5.家で・・
彼女の家での騒動も一段落し、僕は自宅へと戻る。
市営住宅の3階に僕の家はある。
ガタン!
重い扉を開けて家に入ると、お父さんが帰っていた。
珍しく早く帰ってきたらしい。
っていうか、彼女の家ですっかり長居してしまった。
夕飯の支度をしている父。
ちょっと嬉しそうな感じがする。
「おう、ヒロシ、帰ったのか」
「ただいま・・早いじゃん!」
「うん、今日はこれから飲み会なんでな・・」
ふーん、会社の飲み会なのかな?
「夕食作っといたよ。すまんが一人で食べててくれ。
帰りは遅くなると思うから・・」
「うん。早めに寝てるよ・・」
「じゃあ、行ってくるな!」
「いってらっしゃい・・」
父を見送る。
ガタン!
僕一人が残された。
シーンと静まり返った部屋は、ちょっと寂しい感じがした。
前は、こんな生活が多かった。慣れっこだと思っていたのに・・
「メシにするか・・」
食卓に座り、机の上に置かれた夕飯のおかずを眺める。
部屋の隅にある棚の上に置かれた母の写真・・・
一人で居るときは、この写真と共に食事をした。
笑っている、母の写真。
僕の母は長い闘病生活の末に、僕が小学3年生の時に他界した。
優しかった母・・
「いただきます・・」
母の写真に向かって言った。
一人での食事は、やっぱり寂しいものがある・・・
食事が終わり、僕の部屋。明かりは消している。
ベットの上に仰向けに横たわりながら天井を見つめる。
手には霊感ケータイ・・
普通の携帯電話としては使えず、故障とみなされているが、霊界との波長に会っているために、霊との交信や霊視が出来るのだ。何万個に一個の割合で存在するらしい・・
ただし、霊との会話は生態エネルギーを消費するため、長時間使うと命に関わる・・この電話で命を絶った持ち主も居たという。
僕は数分しかもたない・・
このケータイを手にしてから色々な出来事があった。それまで経験したことの無い霊の世界と、彼女や母との再会。
霊感ケータイを使えば他界した母と会話が出来る。
悪霊との対決以来、この携帯電話は僕が譲り受けることになった。
チャラララ・チャラララ・・・
突然、霊感ケータイの着信メロディーが鳴った。彼女が設定したと思われる「トワイライトゾーン」のテーマ曲・・いい趣味をしている・・・
この着メロが鳴るたびに僕はびくっとなるのだ・・
表示には、翔子ちゃんの名前が・・
雨宮先生の娘さんだ。あれから久しい・・・
でも、いつもと違うのは、「通話」ではなく「メール」なのだ・・
何だろう?
僕は、そのメールを開いてみた・・
オニイチャン、ゲンキ?
声ではないけれど、確かに翔子ちゃんのようだ。
そのメールが次々とスクロールしていく。
アノネ・・イマ、コノ部屋ニイルンダヨ!
「へ?ここに居るの?」
ウン。天井ノスミヲミテゴラン。
天井の角を見てみる・・部屋には4つ角があるのだけれど、ぼんやりと明るい所が一箇所・・
僕は、霊感ケータイをカメラモードに切り替えて、そこを見てみた・・
携帯電話越しに天井を写して見ると、確かに翔子ちゃんの姿が!
懐かしい・・
悪霊との対決以来だ・・
前と変わらない小学3年生くらいの姿で僕に向かって笑っている。
「久しぶりだね・・元気にしてた?」
死者に向かって「元気」はおかしいのだろうけれど、何故か口にしていた・・
ウン。
普通、霊とか見ると、背筋が凍りつくくらい驚いて動けなくなるのだろうけれど、知っている人に会うことは、むしろ嬉しいものだ。他界したお母さんに会う事だって出来るのだから・・
「お父さんと一緒に暮らしてるの?」
死んだ人に「暮らす」というのも変だろう・・それくらいの表現しか思いつかないのだから仕方が無い。
ウン。パパモイッショダヨ。
良かった・・あの世で一人きりというのも可愛そうだ。せめて亡くなったお父さんも一緒ならば「雨宮先生」も安心できるだろう。
オニイチャン、ナニカナヤンデタデショウ?
う!・・図星だ!痛いところをついてきた・・
霊にとっては隠し事もできないだろう。言葉に出さなくても、思っていることは筒抜けなのかもしれない。
「うん・・」
オネエチャンノコトデ、ナヤンデルネ。
その通りだった。さっきの彼女の家での件で改めて思ったのだが、これから学校の除霊を行わなければならないのに、彼女は霊力が半減し、あんな傷も負っている・・それなのに僕には霊感もなにもないし、出来ることも限られてしまう。
僕たちに、この学校を守ることはできるのだろうか・・
いや・・
僕が彼女を守ることができるのだろうか・・・
先生は「守ってあげてね」って言っていた・・僕にそんなことが出来るのかどうか・・
「俺・・足手まといにならないかって・・」
こんな悩みなんて、翔子ちゃんに打ち明けても何にもならないくらいは知っている。
フーン・・ソッチナンダ・・・
へ?そっち?どういうことだろう?
携帯の文字を読みながら、なおさら不思議な感じになる。
アノネ、ワタシ、霊界デ今、シュギョウチュウナンダヨ!
修行・・彼女も霊力を高めるために幼い頃に修行をしていた。並大抵の努力では霊力を高めることは出来ないだろう・・それでも、この子は挑戦をしているようだ。
「どんな修行なの?」
スッゴイ、タイヘンダヨ。
人間の世界と同じで、普通の暮らしをしていれば楽だと思う。でも、何かのために努力したり頑張ることは、人一倍エネルギーが要る。あえて、それをしているのにはよほどのワケがあるのだろう・・
ワタシ、アノオネエチャンハニガテダケド・・
ワタシニ、役立テル事ガアッタラ、ヨンデネ・・
?どういう意味なんだろう・・その時はそう思った。
何か僕の分からない事態が進行しているとでもいうのだろうか・・何も知らない僕は本当に無力なのだろう・・
「うん・・嬉しいよ」
マタ来ルネ。シュギョウガンバラナキャ!
そうメッセージを残すと、スっーと女の子の姿が霊感ケータイの画面から消えていった・・
そういうところは「霊」として、実感してしまう。生きている人間とは違うのだから当たり前なのだが・・
それでも霊感の無い僕に、助っ人が出来たのも頼もしい限りだ。
少しは気が楽になったのか、その夜は考え事に耽ることも無く、そのまま寝ることができた。




