101.予兆
都内のオフィスビルの一角・・
「月刊オカルト」編集社
普段は多くの社員が入り乱れて、時間もまちまちな面々のたまり場となっているのだが、月曜の朝だけは全員が集合して朝礼が行われる。
社員全員が自分の机の前に起立して、編集長のデスクの方向を向いている。
編集長の長い挨拶・・
博士に付きっ切りで取材を続けている片桐さんも例外ではなく、ここで朝礼を行った後、電車で遠くヒロシの通う学校まで移動する。
片桐さんの上司である今西の机を見るが、そこには今西の姿は無かった。
Hijiriからの監視を逃れる為、会社には出てこないと託をしていたのだが・・・
編集長の挨拶が終わり、次長クラスの編集者が前に出て、今週のスケジュールを発表している。
入稿日や最終締め切りの日程、社内ミーティングの日取りなど・・
本来、今西が出社して、念入りに打ち合わせをしなければならない場面なのだが・・・
今西の居ない机を眺めている片桐さん・・
その時・・
「ヒャ!」
片桐さんが小声で叫んだ。
後ろから脚をつつかれたのだ。
まるで、満員電車で痴漢に遭ったような感覚・・
そっと、そちらを向くと・・・
「しー!!!」
しゃがんだ今西が切ない顔をして、顔に指を当てて声を出すなと指示していた。
何が起きているのか理解に苦しむ片桐さん。
「今西さん!何をしてるんですか!」
小声で今西に聞く・・
「ちょっとね・・」
「ちょっとじゃないですよ!
何処へ行ってたんですか?
編集長とかカンカンなんですよ!」
「あはは・・」
笑って場をつくろっている今西・・いつもの事ながら、無責任この上ない・・
「こら!片桐君!!!」
「はい!!」
編集長から注意され、飛び上がって前を向く片桐さん。
今西も机の下に姿を隠す。
「朝礼中だ!話はちゃんと聞いてなさい!
全く、今西といい・・どうなってるんだ・・・そこの部署は・・
朝礼が終わったら、私の所へ来なさい!!」
「は・・い・・」
他の社員にヒンシュクの目で見つめられながら、下を向く片桐さん・・面目も無い表情・・
朝礼が終わり、編集長のデスクの方へすごすごと歩いて行く片桐さん・・
編集長に怒られるのを想像すると、生きた心地がしない・・
「編集長・・」
デスクの前に立つ片桐さん・・腕組みをして、怒りを露わにしている編集長・・
「全く!
朝礼中によそ見をするとは、何事だ!たるんでおる!!」
「スミマセン・・」
泣きそうに平謝りの片桐さん・・
「大体・・上司の今西は何処へ行ってるんだ!!」
「は・・はい・・それが・・」
「なんだね?知っておるのか?」
その言葉に、編集長の横の方を指を差す片桐さん・・
「ん?横?」
そちらを向くと・・
しゃがんで低姿勢の今西の姿があった。
「何じゃ!!今・・!」
「シ~~!!!」
大声で叫ぼうとする編集長に静かにするように必死にアピールする今西。片桐さんも一緒に指を当てている。
そして、向こうの書庫のある壁の方を指さす・・
「なに?向こう??」
書庫の上の天井の角に設置されている防犯カメラ・・・
今西は駅や商店街の防犯カメラを避けながら、ここまでたどり着いたのだった・・
自分に気づかなかったように、編集長に促す今西。
編集長のデスクの死角に入る・・
「オレ、ずっと監視されてるんですよ!」
「監視?何で、お前を監視する必要があるんだ!」
小声で話しをする今西と編集長。
「今、追ってる事件はヤバイんですよ!」
「ヤバイ?片桐君を向かわせている所がか?」
「いえ・・それとは少し違うんですが・・」
「違う?お前は一体、何を追ってるんだ!」
「今は言えませんよ!」
大の大人がヒソヒソ話をしている姿を半ば呆れた目で見つめる片桐さん・・いったい、何をしているのか・・
その時・・
「編集長!警視庁から電話です!」
向こうの机で電話を取った女性社員が、編集長に繋ぐ。
「け・・警視庁????」
「はい。捜査一課だそうですが・・・」
捜査一課・・よくTVに出てくる「あの」捜査一課????
編集長も、何故、警視庁から連絡が来るのか・・驚きにも似た表情・・・
何か、悪い事でもしたのだろうか???
恐る恐る電話に出る編集長・・・
「はい・・
月刊オカルトの編集長ですが・・」
「警視庁の野口と言います!
今西君はそちらに御出ででしょうか?」
「今西!?」
そう言って、今西の方を見下す編集長・・
また何かやらかしたのかと言う表情・・・
「お前にだ・・
今西!」
「お・・オレっすか?」
「捜査一課の野口さんという事だが・・」
「え?野口が??!!」
編集長の差し出した受話器を受け取る今西。
野口と言う刑事と話し始める。
「はい・・今西ですが・・」
「おお、今西か・・
久しぶりだな!」
「ああ・・あの事件以来だね・・
で、どうしたんだ?」
「他でもない!
ちょっと変な事件が起こったんだ・・
何か、情報を掴んでないかって・・」
「事件?」
「ああ!・・『霊感ケータイ』ってアプリを知ってないか?」
「霊感ケータイ!?」
その単語に、唖然とした今西・・
「どういう事なんだ?
あのアプリで、何があったんだ?」
動揺している今西が聞いている。
「TVをつけて見ろよ!
ニュースでやってると思う。」
「ニュース?
編集長!TVをつけてみてください。」
編集長に部屋の隅にあるTVをつけてもら今西。
朝のワイドショーでは・・・
「昨晩から今朝にかけて、女子高生達が次々と自らの命を断つ事件が相次いだのです・・」
女性レポーターがマイクを持って、マンションらしき建物の前でカメラに向かって報告していた。
報道陣が詰め寄る先には、ブルーシートが掛けられている。
屋上から飛び降りて自殺をしたらしいが・・・
画面の端のタイトルには、
『集団自殺?!女子高生が次々に命を断つ!!』
背景が変わって、スタジオの解説になっている。
女性キャスターとコメンテーターの前に、解説員が居て、テロップを見せながら事件のあった場所を指示していた。
都内の地図の上にバツで印がしてあるが、1点ではなく無数に散在している。
「このように、全く別々の場所で、事件が起こっています・・」
「この女子高生達に共通点はなかったのですか?」
「はい・・
それぞれの女子高生達は、互いに交流があった訳でもないし、校区も全く別です。
ただ、電源が入りっぱなしの携帯電話が握られていたという事です。」
「携帯電話ですか?
同じサイトで出会ったりしていたのでしょうか?」
「最近では、『自殺サイト』と呼ばれる、自殺願望のある人達が集うサイトもあるようですが・・
関係者の話では、日頃はそんな風に見えない、明るい女子高生達だったという事です・・
自殺など考えられないと・・」
・
・
各局のワイドショー番組は、このニュースばかりだった・・
今西と編集長、片桐さんがTVに流れる映像を固唾を飲みながら見つめ続ける・・
「これは・・・
大変な事に・・」
呟く今西・・
「おい今西!・・
お前の追ってる事件って・・これの事か?」
編集長が聞いてくる。
「たぶん・・
そうです・・」
「凄い・・何か、スクープ性・・アリですね・・」
唖然とTVを見ていると、受話器から再び、声がする。
「この女子高生達が使っていたアプリが『霊感ケータイ』っていうアプリなんだ!
だが、どこを調べてもそれらしきサイトが見当たらない。
お前なら、何か知っているかと思ってな・・」
「霊感ケータイ・・・
知っているよ・・」
「本当か?詳しく説明してくれないか?」
「わかった。
だが・・」
Hijiriから監視され続けられている今西・・未来先輩からのアドバイスが欲しいところだ・・・
今までのHijiriとの対決で起こった事を整理しながら、できるだけ最善を尽くす様に考えた・・
「警視庁の建物は、まずいかも知れない・・」
「え?この建物ならセキュリティーは万全なハズだが・・」
「いや・・防犯カメラだらけだと、かえって危ない・・
相手は、ネットを巧みに利用している。
オレも命を狙われたからな・・」
「命を狙われた?
そんなにヤバイ相手なのか?」
「ああ・・
なるべく、防犯体勢の薄い所で会えれば・・」
安全であるはずの「警視庁」・・その建物がダメだというのも尋常ではない。
野口刑事が、今西の言う通りの場所を模索する・・
防犯カメラの無い場所など・・現代の都会では考えられない・・
Hijiriや童子の魔の手が知らないうちに都会の人々にまで伸びていた。




