36.葬儀
人の死・・
本来は、その死を受け入れるための心の準備も必要だろう・・
だが、人の死期は決まったものではない。
日程があって、それに沿って動いているものでもないのだ。
突然にやってくる「死」・・
多くのケースは病院で亡くなる事が多く、死亡宣告が医師から伝えられ、そこから葬儀に向かって淡々と・・また的確に処理が行われる。
「葬儀屋」と言われるプロ集団に、その儀式を「お任せ」する事が多くなっているが、
一人や少人数ではこなせない分野であり、一つの「産業」に近くなっている。
死後、2~3日で遺体を火葬するまで、「喪主」には過密なスケジュールが待っている。
葬儀会場の手配、親戚縁者に「お知らせ」を配布し、最寄りの宗派のお寺への連絡。
死亡届の市への提出。
火葬場の手配。
葬儀に参列する人の前では、故人の死を惜しんでいる場合ではないのだ。
博士の弥生ちゃんの死に関しても同様だった。
予測もできない「交通事故」という突然の死・・
病院での警察の調べに始まって、葬儀に至るまで、
個人的な感情は度外視されて、火葬への「作業」が進められた。
「帰って頂けませんか!?」
葬式の始まる前、受付に頼んでいた親戚の女の人が大声で叫んでいる。
住職に対応していた博士が、その騒ぎを聞いて、そちらへと向かう。
受付の前に、黒い制服を着た、あの少年が立っていた。
喪服が無く、中学の制服を着てきたらしく、ややきつめだった・・
髪の毛は茶色に染めたまま・・
博士も、どう対応していいのか分からない。
通常、事故を起こして死なせてしまった人が葬儀に参列する事は許されないのだろう・・
反省の意味を込めて、出席簿にサインをする事で、その後の裁判で有利になると指導されているのだろうか・・
単なる体裁・・そんな感じにも見れる。
遺族の感情を逆なでする事にも繋がりかねない・・・
だが、博士は、弥生ちゃんの死を素直に受け止めたと信じて、その少年に手を合わせる事を許した。
「弥生に、線香でも上げて行ってくれないか・・
少しは、故人も喜ぶと思うよ・・」
「叔父さん・・
無理をしないでいいんですよ。」
博士の言葉に、受付の親戚の娘さんが引き留めようとするが・・
「良いんだ・・
少しでも多くの人に、見送らせてあげたい・・」
博士の許しを得て、コクッとうなずき、棺の前へ赴く少年。
横たわる弥生ちゃんを前に、手を合わせ、少しの間、俯いていた・・・
周囲の人たちの冷たい目・・
その視線に耐えきれず、足早に去って行った・・
ブロロロロオ・・ンン・・
葬儀場より少し離れた場所で、バイクが数台、エンジン音を轟かせた。
若い男女が跨る(またがる)バイクの集団に紛れている、先程の少年。
暴走族のグループ
なのだろうか?
ヒンシュクの目で見ている参列者・・
葬儀の式場前で、告別の最期の挨拶をする博士。
マスコミなのか、取材に来たような人たちのカメラが多い事に気が付いた。
ファーーーーーーン!!!
弥生ちゃんの棺を乗せた霊柩車が式場を出発する。
パシャ・パシャ・パシャ
突然、フラッシュの光を浴びる博士。
・・・何が起きているのだ?・・・
不思議に思っている博士。
火葬場にて、最後の別れとなった弥生ちゃん・・
数珠を手に、拝む参列者。
通常、生前の想いでの遺品は、棺桶に入れて、火葬と同時に焼却するのだが、ウサギのぬいぐるみだけは残しておきたかった。
博士も病院に呼び出されて以来、弥生ちゃんに付きっ切りで葬儀を行い、疲労もピークにきていた。
何度も、親戚への挨拶を繰り返し、住職の対応もしなければならない。
自分の父母よりも先に、一人娘が逝くとは思っていなかったし、先立たれた妻が居ない分、一人で葬儀をこなすのは大変な労力を要した。
そして・・・
火葬場を出て、葬儀場に戻って来るなり、何人かの取材の人に取り囲まれたのだ。
「な・・何ですか?あなた達は?」
いきなり取り囲んだ人々に、どう対応していいのか混乱している博士。
だが、その状態も無視され、博士にマイクが向けられた。
「雁金博士!今回、娘さんを亡くされて、どういったお気持ちですか?」
「え?たった一人の娘なんですよ・・
悲しいに決まってるじゃないですか・・?」
全く見ず知らずの人達に、自分の心境を聞かれている。何が起こっているのか・・
「娘さんをひいた相手は、少年法の適応を受けるそうですが、
何かご不満な事はありませんか?」
「これから、裁判になるでしょうが、全国で被害に遭われた方々が注目しているんです。」
矢継ぎ早に、本題となるべき事に触れてきている。
相手は、少年だった・・
まだ、「少年法」が話題になる前の時期だ。
「少年法」が適応され、重大な事件が起きても保護されるというケースが相次ぎ、
被害者や遺族が泣き寝入りするという場面が度々見られ、問題となっていた。
署名運動が盛んに行われ、故人の命の尊厳や権利を主張する遺族が後を絶たない・・・
比較的、著名人だった博士・・
マスコミの良い標的となったのだ。
だが、
どちらかというと、静かに故人を見送りたい博士・・
「まだ、心の整理がついていないんです・・
後にして頂けませんか?」
「そういうワケには、いかないんです!」
「社会問題の解決の第一歩になるんですよ!しっかりしてもらわないと!」
しつこい取材陣・・こちらの姿勢に要望さえも突き付けてくる。
少し、ムッとした博士。そのまま、会場へと入っていく。
「雁金博士!」「博士!」
・・・人の死を・・
何だと思っているんだ?・・・
心に呟く(つぶやく)博士・・
教頭先生の実家・・
弥生ちゃんの葬儀の時の話をしている博士。
教頭先生やご両親、大平さんとユミちゃんが、その話に聞き入っていた・・・・
「正直・・
弥生の死が、マスコミの格好の餌食になってしまい、
たまらない想いがありました・・・
静かに眠らせてやりたかったのに・・・」
「そうですか・・・」
お父さんが、一言添える・・
それ以上の言葉が出てこない。
「ひどい話ですね・・
遺族の方々にも配慮がなさすぎます・・・」
「弥生ちゃん・・かわいそう・・・・」
教頭先生とユミちゃんが切ない感想を述べる・・
更に、博士が話を続ける。
「葬儀というものが、純粋に、その「死」を悲しんだり、故人を惜しんだりする・・
そういった儀式だと思っていたのですが・・
半ば「産業」に近い形態になっている。
そして、その『死』自体を情報とか話題とかに載せる事もあるのだと・・
『人の死』という事象は・・いったい何んなのだろうかと・・その時は思いましたよ。
故人を想って参列してもらいたいと・・
喪主である私は望んでいたのですが、
そういった気持ちは、通じない事が多いのだと・・」
「それは・・
悲しい事ですね・・」
頷く教頭先生のお父さん。
「はい・・
娘の死の悲しみより、
そういった悲しみの方が・・大きかった・・
そして・・」
再び、弥生ちゃんの死の場面に戻る・・




