出していた・・・・




「父君!おかえりなさいませ!」


「おう、時子か・・」


幼い茨木の君が父である帝の帰りを喜んで迎えている。

帝と共に数人の重臣も帰ってきていた。


「見てください!」


「ん?」


「父君に、花を摘んでまいりました。」


「ほう・・これは、可愛らしい花じゃのう・・」





「時子様のように可愛い花でございまするな・・」


供についていた弥三郎が、花を褒める。

重臣の中でも、ひときわ輝いているおのこである。


「・・・」

赤くなっている茨木の君(時子)。



「弥三郎、そちも口が上手いの・・時子が赤くなっておるわ。」


「ははは。誠の事を言うたまでです。」


「弥三郎様・・」



茨木の君の父である、先々代の帝。その重臣であった弥三郎は、関白との勢力争いにて戦場で命を落とした。

そして、弥三郎こそ、伊吹丸の実の父であった。


弥三郎も、伊吹丸同様、絶世の美男であったという。幼い茨木の君も、密かに心を寄せていた。







幼い帝に寄り添いながら、考え事をしていた茨木の君・・


「あの・・越後の妖術師・・もしや・・・」


伊吹丸の素性について気に出している。






その時・・・




     チリイーーーーン


並べてあった一つの短冊の上の鈴が鳴る・・


隣の部屋で、詰めていた伊吹丸とイクシマが飛び起きて、短冊を見る。


「反応です!」


「何処ぞ?」


「庭です!」


脇差しを手に取り、部屋を小走りに庭の障子へと向かう伊吹丸。


 シャッーーーーー



障子を勢い良く開ける伊吹丸。


縁側の先の白い砂庭の中央に黒い影が見える。

月明かりに照らされている、見たことも無い着物をまとった、三人の人影。




挿絵(By みてみん)



「出たな!!もののけ!!」


人影が、サーっと足音も立てずに、迫ってくる。




伊吹丸は、右手を伸ばして、裾から剣型の「敷紙」を数枚投げる。

印を結ぶ。


「トウ!」


 バババッ


投げられた「敷紙」が、人影目指して飛んでいく。


スッ・・・・


人影をすりぬける「敷紙」・・



「こやつら・・実体が無いのか??」


人影が伊吹丸に襲い掛かる。身をかわす伊吹丸・・

だが、一人の影が、背中に取り付く・・







「ぐあ・・・」


急に、体がだるくなる伊吹丸・・・


バシッツーーーー


イクシマから放たれた「念」によって、伊吹丸に取り付いていた影が、振り落とされる。


 シャッツ


伊吹丸がすかさず、剣を抜き、影を切り裂いた・・


「ギャ・・!」


短い叫び声と共に、消え失せる一つの影。



妖刀「晦冥丸かいめいまる」・・

普通の刀とは一味違い、この世の者も、実体化しない霊、妖怪も切り裂くことのできる、不思議な刀である。






帝の部屋の襖が開く。

騒ぎに気がついた茨木の君が入ってくる。


「何事じゃ!?」


茨木の君の元へ寄る伊吹丸とイクシマ。

人影の攻撃に備えて二人とも構えている。


「もののけでございます!」

伊吹丸が答える。


「もののけ?」


縁側に二体の「人影」が、こちらの様子を覗っている。


「あれじゃ!毎夜、帝を苦しめておるのは!」



「あの、『もののけ』実体がございませぬ・・」



「実体が無いとな?」



「恐らく、生霊の類・・」


生霊・・


生きている人間の幽体離脱した姿である。

生死をさ迷う時や、苦しい時等極限状態に落ち入った人間の「幽体」が「肉体」と分かれて行動することがある。

翔子ちゃんが寝たきりの状態の時も、「生霊」のみが活動をしていた。


訓練することで、通常の状態でも、肉体から幽体を離脱させ、遠くまで見通せる「千里眼」なる業もあるという。

さらに、実体を持たない「体」として行動する事も可能というが・・



「あの術は、我々妖術師の技とは違います・・」

イクシマが説明をしている。


「あの影に取り憑かれると、『気』が吸い取られてしまいます・・」


先ほどの攻撃で、ダメージを受けた伊吹丸・・少し苦しそうだった。



「実体の無い、『もののけ』をどうやって退治するのじゃ?!」


「この妖刀・・「晦冥丸」は、「もののけ」でも、生霊も切り裂けまする!」


刀をちらっと見せる伊吹丸。






「その刀・・!!」



茨木の君には見覚えがあった。先々代の帝に仕えていた「弥三郎」の所持していた「妖刀」・・・



「や!」


間合いを見切って、切りかかる伊吹丸。

「影」も、手刀にて、応戦する。


キン!  キン!!  キン!



「は!」

イクシマが「念」を放つ。


  バス!


伊吹丸に応戦していた「影」に当たり、バランスを崩す・・


 ズシャ!!


「影」を切り裂いた伊吹丸・・声を立てる間もなく、散っていく「影」・・


「あと、一匹!」


その様子を見て、たじろぐ残りの「影」。


その場を逃げ出す。



「待て!!」


庭から塀の上へと素早く逃げていく「影」。

伊吹丸も、庭を走りながら、塀伝いに逃げていく「影」を追う。


その時・・・


・・・それ以上追ってはならぬ!・・・・


あの、陰陽師の言葉を思い出した。


深追いはせず、その場に止まる伊吹丸。

先ほど、取り憑かれた時のダメージも効いてきた。


庭から、縁側へ戻ってくる伊吹丸。


「見逃がしました・・」


部屋に入ると、ドサっと倒れる伊吹丸。

今まで、何とか気力で動いていたようだ。


「伊吹様!」

イクシマが駆け寄る。


その様子を、一部始終見ていた茨木の君・・

「影」の一連の騒動にあっけに取られていたが、伊吹丸の持っていた妖刀にも驚きを隠せなかった・・






布団の上に、うつぶせに寝かされている伊吹丸。

イクシマが隣に座って、背中に手をかざし、「念」を送っている。


「どうじゃ?」

茨木の君が心配して訊ねる。


「はい!少し、『気』を抜かれたように、ございます!」



「あの、『もののけ』にやられたのか?」



「背中に、取り憑かれた時に、やられたようです。」



「ぐあ!」

叫び声を上げる伊吹丸。


「伊吹様!気を送ります!」


「ぐぅ!」




「そなたら、このような深手を追いながらも帝の事を・・」


「帝をお守りするのが、我らのお役目にて・・」


イクシマと伊吹丸が健気けなげに見えた茨木の君。

ここまで、命を懸けて、守ってくれた侍従は今まで居なかった・・


「すまぬ・・」


「どうされました?」


「我は、そなたらを『捨て駒』」として招いたのじゃ・・」


「それは・・」



「越後から詣でた『妖術師』に宮中を探らせれば、宮中内に潜みし密偵を浮き彫りにできる・・

我らを見張る「術」を一掃したかったのじゃ・・


そなたらは・・見殺しにしても良いと思うておった・・」



「そんな・・!」



「じゃが・・・

そなたらは、そんな我らを守り、見事『もののけ』を退治してくれよった・・

自分の身の危険も顧みず・・」

涙目になっている茨木の君。



「茨木の君様・・・」



「そなたら・・我ら帝の下へ付いてくれぬか?」



イクシマは少し考えた。


「もったいないお言葉ですが・・私めは・・ヤスマサ様に御仕えしとうございます」


「それは・・」


「ヤスマサ様をお慕い申しておりまする故・・」

顔を赤らめるイクシマ。



「さようか・・それは仕方あるまい・・

では・・伊吹丸だけでも・・」



「伊吹様は、一人では危険すぎます・・・」

横たわる伊吹丸を見ながら、イクシマが話す。


少し、考えている・・・


「私めも・・ここにしばらく残ります・・」

決意をしたイクシマ。


「すまぬ・・・この恩・・忘れぬぞ・・」








山の山頂にて話していた翔子ちゃんと伊吹丸。



「『もののけ』を見事、退治したんですね~!」

翔子ちゃんが驚いている。


「うむ・・一人は逃したのだがの・・」



「その後は、その『もののけ』は宮中に出てきたんですか?」


「いや・・不思議とそれ以来、同じ術師は表れなんだ・・」



「でも、実体の無い生霊ですか・・」



「訓練次第で、自分の体から『幽体』を離脱させる術があったようだ・・」



『幽体』・・・


この世の人間は、「肉体」「幽体」「霊体」の3つで構成されているという。


「肉体」は、食べ物を食べ、生命として活動するハードウェアとすれば、


「霊体」は、それを動かすソフトウェアのようなものであろう・・



その中間に位置する「幽体」は、「霊体」と違い、人の目に見えるものである。

「ドッペルゲンガー」に代表される、「目撃される」霊体を取り巻くベールのようなものと考えればよい。



そして「あの世」へ行く場合、この「幽体」は捨てられ、「霊体」のみとなる。

「肉体」と「幽体」はこの世でセットなのである。

言わば、ハードとソフトを結ぶ、「インターフェイス」的なものと考えられる。





「イクシマさんの『念』は、昨日見た石を粉々にする技ですか?」



「さよう・・イクシマの扱う唯一の攻撃術じゃ」



「伊吹丸様もイクシマさんも同じ『敷紙』を使うのですね。」



「ワシのは『攻撃系』じゃ・・ワシは剣術も磨いたので、攻撃が得意じゃった。」



「イクシマさんは、「守備」とか「偵察」ですか・・」



「二人が力を合わせれば、どんな敵でも立ち向かえる。」



「何か、頼もしい人達が宮中に入って来たんですね!」


「それ故・・宮中が騒がしくなったのも事実じゃ・・

果たして、我々が都に登ってよかったのかどうか・・」



翔子ちゃんが呼吸法を習得し、山頂での行動に慣れたのを確認したところで、

山を降りることにした。

その道中でも、伊吹丸の昔の話が語られていた・・・



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