11.お盆
目を開けると、そこに懐かしい風景が広がっていた。
お母さんの住んでいるマンション・・
十年位前、ここでお父さんと一緒に暮らしていたのだ。
台所で、雨宮先生が夕食の支度をしている。
「ママ・・・」
声をかけるが、振り向いてくれない・・
少し寂しい気もしたが、「帰ってきた」という喜びでいっぱいだった・・
「ママ・・ただいま・・」
お父さんが脇に立っていた。
「パパ・・」
「翔子は久しぶりか・・この家は・・」
「うん・・ずっと病院で寝たきりだったから・・5年ぶりかな・・」
「そうだね・・」
「パパは?毎年、来てたの?」
「うん・・毎年ね・・翔子の病院へも行ったことがあるよ・・」
「あんな感じで、お盆になると飛んでくるの?」
「いや・・あんな方法は初めてだよ・・」
毎年、お盆になると、お父さんのいた場所には、天女様が現れ、お知らせがあった。
そのお導きで、気がつくと、家にいたり、病院に居たりしたそうだ。
地獄から来たのは初めてだという・・
「そっか・・」
二人とも、久しぶりの我が家だった・・
台所から、隣の翔子ちゃんの部屋へ壁をすり抜ける・・
「私の部屋・・入院する前と同じだよ!」
机の上には、新しいノートと筆箱、机の脇に真新しいランドセルが掛けてある。
殆ど使われずに、その場にあったようだ・・
本棚の上には、入学式の母子の写真。翔子ちゃんも雨宮先生も笑顔で写っている。
入学式は、病院から特別に登校した事を思い出している。
幼稚園の年長の時に発病して、小学校1年生で蜘蛛膜下出血を起こして以来、5年間脳死同様の状態だった・・
「ママが、ずっと、取っておいたんだね・・」
「そうだね・・」
お父さんは、ベットに座って何やら考えていた・・
「ねえ・・パパ・・・」
「何?」
「この部屋・・ずっとこのままなのかな・・・」
「うん・・パパもそれを考えていたんだ・・」
この家は、ずっと当時のままの状態だ。
死んだものにとって、いつまでも思っていてくれるのは、嬉しい事だ。
だが・・・
生きている者は、いつまでも、それではいけないのだ・・・
昔の思い出に浸って、次の展開を躊躇していては、いつまでも進まない。
「ねえ・・パパ・・お兄ちゃんのお父さんって、どんな人なのかな・・」
「・・・・」
考えているお父さん。複雑な心境だ・・
僕のお母さんとは、翔子ちゃんがいつも遊びに行っているということもあり、会うことも多い。
お互い、家族を残してきた者同士、気が合うようだった・・
同じように、雨宮先生と僕の父も、同じような境遇だ。この二人も仲がよさそうなのだが・・
再び、壁をすり抜けて、台所へと移動する。
雨宮先生がご飯の支度を終え、机に座っている。
机の前の棚に、二人の位牌が置いてある。二人の笑った写真・・
二人分のご飯が盛られて、コップに水が注がれて置いてある。
「いただきます」
写真に声をかけて、一人で食べ始める雨宮先生・・
ポツンと一人・・・
それを、ただ見守るだけの二人だった・・
お盆で帰ってきていても、端から見れば、たった一人の夕食。
「来てるんだよね・・翔子・・パパ・・」
写真を見ながら先生が話し出す・・
その通りで、すぐ側にいる・・そう伝えようとしても伝えられない・・
「私・・やっぱり・・・寂しいよ・・」
箸を口に添えながら、うつむく先生・・
何もできない二人・・
「くっくっく・・」
なに??その笑いは何??
「な~んちゃって~!!」
どうした?余りにも寂しいので気でも狂ったか??
唖然とする翔子ちゃんとお父さん。
「ジャーン!!これ何でしょう~?」
胸元から取り出して高々と掲げているのは・・
「れ・・霊感ケータイ??」
翔子ちゃんが驚く。
「ヒロシ君から借りてきたのでした~!!」
「一人暮らしの、霊感ケータイよね~」
メモ紙を見て、何やら番号を打っている。
翔子ちゃんの死の場面で会話した時の電話番号なのか?
チャラララ チャラララ
ピ・・
「もしもし~。翔子~?」
「ママ!」
「うふふ・・久しぶりね・・元気だった?パパも来てるの?」
「うん!一緒にいるよ」
「今日は、家族そろって、水入らずね!!」
「でも、パパとはしゃべれないでしょ?」
「仕方ないじゃない、電話一つしかないんだから・・翔子が代わりに伝えてね!」
「うん!」
「元気にしてたの?」
死者に『元気』というのも可笑しな話だが・・
「うん。パパと一緒に暮らしてるよ。」
「そう。」
安堵した表情の先生。
「お兄ちゃんのお母さんも一緒だよ。」
「ヒロシ君の?」
「優しいんだよ。お兄ちゃんのお母さん。」
「そっか・・・楽しく やって るん だね。」
「うん! でも・・・」
「な・・ぁ に・・ ?」
呂律が回らなくなっている。頭がくらくらし始めた先生・・
「長電話は、ちょっと・・・ あれ? どうしたの?」
「おい!翔子!電話早く切って!!」
お父さんが注意する・・
ツーッ ツーッ
強制的に通話を切った翔子ちゃん。
霊感ケータイを片手に、気が遠くなって、ぐったりしている先生。
生体エネルギーの消費は激しいのだった・・・
「だ 駄目だ こりゃ~・・」
長電話には注意しましょう・・
机に、ぐったりと倒れこんでいる雨宮先生。
「どうしよう・・風邪ひいちゃうよ!」
翔子ちゃんが心配している。
こういう時は、霊が人間界に手出しできないもどかしさを感じる。
「少し、回復したら起こしてみるか?」
「どうやって?」
「霊感ケータイを鳴らすんだ!!」
最終手段としての、霊感ケータイ・・便利なのか、不便なのか・・
しばらくして、先生が少し、動き出す・・
「う・・・ん・・」
多少は回復したのだろうか?
翔子ちゃんが霊感ケータイにメールを送る。メールならばエネルギー消費を抑えられるのだ。
チャラララ チャラララ
ケータイの表示画面に翔子ちゃんの番号が表示されている。
「ショ・・ ウ・・ コ?」
雨宮先生が気づく。
先ほどのダメージで懲りたのか、少し出るのをためらったが、恐る恐るスイッチを押す・・
ピ・・
メールの内容が表示される。
ママ ダイジョウブ?
「うう・・ だい じょう ぶ ・・じゃない・・」
スクロールして、次のメッセージになる。
カゼヒクカラ フトンデ ネナキャ!
「うん・・」
翔子ちゃんのメッセージにうなずく先生。
だが、体が思うように動かない。
机の脇に置いてあった小箱に手を何とか伸ばす。
精力増強剤・・ 少し高価なラベルである。
机に身を寄せて、肘を突きながら、その箱を開いて、ビンの蓋を何とか抜き取った。
一気に飲み干す先生・・
「プハァ・・・」
少しは、効き目があったようだ。
「うーーー 死ぬかと思った・・・」
まだ、やつれて髪が乱れている・・その姿も色っぽいが・・
「霊感ケータイってエネルギー消費が意外と早いのね・・」
ソウダネ・・ ママ・・アンマリ ムリ シナイデ・・
「ヒロシ君・・よくこのケータイ使ってるわよね・・」
改めてケータイを眺める先生・・
オニイチャン コノケータイ チャント ツカイコナシテルカラ・・
僕は何度か使用しているので、エネルギー消費の目処が分かってきている。話さなくても通話をしている限り生態エネルギーが消費されていく。
長時間使用するときは、時々スイッチを切りながら、消費を抑えているのだ・・
それでも、この間の合宿所の悪霊との対決では、気を失うほど使ってしまった・・
ああいった、悪霊は、こちらの思惑とは裏腹に、強制的に通話してくるので、注意が必要なのだ。
「でも、メール機能って便利ね・・エネルギー消費が抑えられるんだ・・」
ウン マエモ オニイチャント メールシタヨ
「ふ~ん・・いいな~・・好きな時に、ヒロシ君に会えて・・」
イイデショ~?
「私も、パパの番号が分かればな~。」
少し、悲しそうな顔になっている。
先生は、翔子ちゃんの番号は分かっているが、旦那さんの番号は分からない。
一度、通話かメールを行えば、分かるのだろう。
パパハ チョット ヨウジガ アルッテ・・
「行っちゃったんだ・・
可愛い娘とお嫁さんを置いてね~~
こんな姿・・見たくないか・・アイツ・・」
先生は、もう一本、栄養ドリンクを飲んで、ベットへ向かった。




