五. デートにて
次の日曜日、
街を歩く僕と彼女。
この間の着替えの覗きの一件の埋め合わせとして、一日付き合わされることとなってしまった。
幸いなことに、学校での冴えない姿ではなく、素顔でロングだから可愛い!
通り過ぎる男達はさかんに振り向いている。
そうだよな・・
こんな美少女、僕の彼女にはもったいないくらいだ・・
「まずはさ~、
喫茶店でも入ろうよ~。
当然、ヒロシくんのおごりだよ~。」
「は、はい・・」
嬉しそうに駅前通りの「高そう」な喫茶店に入ろうとしている彼女。
着替えを覗いた弱みに付け込まれ、言うがままになっている僕。
我ながら情けない。
でも、ちょっと彼女にも興味があるし、例の携帯電話や一連の事件についての話も聞いてみたい。
カラン・カラン・・・
「いらっしゃいませ~」
喫茶店のドアを開けて中に入る。
一番奥の席が空いていたので、向かい合って座った。
「えっとね~
私は~ショートケーキと
クリームソーダね~。」
この間の除霊の報酬の温泉饅頭といい、今回の注文の品といい、どうやら彼女は甘党らしい。
全然太っていないのが不思議なくらい・・
しかし、いきなり高価なものを注文してくるとは、よっぽど覗かれたことが不満なのか・・
ケーキが480円、
クリームソーダが450円ですか・・
1ヶ月3000円の小遣いの僕にとって手痛い出費なのだ・・
「あ、
こちら、
ショートケーキとクリームソーダで・・
僕は・・
アイス・コーヒーで・・」
赤面でぎこちない言葉遣いで店員さんに注文する僕とニコニコ顔の彼女。
甘いものに本当に眼がないといった感じだ。
店員さんが僕の姿に笑みを浮かべ、カウンターの方へ向かって行く。
ああ・・たぶん、デート中の緊張した男子だって思われてるんだろうな・・
でも、これはデートでもなんでもないんだ。
「覗き」がバレたペナルティーだなんてバレたら、ヒンシュクな目で見られるんだろうな~・・
その覗かれた彼女を再び見ると、こっちに向かって微笑んでいるのだ。
急に二人で居る事を意識してしまった僕・・・
何を話したらいいんだろう?
女の子と二人っきりなんて初めてだし、しかもこちらは下僕に近いのだから、どういった態度で接すればいいものか・・
ドギマギして何も言えない。
でも、そんな思惑と裏腹に、会話の端を発したのも彼女だった。
「あのねヒロシ君、
これからちょっと行くところがあるの」
「行くところ?」
この喫茶店の他に、まだ行きたい店があるというのだろうか??
「まずは、
腹が減っては戦はできぬってとこよね~・・」
戦ですか・・
これから悪霊退治にでも行くというのだろうか・・
何から何まで謎な娘なのだ。
同じ年頃の男子と女子のデートって、こうなのだろうか?
お互い異性同士、恥ずかしいながらも、分からないところを手探りで、手をつないだり話し合ったりドキドキしながら過ごすのが普通なのだろうか・・
今の僕たちの関係って
何なのだろう?
少なくとも彼女はドキドキもしていないようだし、僕のことはどうでもいいって感じがする。
お供ってところなのか?
桃太郎でいえば犬、猿、キジ・・
金太郎ならば熊?
浦島太郎ならば亀ですか・・・
注文の品が運ばれ、テーブルの上に並べられる。
「この店のね~、
クリームソーダってすっごく美味しいんだよ~。
ケーキも自家製だしね~。」
店の説明をしながら、満面の笑顔の彼女。
こんな可愛い子が僕の目の前に居るのかと一瞬ドキっとした。
それまでの彼女と僕の関係がどうだとか、迷いを取り去った感じがした。
うん、これはどう見てもデートじゃないか・・
年頃の男子、女子にある極普通の風景なのだ。
何しろ彼女の笑顔が可愛い。
それを見ているだけで十分だ。
しかも、食べっぷりが良い。
恥じらいも遠慮も無く、ケーキをモクモクと食べ、クリームソーダを吸っていく。
「甘いものが好きなんだね~。」
「うん。
甘いの大好き!
生きてるうちに楽しまなきゃね!」
生きてるうち・・・
一瞬、頭に浮かんだのが母の事だ。
彼女の言葉は、一言一言、僕の心に突き刺さる。
母が生きているうちに何か思い出になることができただろうか・・
もっとやりたかったことがあった。
話したかったこともあった。
それが出来る時は何でも無いことと思っていた。
何時でもできることだと思っていたけれど、居なくなってしまってからではもう遅い。
生きているうちに・・
確かにその通りだと思う。
彼女は何でもかんでもお見通しのような・・
自分よりも遥かに高等な生き物のような気がした。
「ねえ、
あなたのお母さんのことだけど・・」
「へ?」
またまたドキッとした。
こちらの思っていることを見透かされているのだろうか?
霊感ケータイで会話した相手が母だということは分かっていたようだけれど、正式に僕の母について生きてるとか死んでるとかは伝えていなかった。
僕の家族を事前に調べている気配もなさそうだし、いよいよ確信に迫ってくるのか?
「こんな私でも、
受け入れてくれるかな~?」
「ハア・・・?」
もう、何が何だか分からない。
・・・母に受け入れられる・・・
ってど~いう意味なんだろう?
生きてるとしても死んでるとしても、母に認められる?
認められてどうするの?
この娘は、本当にマイペースなだけなのかも知れん。
僕の心を振り回したいのか?
それとも「見える」ことをそのまま伝えているのか?
どちらにせよ、僕はドキドキの連続だ。
付いて行けない気もする。
そんな様子を、笑いながら眺めている彼女なのだ。
僕って・・・遊ばれてるような気がする・・・
ムッとして彼女を見つめる僕などおかまいなしに、クリームソーダのアイスの部分をたいらげ、残りのソーダを飲みはじめる彼女。
何が何だか分からなくなって僕もコーヒーを飲みほす。
二人のズズっとすするストローの音が響く・・
「あのさ~」
沈黙を破ったのは、今度は僕だった。
「僕のお母さん・・」
思い切って、彼女に亡くなった母の話を切り出そうとしたが・・
「うん、5年前に亡くなってるでしょ~?」
驚いた!
いきなり母の亡くなった時期まで言い当ててしまっている。
こんなにはっきりと言い切るなんて、只者ではない・・・
そこまで、すぱっと言われると、もう何も言えない。
「去年、転校してきた時に顔洗って眼鏡外してたら、
あなたの周りに居るお母さんを見つけたのよ」
「え??いたの?」
辺りをきょろきょろ見渡す。
僕の直ぐ近くに母が居るのだろうか???。
「あ・・
今は居ないみたいなの」
微笑む彼女の答えに、がっかりした僕。
聞けば最近、急にいなくなったらしく、気にかけていたら、あのキューピットさんの騒動で僕とばったり出くわしたということらしい・・
亡くなった人が、身内を守り続けるというのは、作り話として良くありがちな話だ・・
霊感少女の話では、実際に母が亡くなって今までの5年間、ずっと僕の側に居て守ってくれていたのだという・・
それを聞いて、何だかホッとした。
でも、急に居なくなったというのは、どういう事なのだろう?
「守護霊」のように、一人の人をずっと見守り続けるというワケではないのだろうか?
母が亡くなり、余りにも落ち込んでいる僕を見兼ねたとか・・
もう中学生だから、見守らなくても良い年齢になったからとか・・
様々な憶測が交差する。
なにしろ、僕には霊感が無いのだから、そこに居たとしても見れないのだ。
霊感ケータイでは、すぐ近くに母が居るような感じがしたのだけれど・・・
「オレのお母さんは・・
何処へ行ったのか・・
わかるの?」
恐る恐る彼女に聞いてみる。
「う~ん・・
その携帯は、相手が何処に居ても通じるから・・・
あの世に居るのか、この世の何処かに行ってるのか・・
分からないわ・・」
「そっか・・」
霊感少女でも母の行き先はわからないという。
例の「霊感ケータイ」は電話番号さえ覚えていれば、相手が何処に居てもつながるらしい。
そういう面では、普通の携帯電話と同じなのだろう。
ただし、話す相手が生きていない点と、生体エネルギーを大量に消費してしまう点が普通とは全く異なるのだ。