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霊感ケータイ  作者: リッキー
事件
387/450

113.約束


「何が分かるってんだよ!

 仕事で、どうしても対処しなきゃなんだ!

 流れ作業でやってるわけじゃない!」


久しぶりに会った陽子だが、自分の思っている事をぶつけてしまった・・

他の上司達は、殺人でも何でも、淡々と作業を続けていく・・


そこに人の命や生活がかかっているのに・・

その人達を、まるで「人間」でないような対処までする事もあるのだ。


そんな職場の対応に、不満が溜まっていた・・・


いきなり、怒鳴ってしまった野口に、きょとんとしている陽子・・


ハッと我に返り・・


「・・・ゴメン!

 オレ・・」



謝って、ビールを口にする野口・・・

落ち着こうと懸命になっている。


ビールを注いで、再び話し出す陽子。


「でしゃばった事言って、ごめんさなさい・・

 あなたも、私と同じだって思って・・・」



「君と・・同じ?」



「ええ。


 私と同じ・・

 人の生死を目の当たりにする職に就いてるって・・」



「君は確か・・お寺に嫁いだって・・」


「そうよ。

 人の死に接するのが日常茶飯事よ・・」



「そう言えば・・」


野口は、先日執り行われた、おじいさんの葬儀を思い出した。

自分の職種は人の死に直面する場面も多々あるが、その場合の弔いの儀式も必ずあるわけで、そういった面では、同じくらいに他人の死と向き合っていると言えよう。


お寺・・お盆や正月、法事などで忙しい姿もあるが、住職は檀家の「葬儀」の場にも赴く。

亡くなった人を「あの世」へと送るために、お経を読むという重要な役割を担う・・



お寺に嫁いだ陽子が、住職を送り出す役割と共に、人の死を見たり聞いたりしているのは、想像に容易かった。

自分と同じ境遇にあると言っても過言では無い。


陽子が、同窓会の他の参加者と別格に扱って、話かけてきてくれた事を光栄に思った野口。




「私の主人も、悩むことが多いのよ・・・」


「悩む?」


「その人の一生の最期なんだから、念入りにしたいって・・・

 でも、次の葬儀も控えてるから、そんなに時間は裂けないのよ。

 今の葬儀自体も貸しホールの時間も決められてるから・・」


昔は自宅やお寺で葬儀をあげていたので、時間的な拘束は殆ど無かったが、最近は葬儀場で葬式をあげるケースが多い。

出棺の時間が決められ、それを逆算して開式の時間も設定され、スケジュールも確定している。


喪主や葬儀場にとって、淡々とスケジュールをこなしていくだけという手軽さはある。

その方が都合が良いのだろうけれど、本当に故人が成仏しているのかどうかは疑問が残る。


最近では、お坊さんも人手不足なのか、素人に近い人も呼ばれ、それらしきお経を読んで済ますケースもあるようだが・・



「そうだね・・

 お寺様も、葬儀の時の意気込みは人それぞれなんだろうね・・」


「私も、主人に根詰めないでって注意はしてるんだけど・・

 お経が長くなって、出棺が遅れたりするのよ・・

 スケジュールもあるんだから適当に切り上げなきゃ・・」


「でも・・お経って、キリの良い所で切り上げられるものなの?」


「それが問題なのよね・・」



宗派によって、葬儀であげるお経も色々あるのだろう・・般若心経の様に短い経文もあるが、大半は長い・・

ご焼香の時に、比較的長いお経を読むが、ご焼香をする人数によって、お経が半端になってしまう。


実際は、経文の終わり辺りでエンドレスにしておくケースが多い様である。

ご焼香が終わったのを見計らって、残りのお経を読んで終わらせる・・


そういうテクニックみたいなものがあるようだ・・・

故人自体よりも参列する人が主体になっている。


「お寺さんも大変だね・・」


「それが、仕事だから・・

 お客さんって言うか・・式自体の為っていうよりも、出席する人の為に、作業をこなしてるようなものよ・・」






「そういう面では、オレも同じなのか・・

 でも、俺たちの仕事は、無罪か有罪かを決定する要素になるからな・・」


「目に見える仕事よね・・

 そういう面では、お寺とかは、実際に故人が成仏してるかどうかなんて、

 普通の人には分からないから・・」


「普通の人???」


「私が浄霊すれば、確実にあの世へ送れるし・・」


確かに!!

霊能者が浄霊するのが、一番効果があるだろう。

故人が無事にあの世へ行ったかどうかを確認できるのだ。




「君が、住職の代わりに行けば?」


「そういうワケにはいかないのよ・・

 私が行けば、葬儀もめちゃめちゃになっちゃうから・・・」


以前、掛け持ちで手一杯の時に、陽子がかりだされたが、「霊」からのメッセージがどんどん入って、伝えきれなかったらしく、「霊」から苦情がきてしまった・・

自分勝手な霊と喧嘩になって、更には、親戚とも口げんかになってしまったらしい・・


勝ち気な陽子にとって、式をこなすのは難しい様だ・・



「私・・伝言板じゃないんだし・・・」


思いだして、ムスッとしている陽子・・


「あはは・・

 まぁ、普通の人には見えないモノが見えるのは、便利なんじゃないの?」


何となしにフォローを入れる野口・・



「そうでもないのよ・・

 町とか歩いてると、色んな霊がいるから・・・

 あんまり、浄霊ばかりしてると、変に頼られてしまうのよ・・」


「頼られる?」


「ええ・・

 だから、なるべく、無視するようにしてる・・

 ちょっと冷たい様だけどね・・」


「無視・・か・・」


「私には、皆に憑いている霊が見えるのよ・・・

 その、霊がメッセージを送ってくる時がある。


 『この子を導いて』って・・

 でも、それを一々伝えてるとキリがないのよ。


 本来、それが、その子の修行でもある・・

 自分で気付かなければならない・・


 だから・・

 そういう友達を避けるようにもなっていた・・

 皆に『冷たい女』って見られてるのかも知れないわね・・」



本当は、普通の女子高生の様に和気あいあいと学校生活を楽しみたかったところもあるのだろう・・

「見える」という特殊な能力は、便利というよりも、「支障」になる事もある・・


陽子の一面を垣間見た野口だった・・







「プロフェッショナルになるのは大変な事よ・・

 特に人の命・・生死を扱う職業の場合はね・・」



「プロフェッショナル・・」



「そう・・

 あなたは、人の死に直面する事が多くなる・・

 一つの事象に囚われていると、他の事がおろそかになってしまう。


 あなたを必要としている人が大勢いるのよ。

 だから、『適当』に誂える(あつらえる)所と、要所を見極める事が必要よ。


 そのバランスを如何に取るか・・

 それがプロである必修条件になる。

 それは・・どんな職種もそうだけどね・・」



「バランス・・」


「人は、多くの事をこなせる訳ではない・・

 自分に出来る能力には限界がある。

 そこで、自分に出来る仕事を適度にこなして、

 次の事に移らなければならない。

 仕事に対して、100%以上の成果を上げようとしても無理なのよ」


「それじゃあ・・

 達成感も無いよ!

 消化不良で終ってしまう。

 仕事に対しての不満が溜まってしまうんだ!」



「そうよ!

 だから、仕事が辞められなくなるのよ!」



「え?」


「不満や達成感が無いから、次は『こうしよう』って・・

 工夫や知恵をしぼるようになる。

 仕事の『質』が向上し、『伸びる』のよ。自分を磨く原動力になる!」


「向上心・・って事なのか?」


「100%の達成感があっては、それで酔い切ってしまう・・

 それでは、それで終わってしまう・・それ以上は伸びないのよ。


 それに、常に100%の実力なんて出してたら、長続きしない。

 時々の特殊なケースならありえるけど・・

 そんな事ばかりはできないのよ。」



「長続きするために・・」


「かといって、日々の仕事に流されて、『テキトー』になってしまってはいけない・・

 何が大切なのかを、中心を見つめる目は大切よ!

 人の命の大切さ・・それは、見失わない事よ。

 今のあなたは、それを学ぶ時期なのよ。」



「オレ・・プロになれるのかな・・」


「なれるわ!

 だから、私はあなたに、この話をしたのよ。」


今まで、陽子は得体の知れない存在・・敬遠しがちな近寄りがたい存在だった・・

だが、上からの目線だけではなく、自分を認めてくれている・・


「同志」・・とでも言うのだろうか・・






「お~。ここに居たか~陽子~!!」


今西が絡んできた。


「うっ・・今西君・・結構飲まされたわね・・」



「いや~っはっは!

 駆けつけ3杯が5杯、7杯って~」


「全く・・困った人達ね!」


酔いで熱くなっている今西を扇いでいる陽子。

何だか、女房役になっている・・一応、人妻なんだけど・・


「野口も、ここだったか~

 ダメだぞ~手を出しちゃ~。陽子は人妻なんだから~。」


「あんたと野口君を一緒にしないでよ!」



「ゲゲ!そんな事言うと、勘違いされるじゃないか~

 オレ、まだ、手を出してないぞ~」


「『まだ』って・・私に手をだすつもりだったの?」



「ひえ~。怖いよ~・・」



「お化けみたいに言わないでよ!

 あんたも、早く身を固めなさいよ!」


「で・・でも~・・オレには幸子が・・」



「幸子・・」


その名前に、口を詰まらせる今西と陽子・・・

急にシンと静まり返ってしまった・・・・



「確か・・幸子さんって・・高校の時に病気で・・亡くなったんだよな・・」

野口が話を続ける。


「ああ・・2年の春だ・・・」


「お前・・まだ、幸子さんの事を?」


「ああ・・


 忘れられない・・・」





「今西君・・・」


俯く今西を見つめる陽子。

急にお通夜の様になってしまった・・・









「仕方ない!幸子の代わりに、当分、私があなたの女房役もかってあげるわ!」


陽子が提案しだす。何とか明るくしようとしているが・・


「え?ホント?」


「ただし!体はダメよ!一応、人妻なんだから!」


「え~!!!そんな~・・」



「当たり前でしょ~?幸子にも怒られるわよ!!!」




「お・・お前ら・・一体・・どういう仲なんだ????」


野口もワケが分からなくなっていた・・







「そうだ!野口も都心の方だろ?

 たまには飲みに行くかい?

 恵比寿で良い店、見つけたんだ!」


「あ・・ああ・・」


先程までの取り留めもない会話から、急に飲みに誘われた野口・・


さらに・・


「あと、今、追ってる記事の現場なんだけど、

 『隠れた都会の心霊現象』なんだ・・

 特に、自殺とか変死事件のあったマンションで幽霊騒ぎがある所を特集している・・」


「自殺や・・変死?」


「うん!何か、情報があったらここにお願いするよ!」


名刺を差し出す今西。

雑誌の編集の仕事をしていると聞いてはいたが、「月刊オカルト」という怪しい雑誌・・

しかも、「霊的」な現象があったら協力してほしい?


自分が警察・・しかも刑事課で人の生死と関わりのある事件を担当しているが故に、怪しい情報を回して欲しいという事なのだろうか・・


確かに仕事柄、変死や自殺などの捜査はしているが、今まで「霊」など見た事も無い。

始めのうちは、人の遺体を見て「怖い」とは思っていたが・・色んなケースに遭う度に、恐怖感は薄れてきている・・


未だに死体を見て気分が悪くなり、吐き出してしまう事もあるが・・



「何か・・情報ったって・・」


「例えば、自殺した部屋の次に住んでる人が、怪しい物音に悩まされてるとか・・

 知らない人に後を追われているけど、探しても見当たらないとかさ~」








探しても見当たらない・・・

その話を聞いて、思いだした事件があった。


「千尋さん」という若い女性が誰かに追いかけられて助けを求めてきた・・


始めて会った時は、かなり遠くまで探したけれど、それらしき人が見当たらなかった。

一度、マンションまで護衛したが、それ以来連絡もなく、無事なようだと安心していた。


だが・・


「その手の苦情に似たケースは、ウチの課の担当じゃないよ・・

 オレは事件があった場合に現場を捜査する仕事だし・・

 防犯課でも個人的な情報は内密にする義務がある。」


お堅い警察官と見られてしまいそうだが、一応はそういった決まりだ。



「そこを、何とかお願いできないかな~

 昔のクラスの友達としてさ~

 情報だけでもいいから!」


今西に手を合わせて拝まれている・・

昔、同じクラスだったとしても、それほど交友があったわけでもない・・


だが、陽子の方をチラッと見た。陽子とは仲がいいらしい今西・・

先ほど、陽子に憑いてきた老人の霊を除霊してもらった手前、無下に断る事もできない・・


「わかったよ・・それらしき事件があったら、流すよ・・

 でも、あんまり期待はしないでくれよ!」


「助かるよ~」



礼を言われる野口・・

旧友との再会で気分転換を図りたかった野口だったが、思わぬところで変な約束をしてしまった・・





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