130.対決
「飛び降りなさい!!」
その声に振り向く野口・・
屋上の出口に立ちすくむ法子さんの姿があった。
新人社員が寄り添っている。
「法子さん!!」
驚いている千尋さん・・・
「そこから、飛び降りなさい!!
あなたなんて、
生きている資格なんてないわ!!
私の夫を奪おうとして、
私を騙して!
私を殺そうとした!!
息子まで危険にさらした・・
私の・・
家族の
幸せを奪おうとした、
あなたが憎い!!!
絶対に許さないわ!!!」
怒りを露わにする法子さん・・
だが、これから飛び降りようとする千尋さんへは背中を押すような言葉だった。
自殺を容認しようというのだろうか?
「法子・・」
野口が止めようとするが・・
「法子さん・・
ごめんなさい・・」
千尋さんが泣きながら謝罪する。
「そんな言葉!!
信用できないわ!!!
まだ、私を騙そうと言うの?
ダメよ!
もう、騙されないわ!!
あなたの命を持って償いなさい!!
そこから
飛び降りるのよ!!」
「う!!」
目を瞑って(つむって)振り向き、手摺から身を乗り出す。
飛び降りようと、下を恐る恐る覗く千尋さん。
つま先のすぐ外は、10階下の奈落の底・・
駐車場のアスファルトが広がっていた。
ここに落下して、体が撃ちつけられたら、即死だろう・・
ブワッ
眼下から風が吹きあがる。
その風に怯んで、手摺にしがみつく千尋さん。
「何?怖いの?
死ぬのが怖いの???」
法子さんがあざ笑う。
その言葉に、キッと睨む千尋さん。
「怖くなんか、ない!!」
「ふ~ん・・
ならば、早く飛び降りなさいよ!!
ここで、あなたの死ぬのをじっくり見てあげるわ!!」
「う!!!」
更に睨みつける千尋さん。
「法子!止めるんだ!!」
野口が止めに入る。
だが、その前に立ちはだかり、野口の制止を止める。
「どうしたの?
その目は!!
私に、恨みがあるの?
私が羨ましいんでしょう?
道照や颯太と、
平和に暮らしている私達が!」
「うっ!!
・・・
そ・・そうよ!
なぜ・・
私だけ・・」
歯を食いしばって語る千尋さんだったが、俯いてしまう。
自分にだけ不幸が押し寄せていることに憤りと絶望感が募った。
「ふん!!
そんな弱腰だから、
幸せが掴めないのよ!
自分は弱いとか
自分は不幸だって・・
そんな顔をしているから、
不幸が舞い込んでくるのよ!!
あなたは
自分に負けているのよ!!」
「自分に・・負けている?」
再び、法子さんを睨む千尋さん。
「そうよ!
あなたはね!
お嬢さんなのよ!!
自分がカワイイ・・
皆に良く見てもらいたい・・
自分が一番だって思っているから・・
プライドの塊だから・・
自ら幸せを掴もうとしないのよ!!」
「そんな!!
違う!!
私は!!」
法子さんの言葉に激しく反論する千尋さん。
「違う?
図星でしょ?
幸せを掴もうって言うの?
その身分で??
笑わせないでよ!!
ひよっこが!!」
「く!!」
手摺に掴まる手を握りしめる千尋さん。
一瞬、身を乗り出そうとしたが、思いとどまる。
「法子!!やめるんだ!!」
法子さんに、制止しようとした野口。
これ以上、挑発すれば本当に飛び降りそうな状況だ。
「うるさい!!
あなたは、黙ってなさい!!
これは、女同士の対決なのよ!!」
気迫に満ちた法子さんに、たじたじの野口・・
「私だって・・
私だって!!
親元を離れて、一人で暮らしてきたんだ!!
ちゃんと、大学を出て!
会社に入って、働いているのよ!!
あなたみたいな・・
専業主婦に・・
家でぬくぬくとした生活を送っている女に・・
『ひよっこ』だなんて言われる筋合いはないわ!!
野口さんを尻に敷いて・・
こんなに良い人を外で働かせておいて・・
自分は、のうのうとしているんじゃない!」
「そうよ!!!」
「え?」
法子さんの言葉に耳を疑う千尋さん。
「私は、
家に居て、
皆の帰りを待っているだけよ!
家事をして、
皆の食事を用意して
皆を送り出すのよ!!
それが、
私の幸せ!!
かけがえのない家族と
一緒に暮らしているって
実感しているわ!!
私は、幸せなのよ!!!
それの
何が悪いって言うの?」
「それは・・」
「あなたにだって、幸せはあったはずよ!!
あなたは、それを見過ごしているだけよ!!
お母さんやお父さん・
家族の思い出が・・
温かい昔の思い出が、
あなたの心の中にあった!!
私達の事・・
『温かい』って言ってたじゃない!!
冷たい人の心には
響かないはずよ!!
愛情をたっぷり注がれていた証拠だわ!
あなたの幸せよ!」
「そ・・それは・・」
「欲しいものが・・
自分の望むものが
心の根底にあるなら・・
這い上がれる!!
幸せは・・・
人から奪うモノではない!!
自分から掴むモノよ!!」
「自分から・・掴むモノ?」
我に返る千尋さん。
法子さんの説得に、少しずつ心を動かされている感じだった・・
「そうよ!!!
まだ、幸せになりたいのなら・・・
悔しいって思うのなら、
私に、幸せになって見せてみてよ!
みせびらかせてみなさいよ!!
私が悔しがるくらいに!!
それが嫌なら・・
そこから飛び降りなさい!!」
「う・・・」
俯く千尋さん・・・
「生きている価値が、あるかないかなんて・・
自分が決める事じゃないわ!!
自分が必要とされているか、必要とされていないかなんて・・
自分で決めてかかるものじゃない!!
大切なのは・・
そこに、『自分』をさらけ出す事!
自分を見失わないで、そこに居続ける事よ!!
小さな幸せを・・見つけ出す目よ!!
絶対に諦めない強い心・・
どんなに不幸に見える人でも・・
その心があれば、
『自分が不幸だ』なんて思わないわ!!
私は、ただの専業主婦だけど・・
仕事も何も出来ないけど・・
幸せになる事なら誰にも負けない!」
「幸せに・・なる・・・」
「やり直しなさい!!!
まだ、
あなたは、
やり直せる!!
この私が、
見ててあげるわ!
あなたが、
幸せになるところを!!」
「私が・・
幸せに・・・
なれる?」
「お姉ちゃん!」
颯太君も気がついたようだった。
「颯太君・・」
その笑顔が、目に入る。
少し安心した表情になる千尋さん・・・・
じりじりと間を詰めながら、野口たちが千尋さんに近づいていた。




