40.真相
「来るな!
来るなぁ!!!」
気が狂ったように叫ぶ少年。
自分を見つめる目が、恐怖におののき、尋常でないと感じている博士・・
うかつに手を出せば、先程の様に投げ飛ばされそうだ。
少年と言っても、既に大人に近い体なのだから・・
だが、その時・・
「大丈夫だよ・・・
お兄ちゃん・・・」
少年の耳元で、弥生ちゃんがささやいた・・
弥生ちゃんの、優しそうな声・・
「え?」
その声にハッとなる。
次の瞬間・・
「大丈夫か?君・・・」
博士の声が聞こえた。
引きつった表情の少年の顔を覗き込んでいる博士。
「え?」
再び、ハッとなる少年・・・
見渡しても、弥生ちゃんの姿は無かった。
先程の声は、気のせいだったのだろうか?
「どうしたのかね?」
「あ・・・
い・・
今!!
娘さんが・・
そこに・・!!」
恐る恐る、博士の方を指差す少年・・
だが、弥生ちゃんの姿も何も無かった・・・
「ふむ~・・
やはり、幻覚か・・・」
「幻覚?」
「そうだ・・・
交通事故の記憶が、あまりにも衝撃的過ぎて・・
その時の光景が、浮かぶのだろう・・」
『幻覚』と言われれば、それまでなのだろうけれど、あまりにも鮮明な少女の姿を見たのだ。
しかも、目の前に「幽霊博士」と呼ばれる、その人が居るのだ。
「お・・
オレ・・・
怖いんです・・
いつも・・・
娘さんの
姿が
浮かぶ!!」
「怖がることは無い・・
それは、君の脳に映る現象なのだ・・
本当に、私の娘が居るわけではない・・
私の娘は、
もう、
この世には居ないのだから・・」
『この世には居ない』
・・・寂しそうに呟く博士・・
確かに・・
もう、弥生ちゃんは、この世には存在しないのだ。
そう言われて、ホッとした少年・・
「そ・・
そうですね・・・
あの子は・・
もう・・
居ないんですよね・・・」
少し笑みを浮かべた少年・・
それと同時に、
・・あの日の事は・・
オレにしかわからない・・・
そう思った・・
その時・・
「そう・・・
あなたに・・
殺されたのよ・・・」
足元から声がする。
「え?」
足元に残ったチョークの痕・・
そこに、弥生ちゃんの姿があった。
歩道にチョークで描かれた体の痕と同じ場所で、同じ体制で、こちらを見つめている。
「うわ~!!!!!!!」
大声を上げて飛び上がる少年。
そして、
ムクッと起き上がって、一瞬で、少年の目の前に顔を突き出す弥生ちゃん・・
蛇に睨まれたカエルのように、体が動かなくなっている少年・・
「お父さんに、
あの日の事を・・
正直に話して・・
でないと・・
一生、呪うわよ!」
「呪う?」
「そう・・
あなたに、託した
お父さんへの
メッセージを伝えて!」
「メッセージ?」
「あなたの・・
そのポケットに
入っているわ・・・」
ポケット・・上着のポケットに手を入れると、何かが入っていた・・・
「どう?
話すの?
話さないの?」
目の前で弥生ちゃんに念を押されている少年。
あの日の出来事を言わないと、この少女に一生、呪われるという・・
これ以上、何が起こるというのか・・・
「い・・
言います・・!」
脂汗をかきながら、小声で返事をする少年・・
「声が小さいわよ!!」
少年を睨んで叫ぶ弥生ちゃん。
「言います!!!あの日の事を!!!」
目を瞑って(つむって)叫ぶ少年。
その声に、博士が答える。
「え?どうしたのかね?」
「あの日の出来事を、話します!」
そう言って、ハッと気が付くと、目の前に居たハズの弥生ちゃんの姿が無かった・・・
博士と少年が沈黙して、その場に立ち尽くしていた・・
「そうか・・
ここでは、
何だから・・
私の家で、
話そう・・」
博士の言葉通り、家へと歩き出す二人・・
博士の家・・
床の間に安置された位牌と遺骨に手を合わせる少年。
弥生ちゃんの写真を見る・・
笑っている弥生ちゃん・・
いつも事故の光景が浮かぶ時に見る顔・・・
この少女が、現れるのだ。
博士は幻覚と言うが、とても、そうは思えない・・・
「一つ、聞いてもいいかね・・」
「はい・・」
「君は、何で、あの場所で手を合わせていたのかね?」
博士が事故現場に花を添えようとした時、少年の姿があったのだ。
誰が見ているわけでもなく、それが裁判での反省をしている材料にはならない。
「それは・・
あの子が・・
可愛そうだったから・・・」
「可愛そう?」
母親に指示されたわけでもなく自主的に、あの場所へ行ったのだと覚った(さとった)博士・・
この少年の本心・・
ただ、自分が事故を起こしておいて『可愛そう』というのも違和感があった。
「先日、君のお母さんが、家に来てくれたのだ。
ご丁寧に挨拶をされて行ったのだが・・
その中で、君が中学まで、成績が良かったと言っておられたよ。」
「はい。
中学校では、トップとまではいきませんでしたが・・
ある程度の成績でした。」
「経済的な問題で、志望校へ行けなかったという事だったそうだが・・・」
「オレの父と母は、中学2年の時に、離婚したんです。
理由は分からないけど・・ずっと仲が悪かったし・・
母子家庭になったら、みんなと同じ学校へは行けないって・・母に言われて・・」
「ふむ・・
元の父親は、母親と別れたとしても、実の子供を育てる義務があるんだよ・・
養育費は、どうなっているのかね?
高校へ行くのは、その人に相談しても良かったはずだが・・」
「養育費は、母が使い込んでるみたいです。
お店に着て行く服も買わなきゃって・・・」
「なるほど・・・・」
家庭の事情で、志望校へ行けなかったのは事実の様だった。
定時制の高校に通いながら、バイトをしていた少年・・
「もう一つ・・聞いてもいいかね・・」
「何でしょう?」
「普通の高校へ行けたら・・・
経済的な問題は、別として、進学校へ行けたとしたら・・
行きたかったのかね?」
「はい!
勉強は・・好きな方でしたから・・」
「そうか・・・」
少年の言葉を受けて、少し考えこむ博士。
志望校へ行けなかった無念が伝わって来たのだった。
そして、やはり、事件当日の様子を本人から聞き出さねばならないと思った博士。
「あの時の事を・・
事故の時の事を聞かせてもらおうか・・」




