74.低級霊
美奈子が先生をかばい、拓夢君がサスマタを構え、その後ろに沙希ちゃんと千佳ちゃんが隠れる。
「全然、見えませんよ!」
拓夢君が叫ぶ。
「よく、意識を集中するのよ!」
美奈子がアドバイスする。
「はい・・」
霊感メガネ越しに、よく目を凝らすと、薄らと何かが見える・・
自分よりも低い体勢で、人影の様なモノが蠢き、こちらの様子を覗っている様だった・・
周りを取り囲まれている。
「これが・・低級霊の・・集団?」
「沙希ちゃん!ヒロシ君に連絡して!」
「わかりました!」
先生の携帯電話でマンションに繋ぐ。
先生のマンション。
「未来先輩!低級霊の集団に取り囲まれています!」
「何ですって!?」
沙希ちゃんからの報告を受けて、驚いている先輩。
しばらく、何も言えなかったが、沙希ちゃんに指示を出す。
「何とか、こらえて!直ぐに救援を送ります!
無理をしないで!」
「わかりました!」
そして、通話が切られた。
「先輩・・」
僕が心配になる。
電話の内容から事態が急変した事は分かったのだが・・・
「先生たちが襲われた!
何が・・
皆が危険よ・・!
早く行かないと!」
動揺している先輩・・
視線が定まらない様だった・・
慌てて外へ出ようともしていた。
「先輩!落ち着いて!」
僕は、先輩の肩を押さえた。
「ヒロシ君・・」
僕に気づいて、我に返る先輩。
「俺たちは、皆のサポートをしなけりゃ!
俺たちが飛び出して行っても間に合いませんよ。」
「そ・・
そうね・・・
私が・
しっかりしなきゃ・・・」
テーブルに座る先輩。
そして・・
「切り札は使いたくなかったけど・・
先生たちを危険な目にはさらせない・・
ヒロシ君、
パパを呼んでくれる?」
「了解です!」
僕は霊感ケータイを取り出し、メールを打ち始める。
いざという時の為に、パパに何時でも彼女の所へ行けるように準備をしてもらっていたのだ。
急いでパパへのメールを打ち込み、送信しようとした時、
プルルル・・プルルル・・
先輩の手元に置いてある電話が鳴り出した。
「待って!ヒロシ君。」
先輩の言葉通り、パパへの送信を中断した。
「はい。水島です。」
「未来先輩ですか~?
低級霊が消えて行くみたいなんです!」
沙希ちゃんから、再び連絡があった。
「消えて行く?」
沙希ちゃんの報告に耳を疑う先輩。
襲ってくるはずの低級霊の集団が消えて行くという・・
いったい、何がどうなっているのだろうか?
山道・・
美奈子達が低級霊の集団からの攻撃に備えていたが、目の前から徐々に消えて行った・・
シュワ~~・・・・
まるで、消しゴムで消しているかの如く、消えていく低級霊たち・・
「いったい・・何がどうなってるの?」
「わ・・わかりません・・自滅・・してるんですか?」
「自滅???そんな事があるの?」
低級霊の姿が見えている美奈子と拓夢君が不思議がっている。
それを聞いている先生と千佳ちゃん達・・
「何が起きてるの?拓夢君・・」
「ちゃんと説明してよ!」
「え?
あ、はい・・
さっきまで居た低級霊達が、どんどん消えているんです・・
悲鳴も苦痛もなしに・・」
「除霊しているわけでもないのに?」
「はい・・何がなんだか・・」
「でも、低級霊が居なくなってるって事は、良い事なんじゃないですか?」
沙希ちゃんが喜んでいる。そうダイレクトに喜んでいいのかどうかわからない美奈子と拓夢君・・
「水島さんが救援を呼ぶって言ってたのは・・この事なの?」
「わかりません・・」
「まぁ・・確かに、助かったのかも知れないけどね・・」
千佳ちゃんも前向きに考えようとしている。
「とりあえず、ヒロシ君たちに連絡しましょう!
これから、どう行動すれば良いかも水島さんからアドバイスしてもらわないと・・」
先生が提案する。
「はい。
電話してみます。」
先生のマンション。
沙希ちゃんから電話が入り、現状を報告してきた。
「・・・・
そう・・
皆、消えてしまったの・・・」
「未来先輩の言ってた『救援』ではないのですか?」
「いえ・・私達は、まだ、何もしていないわ・・」
「そうですか・・
・・・
では、これから、どうすれば良いでしょう?
車での移動は、ちょっと危険そうなんですが・・・」
先生が運転して、再度、同じような幻覚を見たら危険だ。
「そうね・・
これも、敵の作戦かも・・
慎重に行動したほうがいいみたいだけど・・
今西さんが心配だわ・・
そのまま、歩いて合宿所へ向かってくれる?」
「了解です!」
断崖絶壁の多い山道で、運転中に襲われるよりは、歩いた方が安全だと判断した先輩。
通話を切って車を降りて歩き出す沙希ちゃんたち・・・
僕と先輩で次の作戦を練ることにしたのだが・・・
「先輩・・
低級霊が消えたのは・・
なぜなんでしょう?」
「わからないわ・・
さっきも言ったけど・・
敵の作戦なのかも知れない・・
油断させて、攻撃を仕掛けてきてもおかしくない・・
それにしても・・
不確定な要素が多すぎるわ・・
Hijiriの探索は及ばないはずなのに・・
なぜ、あの場所が分かったのか・・」
「ずっと後をつけてたとか?」
「それは無いと思うわ。
望月さんは教頭先生の車をマークしてたし、
お母さん(響子)も周囲には何も無かったって・・
襲われた場所で、寒気がしたというし・・」
「あらかじめ、Hijiriから合宿所へ行くように教頭先生に指示していたとか?」
「それも考えられない・・
あんな山奥を選べば不利になるわ・・」
「既に、教頭先生が憑依されているとか・・」
「それも、望月さんやお母さんが気づくはず・・」
「じゃあ・・
どうやって合宿所を特定できたんでしょう?」
「わからない・・
何かを見落としている・・
重要な要素を・・
それが特定できなければ、今西さんや望月さんを危険な目にあわせてしまう・・」
頭を抱えている先輩・・
気が動転している。
そんな状態ではいい考えも浮かばないだろう・・
何とか、その状況を打破しようと、試みる・・
ポンと先輩の肩をたたいた僕・・
「先輩!
何事も計画通りには行かないんでしょう?」
「え?」
「さっき、先輩がオレに言った言葉ですよ。
童子やHijiriにとっても予期せぬ事が起ってるんだと思います。
大切なのは、自分を見失わないことだと思うんです。」
「ヒロシ君・・」
先輩の表情が柔らかくなったと思った。
その時、
プルルル・・プルルル・・
先輩の手元に置いてある電話が鳴り出した。沙希ちゃんからだろうか?
恐る恐る受話器を取る先輩・・・
「はい・・」
「もしもし?未来ちゃんかい!?」
「え?その声は・・お父さん?」
「未来ちゃんから『お父さん』って呼ばれるなんて、感動だな~。」
父からの電話だった。
「今日は、用事が、あったんじゃ・・」
「うん。そのつもりだったんだけど、未来ちゃん達が気になってね・・
助っ人を呼んできたんだ。」
「助っ人?」
「電話を代わるよ。」
「もしもし?水島さん?望月です。」
「え?望月って・・・陽子さん?
何処に居るんですか?」
「こっちに来てるわ。
さっき、美奈子の周りに居た低級霊は片付けておいたわ。
ああいった小者は、私のオーラだけで十分よ。」
「じゃあ・・低級霊が急に消えたのは・・」
「私の能力よ・・
負のオーラでも、私のオーラとシンクロさせれば、低級霊なら一掃できるのよ。」
「オーラを・・シンクロ・・・」
父が電話をかわる。
「・・という事だ!携帯に連絡をくれれば、いつでも飛んでいける体勢を整えている。
大船に乗ったつもりで、作戦を練って欲しい!」
「ありがとうございます!お父さん」
「頑張ってね!
あ、
静江さんには内緒にしててよ。
陽子さんと浮気してたなんて誤解されるかも知れないからね。」
「はい・・」
受話器を握り絞める先輩・・
頼もしい存在に嬉しさが込み上げてくる。
山道・・
美奈子達が先生の運転してきた車を置いて、歩き出していた。
その後方で、後を付けていた車が静かに止まる。
ハンティング帽をかぶった人物が顔を上げる。
「無事に合宿所へたどり着けそうね・・直人さん・・」
「はい・・俺たちは、ちょっと後から行ってみますか・・」
運転していた男性は、ヒロシのお父さん(直人)だった。
遥々東京から今西を追いかけて来た陽子と合流していたのだ。
「でも、なんだかんだ言って、ヒロシ君達のサポートをしてるんですね・・私達・・」
「ふふ・・親心・・て言うんでしょうかね・・
・・
でも・・・」
呟くヒロシのお父さん・・
「どうしたんですか?」
「合宿所に、響子が来ているんですよね・・
何か、複雑な感じがするんです。
もう、この世には居ない響子が居て・・
新しい嫁さんである静江さんも来ている・・
どう振る舞っていいのか・・」
「そうですね・・」
「その点、ヒロシは割り切っている。
響子とも、それなりにコンタクトを取っているみたいだし、
前みたいに母親が居ないという事で、コンプレックスを持つことも無くなっている。
静江さんとも上手くやってるみたいだし・・
親の俺よりもしっかりしている気がするんです。」
「直人さんは、どうなんですか?
響子の事を・・」
「響子・・
・・・
やっぱり、オレにとって、響子は大切な人でした。
今もそうです。
想い出がたくさんある。
それは、静江さんも同様だ・・
亡くされたご主人を今でも思い続けてるって言ってました。
翔子ちゃんもね・・
生前は家族だった人達・・
亡くした人を忘れる事は出来ないし、
その想い出も大切にしたい。
でも、
それ以上に、
今の家族も大切にしたいんです。
これからの生活を・・・」
「ふふ・・やっぱり、直人さんですね・・」
微笑む陽子。
「どうしたんですか?」
「響子が選んだだけの人ですよ。
あなたは・・・」
「そう・・ですか?」
陽子に褒められて、顔を赤くしている直人。
「今でも、響子はあなたの事を想っていますよ。
私達は、僅かな間でも、心を通わせた仲です。
お互いに想っている事はわかる・・」
「それは・・響子の事が、見えるからですか?」
「いえ・・
見えていても、見えていなくても同じです。
霊感があろうが、無かろうが・・
人を想う気持ちは、同じ・・
伝わりますよ。」
「そう・・なん
ですか・・・?」
「はい。
だから、新しい家族とも
上手くやってほしいって・・
響子も願ってると思います。
今を生きる人達が
幸せになる事が
一番の願い・・」
「幸せに・・・」
「そう・・
その為の、
童子達との戦いです。
響子も一緒に戦ってくれている・・」
「そうですね・・
みんなで・・
戦いましょう!
幸せになるために!」
キッと合宿所を見つめるヒロシのお父さん・・
先生のマンション・・
僕と先輩が、今までの事を整理している。
「低級霊の集団が消えた原因が掴めて、ホッとしたわ・・。」
「そうですね・・
ミナのお母さんが来ていたなんて、予想外だったけど、強い味方ですよ。」
「でも、まだ、疑問は残ってるわ。
低級霊が何故、あそこに現れたのか・・・
教頭先生の行き先を知っていた事になる。」
「GPSとか、ありますよね・・
カーナビに搭載されてるみたいですが、
それを利用すれば、教頭先生の位置がわかるはずです。」
現在、携帯電話にGPSが搭載されているモデルは珍しくない。
自分の居場所を検索するだけでなく、
高齢者の所在確認や小学生などの児童誘拐の際に居場所を特定する為に必要な機能となっている。
だが、ヒロシの時代は、未だ、そういった機能は含まれない。
少し、前の時代なのだ・・・
「GPSか・・
カーナビのGPSは自分の位置は分かっても、他の人からは位置を割り出せない。
他から、位置を知るには・・・
何か、発信機の様な物・・・
それを教頭先生の車に取り付けるか、教頭先生に持たせるか・・・
・・・・
どちらにしろ、
誰かが、その発信機の電波を計測している事になる・・・
少なくとも、1人・・
もう一人居れば距離も方位も割り出せやすいけど、二人は考えにくい・・
この近くで・・電波の届く範囲で・・・」
「Hijiriの他に、実態を持った人物が、関与している・・
って事ですか?」
「第三者・・・の存在・・・」
「そう言えば、ミナをワラ人形で攻撃した人が居ますよ!
パパは中学生くらいの男子だって言ってたけど・・」
「中学生・・・
まさか・・・!」
心当たりのある先輩・・




