153.次の日の朝
一度失った信頼を取り戻すのは容易な事ではない。
長い時間を掛けてお互いの信頼を築き上げて来ても、
失うのは一瞬である。
今まで信頼していたモノを疑いだせば、音を立てて崩れて行く。
再び、信頼を回復するには、多大なエネルギーを要するであろう・・
チュン
チュン・・
次の日の朝・・・水島家。
先輩の部屋。
ベットに横たわる先輩。
ボウッとした表情で、天井を見つめている。
あれからずっと寝付けなかったらしく、目が赤い。
机の方を向く。
机の上に置かれた、霊感ケータイ・・・・
「私・・・」
ムクッと起き上がって、呟いた。
洗面所の前で、歯磨きをしている拓夢君。
鏡越しに先輩が降りて来たのが見えた。
「お姉ちゃん・・
おあよ~・・・」
歯磨きのブラシをくわえながら声をかける拓夢君・・
「おはよう・・」
元気の無い返事が返って来た・・
昨日は一睡もしていない様子だと感じた拓夢君・・
「タクム・・」
先輩が何かに気づいて拓夢君に話しかける。
「なに?」
「昨日、学校へ行ったのよね・・・・」
先輩は、夜中に拓夢君が起き出して、こっそり学校の方へ行くのを見ていた。
「うん・・・」
うがいをして、歯磨きを終えた拓夢君。
タオルで口の周りを拭いている。
鏡越しに会話を続ける先輩。
「望月さんは・・・?」
彼女の事が気になる先輩。
あの後、いったいどうなったのかが気がかりだった。
「あ・・お母さんと先生で家まで連れて帰ったみたいだけど・・・」
かなりの重傷だった彼女。
実際は、家でなく病院へ連れて行ったのだった。
先輩を心配させない様に、その事は伏せようと思った拓夢君。
「そう・・・
何か・・
変わった事は無かった?」
変わった事・・・
真っ先に思いついた事・・
千佳ちゃんが、ポツリと言った一言を思いだした。
・・先輩の事が
信用できない・・・
でも、その事も黙っておこうと思った。
「いや・・
何もなかったよ・・」
だが、その表情には、何かを隠している感じがあった。
「そう・・」
そう答えて、食堂へ向かう先輩。
それを見送る拓夢君・・・・
先生のマンション。
僕と先生が、エントランス前で先輩の来るのを待っている。
登校と下校は先輩が付き添うという約束だった。
でも、昨日の事件の後、かなり先輩も落ち込んでいた。
僕も、部屋に戻ったものの、なかなか寝付けなかった。
徹夜に近く、あまり元気ではない僕・・・
ふわぁ・・・・
あくびをした先生に、話しかける。
「眠そうだね・・先生・・・」
「ええ・・
昨日は、あれから、陽子さんと望月さんを病院へ送って行ったから・・
完徹に近いわ・・・」
「ミナは・・
どんな様子なの?」
「だいぶ、胸が苦しそうだったわ・・
あの様子だと、多分、今日は登校できないわね・・・」
ワラ人形で、再び攻撃された彼女・・
この間、復帰したばかりなのに、4日で登校不可になってしまうのだろうか・・・
良く考えれば、殆ど毎日、Hijiriや童子の攻撃や策略に悩まされている。
「水島さんには、内緒にしといた方がいいのかな・・」
「ミナが病院に行った事ですか?」
「ええ・・
昨日はパパも負傷したけど、
ワラ人形の男の子には逃げられたし、水島さんの目的は空振りに終わってしまった・・
陽子さんにも協力できないって言われてしまったし・・」
「先輩も、ショックみたいでした・・」
「そうよね・・」
そうこうしているうちに、先輩が自転車を曳いて歩いてきた。
「おはようございます・・・」
元気の無い先輩。
「おはよう。水島さん・・・」
その表情を見て、先輩も一睡もしていないと察した先生。
それ以上は言葉が出ない。
「あ・・
自転車、ありがとうございました・・・」
自転車置き場へ自転車を置きに行く先輩。
昨日の帰りは、颯爽と自転車に乗って行った先輩・・
今朝は、全くその逆で、落胆した感じだった。
学校へ歩き始める僕と先輩と先生・・・
会話は殆ど無かった。
それでも、彼女の事が心配らしく、先生に聞いてくる先輩。
「あの・・・
望月さんの容体は・・
どうでしたか?」
「え?
・・
ああ!望月さんね・・」
動揺している先生。
本当の事を言っていいかどうか迷っている。
「陽子さんが付いているから、
心配ないと思うわ!」
「陽子さん・・」
昨日、激しい口調で先輩を叱った彼女のお母様・・
「何か・・
言ってました?
私の事・・」
先輩に協力できないと言い残して、彼女を迎えに行ったお母様の動向が気になるらしい・・・
実際は、先輩の事よりも、病院への対応でいっぱいいっぱいだったのだろう・・
「いえ・・
何も、言ってなかったけど・・・」
「そうですか・・」
深く落ち込んでいる先輩・・
先生が宥める。
「あまり、根詰めないでね・・水島さん。
陽子さんは、あんな気性だから、
きつく言ってたけど、
あなたに、もっと頑張って欲しいのよ。
皆の安全に、気を配ってもらえれば、それで良いんだと思うわ。」
「でも・・・」
「もうちょっと、連絡を密にするようにしましょうよ!
私も、昨日は『各自で考えて』
・・ってアバウトな事を言ったからこうなったのよ。
私も反省しなきゃね!」
「いえ・・先生は、間違っていません・・
あの時、博士に消磁された霊を見て、
皆が落胆していたのを、気遣ったんですから・・」
「そう・・か・・」
先輩に的確な判断だったと言われ、それ以上は何も言えなくなってしまった先生。
「おはようございま~す!」
沙希ちゃんが挨拶してきた。
拓夢君が登下校時をガードする役になっている。
沙希ちゃんは昨晩、あの危険な事件には関与していなかったため、ぐっすり眠って来たようだった。
むろん、今日の会議で何をしようかなんて、考えてもいなかったのだろう・・
寝不足の他のメンバーに対して、いつも通り元気な沙希ちゃん。
「おはよう・・沙希ちゃん・・」
先生が答える。
「あれ?何か、皆、元気ないですね~。
どうしたんですか~?」
あどけない表情で聞いてくる沙希ちゃん。
まったく悪気はないのだが、先輩には、逆に酷の様だった・・
「昨日、ちょっと事件があってね・・
みんな、寝不足なんだよ。」
僕がフォローするのだが・・
「え?昨日、何かあったんですか?」
・・何かあった・・
沙希ちゃんの問いに、反応する先輩。
「あ!沙希ちゃん!
僕が後で話すよ!」
拓夢君がさらにフォローを入れる。
「え?何々~?
気になる~。」
はしゃぐ沙希ちゃんと俯く先輩・・
先輩に気を使っていることが、かえって先輩を刺激している感じがした。
校門で、千佳ちゃんが待っていた。
彼女の姿は無い。
やはり、病院か自宅で療養しているのだろうか・・
昨日はかなりの重傷だったから・・・
「おはよう・・みんな・・・。」
千佳ちゃんが、元気の無い挨拶をしてきた。
「おはよう。宮脇さん・・
・・
望月さんは?」
先生が一応、聞くが・・
「今日はお休みだって、住職から電話がありました。」
「そう・・お見舞いに行かないとね・・」
「はい。放課後に行って見ようかって思ってます。」
先輩をチラッと見る千佳ちゃん。
「あ・・
私も・・
行くわ・・・」
「いえ・・
先輩は
陽子さんに
会わない方が良いって・・・
住職から言われました。」
キッパリと切って捨てる千佳ちゃん。
「陽子さんが・・・」
昨日の件もあり、かなり怒っているのだろうか?
会わない方が良いというのも、よほどの事態なのだろう・・・
「ねぇ、タクム!」
拓夢君に話を振る千佳ちゃん。
「どうしたの?」
「今日から、おじいちゃんが、稽古をつけてくれるって!
警察の道場で教えるって言ってたよ!」
「本当??
いよいよ、剣術を習えるんだね!!」
「う~ん・・剣道なんだけどね・・」
「わ、私も行きます!」
沙希ちゃんが話しに割って入ってくる。
「え~??あんたも行くの~?」
「だって!面白そうじゃないですか!
私も、剣術覚えておけば、何かと便利ですよ!」
どう便利なのかはわからないが、行きたそうな沙希ちゃん。
「ま・・仕方ないか・・
同じ、ゴーストバスター部なんだもんね!」
「宮脇さん・・
私も・・
剣術を習いたいんだけど・・」
恐る恐る先輩が千佳ちゃんに言う。
だが・・
「先輩は、いいですよ!
これは、私達、ゴーストバスター部の活動なんですから!」
「え?」
突き放したような千佳ちゃんの言葉・・
「自分達の命は、自分達で守らなきゃ・・」
横目でチラッと先輩を睨んだ千佳ちゃん。
「ね~タクム!
あんたは、私を守ってね!!」
「あ・・はい・・」
拓夢君の腕を絡んでくる千佳ちゃん。
そのまま、玄関の方へ歩いて行った。
取り残される先輩。
千佳ちゃん達を見守っている・・・・
そんな姿を、すぐ近くの女子数人が見ていた。
足早に教務室の方へと向かう・・・
教頭先生に報告している、その女子達は、オカルト研究会の部員だった・・
「やはり・・あの話は本当の様ね・・・」
ニヤッと笑う教頭先生が、携帯電話を取り出す。




