108.ストーカー
野口が、そんな事を考えながら、写真を整理していた時、
「警察は市民の安全を守るのが仕事なんじゃないんですか?!!」
刑事課の受付のほうで女性の悲痛な叫び声が聞こえた。
「ですから、
そういった話は、生活・犯罪予防課の方でお願いします・・」
「予防って・・!
もう現に被害に遭っているんです!」
「いえ・・
直接の被害でないと・・
ここは犯罪が起きた時の検視が職務なので・・」
「そんな!
直接被害が起きないと動かないんですか?」
「それまでは、予防課の・・」
対応している女性の検視官が困っている・・
他の机で作業している検視官も、その声に振り向いていた。
どうしたのだろう?
他の刑事や検視官が動かないのを見て、仕方なしに野口が受付の方へ赴く・・
「どうしたんですか?」
「あ・・野口さん・・
この人が不審な人物に後を付けられてるって・・・」
受付をしていた女性の検視官に紹介される・・
不審な人物に追いかけられている女性に覚えがある。
「え?」
そう言って、その女性の方を見る・・・
「あなたは・・・」
「あの時の?」
一昨日の夜に不審な足音が聞こえると助けを求めてきた若い女性だった。
警察のロビーに二人の姿があった。
椅子に座って俯き加減の女性・・
自動販売機で紙コップのコーヒーを購入し、女性にそっと手渡す野口・・
「ありがとう・・
ございます・・」
「私の所属する刑事課は・・
さっきの女の子も言っていたけれど、
事件が起きた時の調査が、主な仕事なんです。
「被害届」という書面を作ってもらうのですが・・
実際に被害が無いと、それ以上は動けないんです・・」
「分かっています・・
散々、そうしてきましたから・・」
「散々?」
「はい・・
ここに引っ越してくる前も、
警察は同じ対応でしたから・・
もう、3回目です・・」
この若い女性は、既に3回も引っ越すほど不審者から後を付け狙われているのだろうか・・
警察に届けてもらちがあかず、仕方なしに住む場所を変えてきたということらしい。
引っ越ししても、住む場所を調べられ、いつの間にか同じ事が起こる・・
その不審者は、身元も明らかだという事だった。
前に勤めていた会社の男性社員が、ずっと付け狙っている・・
まさに、今で言う『ストーカー』なのだ。
「予防課では、対策はしていないんですか?」
「はい・・
相手に注意はしているらしいのですが、
後を追う以外は、直接の行動はしてきていないので、
それ以上は手が出せないって・・」
「そうですか・・
警察は法律に従って動いています。
被害者の人権や安全を守るのが仕事ですが、
加害者側にも同様に、人権を守る必要がある。
実際に、『犯罪』と言う事実が起こらない限りは、
民事上の解決法を個人的に行ってもらうしかない・・
すなわち・・
話し合いによる解決が望ましい・・と・・」
もっともらしい理由で飾った野口。
「あなたも、法律に逃げるんですね・・
交渉で分かり合える相手なら、とっくに解決しています・・
それが、どうしようもない相手だから・・」
俯いて困り果てている女性・・
その姿を見て、何とかしなければと思い始めた野口。
「本来ならば
『探偵』や弁護士の仕事なんです。
でも・・
オレ個人で動いてみようと思います。」
その言葉に、今まで俯いていた女性が顔をあげる。
「あなたが?」
驚きと、半分、嬉しそうな表情・・
「これは・・職務と関係ありません・・・
自分個人の判断で動けば、話は別です。」
その晩、いつも足音を聞くという場所にはり込む事を決意した野口。




