26.弥三郎
越後の国上山に突然現れた弥三郎・・小さな赤子を連れていた。
「よう、参られた、弥三郎様・・
お久しゅうございます。
都では、皆、元気にしておられまするか?」
「うむ・・
帝も、身延の門下の者達も、皆、元気じゃ。
そなたも元気そうで何よりだ。」
お茶を出す伽代。
「伽代殿も、元気そうで・・
一段とお美しゅうなられたようだが・・」
「弥三郎様!おたわむれを!」
頬を赤く染める伽代・・
「して・・
弥三郎様・・
此度、我が邸を訪れた理由は・・・?」
玄海が聞きただす。
「うむ・・
その事だが・・・」
乳母に赤子を連れてこさせる弥三郎。
「この子の名は、伊吹丸と言う・・」
「伊吹丸・・様?」
「この子は、私とさる御方との間に生まれた子だ・・
その方に、もしもの事が無きよう・・
内密に私の元へと戻した。」
「もしもの・・事?」
「うむ・・
実は、西方で豪族が挙兵をしたのだ・・・」
「西方で?」
「私は、これから西方へと討伐に出ねばならぬ。」
「それなら、ご心配に及ばないでしょう。
弥三郎様なら、た易く平定出来ましょう。
ナカヒラ殿もおいでですし・・」
「いや・・西方遠征は、関白の罠だ・・
私が再び、この都に帰る事はあるまい・・・」
「それは!」
「地方豪族の力を得ている関白は日に日に勢力を広げている。
私は、既に、目をつけられておるのよ・・
此度は、ナカヒラに残ってもらい、もしもの事があれば、帝をお守りするよう、
加勢は控えてもらった・・」
「それでは、私めが、加勢を致します!」
「玄海様!いけませぬ!」
伽代が止めに入る。
そして、静かに語りだす弥三郎・・
「玄海・・・
それは、ならぬ・・・」
「私と弥三郎様の間柄ではござりませぬか!」
「そうだ・・
それ故に、
この子を・・そなたに託したいのじゃ・・」
「この・・お子を?」
「この子は、私が授かった唯一の子だ・・
私がこの世を去った後は、私の後を継いで帝をお守りして欲しいのじゃ・・
その為に、
そなたに力を貸してもらいたい。」
「弥三郎様!」
「そなたとは、共に妖怪征伐ができて、楽しかったぞ!
これまで、私に力を貸してもらった事・・礼を申す・・」
腰の刀を外している弥三郎。
「そして・・
この妖刀も頼む・・」
「それは、弥三郎様の・・」
「家宝の『晦冥丸』だ・・
帝と共に歩んだ私の軌跡・・
この子が大きくなったら、渡して欲しい・・・」
弥三郎の子供と妖刀『晦冥丸』を託された玄海。
そして、越後を後にして都へと戻る弥三郎・・・
都より西方討伐の軍を率いた弥三郎・・・
都を一望できる丘で馬上より見渡す・・
たくさんの思い出が詰まった都・・
ナカヒラや玄海と共に妖怪討伐に明け暮れた日々が懐かしい。
そして、帝と政で、輝いていた時代・・
「さらば・・!都!!」
そう言い残して、馬の手綱を引く弥三郎。
一路瀬戸内へ・・
だが、その時・・
馬にまたがる一人の公家風の男が近づいてきた・・
「あれは?」
「弥三郎!
ワシも行くぞ!」
「帝!」
「西方の魔物の巣に・・
そなただけで行かせる訳には、いかぬのでな・・・」
「帝・・」
「関白も
ワシの命さえ取れれば、
時子や善子までも手は出さぬだろう・・
ワシが、都に居れば
皆の命も危ういのだ・・」
「それは・・
その通りですが・・」
「ナカヒラや玄海は、
この後、都に無くてはならない者達だ・・
そなたも、そう考えて、加勢を断ったのであろう?」
「見破られておりましたか・・」
「そなたの考えておる事など、
直ぐに分かるわ!
そなたと、ワシは・・一心同体・・
ワシの政は、そなたと一緒に作り上げて来たのだ。
そなた抜きでは、続けられぬし、
そなたが居なければ、やる気にもならぬ・・」
「それがしと・・」
「そうだ!
この10年、
共に政ができて、楽しかったぞ・・」
「帝・・
それがしもです!」
「あとは、若い者達に譲ろう・・
時子や善子・・ナカヒラも大きくなったのじゃ・・」
「はい。」
「それでは・・参ろうぞ!」
西方にて挙兵した豪族との争いで、後方より新たに加わった反逆の兵の挟み撃ちとなって、命を落とした弥三郎と先々代の帝・・
彼らのたどった輝かしい軌跡は、いずれ物語として残したい・・・
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再び、宮中・・
玄海から先々代の帝と弥三郎の最期の話を聞いている茨木の君達・・
「そうで・あったか・・・」
涙を流している茨木の君・・
「私の・・父上・・」
呟く伊吹丸。
「伊吹丸よ・・
そなたの父上は、
立派なお人だったのじゃ・・
その志を受け継ぎ、
新しき帝の元でお仕えしている姿を見ていると、
若きしの弥三郎様を思い出すのじゃ・・」
「師匠・・!」
「親子二代・・
しっかりと帝をお守りするのだ!
それが
そなたの務めと心得よ!」
「はい!」
玄海より父親・弥三郎の生き様を聞き、決意を新たにした伊吹丸。




