1.バイク
見通しのいい夜の国道を俺はバイクを走らせていた・・
夜だが、久しぶりに晴れ渡り、夜風が心地いい。
緩いカーブにさしかかる。街路樹があり、見通しが少し悪いが、普段よく通る道だ。
そんなに気をつけなくても、いつもスムーズに通り過ぎる。
俺は、スピードを緩めることなく、そのカーブを通り過ぎようとした。
その時・・・
前から対向車が!
避けきれない・・
「ウワー!!」大声を上げる・・
キキー!!ブレーキの音が鳴っている・・
ヘッドライトに照らされて、対向車に突っ込んでしまう・・
動きがスローモーションになる・・
ヘッドライトが徐々に大きくなり、俺のバイクが突っ込んでいく。
バイクのタイヤが、対向車のバンパーに当たる。
バンパーが大きく変形をするとともに、こちらのバイク全体が持ち上がり、俺の体が前へとせり出す。
フロントガラス越しに、女性が運転しているのが見える・・恐怖の表情・・
フロントガラスに俺の体がぶつかり、そのまま対向車の屋根の上を転がり、俺の体が宙に舞う。
バイクが横倒しになり、変形しながら、車と道路の間に吸い込まれていくのが見える・・
俺は頭から落下し、道路に体が激しく打ち付けられる。
次の車が走ってきたが、俺の体の手前危機一髪で止まった・・
バンパーの下に俺の体が挟まれた・・
車と道路の間から、向こう側の街路樹や歩道が見える・・
事故に遭ったショックからか、俺は動かない。
まだ痛みはないが、手足が痙攣している。
車から降りた女性が、青ざめている。
上の車からも、男性のドライバーが降りてきた。
「大丈夫ですか?」
男性のドライバーが俺の体をゆするが、動かない・・
やがて、救急車の音が遠くから聞こえてきた。
上の車がバックして、体を出す体制となる。
救急車が目の前で止まる。
2、3人の救急隊員が、俺の周りに駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?声は聞こえますか?」
聞こえてはいるが、俺は声が出せない・・
体がだんだん苦しくなってきた。
今まで貼り詰めていた神経が、痛みを感じはじめてきたのか?
タンカの棒が、体の両脇に設置され、ベルトで固定される。
数人の救急隊員によって素早くストレッチャーに載せられ、救急車の中に担ぎ込まれた。
救急車の中で、応急処置がされる。
苦しい・・!激しい痛みが俺を襲っている。
その苦しさに体を大きくもだえるが、救急隊員に強く押さえられている。
ようやく、行き先の病院が決まったらしく、
俺を乗せた救急車がサイレンを鳴らして走り始めた。
前の車が、面白いように除けていき、道路を通してくれている。
普段なら30分かかる道を5分もしないうちに病院へ着く。
病院へ到着し、ストレッチャーで救急治療室へと運び込まれる。
先生らしき人や看護婦が待っていた。
色々な機器が体に取り付けられ、酸素マスクや管を取り付けている。
ここに来る間に、痛みも治まり、気分も安らかに落ち着いている。
大した怪我ではなかったのかも知れない。
いや・・寝ている自分から意識が別になっているような感じがある。
これは、魂が俺の体から抜け出しているのか?
治療されている自分を見下ろしているような・・
「ピー」
機械音が鳴り響く。心拍音が無くなっている。
「心肺停止!危険です。」
「カンフル!AED用意!」
心臓に直接注射が打ち込まれ、電極を両手にした医師が、タイミングを見計らっている・・
それ、俺の体に当てるのか?
「ピピピピピ・・・」
バフ!!
鈍い音と共に、俺の体が硬直し、一瞬宙に浮く。
心臓マッサージをする医師。
心電図は波を打たない・・
しばらくマッサージをした後に、もう一度電極を当てる。
蘇生作業で時間が過ぎていく。
俺は、その様子を真上から見ていた。
蘇生を受けている自分の体を見下ろす形だ。
「ああ・・俺はこのまま逝ってしまうのか・・」
医師が時計を見る。
看護婦に尋ねる。
「何分経った?」
「45分です。」
側に居た看護婦が答える。
「家族は?」
「呼んでいます。」
「来ています」
扉の側に居る看護婦が答えた・・
「マッサージ、続けて・・」
看護婦に交代させて、医師が部屋を出て、外で待っていた俺の家族に状況を説明する。
ああ・・妻の姿が見える・・
「蘇生を試みたのですが、もう心肺停止から40分以上経過しています。
仮に、助かったとしても、脳障害が残りますが、どうしますか?」
妻が目を赤らめて、口を手で押さえながら、こくりとうなずく・・
「ありがとうございました・・」
「至らずでした・・」
医師がお辞儀をし、俺の体から機器を外すように、一同に指示する。
俺の顔に、布がかぶせられ、家族が部屋に入ってくる・・
「貴方~!!」
「お父さん!お父さん!!」
妻と子供達が、俺の体にしがみついて叫び、泣いている・・・
ああ・・俺は死んだのか??
は・・っと気づく・・
俺はバイクに乗っていた・・
今までのは夢だったんだろうか?
バイクを運転しながら、夢を見ていたのか?
変な夢だ・・不吉な・・
そんなことを考えながら、先ほど悪夢で見ていたカーブが迫っている・・
ここで、対向車が来たのだが、来たとしても避けられるだろう・・
注意して運転しようか・・
予想通り、対向車が見えた。除けようとする・・
が、ハンドルが取られる・・
そんな、バカな!!
うわー!!
スローモーションになる・・
接触事故の惨劇が繰り返される。
俺の体が宙を舞い、路面に叩き付けられる。
青ざめる自動車のドライバー・・野次馬が人だかりになっている。
救急車で運ばれ、病院で救急治療を受けるが、医師の苦労も虚しく、死に至る。
再び、家族が呼ばれ、俺の体にしがみついている・・
「お父さん、お父さん!」
その叫び声を聞くと、またバイクに乗って、あのカーブに差し掛かる・・
こんな光景を・・俺は・・もう・・何度も何度も繰り返しているような気がする・・・
「そうよ・・」
少女の声がした・・
誰だ?
「私は、美奈子・・あなたのお子さんに頼まれたの・・」
声はするが、姿は見えない
頼まれた・・俺の息子に・・・
この状況は何なのか・・そして永遠に続くのか・・・
この美奈子という少女は、俺をこの状況から救ってくれるのだろうか?
「俺を助けてくれるのか??」
「いえ・・」
ハンドルを握る手がこわばっている・・
このハンドルがいつもの場所に来ると、利かなくなるのだ・・
何故??
「ハンドルを放しなさい・・」
へ?
そんなことをしたら、余計・・突っ込んでしまう・・・
「お父さん!!もういいんだよ!!手を放すんだ!!」
息子の声がする・・
でも、大きくなったような・・
息子らしき、その声の通り・・ハンドルから手を放した・・
ふわっと体が宙に浮く・・
誰かに、抱きかかえられた感じがした・・
何だ??
今まで、カーブに差しかかると、迫っていた対向車がいない・・
前面のカーブを過ぎて夜の道が続く・・今まで乗っていたオートバイが見えない・・
私は、恐る恐る振り向いてみた。
一人の少女が、私を抱きかかえている・・
こんな大の大人の重さを軽々と持ち上げるなんて・・・
「あなたは、他の人を犠牲にするところだった・・」
「犠牲に??」
「他人を死に追いやれば、あなたの行き先は地獄でした・・」
「地獄??」
「さあ、あなたを、あの世へ導きます」
「俺は・・死んだのか?」
「ええ・・もう十年も前に・・見なさい・・」
そこには、大人になった自分の息子の姿があった・・
「タケシ・・」
「さあ、タケシさん・・アナタのお父さんに、好きだった、お酒を・・」
「ハイ・・」
コップに注がれた酒が俺の前に差し出される。
「ああ・・俺は・・あの時酒を飲んで運転していたのだった・・・
飲酒運転で、一生を棒に振ってしまったのだ!!
そんな酒なんていらない!!」
「良くぞ、言いました!!」
「へ??」
「それで正解です!!」
薄明るい部屋で、私は目覚めた・・病院なのだろうか??酸素マスクをして点滴やらの管が腕に刺さっている・・
脇には子供と妻の姿があった・・
泣きながら、私に抱きついてくる・・
「お前たち・・」
そして、その脇には見知らぬ少女が・・いや・・美奈子という少女??
「良かったですね・・あそこでお酒を飲んでいれば、あの世でした!!」
「俺は・・助かったのか??」




