117.打診
刑事課の自分の席に帰ってきた野口・・
携帯電話を見つめながら、千尋さんの事を考えていた。
女性警官のネットワークでは、ストーカー行為を行っている相手の男性は消息不明・・
何処に住んで、いつ狙ってくるかもわからない。
ひょっとしたら、あの坂の近くに住んでいて、監視をしている可能性もある。
姿を直ぐに消せる場所に居て、千尋さんの帰りを狙っているのかも知れない・・
そんな事をして、何の得があるのだろう?
人を驚かせたり、脅かせたりして、面白いのだろうか?
好いて欲しいはずの人から、逆にどんどん嫌われていくだけなのに・・
いや、犯罪を犯しているという事を自覚しているのだろうか?
見えない相手・・・不気味な存在だ。
「千尋さん・・」
心配になる野口・・
その時、
ブルルル・ブルルル
携帯電話のバイブレーターが鳴り出す。
千尋さんからのメールだった。
先ほどは、ありがとうございました。
千尋
御礼のメールだった。
返信する野口。
少しは落ち着きましたか?
野口
はい。
だいぶ、落ちつきました。
ありがとうございました。(*^^*)
千尋
若い女の子らしく、顔文字も出すようになってきた。
千尋さんが、落ち着きを取り戻したようで安心した野口・・
だが・・
先ほどの女性警官から得た情報を伝えるべきか迷った。
ストーカー男の所在が分からないという不安要素を伝えるべきか・・
消息不明と言う事で、
近くに住んでいるなんて思い込んで、ノイローゼにならないか・・
いや・・
実際、近くに潜んでいれば被害に遭う事も考えられる。危険な状態になってしまうだろう・・
誰かが、護衛する必要がありそうだが・・
誰か、身内の方は、この辺りに住んでいませんか?
野口
どういう事ですか?
千尋
知っている人が居れば、
そこに身を寄せて欲しいんです。
野口
知人は居ません。
田舎から出てきて、
ずっと一人暮らしです。
千尋
東京に一人で出てきた千尋さん・・
身を寄せる所があれば、直ぐにでも身を寄せているであろう・・
それが出来ないから、警察に助けを求めていたのに、最終的に住所を移転する必要があった・・
野口も、上京して今の家庭を設けるに至るまで、寂しい生活を送っていた。
女性ならば尚更、心細いだろう・・
千尋さんに親近感を覚えつつ、その身の上の心配もつのる・・
そんな想いで、次なるメールを送った。
帰り道に付き添おうかと思っています。
野口
変な提案をしてしまった・・
こちらが誘っているなんて思われたらどうするのか・・
妻子を持っている身でありながら・・
引いてしまうかも知れない・・
どういう事なんですか?
何か分かったんですか?
千尋
鋭い・・・
誘っていると言うことよりも、何かしらの情報を得たと思われてしまった。
隠しても仕方が無いのかも知れない・・
正直に伝えるしかない。
ストーカー男の居場所が分からないんです。
ひょっとしたら、近くに住んでいるかも知れない。
野口
そのメールに、直ぐに返答は返って来なかったが・・
そうですか・・
やっぱり、最悪の事態になってる様ですね・・・
でも、
ありがとうございました。
調べて頂いたんですね。
千尋
あなたの周辺が危険です。
あまり出歩かないほうがいいのと・・・
帰り道も気をつけて欲しいんです。
野口
それで、先ほどの提案になったのですね・・・
私のことを気遣って頂いたんですね。
ありがとうございます。
私も今の仕事を抜ける事も出来ないので
無断で休むわけにもいきません・・・
野口さんさえ宜しければ、
帰り道に付き添いをお願いします。
千尋
わかりました。
帰りの時間が合えば、なるべく警護するようにします。
野口
ありがとう。
心強いです。
千尋
千尋さんの帰宅に付き添う約束をした野口・・
付き添うと言っても、大々的に一緒に帰るわけにもいかない。
いくら人が多い都会と言っても、自分の住んでいる近所なので、若い女性と一緒に居ては変な噂もたてられそうだ。
早めに犯人を見つけ出して、嫌がらせも止めさせたい。
だが、
これは仕事なのか・・
探偵ごっこに近い。
どう考えてみても職務の権限以上の事をしているのだ。
「市民の生活と安全を守るため」とは言いながら、若い女の子を助ける・・
他の人なら、同じ事ができるのだろうか・・
正義感から出てくる優越感を得たい為なのか・・
それとも、趣味なのか・・
千尋さんから良く想われたいだけ?
妻の法子さんは、何て言うのだろう・・・
しばらく携帯を見つめていた野口・・・
その時・・
「おい!仕事中にメールか?」
同僚の検視官に肩を叩かれた。
振り返る野口・・
「ああ・・ストーカーに遭ってる人が大変なんだ・・」
「お前、また、変な事件に顔突っ込んでるのか?
熱血もいい加減にしないと、怒られるぞ~!」
「それは・・そうなんだけど・・」
そう答えて、男性検視官の顔を見ているうち・・もう一つ大変な事を約束していたのを思い出した・・・
「あ!!そうだった!!!」
いきなり叫んだ野口に驚かされた検視官。
「な・・なんだよ!いきなり!・・」
「お前さ~。
予防課の女の子達と合コンしないか?」
「な・・何だって?予防課のブス共と合コン~??」
そうなのだ・・未だ独身なのには理由があった・・
ルックスは意外に良いのだが、刑事課も上から目線で見下す女性が多く、近寄りがたい面々なのだ。
要は性格がキツイとでも言うのか・・職業柄、そうなってしまうのか・・
交通課に配属され、可愛いキャピキャピの新入警官は直ぐに付き合いだして嫁に行き、残っている女性警官が予防課へ移動してくる構図になっていた・・
「予防課だけは・・勘弁してくれよ!」
「う~
お・・オレ・・どうすれば・・
約束しちまったし~」
「何だよ!丸め込まれたのか~?」
「助けてくれよ~・・」
「え~?交通課ならともかく・・」
その言葉に、素早く反応した野口。
「そういえば、交通課も誘うって言ってたよ!」
「え?本当か?
でも、可愛い子が居たけど、付き合い始めたって話だしな・・
密かに狙ってたんだよ!」
「狙ってたんだったら、アタックしろよ~」
「それが出来たら苦労はないよ~
お前は良いよな~綺麗な奥さんがいるから・・」
出会いのきっかけはあるのだろうけれど、付き合うきっかけが掴めないのが、それ以上進展しない理由なのだろう・・
熱血漢のある野口は、その点、スムーズに行ったようである。
「場慣れするにも良い機会だよ!
合コンで、少しは慣れておいたら?」
「合コンでか~?」
「いつまでも一人で良いのか?
機会を逃せば、どんどん可愛い子が居なくなってくぞ!」
「そ・・そうだよな・・」
何だか、こっちのペースになってきた・・
もう一押しだ!
「この合コンで、一皮剥くチャンスだよ!」
「うう~・・
なら、
他に誰か可愛い子も呼んでくれよ!
こっちも、人数揃えるようにするから~」
ここでも交換条件を出されてしまった・・
だが、そこは何とかするしかあるまいと諦める野口だった。
貧乏くじを引くタイプなのだな・・野口君も・・・
次の朝・・・
夜勤が明けてアパートに帰ってきた野口・・
徹夜で、さすがに眠そうである
「ふわぁ~・・・」
勤務中は、何も無かったものの、色々と難題が目白押しで、気が重い。
「只今~」
アパートのドアを開ける野口・・
「お帰りなさ~い・・」
颯太君を保育園に預けて、洗濯をしていた法子さんが、野口を出迎える。
シャワーを浴びて、脱衣から上がると食卓に朝食が用意されていた。
朝食を食べ始めるが、元気の無い野口に、法子さんが聞く・・
「どうしたの?浮かない顔して・・」
「あぁ・・昨日から、変な事ばかり起って・・」
「変な事?」
千尋さんのストーカー事件を話そうとしたのだが、怒られそうなので・・・
「合コンの設定してくれって・・頼まれた・・・」
「合コン?あなたは、もう結婚してるじゃない?」
「それが、予防課のお局に、相手を探してくれって頼まれて・・
独身女性の可愛い子も呼ばないと、刑事課の野郎共も動かないし・・」
「結婚相手の斡旋~?
また、変な事頼まれたわね・・」
「だろう?困ったよな~」
「何で、そんな事になったわけ?
よっぽどの事でないと、そんな交換条件出せないでしょ?」
「お局から情報を貰ったんだよ。」
「ふ~ん・・何の情報?」
「それが、千尋さんの・・
・・・・
あ!・・・」
口を手で押えるが、もう遅い・・
ニコニコ顔の法子さん・・
この奥さんも一枚上手なのだ。
仕方なしに千尋さんの一件を説明する・・(恐る恐る・・・)
「あなた・・
まだ、千尋さんにチョッカイ出してるの?」
「メールが来たんだよ・・・
足音に驚いて・・今回は声も聞こえたって・・」
「メルアド教えるから、こういう事になるのよ!
ずっと、この先、呼び出されるわよ!」
「仕方ないじゃないか・・
市民が困ってるんだから・・」
「そこへ行く~?
千尋さんを『あわよくばモノにしよう』とか思ってないの?」
「それは、無いよ~。」
「どうだか!」
プイとそっぽを向く法子さん・・
でも、よく考えれば、千尋さんにとっては、生きた心地がしない事態が続いているのだ。
自分が同じ状況になれば心細いことも理解できる。
「悪質な嫌がらせなのかな~・・
この辺りにそんな変質者が住んでるってのも、気味が悪いわね・・」
「そうだろう?!
早く見つけ出したいんだよ!!」
何とか言いくるめたい野口をヒンシュクな目で見つめる法子さん・・
「わかったわ!あなたが困ってるんだもの・・
協力しますか・・」
「ありがとう!法子~」
「そのかわり・・」
急に笑顔になる法子さん・・
「え?そのかわり???」
嫌な予感がする・・
「欲しい服があるんだけど・・・
来月のあなたの小遣いから引いとくわね・・」
「・・・・・・・」
何か・・踏んだり蹴ったりの野口君・・・
「まずは、合コンの相手か~
刑事課はあんまりパッとしない男の人ばかりでしょう?」
「誰か、男友達でも居ないか~?
年頃の男は・・」
「あんたと一緒にしないでよ!
男友達なんて居るワケないでしょ~?」
「そうだよな・・・」
「どっちにしろ、警官だけじゃサマにならないわよ・・
合コンというより「お通夜」になっちゃうわよ!」
「交通課の女の子もそうだよな・・・
予防課は、嫁に行きそびれてる掃き溜めだから・・
話題も交通取締とかストーカー事件とかじゃ・・盛り上がらないだろうな~」
かなり一方的に酷い事を言っている野口・・まぁ、実際そうなのだが・・
「まぁ、
女の子は私の友達にリーチかかってる子がいるし・・
でも、
お局様の気を引ける相手が居ないと、満足できなさそうね・・
誰か、若い男の人、居ないかしら・・
若しくは、何かで釣るとか・・」
「釣る相手・・ね~・・・」
首をかしげる野口・・
その時、データベースで見た、「ある」情報が頭に浮かぶ・・
「あ!そうだ!!!」
携帯で電話をかけ始める野口・・
月刊オカルト編集社にて・・・
「おーい!今西~。電話だぞ~。」
電話に呼び出された今西が受話器を取る。
「はい。月刊オカルト・編集の今西です。」
・
・
「何~?!!!
それは願っても無い!!!」
野口の提案を受けるなり、今西の眼の色が変わった。
何やら・・嵐の予感・・




