118.準備
その日の夕方、都内の猟銃取扱専門店に千尋さんの姿があった・・
「あの・・すみません・・」
慣れない店内で、恐る恐る店員に声をかける千尋さん・・
「はい。何でしょうか?」
「あの・・
護身用の・・スタンガンはありますか?」
「はい!ありますよ!」
そう言って、棚からスタンガンを持ち出して見せる店員。
箱から出して、中身を見せ、実際に使ってみせる。
バチバチバチ!!!
持ち手の先端にある金属部分から火花が飛ぶ・・
「この電気のショックで、相手を気絶させるんです。」
「私でも使えるでしょうか?」
「今は、若い女の人でも持ち歩いてますよ!
ストーカーに付きまとわれると、その先、何が起こるか分かりませんからね。
物騒な世の中になってますよ・・」
店員から、スタンガンを渡され、恐る恐るスイッチを入れる・・
バチ!
いきなり飛んだ火花にビクッとなる千尋さん・・
「そのくらいでも、相手に効果があります。」
少しためらったが、その場で、スタンガンを購入する千尋さん・・
野口のアパート・・
ブルルル・ブルルル
夜勤明けで寝ていた野口の枕元で、携帯が鳴る。
もう薄暗い夕方だが、誰だろう?
ピ・・
駅前の喫茶店に居ます。
これから帰宅しようと思います。
千尋
千尋さんからのメールだった。
こんなに早く帰って来るのは珍しい。
これから向かいます
野口
法子さんは颯太君を保育園に迎えに行って、買い物をしている。
見つかったら、「散歩」をしていたと、言い訳をすれば良いと思い、アパートを出る野口。
駅前の喫茶店に入ると、千尋さんの姿があった。
窓際のテーブルに座って、コーヒーを飲んでいる。
何やら考え事をしているのか、暗い表情の千尋さん・・・
「お待たせしました・・」
私服姿の野口に気づく千尋さん・・
「あ・・今日はお休みでした?」
「はい。夜勤明けで・・」
「すみません・・お休み中に呼び出すなんて・・」
「夕方の散歩してるって思えばいいんですよ。」
店員が注文を取り、コーヒーを頼む野口・・
いつもより浮かない顔をしている野口に千尋さんが聞く・・
「何かあったんですか?元気が無いみたいですが・・」
千尋さんにも分かるくらい、表情に出ているのだろうか・・
確かに、「合コン」という重荷を背負って困り果てている野口だった。
「え?
ええ・・
ちょっと・・合コンで・・」
「合コン?
・・・・
野口さんが、するんですか?」
「ホスト役っていうか・・メンバー集めの約束をしちゃって・・
どちらかと言うと、オレよりも他の独身の人の為なんですが・・」
「それは大変ですね・・
何かお役に立てればいいんですが・・
この間から、お世話になってばかりだし・・
・・・
まさか、私のせいで?」
千尋さんも鋭いのだった・・
「いや!そんな事はないですよ。」
焦ってお茶を濁そうとしている野口。
でも、その焦りは逆効果だった。
「やっぱり、そうなんですね!
昨日、直ぐに調べてもらって情報を貰ったみたいだから、
変だって思ってたんですよ!」
通常なら直ぐに動いてくれない警察から、意外に早くストーカー男の情報を聞き出していた。
野口も、もう少し機転が効けばいいのだが、熱血な部分がある反面、抜けている所もある。
「まぁ・・ウチの家内も、署内で連携が出来ないのかって、言ってたんで・・
この機に交流が計れればって・・」
それなりの理由づけもしている野口。
「だからって、野口さんだけに押し付けてばかりじゃ、野口さんが可愛そうですよ!
何でもかんでも・・
あ・・
私もそうか・・」
「は・・はぁ・・」
とぼけたような返事をしてはいるが、千尋さんに同情されて、意外に嬉しかった。
「わかりました!
私が幹事をします!」
「えぇ~~????」
驚きの展開だ。
千尋さんが合コンの幹事を買って出た・・
まぁ・・野口みたいな人って・・放っておけないのかもね~・・
「面白そうじゃないですか!
私の会社の子も連れてきますよ。
でも、
男性のほうが良いですか?」
「あ・・あは・・
まぁ・・人数は多い程、良いと思いますが・・」
張り切りだす千尋さんに、たじたじの野口。
女の子は「こう」と決めると対応が早いのか?
その日は、会場の設定、予約と大まかな人数の把握を喫茶店で打ち合わせ、帰路についた。
千尋さんが前を歩いて、野口が後を付ける・・
マンションの玄関近くで落ち合ったが、この日は何事も無かった。
「音は聞こえましたか?」
「いえ・・全く聞こえませんでした。」
周りを見渡す野口・・
「やはり、オレが後をつけているのがバレてるのかな・・」
「わかりません・・昨日は声も聞こえたのに・・・」
「悪質の嫌がらせか・・・
他の女の人には同じ事をしていないみたいです。
周辺からの苦情らしきものも届けられてないらしいし・・」
この坂道を通り過ぎる女性は千尋さんだけではない。
若い女性を無差別に狙っているわけでもないと、昨日の女性警官のデータベースを見て判明した。
「私しか・・狙われてないって事ですか?」
「そうとしか・・
考えられないんです。」
その答えに、表情を曇らす。
「やはり・・あの人が・・この近くに・・・」
「そうと決まったわけではありませんが・・
姿を見つけ出せれば、追いかけられるんです。
早く捕まえたい!」
拳を握りながら、周辺を見回す・・
「ありがとう・・野口さん・・」
「え?」
「私の為に、こんなに動いてもらえるなんて・・」
「ストーカー男で無いとしても、あなたは狙われている。
誰かが、この近くで、か弱い女性を脅しているのは事実だし・・
千尋さんの身に危険が及ぶ事もある。
無差別に若い女性を狙うようになってしまう可能性もあるんです!
家内も、それを心配してました。
変質者が身を潜めているのは、物騒だって!」
「奥さん・・が・・・」
そう呟いた千尋さんの目は、なぜか悲しそうだった・・・
「また、付き合いますよ!
メールをください。」
「はい・・・」
そう言って、この日は別れた・・・




