5.晶子さん
その夜・・・
自分の部屋のベットで寝ていた千佳ちゃん。
うなされている。
昼間の光景が頭から離れない・・
浜辺で見たボウッとした物が見える・・ワンピースの女性だと言っていたが・・
パチっという音で、目が覚めた。
霊が現れるとき、こういった「ラップ現象」が起こることがある。
目を恐る恐る開ける
天井に、薄っすらとボウッとした塊が見えた・・
体が言うことを利かない。
俗に言う「金縛り」だろうか?
怖くなって目をしっかりと閉じる千佳ちゃん。
その耳元で、鼓膜がチカチカと振るえるのを覚えた・・
少し、涙ぐむ千佳ちゃんだった・・
「やめて・・私に寄って来ないで・・・」
そう強く念じたら、その一連の現象はピタッと止まった・・・
朝・・
ゆっくり寝れなかったようで、うつろな目の千佳ちゃん。
2階から降りて、廊下を歩いていると、庭で源さんが盆栽をいじっている姿が見える。
「おはよう・・・おじいちゃん・・」
あくびを抑えながら廊下を歩いていく千佳ちゃん。
「おはよう・・千佳・・」
振り向くと、いつもの様子と違う事に気づく。
「あれ?千佳・・夏休みじゃなかったのか?」
「うん??」
自分の格好に気づく・・寝ぼけて制服に着替えていた千佳ちゃん。
「あ~・・どうせだから・・これから学校へ行ってくるわ・・!」
着替えたついでに、学校へ行こうという・・
不思議そうに見送る源さん。
学校
制服を着た「ついで」で学校へたどりつく千佳ちゃん・・
何やら思いつめている感じでもある。
登校しても誰もいない学校。
教務室には数人の教師の姿が見える。
玄関に入って内履きに履き替えていると、かすかに、ピアノの音が鳴っている。
雨宮先生だ・・
そのまま音楽室へと向かう千佳ちゃん。
音楽室では、雨宮先生が一人、ピアノに向かっていた。
入り口の戸をガラガラと開ける千佳ちゃん。
その様子に気づいた雨宮先生。
「あら・・千佳ちゃん・・お久しぶり!」
先生が声をかける。
合宿が終わって別れて以来だ。
「おはようございます。先生・・」
「おはよう。合宿は大変だったわね。」
「ええ・・ちょっと怖かったですけどね。」
何やら、考えている千佳ちゃん・・
「どうしたの?今日は登校日じゃないけど。」
先生が、訪ねる。
「私・・どうしていいか分からないんです」
思い詰めた感じで答える千佳ちゃん。
「この間の除霊で、私は、足手まといになるんじゃないかって思ったんです・・・
美奈ちゃんもヒロシくんも、あんなにすごい事できるのに・・
私は何もできないって・・」
うつむく千佳ちゃん。
そんな姿を見て、先生がポツリと言う・・
「あの二人・・
放っておけないのよ・・」
「え?」
先生の言葉に頭を上げる千佳ちゃん。
「部活なんてなくても、あの二人はこの学校から悪霊を追い払うと思うの・・」
「ええ・・美奈ちゃんとヒロシくんなら・・そうすると思います。」
「それは・・とても危険だって・・この間の除霊を見てて思ったのよ・・」
「危険?」
「望月さんは前より霊力が落ちているみたいだし・・
あの二人だと、同じ対決をしたら今度は危ない・・
助けてあげなければって思ってるんだけど・・
千佳ちゃんと同じく、足手まといになってるのかもね・・」
「先生が・・
足手まとい?」
それは千佳ちゃんにとって意外だった。
「そうよ・・・」
「だって、先生は顧問として、頑張ってるじゃないですか・・」
千佳ちゃんが反論するが、
「何だかんだ言っても、霊力の有るのは望月さんだけよ。
私には霊力も無いし、ヒロシ君みたいにアイテムを持っているわけでもない。
でも、
あの二人では力に限界があるわ・・
だから、仲間を一人でも二人でも増やせれば・・
ヒロシくん達の力になれるんじゃないかって思ったの・・」
「だから部活を?」
「そう・・ 少しでも二人の負担を軽くしたい・・
ひょっとしたら、この学校に霊感を持った人が居て、
仲間に加わってくれるかも知れないじゃない?」
「凄いですね・・
やっぱり顧問です!」
先生を見直す千佳ちゃん。褒められて微笑む先生。
「私は・・
自分のやれる事しかやれないわ・・
でも、
自分のやれる事をせいいっぱいやる・・
それだけかな・・」
「自分のやれる事を・・
せいいぱい・・
やる・・」
「千佳ちゃんにしかできない事があるんじゃないかな・・」
「私にしか・・出来ない事・・」
考え込む千佳ちゃん。
「でも・・
もし・・
やっていけないって思ったら、部活を辞めてもいいのよ・・
危険を強要はできないもの・・」
危険が伴う行為に生徒をさらせない・・部活の顧問としては安全第一に考えなければならない面もある。
先生の言葉を受けて、少し考え込んでいたのだが、
「先生・・私・・美奈ちゃんに会ってきます!」
そう言い残して、音楽室を足早に出て行く千佳ちゃん。
やさしく見送る先生。
彼女のお寺
お盆も近い、彼女のお寺・・
家では眼鏡を外している彼女。かわいいバージョンだけれど、忙しそう。
お父さんと彼女の二人で、お寺の掃除をしている。
お盆になると、檀家の人たちがお墓参りとお寺にお参りに来るのだそうだ。
来客に備えて小奇麗にしておかなければなず、大掃除の真っ最中だった。
実際、昨日も海へ行っている暇もなかったらしい・・
「お父さん!あと本堂が残ってる!!」
「う~・・また、腰が出そうだ・・」
「そんな事になったら、私一人でどうすればいいの??」
「昨日、昼から逃げたくせに、何 言っとる!!」
喧嘩腰で掃除をしている彼女とお父さん。
「ごめんくださ~い」
玄関から声がする。千佳ちゃんの声だ・・
「はーい」
返事をして、玄関のほうへ行く彼女。
「あ、千佳ちゃん。いらっしゃい。」
玄関に出てきた彼女。
その手に雑巾を持っているのに気付いた千佳ちゃん。
彼女が咄嗟に、後ろに隠す。
「忙しかったかな?」
「ううん・・上がって!!
丁度休憩にしようと思ってたとこなの。」
本堂に通される千佳ちゃん。
お父さんも一緒に、お茶にする事となった。
茶碗にお茶を注ぎ、千佳ちゃんに差し出す彼女。
お茶を飲みながら・・
「あのね・・」
千佳ちゃんが話し出そうとした時・・
「うん・・晶子さんが憑いて来てるね」
いきなり、核心を突く彼女・・
千佳ちゃんは、彼女の答えに驚く。
「え?わかるの?」
「うん・・見えるから・・」
見えるので、そういったまでとは、当たり前といえば当たり前だが、その事実に驚いている千佳ちゃん。
「晶子さんって・・」
「昨日の別荘に入って行った白いワンピースの人よ。
あのおばあさんの娘さんだよね。
千佳ちゃんにずっと憑いて来てるわ。」
彼女の能力と、自分に昨日の女の人が憑いてきていて、昨夜も眠れなかった事にも、整理がつかない。
「どうすれば・・いいのかな・・・」
恐る恐る、彼女にアドバイスを問う。
「危害は加えないと思うけど・・
千佳ちゃんに頼ってきてるみたいだよ!」
「え?私に頼る??私、何もできないよ・・」
困っている千佳ちゃんを見て、彼女がなにやら思いついたようだ・・
「やっぱり、お母様よね・・・」
「え?」
「私のお母様・・、マイペースだけど、見てる所はみてるんだなって・・・」
「美奈ちゃんのお母さん?」
彼女のお母さんとは、この間、源さんと空襲の幻影を見たときに会っている。その時くらいだが・・
「ちょっと待ってて。」
そう言って本堂の隅にある棚から霧の箱を持ってきた彼女・・
四角い小さな箱だった。
箱を縛ってある紐を解いて蓋を開ける彼女。
「何?」
千佳ちゃんが訪ねる。
中に、ポケベルと古びた眼鏡が入っていた・・
ポケベルは今の中学生には見慣れない代物だ・・
「これ、私のお母様とヒロシくんのお母さんが昔使ってた物なんだって!」
僕のお母さんと彼女のお母さんが、高校生のときにコンビを組んで、学校の霊現象に立ち向かっていたということを彼女から聞いたことがある。
その頃は、携帯電話など高価だったらしいが、呼び出し用の「ポケットベル」が世に出回っていたという。
女子高生でポケベルを持つことが、一種のステータスになっていて、「ベル友」を作るのがトレンディーだったらしいが・・
「そのポケベルは、霊感ケータイとまではいかなくても、霊のメッセージを受信できるの・・」
驚いた・・霊感ケータイよりも前の時代にも、霊と交信できるアイテムがあったなんて・・
霊感ケータイの通話は生体エネルギーを消費するが、このポケベルはその人の霊感を増幅するという・・
霊感が無い人が持っていても作動しないそうだ。
千佳ちゃんには、多少の霊感があるらしく、霊のメッセージを受け取れるという。
霊感の無い僕には縁の無い道具だ。
「この眼鏡は?」
「私の眼鏡と反対の性質を持つの・・」
彼女の眼鏡は見えすぎる霊の世界を遮断するためのものだが、それと反対で、霊の世界が見える眼鏡だそうだ。ただし、使う人に霊感が無ければ全くの伊達眼鏡で、その人の霊感を増幅して、見える人はより鮮明にくっきりと見えるようになるらしい。
そんな眼鏡を持っていたなんて、彼女のお母さんも凄い!!
僕のお母さんとどんな体験をしてきたのだろう?
「ふーん・・この二つがあれば、霊と交信できるんだ・・」
彼女が説明を加える。
「お母様が、この間来たときに置いて行ったの・・・
千佳ちゃんに渡して欲しいって・・」
「私に?」
「うん。」
にっこりとする彼女。
「これを使って、霊と交信しなさいって事なのかな。」
「多分ね。」
「私に・・できるかな・・・」
「絶対できるよ!」
千佳ちゃんは、少し考えていたが・・
「やってみる!」
決心をしたようで、箱を譲り受ける千佳ちゃん。
お父さんと、彼女が優しく見守る・・
話が済んで、辺りを見回す千佳ちゃん・・掃除がまだ済んでいないようだ・・
「そう言えば・・もうすぐお盆ですよね・・」
「そ・・そうね・・」
顔を見合わせる彼女とお父さん。
お茶どころではなかった事を思い出す・・
「あ・・・手伝いましょうか・・・掃除・・」
「え?」
苦笑いをして、見つめ合うお父さんと彼女・・
「ふふふ」
千佳ちゃんが今度は、笑みを浮かべている。
「じゃ・・じゃあ・・・」
その日、夕方まで大掃除をした3人だった・・・
その夜・・
剣道の竹刀を片手に、ベットで構えている千佳ちゃん・・
源さんから剣道の道具を借りて来たのだった。
机の上に、ポケベル・・
「あ・・晶子さん!!・・・い・・いつでも・・来ていいわよ!!」
ハアハアと興奮気味。
竹刀なんて、何の役にも立たないのは知っているのだが・・
用心のための道具らしい・・
できれば、交霊などしたくはないけれど、憑いてきているのならば、仕方が無い。
真夜中の1時を過ぎて、うとうととなる千佳ちゃん。
ブルブルとポケベルが鳴っている。
はっと気づく・・
恐る恐るポケベルを覗き込む千佳ちゃん・・
表示には、
アリガトウ チカチャン
アキコ
「ありがとう?まだ何もしてないのに・・」
この部屋にいることはいるらしい・・メッセージを受け取れる範囲は半径10メートル以内と彼女が言っていたので、確かにこの近くに「いる」。
あの眼鏡をかければ、その姿も見ることができるだろう・・でも、恐ろしくてポケベルのメッセージを読むので精一杯・・
また、ブルブルと震えだし、メッセージが切り替わる。
コワガラナイデ
アキコ
確かに、怖い・・
オカルトに精通していても、ある程度、霊の知識があったとしても、幽霊・・見えない世界の未知なる現象は、やっぱり怖い。
この間、合宿所で体験した除霊は彼女や僕がいたので、安心できたけれど、今回は自分ひとりでやらなければならないのだから・・・
「こ・・怖いよ・・だって・・私一人なんだから・・」
ソウネ
アキコ
「え?」
ジャア・・
オチツクマデ マッテル
アキコ
唾をごくりと飲む千佳ちゃん・・待ってくれるのはいいのだけれど、相手は霊なのだ・・生きている人間ではない。
落ち着くかどうかなんて、分からない・・いや、これが落ち着けるなんて、相当な肝の持ち主だろう・・
落ち着いた後も、どんな現象が待っているかも想像がつかない・・
「お・・落ち着けるかどうかなんて・・分かんないよ!」
涙ぐんでいるのが自分でも分かった・・
自然と涙が頬を伝ってくる・・
それでも、何か話そうとする。
「な・・何で、
わ・・私に・・
つ・・つつ・・ついてきたのよ・・!?」
必死にしゃべる千佳ちゃん・・
メッセージがポケベルに表示される。
ワカラナイ
ナントナク
アナタニ
ツイテキタノ
アキコ
何となく・・
霊でなくても、人間でも付き合う理由は大半がこれだろう。
気が合う人、肌が合う人、波長が合う人・・細かい理由などはなく、「何となく」な場合が多い。
霊も波長が合う人に憑きやすいというが・・
「私についてきたって、霊感がそんなにあるわけじゃないから・・何も出来ないよ!」
実際、彼女(美奈子)のほうが霊感があるし、経験も豊富だ。
この親子の解決法を知っているのだろう。でも、なぜ?
アナタモ
ナヤンデイル キガシテ・・
アキコ
「私が?」
そのメッセージに、少し驚いて考え込む千佳ちゃん。
「確かに・・私、悩んでた・・このまま、ヒロシ君たちについて行ったら、足手まといになるだけじゃないかって・・」
ワタシ
アナタノ
アシデマトイニ ナルノカナ?
アキコ
「分からない・・私にできることがないかって・・」
ワタシノタメニ?
アリガトウ
アキコ
「あ・・あなたのためだけじゃないよ・・」
じゃあ、誰のためなんだろう・・誰のために自分がこうまで恐怖におびえなければならない状況になったのか考えてみた・・
・・僕のため?
・・彼女のため?
・・友情?
先生が言ったように、僕たちの役に立ちたい・・
そうでもない・・
「わたし・・あのおばあさんの・・あなたのお母さんが気になるの・・」
千佳ちゃんの目に涙があふれていた。
知らないうちに、霊と交信し、無意識に恐怖で涙が込み出していたのだった。
涙をぬぐう千佳ちゃん・・
ワタシノ・・オカアサン?
アキコ
「ずっと、あなたの帰りを待っていたような気がするのよ」
ソンナコト・・・
アキコ
「口では強いこと言ってるけど・・何か違うような気がするの・・」
その言葉に、メッセージは返ってこなかった。
しばらく、沈黙が続いた。恐怖でいっぱいの千佳ちゃん・・
でも、勇気をふりしぼって、次の展開を促す・・
「あなたたち親子が、どうなって別れたの分からないよ・・」
ソウネ
ワタシノ オモイデガ
ミセラレレバ・・
アキコ
その時、オカルト雑誌に、「霊夢」という記事が載っていることを思い出した。
寝ている間に、夢として死者の記憶が蘇るというものだ。
「霊夢って・・知ってる?」
レイム?
アキコ
「夢で、あなたの記憶を見せてほしいの・・」
夢の中で、晶子さんの思い出を見ることを提案する千佳ちゃん。
ワカッタワ
ヤッテミル
アキコ
千佳ちゃんにとって、怖い体験をしているのには変わらなかった。
幽霊で現れられても、夢の中で会うことがあっても、どちらにせよ怖い・・
それでも、勇気をふりしぼって、晶子さんの記憶を見ようと思った。
ベッドに横になり、目を閉じる千佳ちゃん・・
「お願いだから、襲わないでよ!」
涙をぬぐう。
ウン
オソワナイ
アキコ
そのメッセージに少しは安心した。
時計を見ると、丑三つ時を回っている・・
まだ興奮気味だが、しばらくすると、寝込むことができた。