21.時の歯車
バキーン!!!!!
伯麗の双剣が砕かれ、喉元に槍を突いた玄海・・
一瞬の出来事で、その場に居合わせた者も何が起こったのか分からなかった・・
対戦している伯麗も・・
審判をしている身延さえも・・
一点の曇りもない目で、キッと見つめている玄海・・
「し・・勝負・・あり・・・!!」
高々と手を挙げて、勝者を決める身延・・・
その光景に、
伯麗・・
そして、伽代・・
ウズメの目に、
涙が溢れて来ていた・・・
「伽代・・殿・・」
「伯麗・・」
「玄海・・様・・・」
「身延」の姓を新たに受け継ぐ者の誕生と共に、
そこに居合わせた者の絶望の始まりの瞬間・・・
玄海にとっては、「不老不死」の技を得るための、栄えある一歩であった・・・・
4人の運命が・・
歯車が狂いだす・・
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縁側から月を眺めて、昔の出来事を思いだしていた玄海が呟く・・
「あれは・・
私の過ちだったのかも知れぬ・・・・」
ワイワイと宴会の続いている中、
ヤスマサとナカヒラが話し込んでいた。
「それで・・伊吹丸の父君とは、どのような御方だったのですか?」
「ふむ・・弥三郎様か・・
大変、温情の熱い御方であった。
だが、一度、戦となれば、その勢いはすさまじいものがある・・
東方西方、山、海を問わず、縦横無尽に進軍し・・
その姿に、豪族共も震え上がったモノじゃ!」
「それは・・
凄いですな・・」
ナカヒラの身振り手振りによる説明にたじたじのヤスマサ・・
「あの頃は、都に蔓延る妖怪共とも一戦交えたものだが・・」
「妖怪?」
「今では、モノノケが蔓延る都じゃが、
我々の時代は妖怪だったのじゃ・・」
当時の事を思い出すナカヒラ・・
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再び、玄海の若かりし時代・・・
玄海が「身延」の姓を継ぎ、正式に伽代と夫婦となる。
敗れた伯麗は、更に技を高めるために、師匠である身延の元で修行を行っていた。
ウズメも同様に、国に帰る時期を逃し、引き続いて身延の元で修行をしている。
玄海と伽代の関係以外は、今まで通りの様子であった・・・
そんな折、薬草や敷紙研究の材料集めに、都へと買い出しに出た玄海と伽代だった。
山道を降りながら、玄海と伽代が話している・・
「なかなか、『不老不死』の技には、行きつきませぬな・・」
「はい・・我が家に伝わる妖術の奥義は殆ど話しましたが・・」
「もう一歩なのです。私の予想では・・」
「玄海様・・」
改まって、伽代が問いただす・・
「はい・・如何しました?」
「『不老不死』もよろしいのですが・・
我が家の事も考えて頂きたいのです。」
「・・・と、申しますると?」
「我が家の収入もそうですが、お子の方も作らなくては・・」
「なるほど・・
収入ですか・・
これも、大変な仕事ですな・・」
父親の身延に関しては、国元からの仕送りもあった・・
それ以外は、神社の祈祷等・・
かろうじて数人は養うくらいの収入だったが、
所帯を持った以上は、独立しなければならない。
地方豪族の家の出だった伯麗やウズメと対照的に貧しい家の出だった玄海にとって、いきなり現実的な問題が浮上してきた。
しかも、子作りまでも・・
「娘を早く作らなくては・・
私に伝えられている奥義を全て伝授しなければならないのです。」
身延の家系では、母から娘へ、その秘伝の術が口伝えのみで、書物として残さない事で、その奥義が他へ流れない様にしていたのだ。
「それも、大変ですな・・
それは、いつ頃からの事なのですかな?」
「かなり前の~祖母の祖母とか聞いてますが・・
・・って!
他人事のように言わないで下さい!」
「あはは・・」
「あはは・・って笑い事ではありませぬ!」
赤い顔をして怒っている伽代・・
「すみません・・
家が貧しかったもので・・
苦行は笑って済ます癖がありまして・・」
「もう・・
いずれは、どこぞの御家の家来か専属の祈祷師になって頂かなくては・・
技は申し分ないのですから・・」
伽代も、玄海の実力は認めていたのだった。
物事に動じず、ざっくばらんな玄海の性格が、何故か憎めない伽代であった・・
その時・・
「!!!!
何だ?
この気は?」
何かに気づいた玄海・・
「これは・・
人ではない・・ようですが・・」
殺気の様な、怪しい「気」に気づいた二人・・
足早に山を下り始めた。
少し、下って、道が開け、野原になった場所で・・
「何だ!?あれは?」
その異変に気付いた玄海。
原野の一角に、人だかり・・
いや・・十数人程の人らしき影が倒れているのが見えた。
その中の、女の子らしき人影の上に、黒い獣のような影がのしかかっている。
「獣の様なモノに、女子が!」
走りながら、玄海に叫ぶ伽代・・
「いかん!
ウオーーーーーーーー!!!!」
脅しに大声を張り上げて、走っていく玄海。
腰に刺している山刀を抜く。
その威嚇に気づいた獣が、急いで、その場を逃げて行った。
少女の元へたどり着いた玄海。
「!!!!!これは!!」
既に、その少女は、喉元を喰いちぎられ、息が絶えていた。
「惨い事を!今の獣の仕業の様です!」
伽代が少女を看取る・・
辺りを見回すと、大勢の兵士のような武装した人々が倒れていた。
皆、先程の獣にやられてしまったらしい・・
「噂に聞いたことがあります・・
都を脅かしている妖怪が日夜、人を襲っていると・・」
「妖怪・・なのか?」
その光景に、言葉を失っている玄海と伽代・・
そこへ大柄な武士と数名の部下が、走り込んできた。
「遅かったか!!!」
大柄の武士が、その様子を見て、叫んでいる。
何者が来たのかと、けん制している玄海。
「そこの者!
この者達を襲った妖怪を見なかったか?」
大声で、聞いている武士・・
「たった今、向こうの山へ逃げて行った所です・・」
獣の逃げた方向を差しながら説明する玄海。
「さようか・・
我が兵士がやられてしまった・・
あの『ヌエ』は神出鬼没・・」
「ヌエ・・と言うのですか・・あの獣の様な・・」
「妖怪じゃ!
今、都を騒がせておる妖怪を、
我ら六波羅の守護が躍起になって追っておるのだが、
なかなかつかまらん!」
「ほう・・
あなたが、都の警備を?」
「さよう!我らは
帝より、妖怪討伐を命じられておる!」
「何とか、ならぬのですか?
この女子もその妖怪にやられてしまいました・・・
幼き、罪も無い女子を、このような仕打ちに合わせるとは・・」
「だから、討伐をしておるのだ!
我々も何もしていないわけではない!」
「大勢の兵士がこの通りです・・
いくら、追っても、つかまらぬと思うのですが・・
これでは、何もしていないも同然!」
「何だと!?
ワシを侮辱するのか?」
「大体、あなた方、役人は、我々のような底辺の、貧しき者達の命を何とも思っていない!
いつも、犠牲になるのは、このような弱い者達ばかりだ!」
「玄海様!お止め下さい!」
伽代が止めに入るが・・
「その苦言!聞き捨てならぬ!」
玄海に迫る大柄な武士・・
玄海の胸ぐらを掴む。
そこへ・・
「ナカヒラ!やめるのだ!!」
馬にまたがった武士が近づいて来た。
名のある武士らしく、悠々と馬を操って玄海達に寄ってくる。
玄海に迫っていた武士は、若きナカヒラであった・・
「すまぬ・・
我らの不徳の致すところ・・
多くの犠牲者を出してしまった・・・」
馬上の武士が玄海に詫びを入れる。
その言葉を受けて、玄海を離すナカヒラ・・
玄海が、その武士に向かって、話し出す。
「都や、地方で犠牲になっている者たちの恨みが、
怨念となって、あの様な妖怪と化していると聞きます・・
貧困に喘ぐ(あえぐ)民衆の苦難に耳を傾けないばかりか、
都では、勢力争いばかりが続いております・・」
その言葉に、カチンときたナカヒラ・・
「貴様!弥三郎様に向かって!!」
玄海に再び迫ろうとするナカヒラ。
「よい!ナカヒラ・・
その者の言う通りじゃ・・
我らの力不足と言うしかあるまい・・」
遠くを見ている馬上の武士・・
「だが、我らとて、何もしておらぬ訳ではないのだ・・
力を合わせ、あの妖怪を始め、都に蔓延る悪と戦っておるのだ。」
「力を・・合わせて?」
玄海が皮肉を込めて、更に問い詰める。
キッと目を見開いて、玄海に強く迫る弥三郎・・
「そなたのように、ただ、苦言を申して、何もしないよりはましだと思うておる。
今は、力を合わせて、国に振りかかる災いから、皆を守らねばならぬのだ!」
その気迫に、一瞬、後づさりした玄海。
その様子を見届けて、くるりと馬を返られて、立ち去る武士。
その後を追うナカヒラ・・
呆気に取られて、後姿を見送る玄海・・
「玄海様?
今の方たちが何方か存じておられるのですか?」
伽代が聞いてくる。
弱い者が犠牲になっているのを見ると、普段の温厚な性格が一変し、何もかも忘れて一心になる玄海に気づく・・
「いや・・
・・・
だが・・
あの御方は・・・」
何かを考えている玄海・・・




