61.悪夢
「はぁ・・・」
ため息をついている陽子。
自宅への帰り道、うつろな目で空を見上げる。
「陽子~!」
遠くから声が掛けられ、ハッと気づく。
響子がこちらへと駆けてくるのが見えた。
陽子の自宅の方からだ。
「響子・・」
「はあ・・はあ・・」
「どうしたの?響子・・?」
「どうしたも、こうしたもないわよ・・
家に行ったけど、まだ帰って来てないって・・
何処へ行ってたの?」
「何処って・・
別に・・」
いつもと違う様子の陽子に気づく。
「何か・・陽子・・
可愛くなってるんだけど・・・」
頬を赤らめて、まるで、幼い少女の様な感じに見える陽子。
「え?!・・
あ、
何でもないよ!」
焦り始める陽子。
さすがに、小早川の寺へ行っていたとは言いにくかった。
「あはは・・
それにしても、どうしたの?響子・・
血相変えて・・」
話題を変えようとする陽子。
「それが・・
幸子さんの事なんだけど・・」
「幸子さんがどうしたって?」
「夢を見たって言うのよ・・」
「夢?
まぁ、夢なら、だれでも見るわな~」
あっさり話をスルーしようとした陽子に、真剣な表情で向かう響子。
「それが・・
妖怪に追いかけられた夢だったって言うのよ!」
「妖怪?!」
「はぁ・・
はぁ・・
はぁ!」
寂しい荒れ野を駆ける一人の少女・・
すっかり日が暮れて、辺りは暗くなり、足元も良く見えない・・
何かに追われている様で、必死に走っている少女。
後ろを振り向くが、姿も何も見えず、気配だけが追って来ている様だった・・・
「あ!」
ズサーーー!!
石に躓いて、転んでしまう。
「痛っ・・!」
膝を擦りむいた少女・・血がにじんでいる。
それでも、必死に起き上がり、走り始める。
「い・・
今西君・・!」
少女は、幸子であった。
今西に助けを求めるが、誰も居ない。
後ろから「何か」が、どんどん迫ってきている気配・・
後ろを振り返りながら走り続ける幸子。
「フフフ・・
逃げろ・・
逃げろ!」
不気味な声が後ろの方から聞こえてきた。
その声にはやし立てられる様に、足を速めた幸子。
泣きそうになっている。
昨日の夢でも、同じ様な展開だった。
あの時は、走っても走っても追いかけられていたのだ。
「これは・・
夢?
夢なら覚めて!」
心で叫ぶ幸子。
「フフフ
そなたの夢は、私の意のまま操ることができるのじゃ。
永遠に、この夢をさ迷わせる事もできるのだ。」
「私の・・
夢から・・
覚めない?」
どこからともなく聞こえる声に怯える幸子。
頭を抱えて途方に暮れる。
「そうじゃ!
恐怖と絶望!
その感情に満たされる表情が見たいのじゃ!」
「い・・今西君!助けて!
響子さん・・陽子さん・・!」
助けを求める幸子。
その目の前に、男の人の背中が浮かび上がる。
見覚えのある後姿。
「あ・・あなたは!」
いつも見ている今西の背中・・
「今西君!」
そう言って、その手を掴む。
振り返るその人・・・
髪の毛の裏側には、
顔が無い・・
髪の毛の中にボウッと半透明の肌色の顔の様なモノが浮かんでいるだけの、
ノッペラボウの様な不気味な人体・・
「キ・・
キャーーーーーーー!!!」
幸子の叫び声が辺りにコダマする。
手を振り放そうとしても、吸い付いて振り切れない。
「いや!いやーーー!!!!!」
「ハハハ!
いい声だ!
もっと叫べ!!」
その時・・
ビシー!!!!!!
何かが弾ける音がした。
幸子の手に付いていた手が解かれ、先ほどの体が跡形もなく消えている。
「何ヤツ?!」
得体の知れない声が、その展開に驚いている。
「く!感づかれたか!!」
パーーーーーーー!!!!!!!!
その声と共に、目の前が真っ白になる幸子の視界。
ハッと気づくと、ベットに寝ていた。
天井に光る照明。
「ここは!・・・・」
飛び起きると、自分の部屋で、ベットに寝ていた幸子・・
見渡すと、いつもの部屋だった。
頭を抱えて、呟く。
「あれは・・・夢・・・なの?」
窓の外・・
幸子の寝ている部屋を道路から見上げている陽子・・
そして、響子・・
「逃げたの?」
「ええ・・こっちの気配に気づいたようね・・・」
「夢を操る・・悪霊?・・」
響子が訊ねる。
「ポケベルにメッセージを残したのは、
あの霊ね・・」
「幸子さんが、ポケベルを持った時の?」
「あの低級霊は、
私と同じ能力を持っている・・・」
「陽子と同じ能力?
オーラをシンクロする事ができるの?」
コクリとうなずいた陽子。
「オーラを同調させることで、
相手に幻影を見せる・・
自分の意のままに夢を操れるわね・・」
「そんな・・・」
「あの霊は、この間の女の人の霊にも取り憑いていたわ・・
いえ・・
あの女の人を追い詰めた張本人・・
今度は、幸子さんを狙っていたなんて!」
「どうするの?除霊できるの?」
「相手は、一筋縄ではいかないわ・・
こっちも手を打たないと・・」
「手を・・・打つ?」
「次に、夢に入られた時が危ない・・
こっちの動きに気づいたはずよ・・
命を狙ってくるわね・・」
「じゃ・・
じゃあ・・
これから、ずっと幸子さんに付いてないと・・
いつ寝るか分からないし・・」
「今晩は、幸子さんは寝れないと思うわ・・
明日に備えて、寝ましょう!」
そのまま、振り返って家路を急ぐ陽子。
「え?大丈夫なの?」
響子は、このまま幸子を一人にするのが心配だった・・
次の日の朝・・
2年3組・・今西と幸子の教室。
ボウッと、目がうつろな幸子・・
陽子の言う通り、あれから一睡もしていなかったらしい。
「う~・・寝不足・・・」
「どうしたんだ?幸子?
また、変な夢でも見たのか?」
今西が声をかけてくる。昨日の夢では、顔の無い今西の姿が出てきたのを思い出した。
「今西君・・・」
今西の顔を見たとたんに、涙が溢れてきた幸子。
そのまま、机の上で顔をうずめる。
「お・・おい・・どうしたんだよ・・」
休み時間、隣の2組の教室に響子を尋ねる今西。
「幸子の様子が変なんだ・・」
「そう・・」
響子も寝不足だった・・
あれからずっと、幸子の家の前で見張っていたのだった。
目が赤く腫れている。
「何か、眠そうだね・・」
「ちょっとね・・」
響子は、陽子から昨晩の事を口止めされていた。
変に興味を持たれて、除霊の儀式に居合わせ、危険な目にあわせるわけにはいかなかった為だ。
「その、顔・・
何か知ってるね!?」
今西から問いただされる響子・・
「ごめん・・今は・・何も言えなくて・・・」
「幸子は、オレの・・・
大切な人なんだ!
何かあったら・・オレは・・・」
思いつめている感じの今西の姿に、響子もどうしていいのか分からなくなっていた・・
幸子を想う今西・・興味本位よりも、心配な気持ちの方が強いと察した響子。
何とかしたいと思ったのだが・・・
「ダメよ!
今西君!」
「え?」
「望月・・」
陽子が今西との会話に気づき、響子の後ろまで来ていた。
「ここから先は、あなたの立ち入りは厳禁よ!」
「陽子・・それは・・・」
「いったはずよ!これはお遊びじゃないって!!」
「オ・・オレは遊びでやってない!」
「あなたが軽率に、あの女の子の所に幸子さんを連れて行ったから、こうなっているのよ!
少しは反省しなさい!」
「陽子・・そこまで言わなくても・・・」
「オ・・オレの・・せいで・・・」
考え込む今西・・
陽子も気まずくなって、その場を離れて教室を出て行く。
「陽子・・」
呟く響子。




