18.拓夢君
拓夢君の家
夕食の時間、家族が集まっている・・・
食事をしながら、拓夢君がお母さんにポツリと言った・・
「僕・・やっぱりコンタクトにするよ!」
「え?この間はいいって・・」
お母さんが聞き返す。
「コンタクトにしたいんだ!絶対だよ!!」
拓夢君の目がきらきら光っている・・
珍しく、周りから反対されれば考え直したのだけれど、今回は考え直さないようだった・・
お姉ちゃんも、不思議そうに見ていた・・
次の日の朝、早起きしてジョギングを始める拓夢君・・
「サスマタ」という、悪霊退治の道具を駆るために、体力をつけておかなければならないと思ったのだ。
ネットで調べていたが、四天王のうち、今まで倒した二つの悪霊はほんの「下っ端」のようだった・・
残りの悪霊は、更なる力を秘めている・・
何とか退治しているようでは、これからの戦いで苦戦してしまうだろう・・
霊感の無い部長、
霊能者の彼女・・でも力は半減している。
霊感はあっても、非力な千佳ちゃん・・
地獄で修行をしているという「翔子ちゃん」・・まだその力は、悪霊に通用しない・・
現状のゴーストバスター部を考えると、まだ戦力不足なのだ・・
そして、自分にしか、あの道具を扱えない・・
そう思ったら、責任感のような・・義務感のような想いが湧いてきたのだった。
ジョギングの途中・・橋のたもとで足を止めた。
小さい頃、お姉ちゃんと二人で心霊スポットを探検したことを思い出す。
二人で、この川へも来ていた・・
小学校の低学年くらいの頃の想い出が脳裏に浮かぶ・・
「この辺りで、最近、水死事故があったんだって!」
お姉ちゃんが拓夢君に教えている。
「スイシって?」
「溺れて死んだんだって・・」
「ふーん・・溺れた人の幽霊がいるのかな・・」
「うん!それを見てみようよ!!」
怖いもの見たさ・・好奇心・・
そんな想いが、幼い二人を駆り出していた・・
葦の生える岸辺から、少し深そうな暗い部分・・
川の流れを見つめている・・
よく見ると、流れる水の中に、人のような影がゆらゆらと沈んでいる姿があった・・
水面より、少し水に入った所・・
不気味な表情を浮かべている・・
この世の者とは思えなかった・・
見ていて、引きずり込まれようとする拓夢君・・
お姉ちゃんが引き止める・・
「タクム・・そっちへいっちゃダメだよ!」
「え?今、僕何かしてた?」
「うん・・・今、そこに沈んでいる人の方へ行こうとしてたよ・・」
「あの人がそうなの?」
既に、この頃から、死者の霊も「人」として認識するようになっていた・・
沈んでいる人が、自分を引きずり込む・・
「そうよ・・そっちへ行ったら、死んじゃうよ!ここから離れよう!」
「うん・・お姉ちゃん・・」
川遊びと言っても、少し間違えば命を落とすような・・危険な行為もしていた・・
でも、お姉ちゃんと一緒に、色々な場所を巡る探検は面白かった・・
あの頃は、お姉ちゃんは、ずっと、僕を見守っていた・・・
心に呟いた(つぶやいた)拓夢君。
お姉ちゃんが中学生になって、小学校に一人残されていた時は、本当につまらなかった・・
自分の見えているものを理解してくれる人がクラスにも学校にも、誰一人として居なかったのだ・・
見えたものを、教えても、誰も信じてくれない・・
むしろ、皆から気持ち悪がられるのだった。
いつの間にか、そういった事を隠すようになっていた・・
そして、中学校に入り、お姉ちゃんと同じ部活に入ったけれど、小学校の頃の様には遊んでくれない・・
何かを研究している・・
自分の見えている世界を皆に理解してもらいたいと思って、頑張っているようだったが、それは、虚しい行為に見えた・・
他の人達に合わせるように、自分の見える世界を否定しなければならなかった・・・
辛そうに見えるお姉ちゃん・・
自分の小学校の時と同じ様に思えた拓夢君だった・・
あの時の、自分と同じ・・
川の流れを見ていて、そう思ったのだった。
再び走り出す拓夢君・・
家に帰る。
廊下で、まだパジャマ姿のお姉ちゃんに会う。
「タクム・・珍しいじゃない!運動部でも無いのに・・」
「うん・・ちょっと、体力を付けようと思って・・」
「ふぅん・・・そうなんだ。」
疑わしい表情で見られているのが分かった。
「それに・・コンタクトにしたいって・・どういう事?」
それには答えられなかった・・
ゴーストバスター部の助けになるように、体力をつけて、視力を回復したいなどと言ったら、何て言われるのか・・
「裏切り者」とか言われてしまう・・・
少し考えて・・
「僕も、ちょっと大人になりたいんだ・・皆の役に立ちたい・・」
と返答をした・・
「ふーん・・」
お姉ちゃんも、一連の行動に一抹の疑問を持っていたが、自分のやりたい事を見つけたのだと、少し見直したような感じだった・・
新学期
長かった夏休みが終わった・・・
久しぶりに見るクラスの皆・・日焼けしたりして、休み前と感じが変わった友達も居れば、あんまり変わらない人もいる。
お互いに、休み中の体験や、宿題の事を楽しそうに話している。
「おはよう!ヒロシ!」
「おはよう!久しぶりじゃん!」
「日焼けした?」
「野球部だからな~・・いつの間にか焼けたかな・・」
「ヒロシさ~、隣のクラスの千佳ちゃんとデートしてただろ?」
「え~ヒロシ君が~?」
女子の反応は早い・・
「合宿所にも先生と、望月さんと行ってたって!」
「おまえ・・ハーレム状態ジャン!!いつの間にモテルようになったんだ?」
まだ、先生が僕のお母さんになる話は、流れていないらしい・・
その話が流れたら・・ただでは済まされそうにない・・
学校に活気が戻ってきた・・
休み中に部活で学校に来た時は、シンと静まり返っていたのに、全く逆で、うるさいくらいだ・・
何だかウキウキする・・
昼休み
音楽室で彼女と千佳ちゃんが話している。
ゴーストバスター部の部室として、彼女達のタムロ場になっているのだった・・
音楽室の扉がガラッと勢い良く開いた・・
「おはようございます!先輩!!」
もうお昼なのに・・「おはよう」も無いと思ったのだが・・
振り向くと、小柄な少年の姿がそこにあった・・・
一瞬誰かと思ったが・・
「あ・・僕、コンタクトにしたんです!」
久しぶりに見る拓夢君・・
拓夢君の眼鏡を外した姿がそこにあった・・・
「え~!!!」
美少年だった・・・
騒然となる音楽室。
「霊感眼鏡を借りていきますね!」
「うん・・これだよ・・」
千佳ちゃんから眼鏡を受け取る・・
「じゃあ、借りていきます!放課後にまた・・!」
そのまま、音楽室を出て行く・・
後姿を見送る二人・・
この間の悪霊との事件以来、会っていなかったが、その間、だいぶ様子が変わったような気がした。
「あれ・・拓夢君?」
彼女がポツリと言う・・
「うん・・」
「ちょっと、感じ変わったかな・・」
「私・・ちょっと『意識』しちゃったかも・・・」
ポツリと言う千佳ちゃん・・
千佳ちゃんも、拓夢君が悪霊から守ってもらって以来、気になっていたのだった・・
放課後、千佳ちゃんが音楽室に入ってくる・・
先生以外は誰も来ていない・・
「まだ、誰も居ないんですね・・」
「あ、拓夢君、屋上で校舎の見張りしてるよ!」
先生が、ピアノに向かいながら千佳ちゃんに教える。
「屋上?」
「屋上から、霊感眼鏡で学校の見張りをするって、張り切ってたわよ!
彼、何か『感じ』が変わったよね・・」
「うん・・コンタクトにしたって・・」
「そうね・・しばらく会わないうちに、何だか頼もしくなってない?」
「はい・・」
「二人きりになるチャンスよ!」
先生が、屋上のほうを指差している・・
「え?」
ちょっと、顔を赤らめる千佳ちゃん。
少し、考えて・・
「あの・・先生?」
「何?」
「ヒロシくんのお父さんを『落とした』時って、どうやったんですか?」
「う~ん・・それを聞くか~・・」
ちょっと、困った先生・・苦笑いしている・・
あの時は、夢中で翔子ちゃんたちとコンタクトを取ろうとして、とんでもない結末になってしまった・・
でも・・落とす作戦は、前々から考えてあったらしい・・
「仕方がない・・伝授しますか!」
先生の話を聞いて、屋上へ行く千佳ちゃん・・・
いざ決戦の時!
その姿を、微笑んで眺めている先生。
屋上で・・
拓夢君は、霊感眼鏡をかけて屋上から校舎を見回していた・・
コンタクトにしたので、校舎の隅々まで見渡す事が出来る・・
この間、除霊した悪霊が取り込んでいた「霊」達が、体育館の周辺にちらばっている姿も見受けられる・・
元の状態に戻っているようだった・・
「拓夢君・・」
「あ、千佳先輩・・」
顔を赤らめる拓夢君・・
「熱心だね!」
「コンタクトにしたから、霊感眼鏡をかけても、くっきり見えます!」
「ふ~ん・・」
「体育館の裏に、霊が増えてますね・・今まで悪霊に取り込まれていたのが、戻ってる感じです・・」
楽しそうに報告する拓夢君・・
先生の言うとおり、張り切っているようだった・・
「凄いね!」
何だか、自分よりも一歩先に行かれて、うらやましい様な、頼もしいような・・
「あのさ・・」
ポツリと言う千佳ちゃん・・
「何ですか?」
手摺越しに学校を見渡しながら返事をする拓夢君・・
「この間は・・助けてくれてありがとう!」
その言葉に、ドキっとなり、千佳ちゃんの方を振り向く拓夢君・・
「あ・・僕、千佳先輩の事を考えて・・、夢中で・・」
顔を赤らめる・・
「うん・・嬉しかったよ!」
少し間を置く・・何を言って良いのか、お互いに分からなかった
「私、あなたの事・・尊敬しちゃった!」
沈黙を破ったのは千佳ちゃんだった・・
拓夢君が顔を赤らめる・・恥ずかしい様子だ。
「あのさ・・・」
「はい・・」
「私、アナタの事・・『意識』しちゃった・・みたい・・」
「え?」
拓夢君に『意識』と言う単語の意味するものが理解できなかった。「認識」程度の事だと思っているようだ…
拓夢君も、その言葉に、返事をしてみる・・
「はい・・僕はここにいますが・・」
「?」
良く通じていない・・やっぱり、回りくどい方法は駄目らしい・・
言い方を変える・・
「かっこいいなって・・思った・・」
「僕が?」
嬉しそうに答える拓夢君…その姿に、もう一言加える。
「うん・・
拓夢君の事・・
何か・・
好きに・・なっちゃった・・」
「え?」
今度は、千佳ちゃんが恥ずかしがっている・・
拓夢君も、思わぬ千佳ちゃんの言葉に驚いている。
「私の事・・嫌い?」
「い・・いえ・・
好きです・・」
上目遣いの千佳ちゃんが一瞬、魅力的に見えた。
思わず「好き」と言ってしまった拓夢君・・
先生から教わった作戦が効いた!
ヒロシ君のお父さんは、これで落ちたという・・
よく考えたら、「嫌い?」と言われて「嫌い」と答える人はいないだろう。
ある意味、ズルい方法のような気がするが。
「そっちへ・・行って・・いい?」
少し考えていたが・・
「あ・・はい・・」
手摺越しに学校の様子を見ている拓夢君の横に寄り添う千佳ちゃん・・
頭を彼の肩に寄せる・・・
それに気づく、拓夢君・・
どう接していいのかわからなかった・・
千佳ちゃんの肩に手を添える・・
「好きにしてイイヨ・・」
見つめる千佳ちゃん。
その言葉に・・
千佳ちゃんの方を向き・・
思わず、抱き寄せてしまった・・
ふわっと柔らかい感触・・
拓夢君の手に力が入る・・・
宙を仰ぎ見る千佳ちゃん・・
「あっ・・」
思わず声をだす千佳ちゃん・・
全身の毛穴が開いた感覚になった・・
拓夢君の背中に手を添える・・
拓夢君は・・
強く抱きながら・・
「お姉ちゃん!」
・・と、叫んだ・・・
「え?」
「へ?」
何が起きたのか、互いに凍りづく・・
二人とも、拓夢君の放った言葉にあっけにとられていた・・
千佳ちゃんも驚いたが、拓夢君も一瞬、自分が何でそう言ってしまったのか、理解できなかった・・
音楽室・・
「シスター・コンプレックス・・・」
彼女がポツリと言った・・
先生と、僕に彼女が打ち明けている・・
「へ?どういうこと?」
僕が聞き返す
「翔子ちゃんに、彼の後を追ってもらってたんだけど・・」
彼女が話を続ける・・
「翔子に?」
先生が問いただす。
こくりとうなずく彼女・・
「彼は、お姉さんに・・執着している・・って・・
あの部活に入ったのも、彼がお姉さんに注目してもらいたくて入っていたみたいなの・・」
「そんな・・じゃあ、千佳ちゃんは?」
「彼を振り向かせるには・・彼のお姉さん以上の存在にならなければ・・
それを克服するのが・・千佳ちゃんに与えられたカルマ・・」
「そ・・それは・・」
再び、屋上・・
「あ・・
ち・・
違うんです!」
必死に言い訳をしている拓夢君・・
自分でも、何であんな言葉が出たのか・・動揺している様子だった。
千佳ちゃんは、少し目に涙を浮かべていた・・
「ぼ・・僕・・!」
うつむく拓夢君・・
握りこぶしに力が入る・・
どうしようも無い状況に、途方にくれているようだった・・
「オカルト研究会に入れば・・
前みたいに・・
お姉ちゃんと一緒に楽しめるって・・
思ってたんです・・
でも・・
違った・・
僕を見る目は・・
昔と違っていた・・
邪魔者みたいな、厄介者みたいな感じで・・
そんな時、偵察に行けって言われました・・
お姉ちゃんの頼みだったし・・
本当はイヤだった・・
でも・・
ここは・・
この部活は・・
僕を暖かく迎えてくれた・・
昔の、お姉ちゃんと遊んだときみたいに・・
千佳先輩は・・
似ていたんです・・
あの時の、お姉ちゃんに!
そして・・
あの時・・
先輩に・・
『弟が居ればいいな』
って言われたとき・・
僕は・・
嬉しかった!!
でも・・
僕は裏切っていたんです・・
先輩たちをスパイしていた自分が・・・
許せなかった!!
先輩を騙していた
僕を許せなかった!!」
うつむいて、思い悩んでいる拓夢君・・
自分のしている事が許せない・・でも、この部活が好きだという・・
そんな姿を見て、千佳ちゃんが柔らかい表情になる・・
全てを察したようだった・・
「いいよ・・」
千佳ちゃんがポツリと言う・・
「へ?」
顔を上げる拓夢君・・
「私も、兄弟とか居ないから、寂しさは分かるよ・・」
「先輩・・」
そう言おうと思った時、唇に指を当てられていた・・
「先輩って呼ばなくていいよ・・」
「え?」
「私・・あなたのお姉さんになってあげる・・」
「僕の?」
「あなたのお姉ちゃんの代わりにはなれないかも知れないけど・・
あなたの・・新しい、『お姉ちゃん』になってあげる・・」
涙目になる拓夢君・・
今まで、我慢してきたものが一気に込み上げる・・
小学校で辛かった事、
中学校でも辛かった事・・
そして
あの悪霊との戦いでの恐怖・・
何処へも打ち明けられなかった・・
誰にも話せなかった・・
それが・・
開放できる人が目の前にいる・・
「お姉ちゃん!」
千佳ちゃんの胸元に顔をうずめる拓夢君・・
それをやさしく見守る千佳ちゃん・・目を細める。
「寂しかったんだね・・・」
背中を抱きしめる千佳ちゃん・・
音楽室
二人が戻ってくる・・
和気藹々と屋上から降りてきた
ガラガラ
音楽室の扉が勢い良く開かれる。
「ただいま~」
千佳ちゃんが扉を開けて、入ってくる・・
「あ・・お帰り!」
彼女が答える。
屋上で、どうなったのか心配そうに見ている、一同・・
何やら嬉しそうな感じがする・・
「タクム!入って!!」
千佳ちゃんが、拓夢君を呼んでいる・・
タクム?呼び捨てですか???
「うん!お姉ちゃん」
お姉ちゃん?
いったい、何があったのだ?
不思議そうに二人を見る・・
「あ・・私たち、姉弟になったんです!」
「姉弟---?!!」
一同、あっけに取られている・・
「うん! ね~タクム!」
「はい!」
「それでいいの?千佳ちゃん・・」
彼女が問いただす・・
「ええ!私、兄弟が居ないから・・ずっと、弟が居ればいいな・・って思ってたの!」
「学校にいる時だけですけどね・・!」
ああ・・いったい・・どうなってしまうんだ?この部活・・彼らは、それでいいのか??
それでも、彼の存在は、頼もしい限りだった・・・
駅前のハンバーガーショップで・・
二人きりになった、千佳ちゃんと彼女・・
「え~ん!彼にふられっちゃったよ~!」
「うんうん・・でも、これから育てていけばいいじゃない・・!」
「うん!絶対そのうち、彼氏にするんだ!!」
キッっとなる千佳ちゃん・・
でも・・そのためには、彼のお姉さん以上の存在にならなければならなかった・・
三年生でもトップクラスの成績で、しかも、「オカルト研究会」の副部長を務めているお姉さんの存在は・・ハードルが高かった・・更には、拓夢君以上の「霊感」を持っているという・・・
千佳ちゃんにとっての恋路は、決して緩いものではなかったのだ・・
「私!頑張る!!」
はいはい・・がんばって下さいな!