52.浄霊
夜・・
ヒロシの通う中学校・・
3階の教室。
照明も点いていない真っ暗な空間の中、ロウソクが幾つか灯っている。
ロウソクの炎に照らされ、薄らと浮かび上がる二人の少女の姿・・
机に縛られ、立てられた4本の竹を縄で結び、結界を敷いている。
「観自在菩薩・・般若波羅密多・・」
二人が唱えている般若心経・・
シャリーン・シャリーン
一人の少女は、白装束姿で、結界の中で跪いて(ひざまずいて)目を閉じ、その周りを巫女姿で鈴を鳴らして回るもう一人の少女・・・・
何かの儀式が始まろうというのだろうか・・
異様な雰囲気に包まれている教室・・
鈴の音がトランス状態へと誘う(いざなう)・・
跪いていた少女の頭が、少しずつ左右に振れ始める。
「ううう・・」
言葉にもならない、うめき声の様な音を発する少女・・
シャリーン・シャリーン
鈴の音が更に強くなり、辺りに響き渡る。
教室の床に這う様に、のた打ち回りだす少女・・
憑依現象らしい・・
のた打ち回る少女が、恐ろしい声でつぶやき始める。
「うう・・
憎い・・
あの男が・・
憎い!!」
その声に反応し、鈴を鳴らしていた少女が、憑依された少女に話しかける・・
「憎いか・・
そなたを捨てた、男の事が?」
憑依している何者かに話しかけている様だ。
「憎い!!!
憎い~!!!
呪い殺してやる~!!!」
少女とも思えないような声で叫ぶ。
シャリーン!!!
大きく鈴を振った少女。
その音に、憑依した者が静まる。
そして、強い口調で、呪文の様な言葉を唱え始める少女・・
「汝、生きとし生きるもの苦しめたるや、
罪なきものを苦しめたるや
その罪を罪と受けた賜らぬや
一切の住み人を汚れあらじと願いたるや・・
罪と言う罪は在らじと被り奉らぬや
幾年、幾月々の幸、多きを願い給えらんや・・」
その言葉に、頭を抱え始める憑依された少女・・
ワアワアとわめきたてる・・
その姿をものとせずに、呪文を続ける少女・・最後に、九字を切る。
「臨・兵・闘!」
その後に、更に呪文を唱えだす。
「オン・ロケイ・バサラダン・・
ウン タラター カンマン!」
不動明王の真言・・
憑依された少女が、大人しくなり、その場に伏せている。
「どうじゃ!
不動明王様の前では、
無力であろう!」
「ううう・・・」
「そなたは、美しい心を持った娘であった・・
人を恨む・・呪う心で満たされれば
その心も、醜い姿、形になってしまうのだ!!
今の魂を悔い改め、元の美しい心に戻る事、
見届けよう!!」
「私に・・」
「慈悲の光は道しるべなり・・
一切の邪念を捨て去り、
不動明王のご加護により
極楽浄土へと参るがよい。」
「私が・・極楽へ・・」
シャリーン!
「さようじゃ!
そなたを浄化し、あの世へと導こう!」
「ああ・・・ありがたい・・・」
シャン・・シャン・・
跪いている少女の周りを鈴を鳴らしながら浄化の儀を始める少女・・
その鈴の音の一振り一振りが、憑依している霊を浄化しているようだった。
そして・・
「今、まさに、そなたの体、浄化せし!
光と共に昇天するがよい!」
シャ・・・・・・
鈴の音を高々と打ち鳴らす少女・・
その音の方へ身を乗り出す、跪いた少女・・・・
そして、鈴の音が鳴り止み、再び、静かな空間となった・・・
「ふう・・・」
鈴を鳴らしていた少女が一息つく・・
「はぁ・・・」
跪いていた少女が、ため息とともに目を開ける。その目は涙で溢れていた。
「行ったわね・・・」
霊が行ったという方向を見つめる少女・・
「疲れた?響子・・」
鈴を鳴らしていた少女が呟く。
跪いていた少女は響子であった。
「ちょっとね・・
でも、陽子の方が疲れたでしょ?」
鈴を鳴らし、憑依していた霊を浄化していたのは、陽子だった。
「まあね・・
霊を一体浄化するのは、疲れるよ・・」
「うふ・・
帰りに、またハンバーガー屋へ寄りましょ!」
「そうね・・
少しは、ご褒美も欲しいよね~」
高校時代の陽子と響子・・
浄霊の儀式の様子だ。
「その前に・・・!」
陽子が教室の片隅をキッと睨みつける。
「え?」
教室の後ろに置いてある掃除用具を仕舞ってあるロッカー・・
そこへ、颯爽と駆け寄り、扉を勢いよく開く。
バ!!!
扉を開くと、そこに、一人の男子生徒の姿があった。
驚きの表情・・・
「また、あんた?
性懲りも無く、浄霊の盗み撮りなんて・・」
「あはは・・ごめん!」
平謝りの男子生徒・・
読者の方々はお気づきだろう・・
高校時代の今西君である・・
「もう!
霊がいつ、飛び出して行くか、わからないのよ!
危険が伴う行為だって、何度言ったら分かるの?!!」
「ごめん、ごめん!
つい、好奇心でさ・・」
「好奇心・・!?
しかも・・
一体、何時からそこに入ってたわけ?」
響子が何かに気づく。
「!!!
まさか!私達の着替え見てたの?!」
白装束姿で胸を押さえて、涙目の響子・・
「いや・・
その時は、目を瞑ってたよ!」
「こら~!!
目を瞑ればいいって問題じゃない!!」
今西の胸ぐらを掴んで、襲い掛かる陽子。
女の子二人から軽蔑な視線を浴びせられている今西・・
その時
ブルブルブル・・
ブルブルブル・・・
今西の胸ポケットが震えた。
「あ・・」
それを取り出す今西・・
ポケベル・・・
この頃、携帯電話は高価で、「携帯」というよりも、一種の「無線機」に近く、一般市民の生活とは遠い存在だった。
社会人の間で専ら使用されていたのがポケベルであり、会社からの呼び出しや簡易的なメッセージの表示が出来る手軽さから普及した。
公衆電話や家庭の電話からメッセージを手軽に相手に送れる事から、高校生の間で大ブームとなる。
メッセージを入力するのは、電話の数字ボタン(若しくはダイヤル)であり、独特な数字の組み合わせだった。(アは1+1、イが1+2、キが2+2)
漢字も送れず、カタカナのみであるが、公衆電話から「ベル友」に夜な夜なポケベルにメッセージを送る女子高生の姿も多く見受けられた。
「幸子からだ・・」
幸子からのメッセージを読む今西・・
カイフクニ
ムカッテマス
サチコ
「憑依されてた女の子が回復してるみたいだよ。
さっきの浄霊が上手くいったみたいだね!」
幸子が、先程浄霊した霊に憑依されていた相手の側で、見守っていたらしい・・
ポケベルで今西に報告してきたのだ。
「ホント?
良かった~」
響子がホッと胸を撫で下ろしている。
「やっぱり、あの子に憑依した霊が原因だったのね・・
かなり恨みを持ってたからね・・」
「女の怨念って・・怖いね・・」
今西がさりげなく、話題を変えようとしていたが・・・
「そう言って、誤魔化そうとしてもダメよ!
駅前のハンバーガー屋でおごってもらわないと、許さないんだから!」
強要する陽子・・
「え~?????」




