14.合宿所
夏休みに入った。
僕たち生徒は休日を楽しんでいるが、先生方は違うらしい。
毎日、通常通り登校し、色々な業務を行う。
部活動の顧問の先生はなおさらやることが多い。
この日は、月の初めの定例会議の日だった。
教務室に大勢の先生が集まり、会議を開いている。
幾つかの議題が終わった後、女の教頭先生が話し出す・・
眼鏡を掛け、如何にも堅苦しいインテリ風の女教師だ。
「次の議題ですが・・・最近、音楽室で『ゴーストバスター部』なる部活ができて、生徒が何人か集まっているそうですが、
雨宮先生、どういうことなのですか?」
いきなり、僕たちの活動の話になっている。
「はい・・その通りです・・」
「まだ、そんな部活動は認められていません・・
第一、我が校には『オカルト研究会』が現存していますが・・」
この学校にオカルト研究会なる活動があったとは、また初耳だった。
顧問は、この女教頭先生なのだそうだが・・どうしても同じような部活動を廃止したいようで・・
「一応、部活の申請用紙は書いてきたのですが・・」
部長に僕の名前、副部長に彼女、顧問は雨宮先生になっている・・
こんな時期に部活届けを出すのも遅すぎる気もする。
「校長先生?こんなことが認められるんでしょうか?」
校長先生は困っているようだった・・
「はあ・・生徒がやりたいのなら・・やらせては・・?」
「校長!!」
教頭先生の激にびくっとなる校長先生・・
だが、教頭先生が何やら思いついたらしい・・・眼鏡がキラリと光った・・
悪い予感・・
「ふふ・・・それでは・・・こうしましょう・・」
教頭先生が提案した、その恐るべき内容とは・・・・・
人里離れた山道を猛スピードで車が走っている。
「あの、インテリ処女め~!!」
ハンドルを握り締めた雨宮先生が、叫んでいる。
インテリ処女って・・教頭先生の事?
こんなに激しい先生も初めて見る。怒った先生も魅力的だけど・・
「先生!ちゃんと前見て下さい!!」
助手席に座っていた僕が注意する。
山道のカーブの多い道路だ・・目の前に崖が迫ってくる・・
キキキキー!!!!
「うわ~!!」
僕の叫び声が車内に響く。
崖の下の生い茂る木々がチラッと見えたかと思ったらガードレールすれすれで急ブレーキと急ハンドルですり抜けて次のカーブへと向かう先生の車・・・助手席は生きた心地がしない。
「ヒロシ君!しっかりつかまってなさいよ!
ガラスに頭ぶつけないようにね!」
横目でチラッとこちらを向いて、無茶苦茶な事を言う先生。
スピードを落とせば良いものを・・
「先生~もっと飛ばして下さ~い。スリル満点~」
「あ・・危ないよ~」
「あはは~。分かってるじゃない千佳ちゃん!
もっと飛ばすわよ~」
「ヒエ~~」
後ろの席でキャーキャー騒ぐ彼女と千佳ちゃん。
アクセルをふかす先生。ドアの上の取手をしっかりとにぎりしめる僕。カーブが次々に迫っては通り過ぎる。
音楽室でのいつものメンバーだが、急に先生に合宿に誘われ、先生の車に乗せられ、人里離れた山奥へ連れて来られているのだった・・
こんな場所に何があるのだろう??
「先生、仕事って・・何するんですか??」
僕が聞いてみる・・
「いわく付きの合宿所の除霊よ!」
「除霊~??」
一同が驚く・・
いきなり連れてこられて、いきなり除霊ですか~???
「あの、教頭をギャフンと言わせましょ!」
女同士の争いは、すさまじいものがある・・
「ワクワクしちゃうな~。」
っと返事をしたのは、千佳ちゃんだった・・
「へ?」
「私、オカルト映画大好きだし、『あなたの知らない世界』とか・・毎回欠かさず見てるんだ~」
そうか・・霊感のある彼女はみんなから敬遠されているけれど、千佳ちゃんは逆に彼女と仲が良いのは、
興味があってのことだったのか・・類は類を呼ぶってところだな・・・
でも、合宿所の除霊??
そう言えば、合宿所の噂も聞いた事、あったっけ・・
いくつかの、怪奇現象があるという噂を、友達がしていた・・
そんな大仕事、僕達にできるのだろうか?
山道のカーブの多い難所が終わり、しばらく走ると、問題の合宿所についた・・
話に聞いた割には、周りは林で囲まれ自然豊かで青空も広がって、実に平和そうな合宿所だ。
昔、廃校になった校舎を改装し、合宿所として使っているそうだが、色々な噂が広がり、今は滅多に使われていない。
先に来ていた管理人さんが鍵を開けている。
「いらっしゃい・・」
「お世話になります」
先生が管理人さんに挨拶をしている。
「しかし、珍しいですね~・・ここ最近、この合宿所は使われなかったのに・・」
合宿所の扉を開けながら話している管理人さん。
「色んな噂があるって・・聞いてますが・・」
「そうですね・・幽霊が出るって噂も聞いてます。生徒達の間ではね・・」
「実際はどうなんですか?」
「私は、見たことはありませんね・・ずっと草取りとか、掃除とかしてるんですが・・」
合宿所の周りは、手入れが行き届き、建物の中も綺麗に掃除がされている・・
多少の蜘蛛の巣は張ってはいるが、少し掃除をすれば、ちゃんと使える程度だ・・
「何かあったら、携帯でお知らせください。火の元にはくれぐれも気をつけて・・」
鍵を渡される先生。
「はい・・」
管理人さんが車で帰っていく・・
取り残された僕達・・確かに、4人になると少し寂しく、不安になった・・
「先生・・・?」
僕が先生に聞いてみる・・
「と・・とりあえず、作戦会議よ!!」
この合宿所で、どんな事件が待ち受けているのだろうか・・・
教室を改装した宿泊部屋で、僕たち4人で作戦会議が練られていた。
1日のスケジュールが紙に書かれていく・・
『ゴーストバスター部 スケジュール表』・・・
6時起床、7時朝食・・昼ごはんの前に掃除と学習時間、昼から強化訓練・・
この「強化訓練」って何なのかな~?除霊の練習とかなのか???
「今日は、これから掃除をして、夜に最初の除霊をします!」
「除霊ですか・・?」
「望月さん・・例の物は?」
「はい・・とりあえず、簡易的なセットは持って来ましたが・・」
彼女の荷物が多かったのは、その為か・・
「ところで先生・・」
僕が先生に質問をする。
「この合宿所に『出る』っていう霊は、どんな話なんでしょうか・・?」
どんな霊がいるのか、予め知っていれば、気構えも違う。
最小限の情報は聞いておきたかった。
その質問にゴクリと唾を飲む先生。苦笑いをしている・・
「そ・・そうね・・」
かなり、ヤバそうな話があるのだろうか?
「この合宿所に出るっていう幽霊だけど・・」
代わりに千佳ちゃんが話し始める。
「詳しくは知らないけど、溺れた少女と首なしの幽霊だったハズだけど・・」
首なし・・それはまた尋常でない・・そんなにすさまじい話があるのか・・
千佳ちゃんにも、『その手』の情報は入っていたようだった。
「その辺の情報は入っているんですか?」
先生に聞いてみる。
「いえ・・あの時は・・頭に血が昇ってて・・」
肝心な話は頭に入っていなかったようだ。
う~ん・・詳しい情報が無ければ、自分たちで調査する以外になさそうだ・・
急に連れてこられて、更に分からない事を調査して、それを除霊するのって・・全く計画性がないではないか?
「先生・・それじゃぁ、あんまりです!!」
「ごめんなさい・・とりあえず、夜までは様子見ということで・・・」
先生も、自分の失態を反省するので手一杯のようだ。
「じゃあ・・私が監視してます・・」
眼鏡を外す彼女・・彼女が見ていれば安心だ・・
「お願いね・・望月さん・・」
手を合わせて拝んでいる先生・・後で甘いものをたんまりとねだられそう・・
「じゃあ・・掃除からやりますか・・」
仕方なく、僕も次の作業に入るように促す・・
皆で手分けして恐る恐る、合宿所を掃除しはじめるのだった・・・
夜の合宿所は昼間の長閑な(のどかな)光景と一変して、不気味な様相になっていた。
改装したとは言え、古ぼけた廃校には変わりなく、老朽化した梁や柱はそのままで、学校だった頃や合宿での生徒達の想いが詰まっていそうだ。苦しい事、悲しい事…様々な怨念が伝わってきそう…
辺りは暗くなり、窓の外には闇が広がっている。昼間は自然豊かに見えていた林は、シーンと静まりかえり、今にも魔物が出てきそうな感じだ。
僕たちは合宿所の一端にある木造の運動場に集まっていた。
彼女が除霊を行うべく、会場を設定している。
運動場の中央に、机を並べて簡易的な祭壇にして、お供えを並べる。魚の干物に大根とリンゴ。
小皿に盛られた塩、米、コップに水、酒。即席で作ったヘイソクを立てる。
紅白の巫女姿になった彼女・・
やっぱり、この姿も可愛い!
(あ・・不謹慎だったか・・)
僕たちも、祭壇の前に並ぶ。
厳かに除霊の儀式が始まる。
呪文を唱えて、交霊を験している彼女。
祭壇のロウソクが揺れている。
それを見守る僕と千佳ちゃん、先生・・
しばらく、儀式をしていたのだが、彼女がつぶやいた・・
「おかしい・・・」
「どうしたの?」
先生が問いただす・・
「いないんです。」
「居ない?」
「昼間から様子を見てたけど、この合宿所には、霊の存在がない・・」
猫の子一匹・・もとい・・猫の霊一体すら見受けられないという・・
「そんな・・」
一同、顔を見合す・・
数々の噂話があるにも関わらず、霊が一体も居ないというのも、変だ。
ある程度の霊との対決を覚悟して霊感ケータイを握りしめていたのに、意外というよりも、かえって不気味なのだ。
不安が過る…
「まあ、霊が居ないってことは・・良いことなんじゃないの?」
今まで無言だった千佳ちゃんが、ポツリと言った・・
千佳ちゃんも、意外と大胆な発言をする・・
「それも、そうね・・・」
その夜は、それ以上は詮索しないことにして、早めに寝ることにした・・
「じゃあ、お風呂でも入りましょうか・・」
先生が提案する。
「は~い!賛成~!」
女子の浴室は、合宿所と言えども、意外と広く、湯船は2人がゆったり入れ、洗い場も2人分はあるとのことだった。
それに比べ、男子はシャワーのみの仕様だ・・
これだけ差をつけられると、女子に生まれてきたかった気もする・・
一人、寂しくシャワーを浴びる僕。今にも後ろから手でも出てきそうな妄想をしながら頭を洗っていると、壁伝いに女子の入浴している会話が聞こえる・・
「先生・・ナイス・バディーなんですね~」
「ふふふ・・みんなもそうじゃない!」
「え~、私、もう少し胸が欲しいナ~」
千佳ちゃんが幻滅している声がする。千佳ちゃん、そんなに胸が大きくなかったっけ?
「ちゃんと大きくなるわよ~」
フォローする先生。
「あ、この風呂、24時間風呂なんだ~・・泡風呂だよ~・・」
彼女の声がする。『泡風呂』か・・男子がシャワーだけなのに対して、その差はいったい・・
「この合宿所、私の家よりも設備が良いじゃない・・」
「アレ?スイッチ動かない・・」
「先生~・・シャンプー貸してくださ~い」
「はいはい・・」
僕も、仲間が欲しい・・
一人で恐る恐るシャワーを浴び終え、冷えきったタオルで体を拭く僕だった。
お風呂を済ませ、教室を改装した宿泊室に4人の姿があった。
皆で布団を敷いていたが・・
「あれ~?何でヒロシくんもいるの~?」
だって・・怖いじゃない・・こんな薄気味悪い合宿所で・・ドサクサにまぎれて、一緒に・・せめて部屋の片隅にでも置いて欲しかったのだけれど・・
「へ?ダメ??」
「ヒロシくん、男でしょ~?」
みんなからブーイングされ、白い目で見られている・・
「はいはい・・僕だけ男ですよ・・」
しぶしぶ、隣の宿直室の畳部屋へ布団を持って移動する僕・・
女子の方は3人で和気藹々と楽しそうだった・・
それに比べて、僕は寂しく一人・・
隣の部屋に先生たちはいるものの・・
夜の一人部屋は、恐怖でいっぱいだった。
窓を眺めると真っ暗な林の上には満天の星空が広がっていた・・
街中では、滅多に味わえない光景だが、静かな夜は、かえって不気味な感じがする。
僕は、毛布をかぶって、そのまま寝込むことにした・・




