139.成仏
教頭先生の向かった先・・
2階の理科準備室の奥に、いつもの装置を携えている博士や大平さんの姿があった。
雑誌社の片桐さんも立ち会っている。
ブーン・・・・
大平さんが、装置の表示部分を見ながら、ケーブルで繋がっているアンテナの様な棒状のモノを、窓際の方へと向けている。
「もう少し、右じゃ!大平君!!」
「はい・・」
博士が、装置と携帯電話の画面を見ながら大平さんに指示を出す。
携帯電話の画面には、例の「霊感ケータイ・アプリ」が表示され、中央付近に白い塊が映し出されていた。
校内の地縛霊の「位置」がわかるのだ。
それを見ながら、ゆっくりと装置をそちらの方に向けて行く・・
「その辺りじゃ!数値に変化は?」
「約20dB上昇しました。磁場に変化があります。」
「うむ・前回の計測通りの位置に、動きは無いか・・
では、作業に移ろう!」
「はい!消磁モードに切り替えます!」
機械のスイッチを入れる大平さん・・
ピーイイイイイイ・・
かん高い機械音を発している装置・・
理科準備室の窓際・・
そこには、僕が校舎に徘徊する悪霊を探索している際に、彼女から預かった地図・・
校舎内の「霊」の地図に書いてあった地縛霊が居たのだ。
膝を抱えて、俯いている男性の霊・・
その昔、ここで働いていた教師が不慮の事故死で、この場に居座って地縛霊となったと聞いている。
大平さんに、装置を向けられ、頭の中心部分にアンテナの様な部分が当てられた。
「消磁モード」に切り替えられた途端、その地縛霊が異常に気付く。
頭の中心部に強烈な磁界が発生させられ、もがき苦しむ地縛霊・・
その場所から動く事も出来ず、ただ単にもがくしかなかった・・
「がぁあああああああ!!!!!!」
苦しみのあまり、悲痛な叫び声をあげる地縛霊・・
「何だ!?
また、叫び声が聞こえます!!」
「私も!」
中校舎から保健室の方へと歩いていた拓夢君と千佳ちゃんが反応する。
「まだ、博士が続けているの?」
先生には聞こえないが、拓夢君達の様子に慌てる。
「はい・・
酷い声です・・
苦しそうだ!!!
自分の存在を否定されてる感じだ!」
拓夢君が消えゆく地縛霊の代弁をしている・・
夕方・・
中校舎が静けさを取り戻す。
博士の一行は教頭先生と共に帰宅し、オカルト研究会の部員達も部室に入った。
体育館に避難していたゴーストバスター部が、中校舎の様子を探りに、各階を見て回る。
理科準備室の窓際・・・
「こんな・・
こんな事って!!!」
彼女が目に涙を溜めている。
先輩も、霊感メガネをかけて、その状況に言葉を失った。
「どうなったの?お姉ちゃん・・」
「ひどいものよ・・」
無念な表情の先輩が、メガネを拓夢君に渡す。
「これは!!
酷い!!」
拓夢君も絶句している。
ピ・・
僕は霊感ケータイを取り出し、カメラを作動させた。
「何だ!!!これは?!!」
霊感ケータイのカメラに映像に映し出された光景・・
それは、地縛霊となっていた教師・・だったであろう霊の残骸・・・
頭の部分がスッポリと抜けていて、首から下も穴だらけの無残な姿・・
胸も手も・・ポッカリと穴が開いている様に、向こう側が見えるのだ。
博士の装置によって「消去」されたのだろうか?
それでも、膝を抱えて俯いている姿勢は変わらなかった・・
自分では動く事も出来ず、されるがままに・・各部分が消去され、苦しんでいたようだった・・・
悲痛な叫びが、彼女や拓夢君達には聞こえていたそうだ・・
「地縛霊は・・そこから動けないから・・
博士に、いいように消されてる・・」
彼女が説明を加える。
「これって・・
浄霊・・
なの??」
「こんなの・・
浄霊でも除霊でもなんでもないよ!!!
ただ、霊体の霊力の濃い部分を消してるだけ!!
成仏もしていない!!」
確かに・・中途半端に消された霊は、成仏もしていないだろう・・
こんな状態では、「霊」とも言えない有様だ・・
「摩訶般若波羅密多・・・」
彼女が般若心経を唱えだす。
お経が一通り終わって、九字を切る。
今まで霊感ケータイに映っていた地縛霊の残骸がスーっと消えて行った・・・・
「あんな状態で・・
『成仏』できたの?
『あの世』へは無事に行けたの?」
僕が訊ねる。
「わからない!
こんなの・・
初めてだもん!!」
そう言って、僕に寄り添い、泣きだす彼女・・・
「あの霊だって・・
他の人に迷惑なんてかけないはずよ!
危害を加える事も無いのに・・
一方的に消されるなんて!!」
そう言った彼女を強く抱きしめる僕・・・
「こんな事・・
あっちゃいけないんだ・・・」
先輩も、目に涙を溜めて、こちらを見つめている・・・
「私達の研究って・・
こういう事をするのが・・
目的だったの??」
「水島さん・・」
先生が先輩の肩を叩く・・
「止めさせないと!
確かに、研究の内容は凄いけれど・・
『霊』の世界を壊している・・
生前は、僕達と同じ、この世を生きていた人間なんだ!」
憤りを隠せない拓夢君・・
「でも、あんなにガードが堅いと・・
何も出来ないわね・・」
「何か、方法は無いんですか?」
千佳ちゃんと沙希ちゃん・・・二人の会話にも無力感が漂う。
パン・パン
いきなり先生が手を叩いた。
そちらに注目する皆・・
「みんな、今日は、もう遅いから、
家に帰って、ゆっくり休んで!
対策は明日、考えましょう!」
「先生・・」
「みんなが悔しいのは分かるけど・・・
今は、何が出来るのか、考えましょう!
焦った方が負けよ!」
その言葉に、皆が納得し、各自で家で考える事にした。
「じゃあ、僕、沙希ちゃんを送っていきます・・」
拓夢君と沙希ちゃんが僕達と別れて沙希ちゃんの家を目指す。
いつでも応戦体勢に入れるように、霊感眼鏡もかけている。
布でぐるぐる巻きにしたサスマタを抱えている拓夢君の後姿は、だいぶ見慣れてきた。
源さんから剣術を習うという事だが、そうなれば頼もしい存在になるのだろう。
まぁ、今でも、頼もしいのだけれど・・・僕よりも・・・
僕と先輩、先生は同じ方向だったが、先輩は霊感ケータイで都心の母達とコンタクトを取りたいと言うことで、先生のマンションに寄るそうだ。
彼女が心配していた展開になってしまった・・
最終的には、僕が先輩を送り届ける事になるのだろうか?
そんな事を考える以上に、博士の消磁作業の影響の事で頭がいっぱいの僕達だった。
先生は、銘々で考えてくるようにと言っていたが、良い案も出てきそうにない。
先輩も先ほどの事がショックで、その事に関しては一言も話さなかった・・・
それは、拓夢君も同様で、元気が無かった。
それも、仕方が無いと思う。
地縛霊の霊体が、不本意に消去されている姿は、見るも無残な光景だったのだから・・・
「都心の方も対応は大変なの?」
先生が先輩に聞いてくる。何か話題を作ろうとしていたようだ。
「はい・・
昼間の事故の結果も気になります。
自殺者の霊や思念波も消されていたみたいだし・・」
「同時に、こっちと都心の事件が起きているのね・・」
「たぶん、計画通りなんだと思います。」
「計画通り?」
「混乱させて、こちらの調査の進行を遅らせている・・」
「こちらの調査?」
「私達は、あの『アプリ』を調査しなければ、解決の糸口が掴めないんです。
タクムも言ってたけど、Hijiriが人を操るのに、アプリを使っているのは明白ですが、
それについての調査は全く進んでいないんです。」
「そうね・・
美咲さんたちに会えたけど、愛沙さんからの情報は聞いていなかったからね・・」
「美咲さんが、アプリは消したって言ってました・・
愛沙さんに使わせるのは危険だって・・」
僕が話に加わる。
「そう・・
あのアプリは危険・・・
大谷君が愛沙さんのために作ったアプリを、改造して、殺人アプリに仕立てられたんだから・・
彼が知ったらショックでしょうね・・」
「大谷君?
新しいオカルト研究会の副部長になった人?
あのアプリは・・愛紗さんの為に作っていたの?」
「はい・・
博士やHijiriの来る前に試作品が出来ていたんです。
それも、愛沙さんに、亡くなった人の面影を再現したいって想いで作っていたそうです。
それは、美咲さんも知っていた・・」
先輩が説明を続けた。
「一度、消したはずのアプリが、再びHijiriから送られてきたそうなんです。
その時のバージョンは、既に上がっていて、使えば生体エネルギーを消費するようになっていた・・」
「それで、あの時、愛紗さんが音楽室で虫の息になっていたのね・・・」
「博士にしても、その大谷君にしても、
私達に危害を加えるつもりはない・・
自分の目的のために、一途な想いで作り続けていたのに・・」
「Hijiriに良いように利用されているのね!
自分で危害を与えている自覚が無いのに・・
他人を傷つけている・・・。」
「その『自覚が無い』というのが、
私達を苦しめている最大の要因なんです。」
自分がしている行為が、人を苦しめている・・
しかも、自分の大切なモノを守ったりするために、そうなっているとしたら・・
それは悲劇・・
なのだろうか?
「私も、知らないうちに、誰かを苦しめているのかも知れないわね・・」
先生がポツリと話し始める・・
「教頭先生にしても、オカルト研究会にしても、
私達の部活の活躍は、目の上のたんこぶなのよね・・・
私に、あれだけの敵意を見せているんだもの・・」
今日の中校舎での出来事を想い出している先生・・
教頭先生に行く手を阻まれ、罵声を浴びせられたという・・
「そうですね・・・
知らないうちに、誰かを傷つけている・・
誰でもある事なのかも知れない・・・
でも、
その対立を煽って(あおって)いるんですよ。
私達に
精神的なダメージを与えている・・
いえ・・
最終的に、
都心の陽子さんや
望月さんを狙っている・・」
「それがHijiriや童子の狙い?」
「そう・・
それに
ヒロシ君も・・
標的になっている可能性もあります。」
「え?オレ?」
意外だった・・僕が標的にされるなんて・・
僕は何もできないし、霊感すらないのだから狙っても何の得にはならない・・・
「気がかりな事は・・
まだあるわ・・・」
意味深な言葉を放った先輩・・