4.彼女の家で・・
彼女の家へたどりついた。
小高い丘の上の小さなお寺だ。
この境内の墓地に僕のお母さんが眠っている。実は、先ほどの翔子ちゃんやお父さんのお墓も同じお寺だったとは奇遇なものだ。
「お参り済んだら、お堂に来てね!」
彼女が、先にお寺の中へ入っていく。
その姿を見届けてから、お母さんの墓へと向かった。
墓の前で、手を合わせる・・・
不思議なものだ・・
霊感ケータイなら会話も出来るのだけれど、お墓の前でも、死者がそこに居るような気がして、その冥福を心から祈る気持ちになる。
お母さんが死んで、もう5年も経つが、一日も忘れたことは無い。
雨宮先生も、一日も欠かさず翔子ちゃんの見舞いに病院へ行っていたそうだけれど、大切な人は、やっぱり忘れられないものなのだ。亡くなった今でもそうだと思う・・
そうだ・・翔子ちゃんにも、お参りを・・
ついでに、雨宮先生のほうのお墓にもお参りをした。
どちらも、冥福を祈るばかりである。
お参りも済んだことだし、彼女の待つお堂へ行くか・・・
夕方の少し暗くなった本堂へと向かう。
靴を脱いで本堂への階段を登る・・
このお堂には、「十一面観音立像」が安置されている。
この世で困ったことがあれば、救いの手を差し伸べてくれるという観音様・・
悪霊との対決で最後に十一面観音に助けを求め、悪霊を倒すことが出来た。
このお寺の観音様は、絢爛豪華で華麗なのだが、全く同じ姿で現れたのを憶えている。
「お待たせ~」
本堂の脇から入ってきた彼女・・
その手にはお茶とお菓子がある。
眼鏡を外して、髪をロングにしている。可愛いバージョンの彼女だ。
やっぱり可愛い。
「お客様用のお菓子を持ってきちゃった!」
相変わらず甘いものには目が無い彼女だ。
まあ、それも彼女の魅力ではあるのだけれど・・
お茶を頂きながら、二人で観音様の姿を見つめていた。
「この観音様だよね~。私達を助けてくださったのは・・」
「うん・・全くこの姿のままだった・・」
「ねえ・・」
「何?」
「私・・あの戦いで、死ぬはずだったんだよ・・」
彼女には小さい頃から自分の運命が見えていた。
あの悪霊との対決で、自分が死ぬということが分かっていた。
でも、その間に必死の努力で霊力を磨いていたのと、十一面観音のおかげで一命を取り留めたのだ。
人生にシナリオなんて無い・・
自らの道は自ら切り開くことが出来るのだ・・
「ちょっと向こうを向いててくれる?」
何なのだろう?
「恥ずかしいから、向こうを向いてて!」
何が始まるのか分からないが、とりあえず彼女に背を向けた。
ごそごそと音がする。
何か・・服を脱いでいるような・・
前に、教室のロッカーの中で彼女が着替えをするところを覗いたことがあったが・・それに似た心境だ・・
「いいよ・・」
彼女の許しが出た。
振り向くと、薄暗い明かりの中に、彼女の背中が見えた・・
へ?
服・・着て無いじゃん!
上半身はブラジャーしか着けていない彼女の背中が見えた。
何なのだろう?誘ってるんだろうか??まだ中学二年生だよ!僕達は!!
「背中を触ってみて・・」
触れというのだから、仕方が無い。
僕は恐る恐る、彼女の背中へ手を添えた。
暖かい・・・
普通、背中は少し冷たいはずなのだけれど、彼女の背中は暖かかった・・
オーラが出ているとでもいうのか・・燃えるようではないが、ほのかに暖かい。
でも、少し震えているようでもある・・
彼女も恥ずかしいのだろう。
それにしても、何のために・・
「心臓がどの辺りかわかる?」
「心臓?」
心臓は胸の中央辺りの少し左側にある。
「ここかな・・」
「うん。そこ・・」
丁度、ブラジャーの紐の辺りだ・・
彼女が言葉を発する度に、小刻みに震えているのが手を通じて感じられる。
こんなに近い距離にある僕と彼女・・
「そこから、ちょっと右へ手を動かしてくれる?」
彼女の言葉通りに、少し手を動かす・・
その時、
「あ!」
と思った・・・
それまで、ほのかに暖かかった感触が一転し、氷のように冷たくなっている部分がある・・
それは、まるで穴のように一点だけが冷たく、そこに吸い込まれるような感覚まであった。
「そこ・・
悪霊に打たれた部分なの・・
胸元まで貫通しているのよ・・」
悪霊との対決の時、彼女は僕をかばって悪霊に打たれ、気絶をしてしまった・・
その時の跡がまだ残っている。
こんなに痛手を負っていたとは・・
「急所は外れていたけど、私の魂に深く食込んでいる・・」
「僕の事をかばって・・
ごめん・・」
「ううん・・
本当は死ぬはずだったのに、運がいいのよ!」
背中越しに会話をする二人・・
「それに、最後はヒロシくんに助けられたんだし・・」
十一面観音を召還しなかったら、今頃は悪霊に殺されていた二人だったのかも知れない・・
僕は自分よりも彼女を守りたかった・・
運よく二人とも助かったのは奇跡なのだろう・・
こうして二人が生きているのも・・
「わたし・・
こんな体だから、いつまで生きられるか分からない・・
でも、ヒロシくんのそばに居たい・・
こんな私でも・・
いい・・?」
その言葉と共に彼女がこちらを向いた、
可愛いバージョンの彼女。
上半身は下着しか着ていない・・
「うん・・」
見つめる二人。
その時だった・・
「誰じゃ~?
お客さんのお茶菓子を持って行ったのは~?」
彼女のお父さんが、本堂へ入ってきた・・
「あ?」
「あ・・」
「あ!」
まずい!!
二人の姿を見て、お父さんが凍りつく・・
僕達も向かい合ったまま、お父さんを見つめて凍りついていた・・
しばらく沈黙・・・
「なんじゃ~!!!!!
お前らは~!!!!
神聖な本堂で~!!!」
「お父さん!違うのよ~!!」
「何が違うんじゃ~!!
まだお前達は中学生だぞ~!!!」
「もう!違うんだって!!
落ち着いてよ!」
「これが落ち着いていられるか~!!!!」
取り乱すお父さんをなだめる彼女・・
「すみません、すみません」
「ヒロシくん~!
何、謝ってるのよ~誤解よ誤解!」
「何が誤解じゃ~!!」
この騒動が納まるまで、数十分はかかった・・
座布団やら木魚やらが飛び交う始末だったが、最後は一部始終を説明してようやく落ち着いたのだけれど・・
さすがに、際どいところだった。
あのままお父さんが入ってこなかったら、二人はどうなっていたかわからないし・・
まあ、これも、観音様のご加護といったところなのだろうか?




