167.坂田金時
なだらかな坂を昇り切り、山道が平坦になってきていた。
「道」と言っても両脇はうっそうと茂る杉林・・草木が人の通れるくらいの巾で刈り取られているだけの、名ばかりの街道である。
山刀を振るって、草をかき分けながら先頭を進む光の後に続く芳子・・
一本の大きな杉の木の根元に道祖神の祭ってある祠があり、そこが峠の様であった・・
「ようやく峠ですな・・」
ハアハアと息が荒くなっている芳子。
「そのようですな・・
この辺りで一息つきましょう!」
祠の前で手を合わせ、脇の岩に腰かける芳子。
周りの様子を観察して、危険の無い事を確かめてから、芳子の隣に座る光。
腰にぶら下げている袋から、米粒を取り出し、一握り芳子に渡す。
「糒です。お上がり下さい。」
「かたじけませぬ・・」
糒をポリポリとかじり、竹でできた水筒の水を飲む芳子。
日は西に傾き始めている・・
「峠を越えれば、次の宿場までは楽でしょう・・」
「そうですね・・
それにしても、人ひとり通りませぬな・・」
「地元の物も滅多に通らぬ道なのでしょう・・
この辺りには、山賊も出るという事ですから・・」
「山賊・・ですか・・
それは、怖いですな・・・」
辺りをキョロキョロと見渡して、身震いする芳子。
耳を澄ますと・・
グ・・ ググゥ・・
何やら音が聞こえる。
怪しい音だった・・・
「光殿・・この音は??」
グゥ・・ グゥゥ・・・
「分かりませぬ!ご用心を!」
刀を構える光・・
祠のある杉の大木の後ろの方から、その音が聞こえていた。
恐る恐る杉の木の後ろに廻り込む二人・・
グゥ~ ググゥ・・・・
大地を底から揺らすような、重低音・・
大木を廻り込むと、そこに修験者風の装いをした大男が横たわっていた。
大の字になって大いびきをかいて、寝入っている。
「いびきですか??」
「誰かが、寝ているようです!」
その声にきづいた大男が目を覚ます。
「があぁ~・・・よく寝たわい!!!」
大きく腕を伸ばして、大あくびをする大男。
光達に気づく。
光の後ろへ控える芳子。
「何じゃ!何じゃ??
怪しい輩がおるわい!!」
「怪しい??」
芳子が腑に落ちない表情になる。
「そなたは!何者だ!!」
光が恐る恐る、大男に叫ぶ。
「ん~~??
刀を向けておいて、名を名乗れとは、礼儀を知らぬ奴らじゃのう!」
かざしていた刀に気づいて、慌てて刀を引く光・・
「これは、ご無礼仕った(つかまつった)・・
某は、望月・光と申す者・・
京の都より、平井ヤスマサ殿の命を受け、信濃の善光寺平に使いに行く道中です。」
「同じく、芳子と申します。」
二人が、自分の素性を明かす。
その様子を覗って、大男が名乗りだした。
「京より信濃まで使いとは、それは大事なお役目ですな!
ヤスマサ様の名は、聞き及んでおります!
都に蔓延るもののけ退治に奔走されておるとか・・
某は、坂田金時と申す者・・
彦根より駿河まで向かう途中でござります。」
「金時・・殿・・」
芳子が呟く。
「ふふ!」
不敵な笑みを浮かべた金時・・
脇にあった長く重そうな槍を持ち、振り回す。
ブン!!! ブン!!
空を斬る大槍・・その様子を固唾を飲んで見守る芳子と光。
「某、槍の使いと力技には少々自信がありましてな!
幼少の頃には、山の中の熊と、よく格闘をしたものです!」
「何と・・熊とな!!」
驚いている芳子。
グググゥ~~
金時の腹から大きな音が出る・・
腹を空かしているようだった・・
「うう・・・じゃが、二日も食べ物にありついておらぬのです・・・
水ばかりでは・・力も出せぬ・・」
急に、力が衰え、へなへなと地べたに槍を突いて座り込む金時・・
先程の威勢の良さは、何処となく消え去っている。
「プッ・・」
思わず吹きだす芳子・・
光の方を見る・・
「光殿・・」
合図を送る芳子。うなずいて、腰の袋から糒を取り出す。
「少ないですが、お上がり下さい。」
「おお~!!!!
これは!!!
かたじけない!!!」
糒をガバっと口に頬張る金時。
「ところで・・・」
光が糒を貪る(むさぼる)金時に向かって窺う。
「どうしましたかな?」
「ここは、甲斐や信濃へ通じる街道のはずです・・
道中、金時殿の他には誰にも会わなかったのですが・・」
「さよう・・
ここは、都と信濃路を結ぶ要衝の要であります。
本来なら、もっと人通りがあっても良さそうなのですが・・
来る道中、怪しい噂を聞いておりまする。」
「怪しい・・噂??」
芳子が反応する。
「この辺りで、山賊が出るとの噂です。
身ぐるみどころか、女子供、年寄に至るまで命を奪ってしまうとの事ですが・・」
その返答に、顔を合わせる光と芳子。
「光殿!」
「やはり、先を急がねばならぬようですな!」
だが・・
「その必要もなさそうですよ!」
不思議な言葉を放った金時・・
辺りを見回す光・・
杉の木が林立する中、茂みに隠れた無数の人影がチラチラと見えている。
こちらの様子を覗いながら、ジリジリと間合いを詰めて来ていた。
「山賊・・ですか?」
芳子が恐る恐る聞く。
「そのようです・・芳子殿!気をつけて!」
「はい・・」
刀を再び構えた光の後ろに控える芳子。
周りを囲まれているが、余裕の表情で糒を食べ続けている金時に呆れる芳子。
「しかし・・この様な時でも、よく食べていられるものじゃ・・・」
「ふふ・・娘さん・・
腹が減っては、戦はできぬと申しましてな・・」
「戦??
これから、一戦交えようというのですか?」
「さよう・・・」
その言葉と共に、バッと立ち上がり、脇に差してあった槍を携える金時。
「飯のお礼はせねばなりますまい・・
おそらく、こやつらは貴女方を付け狙っていたようですね・・
某は、文無しに近い・・」
「ふふふ!その通り!!!」
金時の言葉に答えるように姿を現わした山賊の頭のような人物・・
刀を構えて、こちらを威嚇している。
「有り金全部おいて行けば、命は助けてやる・・・
・・・と、言いたい所だが、
我らは、噂通りの盗賊よ!
女以外は、あの世に送ってくれるわ!
念仏を唱えるがよい!」
周りの木の陰に隠れていた賊が姿を現わし、石に紐を付けて振り回している。
「囲まれたか!・・」
呟く光・・
「私めは・・命は助かるようですな・・」
芳子が希望的な事を言っているが・・
「捕まれば、その体を犯された上に売り飛ばされまする!」
槍を構えだした金時から諭される(さとされる)芳子。
「それは・・嫌ですな!!」
顔を赤らめ、光の陰に身を潜める芳子。