4.別荘
別荘街のうちの一件の邸宅の庭に、その女の人が吸い込まれるように入って行ったという・・
僕達は、その庭に足を踏み入れていた。
知らない人の敷地内なのに・・
そこは海を一望出来る絶景の場所だった。今まで遊んでいた浜辺も見渡せる。
庭には白い木で出来たパーゴラに簾が掛けられ、適度な日陰になった場所に椅子とテーブルが並べられている。
手入れの行き届いたガーデニングの草花・・ハーブも植えてある。
建物は、洋館風で、ここは日本か?というくらい・・
建物のデッキから庭につながっている。
異国の世界に迷い込んでしまったような錯覚を憶えた。
しばらく佇んでいた僕達三人。
「誰?」
洋館のデッキに続く部屋の奥から女の人の声がした・・
「済みませ~ん・・白いワンピースの人を追いかけてきたら、ここに来たんです。」
彼女が答える・・
それにしても、霊を追いかけてきたのに、「人」にしてしまったのは、大胆だ・・
勝手に屋敷に入って開き直っているとしか見えないのではないか。
「白いワンピース?そんな人、ウチには居ないわよ」
僕達を怪しんでいる感じの答えが返ってきた。
「すみません・・」
千佳ちゃんが奥の女の人に謝った時、何かに気づいたのか、こちらへと歩いて来た。
格子ガラスの入ったドアを開けて、年老いた女の人が、ゆっくりと姿を現した・・
「あなた・・
アキコ?」
「え?」
庭にポツンと立っている千佳ちゃんを『アキコ』と呼んだ女の人・・でも、直ぐに人違いだと気づく。
「人違いだったわ・・そんな事があるわけないものね・・」
おばあさんは、困った千佳ちゃんを見て、それまでの険しい表情が和らいだ。
「可愛らしい子達が迷い込んで来たものね。
丁度良かったわ。一人で退屈してたの・・
一緒にお茶でもいかが?」
「はい・・頂きます・・」
千佳ちゃんが答える。
「あなたたちも、お入りなさい。」
僕と彼女にもお茶を薦めるおばあさん。
「おじゃまします」
先ほど、おばあさんの出てきた部屋へ案内される。
デッキからドアを開けると、洋風の部屋が広がっていた。
暖炉まであって、如何にも「別荘」といった感じだった。
白いテーブルと淡い緑色に塗られた木の椅子は古いイギリスの居間のような風格だ。
部屋の中央には老人用の寝椅子があり、そこに座って外を眺めていたようだった。
その椅子から、窓越しに遠く海の水平線が見渡せた。
真夏なのに、風が程よく入ってきて、心地良い。
レースのカーテンが揺れている。
部屋の隣の台所からお湯を沸かしている音が聞こえる。
「そこにお座りなさい・・今、お茶を入れるわ」
3人はその声の通りに、テーブルの椅子に腰掛けた。
しばらくして、ワゴンにポットとお茶道具を載せて、おばあさんが入って来た。
「夏は、冷たい物より熱いお茶のほうがいいのよ。」
お菓子の乗ったバスケットを机の上に置く。
彼女が、それに見入っている・・
甘そうなクッキーが入っていた。
ティーカップにお茶が注がれて、皆に出された。
「さあ、めしあがれ・・」
「いっただきま~す!」
彼女がいち早くクッキーに手を出す。もう・・目が無いんだから・・
「あ~・・このクッキー、オレンジ・マーマレード入りだ~」
「ふふふ・・お口に合うかしら・・」
おばあさんがうれしそうに見ている。
ピンポーン
その時、玄関の呼び鈴が鳴った・・
予期せぬ客が来たかといった表情になる、おばあさん。
「また、来たわね・・あの不動産屋たち・・」
「不動産屋?」
ピンポーン・ピンポーン
呼び鈴がしつこく押されている。
「また、追い払わなければね・・ちょっと待ってて頂戴・・」
面倒な客人が来たかという表情で玄関へ向かうおばあさん。
取り残される僕達・・
部屋の中を眺めながらお茶を飲む。
部屋の片隅の化粧台に、小さな写真立があった・・
そこに笑っている、若い綺麗な女の人と可愛い小さな女の子。
年齢から推定すると、あのおばあさんの娘さんとお孫さんだろうか?
しばらくして、あのおばあさんの怒鳴り声が聞こえた。
「あんた達に、売るような家は何処にもないよ!
さっさと消えうせな!!」
僕達は、その声に驚いてしまった・・
「こんなお化け屋敷!誰が買うか!クソババア!!行くぞ!」
「は・・はい!」
バン!
ブーン・・・・!!
追い払われて退散する不動産屋たち・・車の走り去る音がする・・
おばあさんが額に手をやりながら、部屋に戻ってきた。
唖然としている僕達に気づいて・・
「ごめんなさいね・・驚かせちゃったわね・・」
「今の人達、不動産屋だって言ってましたが・・」
千佳ちゃんがおばあさんに聞く。
「ここは場所が良いから、他の別荘と一緒に解体してリゾート・マンションを建てろってうるさいの・・」
確かに、この場所ならば良いロケーションなので、マンションを建てれば高く売れそうだ。
でも、こざっぱりした場所だからこそ、眺めも良く、独特な異国の風情が漂うのだと思う。
「この家を売るんですか?」
「相続する時は大変だって煽って来るけど、そのつもりはないわ!」
財産を持っている人たちの相続は大変だという。
親類縁者がこぞって、財産の分け前を狙ってくるとの事だ・・
「私には、娘が一人いるのよ・・」
化粧台の上の写真を見るおばあさん・・
「あの子ですか?」
千佳ちゃんが訊ねる(たずねる)。
「そう・・・30年前・・ここを出て行った・・晶子・・」
写真を見つめながら何かを思い出しているようだ。
「あの綺麗な人ですか?」
僕が写真に映った若い女の人を指すが・・
「いいえ・・あの小さい子が晶子・・」
驚いた!
小さい女の子が「晶子」さんだった!
若い女の人が、このおばあさん???
このおばあさんも若い頃はあんなに綺麗だったのか!!
なんとまあ、失礼な事ではあるが、すごい美人だったようだ。いい所のお嬢さん?
「楽しかったわ・・晶子と、この別荘で過ごした夏が・・」
目を細めて、懐かしそうなおばあさん。
「でも・・」
急に、暗く険しい表情になる・・
「でも?」
千佳ちゃんが聞く。
「私を置いて行ってしまったのよ・・
晶子に広い世界をみせたばっかりに・・そっちに夢中になってしまった・・」
「広い世界?」
「海外留学で、こことは違う世界があるんだって、知ってもらおうと思ったのよ・・
温室で育ってばかりでは自立する事も出来なくなってしまう。
しっかりと、この家を継いで欲しかった。
留学が終われば、また帰ってくると思っていたのに・・」
そのまま写真立てを見つめるおばあさん。
「あの夏・・・」
おばあさんの表情が硬くなる・・みるみるうちに眉がつりあがる・・
「あの・・親不孝者!!娘には、この家の敷居は跨がせない!!」
僕たちは、びっくりして、おばあさんを見ていた・・
我に返るおばあさん・・
「あ・・・ごめんなさいね・・つい、昔の事を思い出してしまって・・」
そのまま、海の方へ目をやるおばあさん。遠くを見つめている。
「お化け屋敷って、さっきの人たちが言ってましたけど・・」
彼女がおばあさんに聞いている。
何で、こんな時にそんな質問が出るかな~?
「ええ・・この辺りに、白いワンピースを着た若い女の人が出るって噂があるわね・・」
白いワンピース・・さっき見た女の人の霊体だ。
霊感ケータイでしか見れないということは、「霊」・・もしくは「生霊?」
翔子ちゃんの時は、寝たきりの人の魂が僕に見えたが・・
今回はどうなんだろうか?
「さっき、そのワンピースの人を追ってきたら、この別荘に着いたんです・・」
彼女が続けた。
「そう・・
でも、この家には、そんな子はいない・・
私、一人だけよ!!」
きっぱりとした口調で断言するおばあさん。
何かを隠しているような・・そんな感じがあった・・
「ごちそうさまでした!美味しかったです。」
千佳ちゃんが代表して、御礼をした。
僕は、まったく口が挟めなかった・・頼りない部長である。
無口な僕がどう思われていただろうか?
彼女は、ママレード入りのクッキーが食べれて満足そうである。
「どういたしまして!またいらっしゃい。」
おばあさんに見送られ、洋館を後にする僕たち。
日は少し西に傾いていた。
別荘街の一角から砂浜へ帰る道中、海沿いの道のガードレールに突っ込んでいる車を撤去しているのを見かけた。
レッカー車に吊られて、前のボンネットが大破し、フロントガラスも割れている痛々しい車だった。
パトカーが1台停まっていて、警察官が運転手に事情を聞いているようだった。
「さっきの、不動産屋の車?」
彼女が気づいた・・
おばあさんの別荘を売らないかと頻りに(しきりに)訪れていた不動産屋だ。おばあさんの剣幕で追い出され、自動車で立ち去った後、事故に遭ったというのだろうか。
不動産屋は二人いたようだったが、もう一人は何処へ行ったんだろう?姿が見えない。
「お化け屋敷って言ったから祟られたのかな・・」
千佳ちゃんがポツリと言う・・
悪口を言ったので災難に遭ったというのだろうか?余りにもタイミングが良すぎる。
あの洋館と白いワンピースの幽霊は、どうも繋がっているような気がする・・




