94.夕暮れ時
大谷先輩の家。
美咲さんが愛紗さんと一緒に街に出かけて、帰って来ていた。
途中のコンビニで買いこんできたポテトチップや飲み物を広げて話し込んでいる。
「ねぇ、今度は、渋谷まで行ってみない?」
「え~?シブヤ~?遠いよ~・・」
「こんな田舎だと、ロクな服売ってないしさ~」
「そうかな・・駅前でもオシャレな店が出来たと思うけど・・」
刺激を求める美咲さんと、地元の駅前の店で十分だと考えている愛紗さん。
「この街の店なんか、オバさんがターゲットでしょ?ダサイよ~。
TVとか雑誌の半年は遅れてるよ~。」
「別に、半年前でも良いけど・・」
「愛紗・・あんた、オバサンになるの、早いかもね!」
「え~~???」
『オバさん』・・恐らく美咲さんクラスの女子高生にとって、社会人・・20代前半の『お姉さん』から上は皆、オバサンに見えるのだろう・・
流行に敏感な女子高生にとって、東京・・しかも『シブヤ』というブランドは夢にまでみる憧れの地だ。
『シブヤ・ハチコウ前で待ち合わせ』をして、『シブヤ109』近辺を当ても無く練り歩く。
『センター街』をマックの袋を持ってシェイクのストローをくわえたり、ポテトを頬張りながら歩くのが、最高のステータスでもあった。
『青山』や『代官山』、『六本木』などは、ややオバさんクラスになり、(女子高生から見ればね・・)
『ハラジュク』は女子高生よりも小中学生に人気がある。出店している店も、かなりシフトが早い・・高校生以下の女の子には、流行の最先端に見えているのだろう。
『お台場』や『ウエノ』などは家族連れの観光地で、
『シンジュク』や『アキハバラ』は今までオタクのメッカだったが、外国人観光客によって占拠されつつある・・
ただし、それらは地元原住民ではなく、地方の人達のみに通用する話である。
日曜日のスクランブル交差点を渡るのは8割以上が御登りなのだ・・(99%?)
では地元の人達は、何処へ行っているのか・・
というと、意外に郊外の大型ショッピングモール等に行っている・・
都内での観光スポットは基本的に物価が高いのだ。地元の人は内情を知っているので、まず利用しない。
都心に住んでいながら「東京ディズニーランドへ行った事も無い」という人は意外に多い。(あれは千葉だろう?という人もいる)
家族連れならば、関東周辺の観光スポットへと足を伸ばし、夕方過ぎまで、思いっきり遊んだ後、渋滞に巻き込まれて深夜に帰って来るという、超ハードな休日を過ごす。
月曜日のお父さんが元気が無いのはそのためである。
都心の人は、地方へ・・
地方の人は都心へ・・
という逆転現象が起こっている・・
「ただいま~」
そこへ、大谷先輩が帰って来た。
「お帰り~。ノボル・・」
居間から声をかける美咲さん。
玄関に愛紗さんの靴がある事に気づいた大谷先輩。
玄関を上がって、大好きな愛紗さんに挨拶しようと居間に入ろうとした・・
だが、
急に何かを思いついて、廊下から階段を上って自分の部屋へと入って行った。
バタン!
部屋のドアが勢いよく閉められる。
「何?あの態度!
感じ悪い!」
強い口調で大谷先輩の行動を非難するが、内心、不思議に思っている美咲さん。
今まで、愛紗が一緒に居れば、来るなと言っても入って来たのに・・・
「何か、あったの?」
愛紗さんが心配して美咲さんに問いただす。
「何かか・・・
そう言えば、一昨日の夜、額に大ケガしてたな~・・
外で転んだって言ってたけど、何処で転んだんだか・・・
夜中に外に出るのも変だけどね・・
ま、
もともと分からんヤツだし・・」
「大丈夫なの?そのケガ・・」
「お母さんの話だと、打ち身がひどかったみたい・・
昨日は「お岩さん」みたいに膨れてたけど、
今朝は、だいぶ落ち着いてたよ・・
出がけだったから良く見てなかったけどね・・・」
「そう・・
昨日は、みんな、色々あったのね・・」
「そうね・・
私も、剛君と対峙するなんて、思ってもみなかったよ!
不思議な体験だった・・」
「剛君・・」
表情を曇らせる愛紗さん・・
「あ、思い出させちゃったね・・
私が最善尽くして愛紗には、もう寂しい思いはさせないから!」
「美咲・・ありがとう・・」
「親友だからね!」
「うん。」
嬉しい表情となった愛紗さん。
また、和気あいあいと女の子同士の会話に入る。
そんな、賑やかな居間の直上・・
持ち帰ったラジコンのコントローラーの様な装置をベットの下に隠して、パソコンに向かう大谷先輩。
モニターに表示されているHijiriからのメール・・
上手く帰って来れたようだね。
Hijiri
はい。
昇
メールを出しながら、額の絆創膏を押さえる大谷先輩・・・
駅前通りの喫茶店にて・・
一番奥のテーブルに勉強道具を広げている博士とユミちゃん。
コーヒー&トーストセットで4時間程粘っていた。
「う~ん・・・」
問題集を前に頭を抱えているユミちゃん。
「この三角形ABCの角Cが同じだから~この角が対称で~」
「ふふふ・・だいぶ解けるようになってきたのう・・
繰り返し例題を解いて、慣れるのが肝要じゃ。」
「そうですね!」
「その次の問題も、面白そうじゃ。
図に描いて説いてみれば・・」
博士が、まだ次の問題をすすめている。
だが、店員さんが、さすがにしびれを切らす・・
「あの~・・
すみません・・
ご注文は?」
「え?
・・・
博士!もうこんな時間ですよ!」
時計を見て、延々勉強に時間を費やしてしまった事に気づいたユミちゃん。
「ふむ!帰りの電車はどうなのじゃ?」
「あ~・・何とか・・間に合いますが・・」
「では、お勘定といこうか!」
店員に伝票を渡す博士・・・
トーストセットで長時間滞在してしまったのが気負いしたのか、カウンターの脇にあったコーヒー豆の缶も購入した博士。
カラン・カラン
「ありがとうございました~」
喫茶店を後にしたユミちゃんと博士が駅の方面へと足を向ける。
「博士・・店員さん、ちょっと怒ってましたね・・」
「そうじゃな・・つい時間の経つのを忘れていたわい・・」
「あ!ちょっと待ってください!」
角のショーウィンドウの前で足を止めるユミちゃん。
「ん?どうしたんじゃ?」
ガラス越しに展示されているウェディング・ドレスに目が釘付けになっていたユミちゃん。
真っ白な・・フワッと華やかなベールに流れるようなドレス・・
「わぁ・・・いいなぁ・・」
見とれているユミちゃんに声をかける博士。
「ふふ・・
ユミちゃんも、ああいうのを着ると、さぞかし綺麗じゃろうのう・・」
「憧れます・・お嫁さんに・・」
女の子の憧れは、いつの時代も花嫁衣裳なのだろうか・・
「そうじゃな・・
弥生の花嫁衣装の姿も見てみたかったわい・・」
ポツリともらす博士・・
「博士・・」
表情が薄らと曇るユミちゃん・・
「すまん・・
晴れ晴れしい場所で、そんな話をするべきでは無かったな。」
「いえ・・
弥生ちゃんの代わりに、私が博士に見せてあげたいです
花嫁姿・・」
「ああ・・
ありがとう。
・・・
そうじゃ!」
何やら思いついた博士。
「弥生の代わりと言っては何だが・・
ユミちゃんに、ドレスをプレゼントしてあげよう!
ワシの叶えられなかった願いだ・・
弥生に着せられなかった分・・
君の花嫁姿を見てみたい・・」
「え~?ホントですかぁ?
やった~!」
喜び勇んで、博士の腕に飛びついてくるユミちゃん。
「ははは。
弥生も、喜ぶじゃろう!
早速、ここで予約して行くかな?」
「早すぎますよ~ それは~
サイズ変わると思うから・・・
その時で良いです・・」
「ふふ・・
その前に、高校受験じゃ!
試練が残っておる!
花嫁衣装は、それまでお預けじゃ!」
「はぁ~い・・」
いきなり幻滅しているユミちゃん・・
世の中そんなに甘くは無い・・
「博士・・
ちょっと・・
寒い・・・」
博士の方へ身を寄せてきたユミちゃん。
ブレザーに短目のスカート姿・・、冬も近づき、夕方近くの寒さが身に染みていた・・
「うむ・・」
博士が羽織っているコートの中にユミちゃんを入れる。
フワッと背中からコートをかけられ、博士のセーターに身を寄せるユミちゃん・・
「暖かい・・」
博士の懐で温まり、目を瞑る。
「ふふ・・
女の子は冷やしちゃイカン・・からのう・・」
優しい博士の言葉に、幸せな表情となるユミちゃん。
博士を見上げ、ぽつりと言う・・
「博士・・私・・来年になれば、結婚できる歳なんですよ・・」
上目遣いのユミちゃんにドキッとなる博士・・
高校1年生・・16歳になれば、親の指導の元、結婚をする事は一応できる。
「誰か・・・
良いと想っている人が居るのかね?」
恐る恐る訊ねる博士。
「はい・・」
「そうか・・」
向こうを向いて、何やら物思いにふける博士・・
「ひょっとして・・嫉妬してますか?」
「え?ワシがかね?」
「私、誰かに取られても良いんですか?
見ず知らずの男の人のモノになるんですよ・・」
「それは・・」
顔を赤らめて困った表情になっている博士・・
多くのお父さんは、娘が嫁ぐ事に何らかの抵抗があるだろう・・
自分の育てた娘が知らない別の男の元に嫁ぐという事・・
それに似た感情が込み上げているのだろうか・・・
いや・・それとは、また違っているような・・
そんな博士を見て、少し微笑むユミちゃん。
「ふふ!冗談ですよ!
大好きな博士からは、離れませんよ!」
その答えに、ホッとした表情になった博士。だが・・
「ん?離れん??」
不思議な返答をしたユミちゃんに、さらにわけが分からなくなっている博士。
「博士・・
早く帰ってきてください・・
博士の居ない研究室は、寂しいですから・・・」
「うむ・・
明日から本格的な消去作業じゃ・・
頑張らねばな・・!」
「はい!」
博士のコートの中で、幸せ気分のユミちゃん・・
端から見れば「仲の良い親子」というところなのだろうか・・・




