110.災難
野口のアパート。
相変わらず、ビールを夜食代わりにしている野口。
携帯のメール画面を見つめている。
先程、若い女性とアドレスを交換してしまった余韻に浸っていた。
メールアドレスが表示されている。
だが、名前はまだ、分からず仕舞いだった・・
法子さんが颯太君を寝かしつけて、台所に戻ってきた。
携帯をサッと隠す野口・・
その仕草に違和感を感じた法子さん・・
「そう言えば、今夜は帰りが遅かったけど・・
どうしたの?」
鋭い!世の女性は、こういう所は鋭いのだ!
アンテナを張っているかのごとく問いただしてくる・・
「ああ・・
昨日の変死事件の資料をまとめていて、遅くなったんだよ・・
新たに公園の自殺の件もあったし・・」
それらしい理由を並べて、凌ごう(しのごう)という野口・・
半分、疑いの目で見ている法子さん・・
「ふぅ~ん・・
でも、自殺した人が、あのお婆さんでなくて良かったね!」
「ああ・・
あの時は、オレも驚いたよ。
・・
なあ・・法子・・・」
「なぁに?」
昼間、喫茶店でお婆さんと話したことを思いだす野口・・
「今日、あのお婆さんと会って来たんだよ。
旦那さんとは相思相愛の仲だったそうだ・・・
年金を騙し取るという理由よりも・・
旦那さんの突然の別れがショックだったらしい・・」
「そう・・」
「何か月も、旦那さんの遺体と一緒に暮らしていたんだ・・
そんなに、人を愛せるものなんだろうか?
オレが死んだら、法子は・・同じ事をするかい?」
「私?」
少し考えた法子さん・・
「私は、あなたが死ぬなんて、考えた事も無いわ!
ずっと一緒に暮らすんだって・・思ってた。
颯太が大きくなって、その後もね・・
でも・・
いつかは、あなたも死ぬのよね・・
それは、私も変わらない・・」
改めて、自分たちの死について考える法子さん・・・
「あなたが死んだら、収入が無くなるのよね・・
遺族年金だけで暮らしていけるのかしら・・
保険屋が旦那さんの生命保険に入れってうるさいのよ!
三大疾病も気になるし・・
やっぱり、入らなきゃならないのかな・・
颯太が働く前に、あなたが死んだら大変だし!
生命保険付の学資保険にも入らなきゃ!
ああ・・
マイホームなんて夢のまた夢ね・・
宝くじ、当たればな~」
いきなり現実的な話になっている・・・
まぁ・・大半の奥さんは、こういう反応だろう・・
「お・・オレの存在って・・
金ずるだけなのか??」
幻滅しだす野口・・
その表情を見て、微笑んだ法子さん。
「冗談よ~。
あなたが居なくなれば、私は悲しくって、立ち直れないと思うよ!」
「それ・・本当なのか?」
言葉の割には軽い態度の法子さんを見て、疑っている野口・・
野口の後ろに回り込んで、抱きついてくる法子さん。
「本当よ!
あなたが死ぬなんて、始めて考えたわ・・
いえ・・
そんなの考えたくもない・・
ずっと、一緒に居たいもの・・
いつまでも・・」
頬を摺り寄せる法子さん・・温もりが伝わってくる・・
「法子・・」
頬を赤らめる野口・・
そして・・
スッと、野口の胸元に手が伸びる・・
胸ポケットに仕舞いこんだ携帯を抜き取った法子さん・・・
「あ!」
一瞬の出来事に驚いた野口・・
だが、気付くのが遅かった・・
携帯を開いて、内容を見る法子さん・・
「何!?
これ!!
女の人じゃない!!!」
先程、若い女性とメールアドレスを交換した画面がそのままだった・・
おいおい・・野口君・・少しは考えろよ・・
しかも・・
ブルルル・ブルルル
法子さんの手元で鳴りだすバイブレーター・・・
「何?・・
メール?」
ピ・・
嫌な予感がした野口・・
即座に、届いたメールを読む法子さん・・・
先程は、
ありがとうございました
千尋
・・・・
しばしの沈黙・・
「この、浮気者がぁ~!!!!!!!」
「誤解だ~!!
まだ
何もしてないよ!!」
「『まだ』って何よ~???
何するつもりだったのよ~!!!
誰よ~!!千尋ってぇ~!!!」
涙目で訴えている法子さん・・
世の中、悪い事は出来ないのよ・・野口君・・
怒りに震える法子さんを、何とか説得したのは30分くらい後の事だった・・・
「何で、警官が時間外に女の人の護衛をしなきゃなのよ!」
「それがワケありで・・
この間も、法子が『連携できないのか』って言ってただろ?」
「その、回りくどい言い方は何よ!」
「どの課でもストーカーに関しては調査ができないんだよ。
もう3回も引っ越ししてるって言ってたよ。」
「引っ越しを3回も?」
「ああ・・
なかなかストーカーに関しては、被害届が出しにくい傾向にあるんだ・・
そんなに精神的に影響を受けててもね・・
ほうっておけないよ!」
「だからって、あなたがずっと面倒見なければならないの?
それは変でしょ?」
「だから、危ない時にメールが来るって・・」
「あんたは、出前ヒーローじゃないのよ!
そんな暇があったら、颯太の運動会とか出てよ~
展覧会とか音楽会とか、保育園でも月1ペースでイベントがあるんだから!」
「オレ、休み、不定期だから・・」
「同じ公務員でも、殆ど出てるお父さんとか居るのよ!
何よ!この差は~!!」
「公務員って言っても・・
オレ、高卒だし・・大卒のキャリア組と比べられても・・」
「もう!頼りないわね!
それでも、千尋って人の所へ行くなら、
離婚するわよ!」
「そんな~・・協力してくれよ~」
・・更に・・こんな話が延々と続いたのだった・・・
大変だね・・野口君・・




