三. 霊感少女 美奈子
僕は教室の片隅にあるロッカーに身を隠していた。
興味本位・・
単に何かが始まるのを見てみたいという一心だった。
モップやほうきに取り囲まれ、雑巾の臭いの充満する中に僕は居た。
ロッカーの扉には程よくスリットが開けられていて、そこから外を覗くことができる。なんて便利なアイテムなんだろう?物を収納するというよりは、隠れて何かを覗く箱といったほうが良いのでは?
ロッカーに隠れていると、彼女が教室に入ってくる気配がした。
更衣室から荷物を持ってくると言っていた。
ガタガタと机を2~3どかしている音がする。
何をしようというのだろう・・
笹の棒を4本机に結んで立て、その4本を縄で囲っている。
よく地鎮祭等で行われている「祭壇」というものか・・
俗にいう「結界」?
その結界の真ん中に机を一つ置いて、その上に米やら水やら野菜やらを並べはじめた。
慣れた様子で手際も良い。
「これでよし・・」
会場の設営が終わったようだ。
更衣室から持ってきたカバンから何やら取り出している。
赤と白の布地?
それは、初詣に行くと神社の巫女さんが着ている袴だった。
彼女が制服を脱ぎ始める。
へ?
着替えるの?
ロッカー越しに彼女の着替えの様子が見えている・・
これでは、覗きじゃないか?
僕って今、犯罪を犯しているのか??
バレたら只では済まされない。
それでも興味本位のまま彼女の着替えを見つめ続けている僕・・
(読者の皆様、この間は想像にお任せです)
無事着替えが終わったようだ。
その直後、僕は大変なものを目撃してしまった。
ポニーテールを束ねている髪止めを外すと、ふわっと髪が舞い降りた。
長い髪が腰まで伸びている。
眼鏡に手をかけ、すっと外す・・
美少女!
普段は冴えない容姿の彼女が、それとは全くの別人となって立っていた。
可愛すぎる・・・
ひょっとして見てはいけないものを見ているのかも知れない・・・
クラスの女子と約束している午後六時になった。
辺りは暗くなり、照明の灯っていない教室は真っ暗に近かった。
ただ、祭壇に供われた蝋燭の明かりだけが頼りだ。
「入ってきなさい」
彼女の声に促されて数名の女子生徒が恐る恐る教室に入ってきた。
一人の女子生徒はうつむきながら廻りを取り囲まれるように連れられている。
あのうつむいている女子がキューピットさんに憑依されたというのだろうか。
彼女の指図で結界の中にその一人を入れた。
「それでは、
これから魂沈め(たましずめ)の儀式をはじめます」
一同に礼をして静かに儀式を進める彼女。
彼女が御幣(ごへい=祭事の際に用いるぎざぎざ紙の先に付いた棒)を振りかざす。
祭壇や女子生徒達を清めているようだ。
短い経文を読んだ後に、結界の中に入れた女子生徒に向かってしきりに御幣を振りながら呪文らしきものを唱えている。
彼女の呪文が続き、しばらくすると女子生徒が、もがき苦しみはじめる。
結界の中で、2~3回首を左右に回し、しきりに手を顔に当てている。
良く見ると手の甲をなめているようだった。
「にゃーご」
猫ですか?
憑依現象とは良く言うけれど、普通の女子生徒がいきなり変容する様を見るのは初めてだ。
なんとも薄気味悪いものである。
はじめはもだえ苦しみながらうごめいていた女子生徒の様子が変わって息が荒々しくなってきた。
なんだか、ヤバイんじゃないの?
そう思った瞬間・・
「逃げたか!まてーい!」
結界を破って逃げる女子生徒を追いながら、必死に呪文を唱え続ける彼女。
残りの女子生徒は危険だということで結界の中に入ってもらっている。
騒然とした状況を唖然と見守る女子生徒たち・・
いや・・
ちょっと待て!
あの憑依された女子生徒、こっちに来るぞ!
まずい!
教室の隅にあるロッカーの前に来た女子生徒。
足元でカリカリとロッカーの扉を引っかく音がする。
「何者?
そこに居るのは?」
霊感少女が僕の気配に気付いてしまった!
ガバっと扉が開かれる。
美少女にきっと見つめられて、立ちすくむ僕・・
「ヒロシく~ん!?」
クラスの女子たちに呼ばれながら、赤面する僕・・
「ははは・・」
もう笑うくらいしか、することが無い・・
「チッ、あんたも結界の中に入ってな!」
霊感少女に言われて、すごすごと他の女子生徒と一緒に結界の中に入る僕・・
なんか面目ない。
「ヒロシ君、
何でこんなトコに居るの?」
クラスの女子に問われた。何と答えていいのやら・・
「え?
ああ・・
ちょっと
興味があって・・
『霊』に・・」
別に、興味があるわけでもないのだけれど、体裁を整える。
「へぇ~意外~」
横目でみられてる僕・・怪しまれてるんだろうな・・・
そんな会話と裏腹に、彼女が憑依された女子を追いかけ回している。
「こら~!!待て~い!!」
女子生徒は、ヒョンヒョンと机の上を飛び回り、彼女は御幣を振り回しながら、その後を追う・・
その後、何とか教室の角に追い詰めた。
「この、猫め!
早く、その娘から出ていきな!」
最期の呪文と共に、何やらお札を額に貼り付けた。
「ギャーーーーー!!!」
女子生徒が猫の様な悲鳴と共に、倒れ込んだ・・
沈黙
額の汗をぬぐい、ほっと一息ついた彼女。
「ふぅ・・
終了・・・」
一連の儀式が終わったらしい。
「大丈夫~?!」
クラスの女子生徒が、今まで憑依されていた子に駆け寄る。
「ん?
ここ・・
どこ?」
どうやら無事らしい。
今まで、憑依されていた事など、微塵も感じさせないほど、ケロリとしている。
霊感少女の彼女の言った通り、除霊が終わって元に戻ったようだった。
「ありがとう。望月さん!」
「どういたしまして!
もう、興味本位で、やらないでよ!」
「うん!」
お礼を言って立ち去っていく女子生徒たちを見送る彼女。
僕一人を置いて廊下へと向い、報酬らしい饅頭の箱をもらっている。
その時、祭壇として使われていた机の上に置いてあった携帯電話が鳴り響く・・
あの娘の携帯電話だ!