120.帰り道で
ダラダラと続く長い坂を、何度も休みながら昇って行く二人。
街灯の照らす下で苦しそうにうずくまる千尋さんを介抱している野口。
それでも、ストーカー男が狙っていないか周りに注意をしていた。
野口本人も、酔ってはいたけれど、次の日の仕事を控えているので、深酒は避けていた。
「スミマセン・・
私のために・・」
口を押えながら、申し訳なさそうにしている千尋さん。
「大丈夫ですか?
だいぶ、飲まされてましたしね・・・」
「はい・・・
ちょっと、苦しいです・・
ウッ・・」
吐きそうになって側溝の蓋に顔を寄せる千尋さん。背中をさする野口。
ハアハアと小刻みに吐息を繰り返す千尋さんが何だか色っぽく感じられた。
ブラウスの胸のボタンを外してほんのりと赤い胸元が露出して、下着も見え隠れしていた。
そこから目を反らして、介抱を続ける野口。
「すいません・・
野口さん・・」
「いえ・・付き合わせたのはこっちですから・・」
千尋さんの着ているジャケットのポケットにある硬いモノに気づく・・
「これは?」
「わかりました?
護身用にスタンガンを買ったんです。」
「千尋さん・・」
「私みたいな、一人暮らしの女が身を守る世の中なんだって・・・
こんなの・・使いたくないんですけど・・」
俯く千尋さん・・
その姿を見て、介抱していた手を止める野口・・
「オレたち・・警察は・・
市民の生活の安全を守る役目を担っているはずなのに・・
こんな道具に頼らざるを得ないなんて・・」
拳に力が入る・・
「それは、野口さんのせいじゃありませんよ・・
世の中が、そういう風潮なんですから、仕方がないと思います。
犯罪だって複雑化してるみたいだし・・」
「自分の無力さを・・
思い知らされます・・・」
「野口さん・・・
どうして・・・
野口さんって・・・
そんなに優しいんですか?」
「え?」
「私みたいな女に・・
こんなに親身になってくれるなんて・・・
ご家族も居るのに・・」
「何ででしょうね・・
放っておけないんですよ・・・」
「私を?」
「オレも都会に一人で出て来たから・・
不安な気持ちはわかるんです。
誰も助けてくれる人も居ない中で、やっていかなきゃならない・・
今は、家族が居るから、薄れたけど・・
あなたは、まだ、一人だし・・
誰かが助けてあげないとって・・
思ったんです。」
「野口さん・・・」
髪を乱して野口の方を見上げる千尋さん。
「オレの家はお寺だったから・・
頭を丸めるのが嫌で、都会に来たんです。
家を飛び出して来たって言った方がいいのかな・・・
でも、家の生活で染み付いた事は、ずっと自分の中にあるんです。
常日頃から、「困っている」人の為に・・「弱い人の為に」って事を言われてたから・・
皆からは「熱血だ」って言われてるけど、
自分では当たり前だって思っています。」
「素敵です・・」
そう言って、野口の胸に顔を寄せる千尋さん・・
「奥さんも、そんな野口さんに魅かれたんですね・・
私も、もっと早く出会ってたらな・・・」
その言葉に、次の一言が出ない野口・・
お互いに「意識」してしまった・・
酔った勢いで、出た言葉に、顔を赤くして俯いた千尋さん・・
「みんな、野口さんを頼ってるんですよ。」
「俺なんか、何もできないのに・・」
「そんな事、無いです・・
無理難題を押し付けられても、
自分で解決しようって・・
その姿勢を
皆が期待してるんです。」
「そう・・
なん
ですか?」
「はい。
私も・・・
合コンの幹事をしたから・・・
ご褒美が欲しいな・・」
「ご褒美?」
その答えに、キッと野口の顔を見つめる千尋さん・・・
「今夜は・・・
私と・・
一緒に・・
居て欲しい・・・」
「千・・尋・・・さん・・」
「私・・・
あなたと一緒に居たい・・
何時からか・・
そう、
想い始めていたんです・・・」
「お・・
オレには・・・
かぞく・・」
野口の唇に指を当てる千尋さん・・・
「分かってます!
でも
自分の気持ちを伝えたかったんです!
もう・・
抑えきれない・・
ご家族には
ご迷惑をおかけしませんから・・」
必死な表情で訴える千尋さん・・
「私の事・・
どう思っているんですか?
他の人なら・・
私と同じように
親身になってくれましたか?
私を・・
モノにしたいって・・
思っているなら・・
構いません。」
「それは・・」
千尋さんの髪を優しく撫でる野口・・
「千尋さん・・
君は・・
魅力的だよ・・
始めて会った時・・
可愛いって・・
思った・・」
「野口さん・・
今は・・
私の事だけ・・
考えて・・」
「ああ・・」
お互いに目を細め、
唇を近づけた。
目を閉じる千尋さん・・・
「!!!!!!!」
千尋さんが、急に目を開いて、涙目になった!
何だ???
発作なのか???
「うっ!!!!」
「え?」
口を両手で塞いで、野口から咄嗟に離れた。
唖然となる野口・・
後ろを振り返り、道路の側溝の方へ・・・
「ゲェ~~~!!!!!!!」
側溝に食べたモノを吐き出す千尋さん。
「大丈夫ですか!!」
背中をさする野口・・
ゲホ!
ゲホ!
吐いたと同時に、急に酔いが回る千尋さん・・
心の中で悔しがる・・
え~ん!!
良いとこだったのに・・
サイアク~!!!
千尋さん・・悪い事はできんのよ・・・・




