24.四角関係
「その後、ワシと玄海殿で、都の妖怪退治に奔走したものよ!
あの時は、弥三郎様と3人で、都を縦横無尽に駆け回った。
苦しい時もあったが、あれはあれで、輝いていた時代でもあった・・」
ナカヒラが若かりし頃の想い出をヤスマサに語る。
「それは、勇猛果敢だったのでござりまするな・・」
「はっはっは!
伊吹殿やヤスマサ殿を見ていると、若き頃の思い出が湧いてくるのじゃ!
ワシも、もう20年、若ければのう!」
ナカヒラから武勇伝を聞かされているヤスマサ・・
いつの時代も、年寄の昔の自慢話を聞かされる若者・・
年寄にとっては、若き頃が懐かしい想い出なのだが、それを聞かされ、相づちを打つのも大変だ・・
それにしても、ナカヒラの話を聞いている中で、剣の恩師である玄海にも、複雑なエピソードがあったのだと思いはじめていたヤスマサ。
「所で・・宮中に押し入ったという伯麗という者達は・・
なぜ、茨木の君を撃とうとしていたのですか?」
「うむ・・
伯麗・・・
あやつは、昔は、そんな悪いヤツでは無かった・・
むしろ、身延の家を盛り立てていたのだからな・・・」
再び、昔の話へと戻る・・・
・
・
・
身延の妖術師の養成所・・
玄海が帝のお目に掛かり、その銘が知れ渡ると同時に、養成所の門を叩く者が後を絶たなくなった。
更に、弥三郎やナカヒラの門下で剣術を身に着けたいという者も、この養成所へ来るようになり、
道場を仕切っていた伯麗も大忙しとなった。
その手助けに伽代も駆り出される始末・・・
「伯麗様・・この道場も手狭になってきましたね・・」
道場の現況に嘆いている伽代。
「全く・・玄海も厄介な御方に目をつけられたもので・・
私めの修行が殆どできませぬ・・」
やはり、嘆いている伯麗。
「でも、御蔭で、こうして、伯麗様とご一緒に道場が見れるのです。
賑やかなものもいいではないですか?」
「はぁ・・伽代殿が・・そう言われるならば・・・」
「伯麗殿!伯麗殿!!!」
そこへ、大声で伯麗を探すナカヒラが駆け込んできた。
「ナカヒラ殿!如何様でございまするか?」
伯麗が返事をした。
「玄海殿は、いずこへ参られたのですか?
弥三郎様がお呼びなのです。」
「玄海は山へ滝行に行っておりまするが・・・」
「また、不老不死の技ですか?
この一大事と言う時に・・・」
「何か、急用でも?」
「うむ・・熊野で挙兵した豪族を鎮めに行かねばならぬのです・・
私に出陣せよとの帝の命なのですが・・
都が手薄になるので、玄海殿にお任せせねばなりませぬ・・」
「それは、ナカヒラ殿もご出世したので、ございますな・・」
「ふふ・・嬉しい事を言ってくれまするな・・
しかし、その主力の兵は、伯麗殿から力をつけて頂いたのですぞ!
私めも、何と礼を言っていいのやら・・」
「その礼には及びませぬ・・
手柄を立てて頂けるのが、一番の誉です。」
「全く・・身延の門下の方々は、良くできておられるわい・・
しかし・・玄海殿は、ちと変わり者ですが・・・」
「ふふ・・全くです・・・」
ドオドドドオドドドオドドドドドオドドド
「ハックショイ!!!!」
山奥の滝で修行をしている玄海。
怒涛に落ちてくる滝に打たれていた・・
急に玄海がくしゃみをして、それを見ていたウズメ・・・
「玄海様・・どうかなされたのですか?」
滝から出て、びしょ濡れの玄海に手拭いを渡すウズメ。
「うむ・・少し、寒気がしてのう・・」
「寒気?滝行のせいでしょうか?」
「いや・・・誰か、私の噂をしているらしい・・・」
「かなりの時間、打たれておりました・・
少し、休まれては?」
「うむ・・そうするか・・・」
滝から少し離れた木陰で玄海とウズメが休んでいる。
道場は伯麗と伽代に任せて、山奥で「不老不死の技」を完成させるため、精神統一に明け暮れる玄海・・
その面倒を見るのがウズメの役目となっていた。
「技の方はどうなのですか?」
ウズメが玄海に聞いている。
「うむ・・屍操術の極意には、引っかかりが無かったのだ・・
やはり、一から出直さねばならぬ・・」
「そうですか・・
伽代様の奥義では、難しいという事ですか・・」
「今となっては、伯麗にも申し訳ないと思っておる・・
伽代殿と相思相愛の仲だったのだからな・・
道場も、二人に任せた方が上手く行くし・・・」
「玄海様が帝に取り入れられなければ、こういった状況にならなかったのです。
玄海様の力が在っての事ですよ。」
元気づけるウズメ。
「ふふ・・
そう言ってくれるのは、ウズメだけだよ・・
私は、どちらかというと、役立たずとか言われているからな・・」
「研究熱心なのですよ。
それに、実力は玄海様の方が上なのですから・・
皆、一目置いているのです。
最後に頼りになるのは玄海様です。」
「ウズメ・・・
私は、そなたにも、悪い事をしたのだと思っている・・
国へ帰る期を逃してしまったのだからな・・」
「それは・・・」
俯くウズメ・・
「ウズメ・・・」
玄海も気まずくなっている。
それを察したウズメが、
「私は、玄海様の御側で、こうしていられるだけで、幸せです。」
ニコッと微笑むウズメ。
「玄海殿~!!!」
そこへ、大声を張り上げたナカヒラが麓から登ってきた。
「これは、ナカヒラ殿・・
どうなされました?」
「ハアハア・・・
山道は応えまするな・・・・
帝より私めに、熊野の討伐が下ったのです。」
「ほう・・
それは、かなりの御出世!
ようござしました!!」
その報告に喜ぶ玄海。
「はっはっは!
喜んで頂いて光栄です。
更に嬉しい事があり申す!」
「何でしょうか?」
「熊野制定の折には、
善子様を、私めの妃にと・・」
「これは、何たる!朗報!!
前祝をせねばなりますまい!!」
「まだ、大役を果たしたわけではありませぬ!
じゃが、玄海殿にも、一緒に祝ってもらいたくてな!」
「よろしい!今晩は、我が邸内で宴を催しましょうぞ!!」
意気投合している玄海とナカヒラ・・
都に蔓延る妖怪を退治し、共に打解ける仲になっていた二人。
意気揚々と引き揚げて行くナカヒラを見送る玄海とウズメ。
「良かったですね。ナカヒラ様・・」
「ああ・・
善子様とは、もともと気が合っていたからな・・
いずれは、ナカヒラ殿へ嫁がせようと、
弥三郎様と帝が相談されていた。
妹の時子様も、次に即位される御方の元へと嫁がれた・・」
「・・・凄いですね・・・」
少し、表情を曇らせたウズメが呟く。
「ん?どうしたのじゃ?」
「いつの間にか、玄海様も、政の中心に居るのですね・・
何だか、遠くへ行ってしまわれそうで・・」
「ふふ・・
心配する事は無い!
私は私なのだから・・」
「玄海様・・」
改まって、玄海に向かうウズメ・・
「どうしたのじゃ?」
「伽代様とは・・
その・・・
お子はお作りにならぬのですか?」
顔を赤らめているウズメ。
「うむ・・
それが、生まれた娘子に、自分の奥義を伝えねばならぬと言うのだ・・
生まれてくる子が、少々不憫でならぬ・・
人は、家や政の道具ではないのだから・・」
「玄海様らしいですね・・・
その人、自身の幸せを考えておられる・・・
優しい方です・・」
だが、表情を曇らせるウズメ・・
「でも・・
時として、
その優しさが、酷になる事もあります・・
人には、自分の定めとして受け止めた方が、
楽な事もあるのです。」
「それは・・・」
「私も、家の道具の様なものです・・
長女として生まれた私は、
立派な跡継ぎとなる御方を連れて来るまでは、
家へは帰れないのです。
自分の国へさえも、帰る事を許されない・・」
「ウズメ・・」
キッと目を見開いて、玄海を見つめるウズメ。
「私は・・
まだ、諦めた訳ではありませぬ!
玄海様を・・
隙あらば、
私の国へ連れて帰りたい・・
そんな衝動に駆られるのです・・・
玄海様と伽代様が仲たがいして、
別れる事を、心のどこかで望んでいる・・
政に失敗して、都を追われる事を・・
密かに望んでいるのです。
憤りと・・
嫉妬で心がいっぱいになるのです・・
私は・・
そんな自分が出てくるのが、
嫌になるのです!」
瞳が涙で潤みだしているウズメ・・
「ウズメ!」
ウズメを抱きしめる玄海。
「自分を・・
恨むものではない・・・
自分の生まれや育ちを呪うものでも・・
ない・・」
その言葉は、玄海自身にも言い聞かせていた。
貧しい家の出で、生まれた故郷を離れ、見知らぬ都で家族とも別れ離れになった玄海・・
寺に拾われ、辛い修行の日々を送って来た。
必死に妖術と剣術を体得し、その先に見えてきた「不老不死の技」・・
玄海の胸に、顔を埋めているウズメが、静かに話し出す。
「私は・・
家の事など・・
修行の事なども、
どうでもよいのです・・
玄海様と
一緒に・・
なりたい・・
あなた様を
お慕い申しております。」
顔を上げるウズメ。
潤んだ瞳に吸い込まれそうになった玄海。
自分を好いてくれるという少女が、可愛いく思えた・・・
いや・・
艶妖な雰囲気に包まれているウズメ・・
異変に気付いた玄海・・
「こ・・
これは・・
妖術の・・」
「気づかれましたか?
艶香草の効果です・・」
ウズメの胸元に忍ばせてある小袋より、仄か(ほのか)に香る匂い・・
女忍者が、色香で男性を惑わせて、情報を聞き出すのに使う技である。
後に茨木の君が伊吹丸を直属の家来にする時にも用いた香草・・
目が虚ろになる玄海・・
「私の玄海様・・
誰のモノにもさせたくない・・・」
妖艶な笑みを浮かべるウズメ。
「ウズメ・・
そのようなモノを使わずとも・・
私は・・」
「玄海様・・」
ウズメの胸の中へ顔を埋める玄海・・




