39.幻影
街のスナック・・
そこに、先程のお母さんの姿があった。
御客や、お店の子達と話している。
「あの、博士の顔、見せてあげたかったわ!
こっちの、言いなりになりそうよ・・
ウブな人ほど、コロッといくものよね!」
「あんたも、ワルよね~」
「何言ってるのよ!
慰謝料なんて払ってたら、
それこそ、風俗業に行かなければならないじゃない。
こっちだって、生活がかかってるのよ!」
「でも、息子さんも裁判を起こされれば、大変じゃない。」
「少年法ってのがあるのよ!
あの子も、大人しくしてれば、大目に見てくれるのよ。」
「法律ね~。変な入れ知恵が多いからね・・あんたも・・」
「弁護士の友達がいるからね・・
あとは、あの博士がマスコミにタレ込みに行かなければ、こっちの勝ちよ!」
「亡くなった女の子が可愛そうな気もするけど・・」
「あの子の前を歩いていた子が悪いのよ」
奥の席でお母さん達の会話が続いている・・
まるで一勝負で勝利を確信したような、半ば英雄気取りのような口調だ。
カウンターに、あの記者が座っていた・・・
次の日・・
ピンポーン・・
博士の家の呼び鈴を鳴らす、記者・・・
通された居間の机の上に置かれたボイスレコーダー・・
昨晩のスナックでの会話が録音されていた・・・
それを聞いて、唖然とした博士・・・
「分かりましたか?
世の中、法律を逆手にとって、有利になろうとする人も居るんです・・・
娘さんの命など・・
これっぽっちも考えていない・・」
俯く博士・・
信じていたモノが、一瞬にして泡と消えた。
「我々と一緒に、戦って頂きたいのですが・・」
その言葉に、コクリとうなずいた博士・・
その夜・・
コンビニから買い物袋を下げて家に帰る道中の、あの少年・・
ドドドドドドド・・・
その後ろからバイクの連隊が近づき、声をかける。
「おい!タダシ!今日も行かないのか?」
「もう、ほとぼり冷めてるから、一緒に遊びに行こうよ!」
「オレの後ろに乗れよ!」
「また、マッポをまこうぜ~」
だが、その誘いを断るタダシという少年・・
「ごめん・・オレ、今、そういう気分じゃないんだ・・・」
「なんだよ!湿気たツラして!」
「走れば、気分もすっきりするぜ!」
「そうよ、そうよ~」
バイクに乗るのを誘う仲間たちだが、
「オレ・・走ると、あの子の顔が頭に浮かぶんだ・・」
「ひいた子か~?」
「早く忘れなよ~。」
「そうだぜ、オレ達、まだ子供なんだから、楽しく遊ぼうぜ!」
「ごめん!」
そう言って、駆けて行く少年・・
その姿を見送って、再び走り出すバイク・・・
カンカンカン
アパートの階段を上って行く少年。
ドアを開けると、誰も居ない真っ暗な部屋・・
恐る恐る、玄関の上の紐を引いて、明かりを点ける。
そのまま、靴を脱ぎ棄てて、部屋中の電気を点けまくる・・・
テレビも点けて、音量を少し上げ気味にする。
明々とした部屋の中、頭から毛布に包まる少年。
頭を抱えた手が震えている。
テレビからは、お笑い番組が流れ、笑い声が聞こえるが、少年の耳には届かなかった・・。
聞こえてくるのは・・・
キキー!!!!
「きゃ~!!!!」
ガシャン!!!
交通事故の時の衝撃的な映像・・弥生ちゃんの恐怖にひきつる顔・・
そして、歩道に投げ飛ばされ、無表情となった弥生ちゃん・・
その時の弥生ちゃんの顔が、頭から離れない・・・
「ただいま~」
お母さんが帰って来た。
部屋中灯りが点いてはいるが、少年の返事がない。
「何~?こんなに電気つけて!電気代が勿体ないじゃない!!」
部屋の片隅で、毛布に包まっている少年を見つけた。
「タダシ!こんな所で、寝て!!」
毛布を取りあげるお母さん。
「わあ!!!」
叫び声をあげる少年・・恐怖にひきつった顔・・
だが、それが自分の母だと気づいて、ホッとする。
「何だ・・母さんか・・
驚かすなよ・・」
「『何だ』じゃないわよ!
電気が勿体ないでしょ!」
そう言って、テレビのスイッチを切るお母さん。
テレビの音が消え、シーンと静まり返る部屋・・
「今日、店に警察が来たわ・・」
「何て言ってたの?」
「『お宅の息子さんは少年院へ送られるでしょう』って・・」
「少年院・・行き・・・か・・」
覚悟はしていたが、バイクで暴走し、人を死なせているのだ。
「全く・・
あなたも、手間の掛かる子よね!
昨日は、相手の親の所へ行って、頭を下げて来たのよ!!
下げたくもなかったけど・・
穏便に済ますつもりだって!」
「母さん・・オレ、少年院へ行く事になれば・・
将来はどうなるの?」
「知らないわよ!あんたは、あんたで、勝手にやってよ!
私は私で、手一杯なんだから!!
全く、男って・・だらしないんだから・・」
「オレの事・・心配じゃ・・無いの?」
「心配~??
何度、注意したか分かってるの?
心配してたから、バイクは止めろって言ってたのよ!!
今の友達とも離れろって言ってたのに!!
自業自得なのよ!」
「それは・・そうだけど・・」
「相手も裁判は起こさないつもりみたいだから・・
最悪の事態は避けられたのよ!
私に、感謝しなさいよ!!体を売る所だったんだから!!
あとは、大人しくしてるのよ!
反省してるって思わせれば、こっちのものなんだから!」
「うん・・」
罵声を浴びせられている少年・・
少年の行動は、この母親の指導を受けていたようだった。
母親の言う通りに、警察や博士に対応してきた少年・・
布団に入る二人・・
目を瞑る(つむる)と、再び、あの事故の惨劇が頭に浮かぶ・・
そして、自分がこれから、どうなってしまうのか・・
毛布に包まりながら、不安にかられる少年・・
「オレ・・少年院へ・・・行くのか・・」
涙が流れてきた・・
その姿を真上から見下ろす・・少女の目・・
ウサギのぬいぐるみを抱えていた。
次の日、
事故の現場に花束を添えようと、花屋へ寄った博士。
花束を抱えて、現場まで来ると、
歩道に薄らと残されたチョークの痕の前で、手を合わせる少年の姿があった・・。
「君は・・」
博士の言葉に振り向く少年・・
急に焦った表情となったが、
コクリと博士にお辞儀をした。
そして、
そのまま、向こうへと走り去ろうとした。
「待ちなさい!」
呼び止める博士。
その声に、足を止める少年。
振り向かないままの少年に向って、話を続ける博士・・・
「君に・・
聞きたい事があるんだ!」
目を瞑って(つむって)、俯いた少年・・
何か、思い込んでいるようだった。
「君の対応次第では、私も考えねばならん!
強硬な事はしたくないんだ!」
その言葉に、振り向く少年。
「オレは、法律で守られているんだ!
何も言わないで、大人しくしていれば、罪も軽くなるんだ!!」
悪態をついて、挑戦的な口調の少年・・
だが、体が震えている。
何かに怯えたような感じだ。
自分の意思で、先程の言葉が出て来たのでは、なさそうだった・・・
・・母親に「演じる」ように言われている・・
そう確信した博士・・
「『罪』か・・
法律的には、軽く済むのかも知れない・・
だが、
人を死なせたという『罪』は・・
一生離れないのだよ!!」
その博士の言葉に、ビクっとなった少年・・
「君が、私の娘を『殺した』という事実は、一生消えない。
その重みを背負って生きていくのだよ。
そして、私に、何も話せなかったという事も、
ずっと心に秘めて行かなければならない・・!」
「それは・・
それは、分かってるよ!!
オレは・・
どうしていいか分からないんだ!!
将来だって・・
もう、オレには無い!!
それに・・
・・・
夜になると、
あの子の顔が浮かぶんだ!!」
振り向いて、涙目で訴えている少年。
視点が合わず、どこを見ているのかも分からなくなっている。
事故の光景が、トラウマになっていると思った博士・・・
・
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・
教頭先生の実家で、解説をする博士・・・
「衝撃的な記憶は脳に焼き付けられるのです・・・」
「脳に・・焼き付けられる?」
博士の言葉に反応する、教頭先生のお父さん。
「はい。
多くの『幽霊を見た』という証言は、
『幻惑』だったり『錯覚』だったりするのです。
『幻聴』という現象もある・・」
「幻惑や・・錯覚・・」
「脳のメカニズムが解明されるに従って、
人間の認知は、かなりあやふやな物だという事が分かってきているのです。
例えば、脳の一部に疾患があり、そこが、『人が居る』という認知をする場所だとする・・
そうすると、誰も居なくても、絶えず、自分の脇に人が居る・・という様な認知をするのです。
幼い時に受けた、衝撃的な経験が、トラウマとなる事もある。
ヒョンとした刺激で、急に吐き気を催したり・・平衡感覚が無くなったりするのです。
そう言った症状は、殆どが『脳』の誤認やいたずらだったりする。
体に異常が無くても、脳が謝った認知をする・・」
「では・・その少年は・・・」
「事故の光景が、脳に焼き付けられている・・・
夜な夜な、私の娘の姿を見て、怯えている・・・
事故の聴収や、裁判どころではないくらいに、
あの少年を精神的に追い詰めている・・・
母親からも、裁判に有利になるように教え込まれている様だったが・・
さらに、それが追い詰めている原因にもなっている・・
それでは、正確な証言も得られないでしょう・・」
「でも・・
その少年は、
あなたの娘さんの命を奪った張本人なのですよ・・
自業自得なのではないのですか?」
「そうですね・・・
・・・
確かに、そう思うのが普通だったのかも知れない・・
でも・・研究対象の症状を持つ『人』を目の前にした時・・
『助けなくては』と思ってしまった・・・
悲しいかな・・
私は、一個人であると同時に・・
科学者でもあるのです・・・」
「博士・・」
再び、昔の話へと戻る・・
・
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・
「来なさい!!」
少年の行動に不審を感じた博士・・その少年の腕を掴む。
「な・・・何をするんだ!!」
必死に抵抗をする少年。
腕を振り払う。
バシ!!!
「う!」
投げ飛ばされて、歩道と車道を分ける柱に頭をぶつけた博士。
頭を抱える・・・
その光景が、あの時の・・
弥生ちゃんをひいた時の光景とオーバーラップする・・・・
「あ・・ああ・・・あああ・!!!」
その場に、立ちすくむ少年・・
博士を見る目が、恐怖に彩られてきていた。
そして・・
博士の脇に立つ、弥生ちゃんの姿・・
ウサギのぬいぐるみを抱え、頭から血を流している・・
少年を恨めしい目で見つめる。
「う・・うわ~!!!!!」
恐怖に怯え、腰を抜かしている少年。
「ど・・どうしたんだ?」
頭を押さえながら、少年に寄ろうとする博士。
それと同時に、少年に近づいてくる弥生ちゃん・・・
血の気も無く、無表情・・
この世の者ではない・・・
「来るな!
来るなぁ~!!!」




