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霊感ケータイ  作者: リッキー
対策
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38.家庭の事情


コーヒーを待ちながら、記者が話し始める。


「この度は、娘さんが交通事故に遭われ、心よりご冥福をお祈りしております・・」


「ありがとうございます。

 あの子は、私の一人娘でした・・

 警察が色々調べているのですが、どうも進まないようで・・」



「警察の動きは、そんなものですよ・・

 現場の事細かい物理的な動きしか調べませんから・・」


「警察の対応に関しては、少し不満な面がありますな・・」


「それ以上の事は、裁判に任せるという体質があります。

 もっとも、そこまで深入りはしないでしょう・・

 他の事故や事件も処理しなければならないのです。」



「『仕事』と言っていましたね・・

 まさに、淡々と処理をされていて・・

 人の死が、そんなに簡単に扱われてしまうとは・・

 思ってもみませんでした。」


警察の対応の不満を記者にぶつける博士。



「そんな事になるだろうと思って、

 誠に失礼ながら、私なりに、調べたのです。」


持っていたカバンから一枚の紙を取り出す記者。



「調べた?」


「あの少年の素性と事故の概要です。」


「そんな事を・・警察の代わりにですか?」


「はい。」


一枚の紙を手渡される博士。

住所と名前、家族構成、学校、友人関係の情報が書かれていた。

博士が一通り目を通すと、内容の説明を加えた記者。


「あの少年の家庭は母子家庭で、父親とは離婚していて、少年の教育費は、僅かな養育費から充てているようですが、生活費の殆どは、母親の稼ぎです。


 母親の勤め先は水商売です。

 夜の仕事なので、少年が夜間出歩いていても母親の目が行き届かない。


 最近の少年の学校生活は不登校が多く、

 近所の暴走グループと遊ぶ事が多くなっていたようです。」



「暴走・・


 グループ・・」


途方に暮れたような表情となる博士。

少年が葬儀に現れた直後、数台のバイクで走り去る音を聞いた。



「日頃のうっぷん晴らしに、バイクをとばす事が多かったそうです。

 警察にも、何回か捕まっていたみたいですが、軽い指導で済まされていたようです。」



「うっぷん晴らし・・・」











「普通ならば、交通事故を起こした加害者の親が、何かしら謝罪に来ると思うのですが・・」


記者が博士に問いただす。



「いや・・本人が葬儀に現れたくらいで、

 親御さんも来られていませんが・・」



「それは、慰謝料請求に応じないつもりですね・・

 自賠責保険(強制保険)は最低限の慰謝料保険ですから・・


 あの家庭の収入では、多額の出費は、土台、無理でしょう・・」




「慰謝料・・


 ・・・・・


 私は、お金で解決しようなどとは、思ってもいませんでした・・


 私は、あの現場で、いったい何があったのか・・

 なぜ、娘が命を落とさなければならなかったのか・・

 それが知りたいのです。


 そして、

 私の可愛い娘の

 命を奪ったのならば

 それについて、どう思っているのか・・

 心からの気持ちを打ち明けて欲しいのです。


 次のステップに移るのは・・

 それからだと思うのですが・・」




「なるほど・・

 博士は、ある程度の収入があるので、

 多額の慰謝料までは、必要ないと思われているのでしょう・・


 でも、

 多くのケースは、そういった慰謝料で済まされるのです。」



「ふむ・・お金ですか・・

 人の命は、お金に換算されるのですか・・・」


一般に「慰謝料で解決されている」という事実を聞いて、言葉を失う博士。



「残念ながら、この社会は、そういうシステムなのです。

 そこまで行ければ良い方なのです。」


「・・と言いますと?」










「多くの、遺族の方が感じている事なのですが・・

 被害に遭われた故人には、基本的には人権はありません。


 ましてや、相手は『少年』なのです。


 社会的に子供を保護しなければならない法律で守られます。

 どんなに重大な過失事故を起こしたとしても、殺人を犯したとしても、

 少年の場合は、刑が軽くなるのです。」


「殺人の・・場合もですか・・」



「重大な過失事故は、言わば殺人と同じですから・・」



「随分とお詳しいのですね・・」


「はい。多くのケースを見てきました・・」


「多くのケース?」



「先程も言いましたが、被害者は既に死んでいる為、基本的には『人権』は無いのです。

 事故を起こした加害者の方が、『人権』を主張できる。

 いや、反対に被害者のような感覚にもなってしまうのです。


 被害者の命が軽んじられる・・

 そういった、ご遺族の不満が高まって、

 署名運動等で、故人の人権も認めさせようという動きがあるのです。」



そう言って、再び、名刺を渡された・・

記者とは別の肩書だった。


「故人の尊厳を守る遺族の会?」



「はい。

 署名運動よりも、著名人からの生の声の方が、効果があるのです。

 私達の御仲間になって頂き、是非、ご協力をお願いしたいのですが・・」


「ふむ・・・

 その手の活動は・・

 ちと、ご遠慮願いたいのですが・・


 娘も、

 静かに眠らせてやりたいのです・・」




「・・


 そうですか・・

 無理にとは言いません。


 また、ご縁があったら、お会いしましょう。」



そう言い残して、喫茶店を出て行く新聞社の男・・

机に、あの少年の素性の書かれた紙が残されていた・・


更に、その脇に「少年法」の法令と裁判の判例が参考資料として置かれていた。











喫茶店を出て、帰宅の途に着く博士・・

もう、日は西に傾いていた。


一人娘の死に直面し、葬儀を済ませるまで、一日一日が長い時間に思えた。

更に現場検証も終え、理不尽な警察の対応と、記者との対面で知った少年法の存在

同じ境遇の被害者の家族が多く存在する事実・・

周囲のめまぐるしい動きの中で、気づけば疲労感が蓄積されていたことに気づく。


弥生ちゃんの死を、しっかりと受け止めなければならないと、思っていた博士だったが、

悲しみに暮れる時間をも与えてくれないのか・・


途方に暮れながら、家の前まで足を進めてきたが・・



玄関先に、女の人が立っているのが見える。

また、新手の記者なのだろうか?


「どちら様でしょうか?」

博士がたずねる。



「この度は・・

 お宅のお嬢さんを・・

 息子の事故に巻き込んでしまい、誠に申し訳ありませんでした・・・


 あの子の母です。もっと早くにご挨拶をすれば良かったのですが・・」


深々と頭を下げた女性。

あの少年のお母さんらしい・・

記者の調べでは母子家庭で水商売だと言う事だったが・・・



「玄関先では、何ですから・・お入りください。」


家に通す博士。



仏壇の横の床の間に、弥生ちゃんの遺骨と位牌が置かれていた。

弥生ちゃんの生前の笑った顔の写真・・


その前で、線香を添え、手を合わせるお母さん。




お茶を出し、相・対して座る博士・・



「この度は、誠に、申し訳ありませんでした。

 何と言って良いか・・」


再び、深々と頭を下げるお母さん。

先程の記者の言っているほど、悪い人では無いような気がした博士・・



「頭をお上げください。

 まだ、私も、娘を亡くしたばかりで、気持ちの整理もついていない所なのです・・

 まだ娘が、その辺りから、ひょんと出てくるような気にもなります・・」



「はい・・先日まで、健康だった娘さんを、私の子供が死なせてしまったのです・・

 謝罪しても謝罪しきれない・・

 あの子は、普段からバイクを乗り回していて、危ないと注意をしていたのですが・・」



「交通事故というのは、いったん事故になってしまえば、大変な損害を被るのです。

 人の命も奪ってしまう・・」



「その通りです・・

 以前は、あんな子ではなかったのですが・・」


「以前?」








「はい・・高校進学で同じクラスの子達と一緒の高校へ行けなかったのを恨んでいたのです。


 私の家は、収入が少ないので・・思い通りの高校へ行かせてあげられなかった・・

 それまでは、成績も優秀な方だったのですが・・


 高校に入ってからは、不登校が目だって・・

 いつの間にか、不良グループと付き合いだすようになっていたのです・・」



水商売の女手一つで育てているのだ・・

経済的にも難しい進学だったらしい・・

それを苦に、友人関係も変わって行った・・

少年の経緯や家庭の事情を母親から説明を受けた博士。

記者の情報は断片的なもので、本人の「想い」など、詳しい状況を把握できた。


「なるほど・・あの子も色々あったのですな・・」



「このような事故を起こせば、社会的にも不利になる・・

 私が、こんな生活になったばっかりに・・あの子に・・・」


そう言って、涙を流し始めたお母さん・・・

博士も気まずくなっていた・・



「まぁ・・そう、気を落とさずに・・」



「私は、主人と離婚して、母子家庭として暮らしています。

 高額な慰謝料は・・経済的にも難しいのです・・


 ですから・・


 せめて・・

 私の体でと・・」


博士に寄ってくるお母さん。水商売というだけあって、綺麗な化粧をしてきている・・

着ていたジャケットを脱ぐと、薄手のキャミソールにミニスカートを履いていた・・



「待ってください!

 お気を確かに!!


 私は、まだ、慰謝料を請求しようとは、思っていませんでしたよ!

 今は、お気持ちだけで、結構です!!」


顔を赤らめる博士・・

その言葉を受けて、再び、ジャケットを着だすお母さん・・


「先程も、言いましたが、

 まだ、心の整理がつかないのです・・


 事故についても、

 彼の謝罪さえあれば、

 穏便に済ます事も考えています・・


 お母さんのお気持ちも、十分伝わりましたし・・」



「では・・慰謝料の件は・・・」



「経済的な理由も、家庭の事情も理解しました・・

 そこは、考慮させて頂きます・・」


「ありがとうございます!」


博士の腕を掴んで、お礼を言うお母さん・・・

そして、足早に、帰り仕度を始める。


何が何だかわからないうちに、お母さんを見送っている博士・・



玄関を出るなり、ニヤリと笑みを浮かべたお母さん・・

そして、街の方へと歩いて行った・・


それを見ていた、先程の記者・・・


後をつける・・




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